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さらに、四つん這いになった徳丸の頭部は、海上に突き出ていた。
不意に、徳丸のすぐ下の海面が盛り上がった。
徳丸の顔から一気に血の気が失せた。
次の瞬間、そこから現れたのは、巨大ザメの頭だった。
人だかりから悲鳴が上がり、徳丸は思わず目をつぶった。
鋭い歯が無数に並ぶ、大きく開いたサメの口は、徳丸の目の前わずかな位置を通過し、鼻先をかすめて再び水中へと消えた。
波のような水飛沫が、一瞬遅れて徳丸の頭部に降り注いだ。
徳丸の頭は水浸しになっていた。
「大丈夫ですか、先輩」
里奈が恐る恐る数歩踏み出し、徳丸の横にひざを着いた。
徳丸はぶるっと体を震わせ、後方に尻餅を着いた。
「ば、馬鹿野郎、俺を殺す気か。
相手は映画のモデルにもなったサメだぞ」
里奈は舌を出して、「ごめんなさいです」と言い、ぺこりと頭を下げた。
「とにかく、撮っとけ。
ちょっとしたスクープだからな」
里奈は立ち上がると、水中のサメにレンズを向け、シャッターを切り出した。
「ちゃんと撮れよ。
こないだは、何も写ってないっていう、有りえないヘマをやらかしたんだからな」
「私、ちゃんと撮ったのに」
里奈はシャッターを押しながら、ぶすくれた表情を浮かべた。
「何言ってんだ。
実際、写真には何も写ってなかったじゃねえか。
文句があるなら、この場でサメの餌にしちまうぞ」
里奈は足を震わせ、慌てて、その場にしゃがみ込んだ。




