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「ん?波か?風は吹いてないはずだが」
続いて、後方で水音がした。
男の乗っているマットが少しだけ沈んだ。
男は振り返った。
そこで起きていることを、男はすぐに理解することが出来なかった。
巨大なサメが、男が乗るマットに喰らいついている。
有り得るはずの無い光景だった。
男には、サメの頭部だけが見え、巨大な体のほとんどは水中にあった。
サメは、男の乗るマットに喰らいついたまま、プールサイドから引き戻していく。恐ろしい力で、マットはどんどん水中に沈んでいた。
「どういうことだ!
一体どうなってる?」
男は慌てて水を手で漕いだ。
だが、まったく動かない。
男は振り返った。
マットに噛みついたサメの鼻先は、男の体に触れそうなところにあった。
「たすけてくれー!」
男は叫んだ。
すでにサングラスは水の中に落ち、顔は恐怖のあまり強張り、震えていた。
マットはかなり沈んでおり、もはや役目を果たしていない。
ついには、男の体も沈み始めていた。
「た、たすけ」
大声を出そうとして口を大きく開けた男は、大量に水を飲んだ。
それでも、必死の形相でマットにしがみつこうとしている。
だが、マットはほとんど水中に沈んでいた。
「た、たすけてくれー!」
男の悲鳴は、塀の外にまで聞こえてきた。




