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男は立ったままキャンバスを首から下げ、筆を走らせている。
目の前のガラスケースには、とぐろを巻いたまま、まったく動かない一匹の蛇がいた。
里奈は、静かに男に近づいた。
すぐ後ろに来ても男はまったく気づかず、筆を走らせている。
蛇をじっと凝視しながらスケッチする男からは、刺すような気を感じた。
里奈は息が詰まる思いで、ただじっと後ろから男を見ていた。
しばらくすると男は大きく息を吐き、首と肩を何度か回した。
張り詰めた緊張が一瞬消え、空気が軽くなったように感じた。
「あの・・・・・・」
里奈が気づいた時には、声をかけていた。
男は振り返った。
「ああ、あなたは」
男は、サングラス越しに里奈をじっと見た。
里奈は恐ろしくなり、次の言葉をすぐには発することが出来なかった。




