すれ違う思い……コレって甘酸っぱい事だけじゃないよね?
「はふぅ・・・・・・。」
目の前に少女・・・・・・と言っても、俺と同じぐらいの年だが・・・・・・が横たわっている。
エルの側仕え兼護衛のシェラだ。
さっきまで、エルにお仕置きを受けていた。
まぁ、あんなに大声でバカって連呼していたシェラも悪いんだが・・・・・・。
ちなみにどのようなお仕置きだったかというと・・・・・・・・・・・・眼福でした。
思わずシェラに手を合わせる。
「アンタ、なにしてんのよ?」
俺がシェラを拝んでいるとエルが呆れた声で言ってくる。
「いや、つい・・・・・・。」
俺はあわててごまかす。
「姫様、彼は私の魅力にゾッコンメロメロなのです。」
いつの間にか回復していたシェラが口を挟む。
「違ぇよ!」
何だよ?ゾッコンメロメロって。
「ところでここは?」
・・・・・・スルーですか、そうですか。
「ここは見ての通り森の中だよ・・・・・・まぁ、ちょっと細工をしてあるけどな。」
実は、このテントを中心に半径5m先の空間の位相をずらしてある。
本来なら、この空間毎位相をずらして隔離すればいいのだが、本来ならそうするべきなのだが、俺の空間魔法では1m程度の範囲しかずらすことが出来ない。
なので、面がダメなら線と言うことで、位相をずらした空間をぐるっと取り囲むように繋げてみた。
つまり、通常空間<ずらした空間>俺たちの行る場所(通常空間)<ずらした空間>と言うように壁を作ったというわけだ。
後はこの周りをエルの幻影魔法で誤魔化せば隠れ家の出来上がり、と言うわけだ。
「まぁ、単なる壁だから声とかは筒抜けなんだけどな。」
俺はシェラにそう説明してやる。
「成る程、つまり・・・・・・。」
「その通りだ。」
ここにいる限り、しばらくは安全・・・・・・俺はそう言いたかったのだが。
「逃げることの出来ない狭いところに閉じ込めて、あんな事やこんな事を姫様に強要してたんですね、このケダモノ!」
シェラは違ったらしい。
「しかも、今は私も捕らわれの身・・・・・・。いいでしょう、私の躯でよければ好きなだけ弄んでもいいです。その代わり、姫様には手を出さないで!」
「人聞きの悪い事言うな!」
俺はおかしな事を口走り始めたシェラの頭をはたく。
「アタタ……私ではダメと……姫様じゃないと……ですか?やっぱり胸なんですね!胸なんですねっ!」
「黙れっ!」
「二度もぶちましたねっ!親にもぶたれたことないのにっ!……ちなみに親にぶたれた事が無いのは、私に親がいないからですよ。」
「知るかっ!っていうか、ネタにさらりと重い話を混ぜるんじゃねぇ!」
はぁ、はぁ、はぁ……こいつこんな性格だったのか?
「姫様、見てください。あのケダモノ、私達を見てはぁはぁ、してますよ。」
「だぁぁぁっ!」
俺は頭を抱える。
「エル、これ捨ててきていいか?」
エルはそんな俺達を見てケラケラと笑っている。
「いいけど、今度は『弄ばれた挙句捨てられた―』か言われるわよ。」
「だぁーっ!……もういい!それよりシェラ、何か情報あるんだろっ!」
これでないって言ったら、本当に弄んでやる。
「ひ、姫様。野獣がいます、あれは野獣の眼ですっ!」
シェラがエルに抱き着く。
「あーはいはい、シンジが怒ってるから、それくらいにしてね。」
「そうですね。姫様も変わりなくて安心しました。……私がいない間に、あのケダモノと何かあったのではないかと心配しておりましたが……。」
「や、やぁねー、そ、そんな事あるわけないじゃん。」
エルが真っ赤になって顔を背ける。
オィ、それじゃぁ何かあったって言ってる様なもんだぞ。
案の定、その様子を見たシェラが、こっちに首を回して睨んでくる。
「フルフル……」
俺は、知らないと、思い切り首を振る。
と言うか、全然話が進まないんだけど。
◇
「……と、今の状況はこんな所です。」
あれから、しばらく非生産的なやり取りの後、ようやくシェラが、王都での事を話してくれた。
「それで、母様は?母様はどうしたの!」
詰め寄るエルに、シェラは指輪を渡す。
「これは……母様の……。」
「ミネア様は、フィン国王と最後まで一緒におられるとおっしゃっていました。それから姫様に伝言があります。」
「母様から……伝言?」
「はい、ミネア様から姫様に……「幸せになってね。約束よ。」とのことです。」
務めて事務的に伝えているシェラだが、声と体に小さな震えがあるのが見て取れる。
「母様……。」
ふらりとよろけるエルを抱きとめる。
エルは、そのまま俺に胸に顔を埋める。
俺は落ち着くまでエルの頭を撫でてやるのだった。
◇
「落ち着いたか?」
「ウン、ごめんね。」
「俺の方は、いいよ……ただ、あっちを何とかしてくれ。」
そういって俺がさす方をエルも見る。
そこには、エルを俺から引き離すか、それともそのままの方がいいのかと悩み、ウロウロしては時折、俺に「シャァーッ!」と威嚇してくるシェラの姿があった。
「くすっ。シェラ、そんなにウロウロしないで。……私は大丈夫だから。」
「でも姫様……。」
「いいから……シェラもこっちへおいで。」
エルはシェラを呼び、その頭を撫でる。
「ごめんね、シェラも辛かったよね。」
涙ぐみながら、シェラを労わるエル。
「そんな……姫様……。」
シェラは、それっきり俯いたまま、しばらくの間頭を上げることはなかった。
「それでこの国を出るって事なんだが……。」
俺はようやく落ち着いた二人に話しかける。
「待って、その事なんだけど……。」
エルが俺の言葉を遮り話し出す。
「私、王都に行こうと思うの。ううん、行きたいの。……だから……危ないから、一緒に来てなんて言えないから……ここで……。」
途中で俯き、最後の方は言葉にならなかった。
ったく……。
「抜け道とかあるのか?」
「えっ?」
エルが顔を上げる。
「まさか、正面から堂々と街へ入れないだろ?」
「来て……くれるの?」
小さく、震える声で聞いてくる。
「ここで放り出されても、困るからな。エルがいないと、右も左もわからん。」
「ありがと……。」
「そこまでです!」
感極まって抱きついて来ようとしたエルと、俺の間に、シェラが割り込む。
「姫様、この様なケダモノと一緒など。私がついていますから、置いていくべきです!」
まぁ、姫様Loveなのはいいけど、いい加減ムカついてきた。
「エル……お付きの躾がなって無い様だな。」
「アハハ……お手柔らかにね?」
『位相断絶』
『位相断絶』
『位相断絶』
『位相断絶』
俺は位相をずらした空間で周りを囲む。
「シェラ、よくおぼえておけよ。お前が最初に言った通り、ここからは逃げられないんだからな。」
「な、何を……。」
『空間転移』
俺はエルの手を取り、ズレた空間の外側へと移動する。
ドンドンドンッ!
シェラが見えない壁を叩いている。
「我の求めに応じ顕現せよ!『召喚』」
俺は壁の向こう側……シェラのいる方に召喚魔法をかける……呼び出したのはかわいい猫型の魔物……「舐めキャット」だ。
戦闘力は皆無に等しいが、その愛らしさから愛玩用として飼われることも多い魔物である。
俺は「舐めキャット」を次々と呼び出す……瞬く間にその空間は舐めキャットで埋め尽くされる。
「その人がご飯くれるぞ!」
俺は呼び出した「舐めキャット」にそう告げると、「舐めキャット」達は一斉にシェラに飛び掛かる。
「いやっ、ちょ、ちょっと、そこダメ……。」
シェラに纏わりついた舐めキャットたちは、シェラの身体を舐め回す。
ご飯時になると、飼い主に対して、愛想を振りまくかのように纏わりつき舐め回すのが特徴の「舐めキャット」。
可愛いのだが、ご飯を上げないと際限なく嘗め尽くされるというあたりが難点でもある。
「あぁん、そこ、イヤぁ……舐めちゃダメェ……。」
狭い空間内では逃げる場所もなく、ひたすら舐め回されるシェラ。
「そこでしばらく反省しろよ。」
「えっと、シンジ?確かにシェラも言い過ぎだと思うけど……これはちょっとやり過ぎじゃぁ?」
エルがドン引いている。
「シェラが、ケダモノ、ケダモノと煩いから、本物のケダモノさん達に登場していただきました。毛並みは今年度のモフ王者決定戦で第一位を取った実績のある逸品ですよ。お嬢さんもいかがかな?」
俺は1匹の舐めキャットをエルの腕のなかに召喚する。
「わわっ……っと。きゃ、可愛ぃ!」
エルは突然現れた舐めキャットを受け止め、その愛らしさに破顔する。
「なに、この毛並み、モフモフ、つやつや―。可愛ぃ―。」
エルはシェラの事を忘れたように、舐めキャットに夢中になる。
「そ、そんな……アン、ダメェ……ひ、姫様ぁ……いやぁ、そこダメなのぉ……あ、あぁん、もうダメェ、許してぇ……。」
◇
「えー、もう行っちゃうのぉ?」
呼び出した舐めキャットたちを送還しようとすると、名残惜しそうにエルが言う。
「まぁ、いつでも呼べるから……正直、魔力消費が厳しい。」
召喚魔法は、召喚している間も維持コストとして魔力が消費されていく。
外側の位相空間の維持と、シェラを閉じ込めていた位相空間の維持に加え、、これだけの召喚コストの維持は結構厳しいものがあった。
シェラと俺達を隔てている位相空間も解除する。
「シェラ、ご飯の用意しようか?」
「ハイ、シンジ様。スグニご用意サセテイタダキマス。」
シェラも素直になってくれた……少し口調がおかしいが……やり過ぎたか?
「へぇー、フーン……シェラみたいなのがいいんだ。」
軽蔑した眼差しで、俺を見るエル。
誤解だ……。
◇
「それで、エル。王都に行くのはいいんだが、行ってどうする?」
シェラの話では、内乱が起きるまであまり時間はなさそうだ。
今はエルの捜索に時間をかけているが、隣国をそれ程抑えておけるわけがない。
どこかのタイミングで、捜索を斬り上げ、内乱の準備に入るはずだ。
まぁ、国外へ脱出するならそのタイミングだろうし、エルのお母さんのその辺りの事を見越していたと思う。
そして、王都は内乱が始まれば、周りは敵だらけになる。
目的をはっきりしておかないと引き際を間違えて、The END……だ。
「ウン……母様を助けたい。」
「そうか……だけど、エル、一つだけ約束してほしい。もし、エルのお母さんが王都からの脱出を拒んだら、その時は素直に受け入れて逃げる。これは守って欲しい。」
シェラの話からすれば、エルのお母さんが、王都を離れることは、まずないと思う。
それはエルにもわかっているはずだ。
それでも、尚……と言うのであれば、エルが納得するまで付き合うしかない。
「シェラ、分かっているな?」
「えぇ、任せておいてください。」
俺は小声でシェラと話をする。
いざという時は、エルを気絶させてかかえてでも王都から逃げ出す。
その際、必要であれば、どちらかが囮になる事も厭わない……と。
「あなたの屍を乗り越えて、必ずや姫様と幸せになって見せます!」
って、おぃ!……俺が囮決定かよ!
一瞬、置き去りにするか?という考えが頭をよぎる。
「いざと言う時には、頼りにしているからな。」
「こちらこそ、頼らせてもらいますね。」
俺達は互いに笑顔で握手を交わす。
いざという時にはコイツを見捨てる、決定だ。
どうせ、あっちも同じ事を思っているんだから問題ない。
手を握り、笑い合う俺達を見てエルが一言漏らす。
「仲、いいんだね。」