バタフライ効果ってやつですね……えっ、違う?
「ウソだろ?」
報告を受けた俺の第一声がそれだった。
「間違いありません。グランベルク王国の5大領地の内、マスティル領、ミランダ領、アスティア領、クラリス領が反旗を翻し、独立を宣言いたしました。そして残ったカストール領は中立を宣言しています。それに伴い幾つかの小・中領地も上級領地に従う動向を見せています。そして問題なのが……。」
報告をしていたリオナが気づかわしげにこちらを見る。
「どうした?」
「いえ、失礼しました……。問題なのが、独立を宣言した領地全てが、我がミーアラントを引き合いに出しているそうです。『ミーアラント如きが自治領であるならば我らが独立しても問題なかろう?』と言うのが彼らの言い分です。」
「子供かっ!」
俺は思わず吐き捨てる。
「彼らにしてみれば、何だって良かったのでしょう。ただ、自分達の行為を正当化するためにミーアラントの名を出しただけだと思われます。……ミーアラントが特別扱いをされている事に僻んでいたという事もあるでしょうけど。」
「特別扱いね……。」
俺はリオナの報告を聞きながら気を落ち着かせる。
落ち着け……理不尽な事なんて今までにもあったじゃないか。
むしろ、俺の人生で理不尽じゃないことなんてあったか?
それに比べればこれくらいの事……、
落ち着いて考えれば、今起きていることは対岸の火事。
グランベルクは、名目上では主国であるもののミーアラントに対する命令権は無く、起きていることはグランベルク王都より南方に位置する領主の反乱。
つまり王都が落ちない限り、現段階でミーアラントに直接の被害を受ける事は無い。
とはいうものの、逆に言えば王都が落ちるとミーアラントが危険に晒されるというわけであり、またグランベルクの第一王女は俺の婚約者という事からも、グランベルクを見捨てるという選択肢はあり得ない。
「はぁ、もう少し時間があると思ったんだけどなぁ。」
俺は深々と溜息をつく。
「リオナ、エルとリディア、それとアイリスを呼び出してくれ。」
俺はリオナに伝言を頼むと、三人が来るまでの間にクリスに連絡を取る事にして、ピアスに模した魔術具に魔力を流す。
「あ、クリスか?今報告を受けたところだが……大丈夫か?」
『シンジ様、申し訳ありませんわ。可能性を示唆されていたにも拘らず、このような事になってしまって、お恥ずかしい限りです。』
「いや、俺もこんなに早く事態が動くというのは想定してなかったからな。それより詳しい話を聞きたいんだが、何時になったら時間が取れそうだ?」
『そうですわね、最初の混乱からある程度たて直しましたから、この後一刻程なら……と言うよりそれ以外に時間は作れないかもしれませんわね。』
「分かった。じゃぁ準備出来次第こちらに来てくれ。エル達も呼んであるから作戦会議と行こう。」
俺はそう伝えると通信を切る。
「クリス、大丈夫そう?」
俺が通信を終えるのを待っていたかのように、エルが問いかけてくる。
クリスと話している間に、エルとリディアは来ていて、リオナから現状を聞いていたらしい。
「あぁ、取りあえずの混乱は対処できたようだ。しばらくしたらこっちに来るから、詳しくはその時に聞こう。」
俺の言葉が終わるか終わらないかという間に、部屋の扉がバッと開けられる。
「遅くなりましたっ……クリスさんは無事ですかっ!」
はぁはぁと息を切らせながらアイリスが飛び込んでくる。
どれだけ急いできたのやら。
「アイリス落ち着け。大丈夫だから。」
リオナからの連絡が入る直前に、アイリスの下にも同様の報告が届けられたという。
その内容に愕然としている所へ俺からの呼び出しがあったために、何か起きたのでは?と慌てて駆け付けたらしい。
「アイリス様、どうぞ。」
レムがアイリスにお茶を差し出す。
「あ、レムちゃんありがとうございます。」
レムから受け取ったお茶を、アイリスはゆっくりと飲み干す。
「それで、どうなったのでしょうか?」
お茶を飲んでいる間に気を落ち着けたアイリスが、再度問いかけてくる。
「エル達にも伝えたけど、クリス自身は今のところ大丈夫だ。もう少ししたらこっちに来るから本人に確認したらいいよ。」
「そうですか。」
アイリスが、ホッとしたように肩の力を抜く。
「それで、クリスが来るまでに現状をまとめておきたい。」
俺は三人を見回し、リオナからの報告書をそれぞれに渡す。
現状分かっていることは、グランベルクが直轄領以外の殆どの領地が反乱・独立し、それ以外の領地も中立の立場で静観しているという事。
ただ、反乱を起こした領地同士が繋がっているという事は無く、中には隣接した領地間で小競り合いを起こしてるところもあるらしい。
つまり、グランベルク内で群雄割拠の状態になっているという事だ。
「お待たせして申し訳ないですわ。」
そう言ってクリスが入ってくる。
現状を皆が把握したところなので丁度良かった。
「あぁ、お疲れ。早速だが聞かせてもらっていいか?」
「えぇ、最初はマスティル領でしたわ。独立宣言をしたと言う事を伝えに来た早馬が着いたのが昨日の朝の事でしたの。どういうことかと問い合わせの使者を送っている間に、まるで申し合せたかのように、他の三領が独立宣言を言い出しまして。」
「それで各領地は何て言ってるんだ?」
「そうですね、要約しますと『王家の横暴に嫌気がさした。正しき道を行くために、独立し理想の国家を作り上げる』と言ったところでしょうか?」
「なんじゃそりゃ?……他の領地も同じか?」
「そうですわね、言い方に差異はありますが、概ね同じ様な事でしたわ。」
「カストールは?あそこは中立って言ってるんだろ?」
「……似たようなものですわ。『攻め入ったりはしないから干渉してくれるな。』と言う感じです……中立と言っても独立宣言をしたのと変わりはありませんわ。」
疲れたようにクリスが言う。
かなりの混乱が起きたのだろうという事は、クリスの様子からもうかがえる。
「成程な。で、王宮や王都の様子、周辺の町などの状況はどうなっている?後、兵士達は?独立した領地出身の奴らもいるだろう?そいつらの処遇は?」
「シンジ様落ち着いてください。」
矢継ぎ早に質問を投げかける俺をアイリスが押しとどめる。
自分で思っていた以上に焦っていたようだ。
「あぁ、そうだな……悪い。」
「いえ、大丈夫ですわ。王宮及び王都内にいた反乱領地に連なる貴族や役人たちの一部は捉えて拘束してありますが、数多くの者達には逃げられてしまいました。」
「という事は計画的だったって事だな。」
「その様ですわね。議会に人事改革案を出したばかりでしたので、バレたと思ったのかもしれませんわ。」
「うーん……捕らえた者たちは何か言っていたか?」
「いいえ、特には……どうやら何も知らされていないみたいで、彼等にとっても寝耳に水、と言った感じでしたわ。」
「そうか……。」
「王都や街に関しては思っていたより混乱が少なかったですわ。」
「そうなのか?」
俺はその言葉に驚く。
てっきりパニックになっていると思っていたからな。
「えぇ、先に南方連合が攻めてきていたので、戦火が近づいてくるかもしれない、みたいな覚悟みたいなものが出来ていたみたいで、不安はあるものの、混乱や暴動と言う所まで、行くことはありませんでしたわ。」
「成程な。国民にしてみれば、敵が増えただけで現状は大差ないという感覚か。」
俺の言葉に、クリスが頷く。
国民に混乱が起きていないのが幸いだな。
長年の実績って奴かな?
国民がそれだけ国を信頼しているって事だからな。
「後、兵士達に関しては、全ての事情を話した上で、三日間の猶予を設けて選択の機会を与えました。」
「どういうこと?」
エルがクリスに聞く。
「各領地出身の兵もいますからね、今ならば、兵をやめて領地へ戻る事を許す、と。後は出身関係なく、辞めたい者の除隊を許可しています。」
「そりゃ、また思い切ったな。」
俺は感心して頷く。
「えぇ、この様な状態ですからね、迷ったり逃げ腰の弱兵は却って害になりますから。」
クリスはそう言うが、実際にはかなりの英断だと思う。
現在グランベルグが招聘している数、およそ10万。
クリスの判断により三日後に何人残るだろうか?
「クリスはどれくらい残るとみている?」
だから、俺はそう訊ねる。
「そうですね、騎士団はともかくとして、一般兵達の主だった者は地方出身が多いですからね、半分も残ればいいと思っています。」
クリスは半分諦めたような表情でそう答えた。
「ねぇねぇ、シンジさん。」
リディアが俺の袖を引っ張る。
「何だ?」
「結局、どうなってるの?」
……理解してなかったのか?
リディアは聡明なくせに時々おバカになる……まぁ、そこも可愛いのだが。
「だからな、グランベルクの領主が独立を……。」
言いかけた俺をリディアが遮る。
「それは分かってるのですよ。なんでそうなったのかが分からないんですぅ。」
「そりゃぁ、常日頃から鬱憤が溜まっていて……。」
「だからそういう事じゃなくて……わかんないですよぉ、もぉー!」
リディアが逆切れする……分からんのはこっちだよ。
……と言いかけたところで、ふと言葉を止める。
「リディアが言いたいのは、なぜ今独立なんてことが起きるのか?南方連合はどうなっているのか?等の根本が分からないって事でいいか?」
「そうです、その通りですぅ。」
やっとわかってくれましたか、と頷くリディア。
「そんな事はわからん。」
俺はバッサリと切り捨てる。
「なぜ分からないんですかぁ。」
「分かるわけないだろ、敵方じゃないのに。」
相手の考えている事なんかが分れば、そもそも戦争なんて起きないって言うの。
「シンジさんでもわからないんですかぁ……。」
リディアが恨めしそうに見上げてくる。
そういう表情も可愛いな、と思いつつ俺は口を開く。
「分からんが、推測でいいなら考えつくことはあるぞ。」
「良かったら聞かせていただけないかしら?」
俺の言葉にクリスが反応する。
「一度に色々な事が起きたから混乱しがちだけど、敵は南方連合だ、という事は間違いない。」
「どゆこと?」
リディアがコテンと首をかしげる。
……計算してやってんのか、この子は。
「わわっ。」
俺はリディアを抱き上げ膝に乗せ、その頭を撫でながら続きを話す。
「つまり、グランベルグに攻めてきたのも南方連合なら、各地の領主が反乱を起こしたのも、南方連合の策って事なんだよ。」
「領主たちと南方連合が繋がってるって事?」
「でも、東方では領主軍と南方連合の小競り合いが起きていますよ。お芝居って事ですか?」
エルとアイリスが疑問を投げかけてくる。
「いや、今攻めてきている敵軍と領主軍の間に友好関係は無い。敵軍にしてみればグランベルク軍だろうが領主軍だろうが、侵略すべき敵であることに変わりがない。そして領主軍にしても、侵略者であることに変わりが無いからな。」
「どういうことですかぁ?」
俺の腕に納まっているリディアが見上げてくる。
「そこがちょっと複雑に見える所なんだけどな……まぁ、順番に整理してみようか。まず、南方連合を名乗っている敵軍、これは南アルティア連合軍と、シャマル王国軍の合同部隊だ。これはわかるか?」
「そう言えば、元々は両軍の小競り合いから始まった事でしたわね。」
「その通り。奴等は事ある毎に諍いを起こしている……なぜか?」
俺の問いにエルが首をかしげる。
「領土問題……でしょうか?限られた土地の奪い合いが絶えないと聞いています。」
アイリスが代わりに答える。
「そうだな、両国の国土はそれなりに広いものの、水や穀倉地帯などは限られているから、互いに利権争いが昔から絶えないんだ。今回の諍いもその事が発端だろう。」
「それと今回の事とどう言う関係が?」
エルが聞いてくる。
「例えば、だが、争っている両国に誰かがこんなことを囁いたらどうなる?『狭い土地を奪い合わなくても、目の前に広大で肥沃な土地が広がってるじゃないですか?』と。」
「目の前の土地……グランベルクの事ですの?」
「そうだ、そしてその土地を切り取る策を授ける……争っているように見せかけながら国境付近まで移動し、隙をついて国境を落とす……と。後はグランベルク軍が来るまでにある程度の土地を占領して、国境を引き直せばいい。奥深くまで攻めいる訳でなく、更に両国の軍勢を合わせれば不可能な事じゃない。」
「確かにそうですわね。でも、国力で勝るグランベルク国を相手にそこまで思い切れるものですの?」
クリスの疑問はもっともだ。
「だから、もう一押しの策がある事を、ソイツは仄めかしたんだよ。『グランベルクを混乱させて追撃させない策があるから心配するな、欲張って先走らない限り大丈夫。』とでもいったんじゃないか?」
「その言葉に乗せられて、両軍はグランベルクに侵攻してきたって事?」
「まぁ、そういう事だ。」
俺はエルに頷く。
「実際、その策の通りに両軍はグランベルクに攻め入り、南方の国境付近を占領されている。連合と言いつつ実際には2国だけの独断だから後追いの援軍が無いのは当たり前だし、占領政策をとって侵攻が遅かったのは、目的がグランベルクの土地を切り取る為だから、さらに侵攻するより、得た土地を確実に取り込む方が優先だったからだ。」
「確かにそう考えれば、今までの謎は解けますわね。……すると、もう一つの策と言うのが領主たちの反乱って事ですの?」
クリスが聞いてくる……彼女なりに裏にある事を考えているようだ。
「そうだな。反乱と言うより独立を示唆したんだろうな。いつから、どのようにつながっていたのかは分からないけど、事ある毎に王家の悪口や、このままでは利用されるだけ利用されて使い捨てられる、みたいな不安を煽る事を吹き込まれていたんだろう。」
「しかし、そんな事であの忠義に厚い領主たちが裏切るなど……。」
クリスはまだ信じられないという顔をしている。
「そこを付けこまれたんだろう。ここからはかなり勝手な推測になるが、俺をミーアラントの領主にしたことも影響があると思うぞ。」
アシュラム戦役の際に、どこの馬の骨とも分からない冒険者に、辺境とは言え広大な土地を与え、さらに自治権まで認めている。
しかも、他の者たちへの報償がほとんどないにも拘らず、だ。
更に、その冒険者はアシュラムの姫君と恋仲であり、クリスティラ王女を降嫁させる話も出ているという。
これは何か大ぴらに言えない裏事情があるのではないか?
裏があっても構わないが、なぜ忠義を捧げてきた領主たちにまで隠すのか?
信用されていないのではないか?
「……みたいなことをずっと言われれば、そうかもって気になるだろ。しかもあながち間違っているわけでも無く、たとえ代々の忠臣であっても言えないことがあるのは確かだからな。信憑性が増すというものだよ。」
「それはそうでしょうね。」
「そこに加えて、今回の戦乱だ。わざと軍備を遅らせる事によって侵攻軍をサポートし、各領主たちには、地方を見捨てる気だから軍を出し渋っている等と不安を煽る。さらに言えば、兵を地方に回せば「裏切って相手につかないか見張られている」と言い、兵を回さなければ「見捨てられている」と言って更に不安を煽ったんじゃないか?」
「……。」
クリスは何も言わない……なので俺は話を続ける。
「やけに軍備に時間がかかっていたり、クリスへの報告が遅延していたことが、さっきの推測を裏付けているな。そして、とどめの一言『一時反逆の汚名を被ろうとも、民を守るために立ち上がるべきではないですか?』とか『王族が間違っているのなら、それを正すのも真なる忠臣の役目ではありませんか?』等、耳障りの言い事を囁かれたら、コロッと落ちるんじゃないか?」
「しかし……。」
「ましてや『反乱』ではなく『独立』だからな。『国に弓を向けるのではなく王家に反省を促すのだ』とか『国が守ってくれぬのなら、自分が立ち上がって民草を守るのだ』みたいな大義名分も受け入れやすいだろ?」
「って事はぁ?」
見上げるリディアの頭を撫でながら、俺は断言する。
「つまり、全ては繋がっているって事。そしてそれを仕組んだのは『南方連合』を名乗る裏にいる奴だ。目の前の敵は所詮駒に過ぎないんだよ。」
俺の言葉に、その場が静まり返る。
思っていた以上の大事になりそうな予感を皆も感じている事だろう。
「これから……どうしたらいいのかしら……ね。」
クリスが珍しく弱音を吐く。
それほどまでにショックだったらしい。
「どうするか……か。」
そう、それが問題だった。




