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女性は立ち上がるとドアの前に進み出た。
里奈は黙り込んだ。
「どちらさまでしょうか?」
ドアの外に向けて発せられた女性の声は、やはり落ち着いていた。
「警察の者です。
亡くなった被害者のアトリエに灯りが点いているという通報がありまして、確認に来ました。
それに、現在ここは立ち入り禁止になっています。
開けてもらえませんかね」
声は年配の男性のものだった。
話の中身とは異なり、ずいぶん横柄な言い回しに感じられた。
対する女性の言葉は、思いもよらぬものだった。
「私は今日の夜まで生きなければなりません。
あなたが危害を加える恐れがある以上、ドアを開けるわけにはいきません」
今日の夜まで生きなければならないって何なの?
里奈には女性の言葉がまったく理解出来なかった。
「こちらは警察なんですよ。
ここは立ち入り禁止区域なんです。
今すぐ開けてもらえませんか?
言うことが聞けないなら、逮捕状を請求することになります」
え?こんなことで逮捕される?
『逮捕状』という言葉に、里奈は強い違和感を覚えた。
「わかりました。明日の朝にはここを出ますので、今日はもう遅いですし、お引き取りください」
女性は淡々と言った。
外が静かになった。
そのまま1分ほどが過ぎた。
帰ったの?
里奈がそう思った直後、ドアが激しく何度も叩かれた。




