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会見場では玉川の長い話が終わり、稀崎映美がマイクを握っていた。
「私が彼を好きになったのは、彼が素晴らしい人間性の持ち主だからです。
彼が日本を代表する経営者だからではないんです。
これまで生きてきて、こんな優しい人に会ったことはありません。
でも・・・・・・」
稀崎映美はそこまで言うと、一度うつむき、再び顔を上げた。
「きっと彼なら、この日本の人たちを、いえ、世界中のすべての人たちを幸せに出来ると思います」
はにかんだ笑顔を浮かべた稀崎映美は、目を輝かせて言った。
「何が世界中の人間を幸せにするだ。
自分の女一人幸せに出来ねえに決まってる。
どうせ、裏では札束積み上げて、他の女どもとやりまくるんだろうぜ。
女癖の悪さは有名だからな」
相変わらず会見場の一番奥にいる徳丸は、疲れた顔でしゃがみこんだ。
「先輩!先輩!」
徳丸がぼんやりと顔を上げると、行橋が緊迫した表情を浮かべていた。
「なんだよ」
徳丸は面倒くさそうに返事をし、そのまま下を向いた。
「ちょっと、おかしいんですよ」
「何がだよ」
「これ、見て下さいよ」
「うるせえなあ。
こっちは退屈な自慢話聞かされてうんざりなんだ。
後にしてくれよ」
徳丸はそう言いながらも、再び顔を上げた。
その時、声は聞こえないが会場がざわついているのが目に入った。
異変を感じているのは、行橋だけではなかった。