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近くに車が止まる音がした。
続いて、救急車が到着した。
「若い刑事さん」
女性が白井に声をかけた。
「建物に誰も入らないよう、伝えてもらえます?
もちろん、言うことが聞けないなら、この子に蛇を咬みつかせるわ」
女性はちらりと里奈に視線を向けた。
里奈は唇を噛みしめ、立ちすくんでいた。
白井はすぐには動けず、堀田の顔をうかがった。
「言われたとおりにするんだ」
堀田の言葉を受け、白井は開いたままのドアから出て行った。
「治療、お受けになります?」
女性が堀田の方に向き直った。
先程までと異なり、柔らかい声だった。
「いや、必要ない。
大した傷じゃないからな。
それより、あんたの目的は何だ?
あんたは一体誰なんだ?」
堀田は再び女性を見据えた。
「やはり、憶えていらっしゃらないようですね」
女性の口からかすかな笑い声が漏れた。
「以前に会っているというのか?」
「ええ。一度だけ」
「思い出せん、いつだ?」
「ごく最近」
女性はさらに続けた。
「正確には、あなたは私に会っていますが、私があなたに会うのは初めてです」
「意味がわからん。どういうことだ?」
女性はゆっくりと椅子から立ち上がると、片手で自身の髪を鷲づかみした。
長くウェーブのかかった髪はウィッグで、頭部から離れた。
白井がアトリエに戻ってきた。
外は騒然としていた。
だが、アトリエの中の者たちの耳には、まったく入ってこなかった。
女性は、かけていた濃いレンズのメガネも外した。
白井は茫然と立ち尽くしていた。
堀田も愕然とした表情を浮かべた。
「安永あかり・・・・・・」
事故で死んだはずの安永あかりが、そこに立っていた。




