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そのまま男は、ガラスケースの中の蛇を描きだした。
微動だにせず、言葉も発しなかった。
里奈も口を閉ざしたまま、ただ男を見ていた。
15分ほどが過ぎた。
里奈は、カメラに手をかけ、顔の前に持ってくるとレンズ越しに男を見た。
写真に撮ろうと思ったが、気が引けた。
結局、撮らずにカメラを下ろした。
「見ているだけだと退屈でしょう」
不意に、男が筆を止め言った。
「い、いえ、そんなことは。
あの、絵を描いてる姿が凄いというか、圧倒される感じで」
考える前に、里奈はそう言葉を発していた。
意外にも男は、はにかんだような笑みを口元に浮かべた。
「そう言ってもらうと光栄ですけど、なんだか照れくさいです」
思いがけず、里奈は男に親しみを覚えた。
2人の間にあった距離が、少しだけ近くなった気がした。
「なんだか、そういう男の人って尊敬するっていうか、憧れです。
あ、ごめんなさい」
里奈は頭を下げた。
「そんな、気を遣っていただかなくて大丈夫ですよ」
「は、はい。でしたら、伺いたいことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」
「答えられることでしたら」
「今描いてる蛇って、どうして選んだんですか?」
男は、不思議そうに里奈を見た。
「ほら、そっちのコブラとかガラガラヘビの方が有名だし、見た目も派手というか。
あ、私が勝手にそう思ってるだけですけど」




