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「でも、彼女、稀崎映美さんを解放してあげたんですね。その後で」
里奈が言った。
安永あかりは立ち上がると棚までゆっくりと歩き、そこから1枚のキャンバスを取り出した。
誰も何も言わず、安永あかり以外は動かなかった。
部屋の中ではかすかな足音だけが聞こえていた。
安永あかりは、取り出したキャンバスをスタンドに立てかけた。
「これが、その時桐原が描いた絵よ」
安永あかりはそう言った。
だが、そのキャンバスには何も描かれてはいなかった。
「何も、描かれてませんけど」
里奈の声が震えていた。
「ええ。だって、桐原の筆でここに描かれた稀崎映美は、私の意思でこの絵から抜け出し、今は・・・・・・」
安永あかりは離れたノートパソコンの画面に視線を向けた。
「玉川のとなりに居るんだから」