272
陽が落ちてだいぶ経ち、アトリエから見える外の景色は、ほぼ闇になっている。
急に、女性が絵画が置かれている棚の陰から飛び出した。
その手には、1枚のキャンバスがあった。
「何をしている、戻れ!」
堀田が女性に向かって叫んだ。
だが、女性はそれをまったく無視し、身体を屈めたまま、アトリエ内の窓の下へと移動した。
辺りの床には、割れたガラスが散乱している。
「戻れ!殺されるぞ」
堀田が再度叫んだが、女性はまったく聞かず、しゃがんだままキャンバスを両手で頭の上まで上げると、そのまま割れたガラスの間から外に投げ捨てた。
堀田や白井、それに里奈、アトリエの中に居る他の者たちには、まったく理解出来ない行動だった。
銃声が轟いた。
窓から女性がキャンバスを投げたのが見えたからに違いない。
銃弾は、ガラスの無い窓を通り抜け、反対側の壁に刺さった。
直後、ドスドスドスという重量感のある音がアトリエのすぐ外で聞こえた。
大きな音で、それはしだいに速くなり、遠ざかった。
離れた場所で、人の話し声が聞こえた。
何を言っているかは聞き取れないが、大きな声だ。
その声が突如、緊迫感を含んだものに変わった。




