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黒づくめの男は、両手を上げて構え、顔や体をガードしようとした。
しかし、ナイフを手にした男は構うことなく体ごと相手にぶつかった。
黒づくめの男は勢いに押され、背中から後方に倒れ込んだ。
ナイフを手にした男は馬乗りになると、仰向けに倒れている男の首筋をナイフの刃で掻っ切った。
それはほんの一瞬で行われ、傷口から鮮血が噴水のように飛び散った。
わずかに遅れて、辺り一帯から悲鳴が上がり、人々はいっせいに逃げまどった。
「てめえ!」
駆けつけた篠原が鬼のような形相で怒鳴った。
男は素早く立ち上がると、刃に鮮血の付着したナイフを篠原にかざした。
これに対し、篠原は懐から拳銃を取り出した。
それを見た男はナイフを向けたまま、よろめくように走り出した。
「動くな!止まれ!さもねえと撃つぞ!」
篠原の声にも男は立ち止まらない。
篠原は銃口を向けたが、男は周りにいる人間に隠れるように逃げたため、撃つことは出来なかった。
「くそっ!」
篠原は男を追って走り出した。
男は血の着いたナイフを握りしめ、時折後ろを振り返りながら逃げていく。
辺りには人々の悲鳴と篠原の怒号が響き渡った。
この時、白井は篠原とは別の方向から男を追っていた。
自分が居ながら傷害事件が起きてしまった責任を痛感していた。




