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それは、見覚えのある男で、里奈はとっさに振り向いた。
男は目の前の道路をはさんで反対側を歩いていた。
帝王ホテル近くの林、さらには巨大ザメの取材で港へ行った際に見かけた男である。
男は以前と同じように、黒づくめの服装にサングラスをかけ、大きな鞄を手にしていた。
里奈の目は男に釘付けになった。
平日の午前中、まばらな人通りの中を、その男は早足で歩いていた。
呆然と10秒ほど眺めていた里奈だったが、
「追いかけなくちゃ」
そうつぶやくと、男の進む方向へと駆けだした。
男に近づくには、目の前の道路を渡らなければならない。
だが、車は途切れることはなく、信号までは距離があった。
里奈はカメラのストラップを首から外すと、片手に持った。
そして、車が途切れた一瞬を狙って、駆けだした。
道路を渡り切る寸前、一台の車がクラクションを鳴らし、同時に耳障りな急ブレーキの音がした。
里奈は恐ろしさのあまり、一瞬足を止めたが、車が止まったのを見ると、逃げるように歩道へと駆け込んだ。
前方に目を移すと、男は道路に面した大きなビルに入るところだった。




