新たなる旅立ち……やってることは変わらないんだけどね。
「それで、冒険ってどこ行く予定なの?」
お互いに、ひとしきり装備について褒め合っていたのが一区切りついたのか、エルが俺の方に寄ってきて聞いてくる。
「あぁ、それなんだが……。」
『主殿、我から説明しよう。』
俺の影から突然現れた、白い毛並みに覆われた子犬ぐらいの大きさの……狼?がそう話しかけてくる。
「わっ、バカッ、よせっ……。」
「きゃぁ、なにコレ、可愛ぃ!!」
俺が止める間もなく、その毛玉……もとい、チビ狼はエルの手によって攫われる。
「何ですかぁ、この可愛い毛玉。」
「エルさん、私にも、私にも……。」
「ダァメェ。」
「エルさん、独り占めはずるいですぅ!」
……はぁ、やっぱりこうなったか。
モフモフの毛玉に、子犬と見紛うばかりの愛らしさ……彼女らがもみくちゃにしているあのチビ狼が、かの星王狼だとは、誰も思わないだろう。
『主殿……助けてくれ。』
もみくちゃにされて息も絶え絶えになっている、元星王狼のレオンが助けを求めてくる。
「ムリだ……しばらく耐えてくれ。」
俺は痛む頭を押さえながらそう告げる。
落ち着くまでは、耐えるしかないんだよ。
こうなる事が分っていたから、姿を見せるなって言っておいたのに。
◇
「あー、お前ら落ち着いたか?」
「はいですぅ。ところで、この子は何ですか?」
レオンを抱きかかえたリディアが、そう聞いてくる。
……って、今頃それを聞くのか。
「あぁ、信じられないかもしれないが、ソイツは元星王狼のレオンだよ。」
「「「ええぇっ!!」」」
三人の驚愕の声が重なる。
レオンが俺のもとにやってきたのは、三日前の事だった。
俺も最初見た時はビックリするとともに、レオンの毛並みのモフモフ感を堪能したものだったが……。
レオンの話によると、最近山脈の北の奥の方に、見たことの無い魔獣が発生し出しているそうだ。
当然、レオンは星狼達を率いて制圧に乗り出したのだが……。
『恥ずかしながら、何が起きたのかが分からないのだ。気がついたらこのような姿でここに居たのだ。』
そう言って、小さい身体をさらに小さくするレオン。
そんなレオンを、リディアはギュっと抱きしめながらいう。
「分かりましたぁ。私達が謎を解くのですよ。」
「ま、そう言う事だ。」
俺はリディアの言葉を肯定するように頷く。
「シンジ様、申し訳ありませんでした。」
アイリスが頭を下げる。
「ン、何が?」
「いえ、てっきりシンジ様はサボろうとしているんだと勘違いをしていました。シンジ様は、領地を守るための準備をしていたのですね、そうとも知らず私は……恥ずかしいです。」
「あ、イヤぁ、まぁ……。」
俺はアイリスの真っすぐな瞳に耐えきれず、思わず顔をそむけてしまう。
『ん?主殿は我が来る前から準備をしていたと思うが……むぐっ。』
「はい、黙りましょうね。」
俺は余計な事を言い出すレオンを抱きかかえ、その口を塞ぐ。
……が、遅かったみたいだった。
「へぇー……シンジ様は先読みのスキルをお持ちなんですね。」
アイリスの視線が冷たい……先程の感謝を返せという声にならない声が聞こえてくるようだった。
「まぁ、そう言う事だから、出発は明日という事でよろしく。」
俺はそう言って、その場から逃げ出した。
◇
シャキーンッ!
そんな音と共に、目の前に地竜の頭が転げ落ちる。
「あっさりですぅ。」
リディアがニコニコとしながら近寄ってくる。
「亜竜とは言え『竜』の名を冠している地竜がこんなにあっさりと……。」
アイリスが自分の装備を見下ろしている。
「確かに、これなら大抵の魔獣は敵じゃないけど……その格好は……ねぇ?」
地竜は、鱗に覆われた堅いボディに、その巨体から繰り出す圧倒的なパワーが特徴だ。
先程も、地竜が繰り出した尻尾の攻撃を、アイリスの結界で防ぎつつ、エルとリディアの魔法で削り、怯んだところで、俺が竜の背後に回り込んでその首を斬り落とした。
こういうと地竜は大した事が無いように思えるが、実際には地竜の攻撃を無傷で防ぐ事の出来るアイリスの結界の強度、竜独自の高い魔法抵抗力をものともせずにダメージを与える事の出来るエルとリディアの魔法攻撃力、そして竜の鱗すらも易々と斬り裂く俺の新しい武器……。
つまり、俺達の方が普通じゃないわけだ。
「ん?おかしいか?」
エルが顔をしかめているので、自分の姿を見直す。
ショルダーガードにブレストプレートなど、要所要所をガードするだけで機動力を重視した軽鎧をベースに作った俺専用のライトメイルとマント。
防御・魔法抵抗を極限まで高め、更に軽量化の魔法を付与している為、重さを全く感じない優れモノだ。
どこかおかしいのだろうか?
それとも武器の方か?
魔王との戦いで、剣術では敵わないことを思い知らされた俺は、自分の戦闘スタイルを徹底的に見つめ直した。
その結果、俺に一番合ったスタイルは、遠くから銃やアイテムによる遠距離攻撃とスキルを駆使した奇襲攻撃だという結論に至ったのだ。
そう考えた場合、『女神の剣』は俺の戦闘スタイルには合わないことが分かったので、色々と手を加えた結果が、今俺の手にしている『死神の鎌』だ。
『次元斬』が常時発動している状態なので、触れたものは空間ごと斬り裂くため、通常の防護は役に立たない、まさしく『死神の鎌』なのだ。
ちなみに『女神の剣』を核にしているので、俺の意思一つで銃モードにも、本来の剣モードにすることもできる。
尚、銃モードは『死の銃』と名付け、魔王戦で使った「全方位攻撃」を中心として、かなり手を加えてある。
すべては自慢の逸品だが……と言うか自慢させてくれ……これほどの改造にはかなり苦労したのだ。
正直、魔王からもらった『情報の魔石』が無ければできなかった。
「おかしい所は無いと思うが……?」
そんな目でエルを見ると、エルは軽くため息をつく。
「その色彩にその装備……暗殺者っぽくって悪人ぽい。」
どうやら、黒一色と言うのがお気に召さないらしかった。
……ダークナイトっぽくて気に入ってるんだが……まいっか、別に正義の味方をするわけじゃないし。
「でも、クリスさんが来れなかったのは残念ですね。」
地竜の解体を終えたアイリスが、近寄ってきてそう言う。
「そうだな、まぁ精々土産話を沢山してやろう。」
「それはそれで、悔しがりそうですけどね。」
アイリスがくすくすと笑う。
「しかし、この辺りで地竜が出て来る事自体がおかしいな。」
「そうですね、早く気づいてよかったです。放っておいたらアシュラムにも被害が出そうですね。」
『済まぬ、我がもっとしっかりしていれば……。』
「レオンちゃんは悪くない。」
エルが横からレオンを抱き上げてモフモフする。
ここ最近は当たり前のように見られる光景だ。
レオンももはや諦めて悟りの境地に至っているらしい。
「しかし、魔物の分布は少しおかしいが、それだけと言われたらそれだけなんだよなぁ。」
「そうですね。『見た事の無い魔物』というのが気になりますが、今のところそんな兆候は見えないですからね。」
アイリスが俺の言葉に応えてくれる。
「もっと奥に行けば何かわかるかもね。」
エルもそう応じてくれる。
「じゃぁ、今日はもう少し進むか。」
俺はそう言って、森の奥へと歩みを進めた。
◇
「今夜はここで野営をしよう。」
森を抜けて、山道を登り、また別の森の中に入り……と、今日一日でかなり進むことが出来た。
レオンが言っていた、北の奥に辿り着くにはもう少し時間がかかるが、折角の冒険だから道中を楽しもうと思う。
火を熾して焚火の準備が出来ると、次は今夜の晩餐の支度だ。
せっかくなので昼間倒した地竜の肉を中心としたバーベキューにしようと、下拵えを始める。
……と言うより、三人がすべてを取り仕切っている為、俺のやる事は実際にはなかったりするのだが。
エル達三人は、こういう言い方をするとなんだが、王女のくせに料理スキルが異様に高い。
……まぁ、高くなった原因が、俺が色々な料理を教えたせいだったりするのだが。
こっちの料理人の知らないレシピや調理方法が多いため、もっと食べたければ自分で作るしか方法がなく、結果として料理スキルが上がったというわけだ。
特にリディアはお菓子やデザートに関してのスキルが異常に高く、その事からもリディアのデザートに関する執念の高さが伺えたりする。
お陰で屋敷の調理人が色々困ったりしているのだが、それはまた別の話だ。
「エヘッ、なんか久しぶりですぅ。」
焼き串を手にリディアがすり寄ってくる。
「えっと、その、シンジ……あ、アーン……。」
逆側にエルが座り、顔を真っ赤にしながら焼き串を差し出してくる。
俺は素直にそれを咥える……ウン、少し硬いがおいしいな。
「竜の肉には身体を強化させる効果があるって聞きますが、本当なのでしょうか?」
左右をエルとリディアに取られ、どうしようかとウロウロして居たアイリスが、結局俺の膝の上に座り、体重を預けて来ながらそんな事を言う。
「さぁな?よく分からんが、まぁそう思って食べれば、なんとなくなんな気がするんじゃないか?」
いわゆるフラシーボ効果ってやつだな。
「まぁ、私達は身体強化より魔力強化の方が役立つけどね。」
エルの言う通り、俺達は『魔法使い』だからな。
身体強化は魔力で出来るが、原動力である魔力が弱ければ効果が無いからな。
俺達はそんな話をしながら食事を楽しんでいた。
「くすっ。」
「何だよ突然。」
リディアが突然くすくすと笑いだすので、何がおかしいのか訊ねてみる。
「ウン、別に何でもないのですよ。」
ただ……とリディアが笑顔で続ける。
「シンジさんだけじゃなくて、エルさんもアイリスもいい表情してるなぁって。」
そう言いながらくすくすと笑い続けるリディア。
そう言う自分が一番いい表情をしているって気づいているのだろうか?
俺はリディアの頭を撫でながら応える。
「そうだな、結局俺達は冒険者が染み付いてるって事だろ?」
「そうかもですぅ。」
リディアが俺の腕をギュっと抱きかかえる。
「まぁ今後も、こうやってお忍びで冒険者をやるか。」
「それはそれで色々問題がありそうなんですけど?」
俺の言葉を聞き咎めたアイリスが困ったように言ってくる。
「取りあえずは苦労を押し付ける側近を育てないとな……リオナ達だけじゃかわいそうだし。」
「……押し付けているって自覚はあったのね。」
エルの言葉が胸に突き刺さる……が、取りあえず笑って誤魔化しておく。
「真面目な話なんだけどな、今回の事は、単なる前触れであって、今後もこうやってあっちこっちに出回る必要性が出て来ると思うんだよ。」
俺の言葉に、エルが「どういうこと?」と聞いてくる。
「以前女神が言っていた『この世界は戦乱に飲み込まれる』と言う言葉を覚えているか?」
「ウン。」
「覚えていますぅ。」
「シンジ様は、また戦争が起きるとお考えですか?」
三者三様に答える。
「それに魔王が言っていた『女神に気を付けろ』と言う言葉と『インスペクター』と言う言葉がな。」
「それ気になってたんですけどぉ『インスペクター』って何ですかぁ?」
「あぁ『インスペクター』は俺の世界の言葉で『観察者』って意味なんだ。ただ、なぜ魔王が俺に向かってそんな事を言ってきたのかとなると、よく分からないけどな。」
うーん……とみんなが悩み始める。
「まぁ、とにかく、だ。このまま大人しく「領主」なんてやっている暇があるかどうかって事だよ。」
「そうね、アイリスが言った通りまた戦争が起こる可能性もありそうだしね。」
「そう言う事だな。俺達に出来る事は何があっても柔軟に動けるようにしておくことだよ。」
そう言って俺は三人を抱き寄せる。
「じゃぁ、結婚式を早くしないとね?」
エルがニヤリと笑ってそんな事を言ってくる。
俺は思わず三人から距離を取る。
「ちょ、ちょっと待て、なぜそうなる。」
「だって、忙しくなったら結婚式どころじゃなくなるでしょ?」
エルの言葉に、リディアとアイリスがうんうんと頷く。
「ま、まぁそれは、前向きに善処するという事で……。」
じりじりとすり寄って来る彼女達から距離を取るために動く。
「そんなこと言ってごまかされないですよぉ。」
リディアが覆い被さってくる。
「ちょ、ちょっと、むぐっ……。」
……俺達の冒険は、まだ始まったばかりだった。




