185/341
184
男はようやく周りのおかしな雰囲気に気づくと、すぐさまキャンバスを閉じ、慌てて鞄に詰めた。
そのまま立ち上がり、その場を去ろうとしたが、周りを人が取り囲んでいるせいで、思うように動けない。
「今のはどんな手品ですか?」
人だかりの中から年配の女性が声を上げた。
他の者たちも一様に男を見ている。
男は困惑した表情を浮かべていた。
「こっちです」
不意に声がした。
男が顔を向けると、人だかりの中から里奈が小さな手を男に向かって伸ばしていた。
男がその手をつかむと、里奈は強く引いて走り出した。
男もつられて大きな鞄を抱えたまま、里奈についていった。
2人は人だかりから抜け出すと、一緒に駆けだした。




