ひと時の休息と未熟な先手
Fランク冒険者としばし酒場で楽しむルキウス。上手く必要な情報を入手できるでしょうか?
「おい」
副ギルド長部屋から出たジンドを呼び止めたのはギルド長のエレナだった。
「忠誠を誓えとは言わないが、自分の上司が誰か分かっているのだろうな?」
「許可はもらっているはずですよ。エレナ」
「許可はな。だが、たまにお前には立場があるということを忘れて感情に走る悪い癖がある」
「仕事でやらかしでもしましたか?」
「深く考えずに感情をぶつけるような馬鹿なら処分は楽だ。お前の場合、それを仕事として持ってくるから嫌なんだ」
「嫌とは酷いですな」
そう言うジンドの顔は笑っている。
「第二王子殿下の方はどうなっている?」
「明日には精霊教会の者と接触させるつもりです。心配なさらさずとも私は第二王子をシザル様に門前払いされない程度に育てるという目的から外れたことをするつもりはありません」
「お前は何がしたいんだ?第二王子殿下に厳しくしたいのか、それとも守りたいのか私には分からない」
「情や期待故に守ろうとは思っていません。ただ、今潰されては困るのです」
「…、今回確保した隠密とギルド職員の雇い主について資料をまとめ次第報告しろ」
「すぐに提出させて頂きます」
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全ての依頼を終え、シギの疑似精霊で報告後、集合場所に向かっていた。向かう途中、ルキウスとシギはFランクの冒険者たちと話していた。無精ひげを生やした男とまだ20代もいってなさそうな若い男で二人共平凡な容姿だ。話していてわかったことは、Fランクといっても必ずしもクズという意味で人間性に問題があるという意味ではないということ。特に今回組んだFランク冒険者たちは計画や報酬に問題さえなければ暴れたりしない。彼らはまともに教育を受けたことがないため騙されたり、規定外のことをされるとすぐ怒って問題行動を起こしてしまう。短気なのは自覚しているがなかなか直せず悪い噂も広まった結果、ろくでもない奴としか組めずまた騙されたりして暴れてしまうという悪循環にはまってしまった。記録上、Fランクにするほかないがギルドは組む相手さえ間違えなければ仕事をこなせると知っている。そんな彼らの仕事がなくなるのを危惧してたまに信頼度が厚いパーティーと組ませ、今回のような討伐よりかは安全だが人手がいる依頼を回す。
「君たちの行動が問題になるなら騙したり、規定外のことをした者たちにも処分が下るのではないか?」
「お貴族様、俺たちみたいなのに目をつけてやる奴は常習犯か組織ぐるみがほとんどでさぁ」
「ギルドは多少態度や素行に問題があっても結果さえ出せば仕事もらえるし、自分からとることもできるっすけど、他じゃ通じねっす。ギルドでFついたら他じゃ食ってけねっすからギルドの皆さんには親よりも恩感じてるっすよ」
「そうなのか」
集合場所に全員集まって、何も問題がないことを確認するとギルドに帰還した。青星の守り人のリーダーが代表で報告し、報酬が分配された。ほとんどが解散する流れになっていたところ、Fランク冒険者たちだけが受付の職員のところで話しをしていた。
「お疲れ様、何をしているのだろうか」
「おっ、お貴族様!お疲れさん」
「証明書書いてもらってるんっすよ」
「なんのだ?」
「Fランク冒険者はちゃんと問題なく依頼を達成すると他の冒険者より詳細を記載してもらえるんっす。そんで、実績がある程度たまったらFが外れるんっす」
「ありがたい仕組みだな」
「お貴族様ったら、田舎出身ですか?これくらい、ここらの者なら誰でも知ってることですよ!」
急に会話に入ってきたのはこの世界では不細工に当たるのだろう若い女性だった。
「おい!嫁の貰い手がねぇからってお貴族様はダメだろ!」
「姐さん、手が早い女は嫌われるっすよ?」
言っていることは酷いが双方の態度からしてこれがいつものことなのだろう。
「うっさいね!あんたらこそ、女が近寄らないような服着てるくせに偉そうなこというんじゃないよ!」
「彼女は?」
「酒場の姐さんっす。不細工や俺らみたいな奴でも気軽に入れる店なんでお貴族様もどっすか?」
ある程度顔は服で隠してはいるが、隠し切れてないため少し見えている。誘って問題ないと判断したのだろう。
「せっかくだが、明日も依頼があるから」
「いいじゃないか!酒場は情報がいっぱいだ。安いしお貴族様も来て損はないよ!」
本当はジンドに聞きたいことがあったのだが、向こうは今日話す気はないらしい。ならばここは勉強のため大人しくついていくべきだろう。
「では、よろしくお願いする。シギもそれでいいか?」
「はい、お供します」
ルキウスとシギはFランク冒険者たちと夜中の騒がしい街中から少しガタついて古びた感じがする店に入った。中は大勢の人で賑わっている。意外と下級、中級階級貴族らしき者も多く、平民やFランク冒険者と雑談に興じている。
「ほら! こっちおいでよ!」
先ほどの酒場の女性に誘われてカウンター席に座るルキウスたち。
「姐さん、俺テキーラ!お貴族様は何か希望あるっすか?」
「そうだな。ビールはあるだろうか?」
「あいよ!お貴族様が飲むとは思わなかったよ!」
「恥ずかしながら本で酒場といったらビールというのを見て…」
「知識偏ってるなぁ~」
ルキウスは、自分でもびっくりするぐらい会話ができてるのが嬉しく、民を間近で見れる機会を逃すつもりはなかった。
「いきなりなんだが、副ギルド長が言っていた高ランク冒険者のやらかしとはなんだろうか」
「あぁ~、精霊教会は流石に知ってるっすよね?」
「あぁ」
「簡単に言うと、高ランク冒険者が精霊教会信徒にシャーキ草の魔法育成を強要したんっすよ」
「それは…問題だな」
思っていたより深刻な問題でルキウスは一瞬言葉を失った。この世界で不細工の地位は低く、人権は法的にはあるが無視されることがほとんどだ。精霊教会とはただ単に信徒が集う場所ではなく不細工な人たちを信徒という形で保護する場所でもある。信徒は祈るだけではない。精霊の研究や精霊がその力を振るうために必要な魔力を回復するためのシャーキ草の育成と研究などを行う。社会に貢献することによってギルドとその他一般人と対等関係を結んでいるのだ。特にシャーキ草を育てる本部の信徒は選りすぐりの者が集められている。信徒であると同時に彼らは優秀な研究員だ。このことから法的にも信徒に暴行、貢献行為の強要をすればほぼ確実に罰が下る。確実でないことがまだ課題だが、属していない不細工と比べればかなり扱いはいい。
「シャーキ草が魔法で育成できること自体は論文で発表されていたが、注ぐ魔力の調整が難しいから本格的な導入はまだ先のはずだ」
「さっきも言ったっすけどホント知識偏ってるっすね。そうっす、教会本部の信徒に貢献強要とか流石にヤバいってことで目撃した他の冒険者が報告したらシザル様がお怒りになって薬の供給が大幅減少ってなりましたっす」
(シザル=リバニア…いくら貢献強要が他の冒険者が止めるくらいの行為だとしても長年続けてきた薬の供給減少の批判は免れなかったと知っていたはず。なんと勇気のある決断だ)
心の中でルキウスはシザルに賞賛を送った。
「シザル様は信徒以外にも人気なのだろうか?」
「信徒たちには人気っすね。俺はそもそも関わったことがないっすけど、やり手っていう話は聞くっすからすげぇな程度っすね」
「そうか。それでやらかした冒険者はどうなったのだ?」
「さぁ?名前も発表されてないですし、俺らみたいなFランク冒険者じゃギルドや酒場以外で情報元はないですから知ってるのはこれくらいですね」
ずっと誰かと話していた無精ひげの男性が振り返って答えた。
「ありがとう、今日は私がおごろう」
「お! わかってるねぇ」
「へへ、ご馳走になるっす」
その後も他愛ない話をしてから解散となった。酒でルキウスの頬は少し上気し、口元は緩んでいる。よほど楽しかったのだろう。城に戻って寝巻に着替えてからその顔を引き締める。
「シギ、金狼の群れ、いや…例の冒険者と今から言う冒険者のことを調べてくれ。詳細じゃなくていい、ただどうなったか噂だけを集めてくれ」
「金狼の群れについてはいいのか?」
「それはジンドが調べてるだろう。今回の依頼がどこから仕組まれていたのか気になるんだ」
「わかった」
「すまないな。夜遅くに」
「主、私ら精霊は基本睡眠は必要としない。そんな心配するな」
珍しく自分から動き出したルキウスからの命に嬉々として応えたシギは、魔法を使ったのかシュッという音を立てて消えた。精霊教会とその信徒の軽視自体は今に始まったことではないが、流石に厳罰が下るような暴行、貢献強要は王宮の資料室内の記録にはほとんどなかった。しかし、記録はどれも古いものばかりで最近のものはなかった。ここ数年で変わったのかもしれないと推測したルキウスだったが、思い当たる原因はシザルしかおらず、原因と決めるには情報が少な過ぎた。そのため、酒場で耳にした他のやらかした冒険者の名前を出した。失態を犯した冒険者のその後の違いを知るためだ。勿論、それで確証的な何かを得られるとは思ってない。ただ、明らかに噂の出回り方が違うならばもしかしたらと考えた。考えることを止めたルキウスは明日に備えて先に寝室に入り就寝した。
次回はなるべく時間を空けずに投稿したいと思います。三日はかかりますが…。人望があるやり手のシザルに心酔している信徒たちに対してルキウスはどう接するか。




