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その日の午後、彼は出かけた。
彼は私に、アトリエに居るように言った。
でも、私は夕方からアトリエを抜け出し、外に出かけた。
大きなバッグに、自分のヌードが描かれたキャンバスを入れ、電車とタクシーを乗り継いで向かったのは、午後にアトリエのパソコンで調べた、ある場所の近くだった。
歩いている時や電車の中で、私は人の視線が怖くて仕方が無かった。
彼に調達してもらった服やメガネで変装していたけど、誰かに見つかりはしないかと気が気ではなかった。
アトリエでネットを見た際、私のSNSが更新されていないので、心配する声が上がっていることを知った。
でも、私からマネージャーや事務所に連絡はしなかった。
もちろん、危険だからというのもあった。
でも、もう私はモデルの安永あかりではない、という思いの方が強かった。
ある場所に着いた時、辺りはすっかり暗くなっていた。
私は人気の無い場所を探すと、バッグからキャンバスを取り出した。
そこには、私自身が描かれていた。
ため息が漏れた。
私は絵に向かって念を送った。
すると、絵の中の私がそこから抜け出した。
予想はしていたものの、驚く光景だった。
裸の私は、私の前にじっと立っていた。
絵から抜け出た安永あかりが、あの虎のように私の意思に従って動くのなら・・・・・・。
私たちは、道路沿いの人目につかない場所で車を待った。
その男の車は、私が無惨に犯された、あの館で見ていた。




