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「ん?」
顔を傾けた里奈は、「あっ」と声を上げた。
丸テーブルに置かれた紙カップが倒れ、中のアイスコーヒーがこぼれた。
液体は絵の上に流れ出し、白いホッキョクグマが黒ずんだ。
「ご、ごめんなさい」
里奈はハンカチを取り出し、こぼれたコーヒーを上から拭いた。
桐原も布を取りだし、濡れた跡をたたくように拭いた。
だが、汚れは完全にぬぐいきることが出来ず、ホッキョクグマは黒ずんだままである。
「ごめんなさい、私、なんてことを。ごめんなさい」
里奈の声は涙声になった。
みるみる瞳に涙がたまっていく。
「とにかく、落ち着いて」
桐原は、なおも布でキャンバスを叩くように拭いている。
「だって、だって、せっかく桐原さんが描いたものを」
涙がこぼれ落ち、キャンバスを濡らした。
里奈は、慌ててそれを拭いた。
里奈の口からは、嗚咽が漏れていた。
自分の馬鹿さ加減が無性に腹立たしかった。




