『お約束』は時と場所を考えて!!
「何だ、貴様らっ!」
玉座の間に入り込んだ俺達を、玉座の傍に控えていた男が誰何する。
「ダニエルっ!?」
男の声を無視してアイリスが声を上げる。
「お姉ちゃん?」
玉座に座っていた少年がアイリスを見て一瞬首をかしげる。
今のアイリスは髪の色を染め替え、認識疎外の魔法をかけてあるので、一見しただけでは本人だとは分からないだろう。
それを声だけで認識できたダニエルが凄いのだ。
「一目でわかるとは、麗しい姉弟愛だねぇ。」
ダニエル少年の傍に立っている男が、クククと笑う。
「何で、ここに居る……レックス。」
俺はその男に声をかける。
そこに立っていたのは、数日前まで行動を共にしていたレックスだった。
「私もいる。」
その後ろからミィが顔を出す。
ウン、知ってた……。
ミィの出現で、張詰めていた糸が少し緩む。
「お前らっ!俺を無視するなっ!」
蚊帳の外に置かれていた男……たぶんこいつがガズェルだろう……が割り込んでくる。
「あぁ、そう言えば、コイツをやっつけるって話だったな。」
ダニエルが生きていた事、そこにレックスたちがいた事で少し混乱していたが、当初の予定では元凶のガズェルを討伐するのが第一目標だった。
ズキューン!!
ガキンッ!
俺は銃を抜きガズェルに向けて撃ち放つが、寸でのところで見えない障壁に阻まれる。
「っと、シンジさんよぉ、ちょっと気が短いよ。」
レックスの言葉に、今の障壁を張ったのがレックスだと気づく。
「レックス……お前、何者だ?」
俺は銃口をレックスに向けて問いかける。
「んー、そこの人に雇われた軍事顧問……かな?」
ニヤリと笑いながらそんな事を言うレックス。
しかし、その言葉、表情で俺は理解した……レックスが……だと。
「何をしている!早く排除せぬか!「魔王」!」
俺の推測は、ガズェルの言葉で証明される。
「「「「魔王っ!?」」」」
俺以外の四人の声が揃う。
まさかレックスが魔王とは思いもしなかったのだろう。
しかし、驚愕したもののすかさず戦闘態勢に入るあたり、彼女らの気持ちの強さが伺える。
「チッ、すぐバラしやがって……。」
面白くなさそうな顔でガズェルを睨みつけるレックス……魔王。
「ホント、つまんない男っすよ。」
そばに居たミィがそう吐き捨てる。
口調が変わった?と思う間もなく、ミィの身体が光に包まれる。
光はすぐに消え、そこにいたのは小柄な黒髪の少女……砦に侵入してきたあの少女だった。
「ミィ……あなた……。」
あの時その場にいたエル達も、変わったミィの姿を見て、言葉に詰まる。
「何をやっている、早くしろっ!」
喚き散らすガズェル。
「あー煩いなぁ、それくらい自分でやれよ。力は与えてやっただろ。」
魔王は、煩わしそうに言うと、パチンっと指を鳴らす。
「ぐがぁっ!」
その途端ガズェルが蹲り苦しみだす。
「なに?」
「どうしたの?」
「何ですか!?」
「気持ち悪いですぅ。」
ビクッ、ビクッ、と痙攣しながら体中の筋肉が盛り上がり、何か別のモノに変わろうとしているガズェルを見て、エル達が騒ぎ出す。
……これはヤバいっ!
キィンッ!
俺はガズェルに向けて魔弾を放つが、やはり見えない障壁に弾かれる。
「だから、気が早いんだって。変身中に手を出さないのは『お約束』だろ?」
俺は魔王に向き直る。
「どういうつもりだ?」
「まぁまぁ、準備ができるまで、ちょっと話でもしようぜ。色々聞きたいこともあるんだろ?」
魔王はそう言って嗤う。
「っと、その前にダニエル坊やを返さないとな。」
魔王がそう言って腕を軽く振ると、玉座に座っていたダニエルの姿が消える。
「ダニエルをどうしたのですかっ!」
アイリスが叫ぶ。
「この先は坊やには刺激が強いだろ?だから部屋へ返したのさ。何なら確認してきてもいいぜ。」
その言葉に同調するかのように背後の扉が開く。
魔王の転移魔法……触れもせずに対象だけを飛ばすことが出来る、それだけでも、俺の『空間転移』より遥かに高度なものだというのがよく分かる。
「ん?いかないのか?」
魔王がアイリスを見やる。
「行きません。あなたが言う事が本当であれば、ダニエルは安全な部屋にいるのでしょう。嘘であるならば、探すために右往左往するだけ……だったらあなたを問い詰める方が早いはず……そして、私がこの場を離れるのは戦力減という事も考えて愚策です。」
アイリスはそこまで言って一旦言葉を切る。
そして、再度魔王を睨みつけて言葉を放つ。
「今、国の為に為すべきこと、それは私もダニエルも理解と覚悟をしています!」
「おぉー、流石は一国の王女、どこぞの簒奪者とは意識も気概も違うねぇ。」
魔王はそう言ってガズェルの方を見る。
「こっちは……ダメだねぇ、こんなにも時間がかかるって、覚悟が足りないんじゃないの?……って事で、もう少しおしゃべりに付き合ってもらおうかな。」
ふざけている様だが、魔王には隙が無い。
さっきから撃ち込むチャンスを窺っているのだが、全て弾かれるイメージしか沸いてこないのだ。
「いいだろう。じゃぁ一つだけ聞かせてもらおうか?」
ここは魔王に乗るしかないのなら、出来る限りの情報を得ておくのが得策だろう。
「一つと言わず、いくつでもいいぜ。」
魔王は余裕の笑みを崩さない。
「そこのガズェルを倒せば、お前は送還されるのか?」
「おっと、いきなり核心ついて来るな。まぁ、いっか。答えはYesだ。アレがいなくなれば、そんなに長くとどまるのは難しいだろうな。」
魔王の言葉だ、丸々信じるわけには行かないと思うが……今は信じてそれに賭けるしかないか。
「何故、お前はあんな奴に従っている?お前ほどの力のある奴なら、あんな小者なんかに束縛されないだろ?」
俺の言葉に、魔王はウーンと唸る。
「それがな、あの召喚陣は大したものでな。特に触媒に籠った念が強力でなぁ……。」 ガズェル自身は小者でも、召喚陣とそれに籠ったエネルギーは一流だそうだ……魔王の力をもってしても、この世界に縛られざるを得ないぐらいには……。
「どうせ戻れないなら、戻れるまで遊んでやろうと思っても仕方ないだろ?暇なんだし。」
魔王の言葉に、となりのミィがうんうんと頷いている。
「まぁ、文句は全部ソイツに言ってくれよ……ようやく準備が出来たようだぜ。」
「ぐるぅるぅぅぅ……ワレは……チカラ……アルモノ……。」
ガズェルはその姿が一変していた。
盛り上がった筋肉に血管が浮き出て、それがびくっ、びくっ、と脈打っている。
腕が4本となっていて、他に背中と腰のあたりから触手みたいなものがウネウネと蠢いている。
顔だけは辛うじて人間だったころの面影を残しているが、それがかえって気味悪さを強調していた。
「うわぁっ、キモッ!」
「人間辞めちゃったですぅ。」
「哀れですね……。」
「でも、力は上がってますわ。」
「おいおい、嬢ちゃん達言いたい放題だな。」
魔王が苦笑いをしている。
「まぁ、話しはアレを倒してからって事で。一応かなり強化してあるからな。死ぬなよ、後がつまらなくなるからな。」
魔王はそう言って、戦闘の邪魔にならないようにする為か、部屋の奥へと引っ込んでいった。
「ちっ!仕方がない。……アイリス、加護を頼む!」
「任せてください!……彼の者達へご加護を!『聖なる祝福!』」
光の粒子が俺達を包みこむ。
「いっけぇぇぇー!」
俺は銃モードの『女神の剣』で溜め込んだ魔力を撃ち出す。
『氷槍』
『岩石弾』
エルとリディアの声が重なり、魔法が撃ち出される。
「てぃりゃぁぁぁぁ!」
クリスの気合を込めた剣戟が、ガズェルの腕を1本切り落とす。
「グルルゥゥゥ……キカヌ……ワレ……サイキョウ……。」
クリスに向かって、腕が振り下ろされる。
ドォォンッ!!
爆音と共に床を抉る。
クリスは避けたが、衝撃で跳ね飛ばされる。
「エル、リディア、アイリス、援護を頼む!」
俺はクリスの逆方向へ飛び込むと、魔弾を放ち即座に場所を変える。
一瞬前まで俺がいた所に、触手の一撃が来るが、すでに俺は移動した後だ。
ゴンッ!
めり込んだ触手に向けて炎を宿した一撃を放つ。
別の方角から来る触手の一撃を躱しざまに、魔弾を撃ち込む。
「ドォォォォォンッ!」
エルとリディアの魔法が放たれると、防御の為に触手が一か所に集まる。
その隙を狙って、クリスの剣が脚を薙ぎ払う。
ガズェルの意識がクリスに向かったところで、俺が魔弾を放つ。
俺の方に意識が向き触手が迫る。
『水の刃』
エルの魔法が触手を斬り裂く。
俺は触手の残骸を躱すと、魔力弾を次々と撃ち込む。
「クッ、きりがないな。」
切っても切っても触手は生え変わる様に新しく出て来る。
「しまったっ!」
クリスが触手に捕らえられる。
「きゃぁ、イヤっ!」
拘束されたクリスの胸や身体を触手が弄る。
「「エロ禁止っ!!」」
エルとリディアの声が揃って、風と水の魔力が降り注ぐと、クリスを拘束していた触手が、一瞬にして消滅する。
「触手は滅殺です!」
うん、まぁ触手が出て来た時点で『お約束』はあるかと思たけど、すぐ潰されましたね。
……深く考えたら負けのような気がしたので、触手は彼女たちに任せて、俺はガズェルの弱点を探す。
触手と腕は切ってもすぐ再生するので、いつまでも相手取っていては時間の無駄だろう。
邪魔な腕を撃ち払いながら、俺は観察を続ける。
……ン?
今、腕がおかしな動きをした……偶然かと思ったが、今また、クリスの攻撃の際に似たような動きをする。
……試してみるか。
俺は動きの合間を狙って、ガズェルの顔に向けて魔弾を放つ。
防御しようと右腕が動く……ここだ!
俺は続けてガズェルの首側面の根元辺りに魔弾を放つ。
すると、顔を庇おうとしていた右腕が首を庇う様に動いたため、初弾がガズェルの眉間にヒットする。
顔の1/4が吹き飛ぶが、ガズェルの動きは衰えない。
しかも、ゆっくりとではあるが、顔の修復も始まっている。
俺は魔弾を撃ちこみながらエル達の近くへと移動する。
「エル、リディア、弱点らしき所を見つけた。クリスが陽動している間に、俺がそこを狙うから、動きが止まったらすかさず大技をぶつけてくれ。」
それで奴の息の根は止まるはずだというと、エルとリディアが大きく頷く。
「ちょっと待ってください……水の癒し《キュア・ミスト》!」
アイリスが呼び止め、俺に向かって魔法を唱えると、霧状の細かな水滴が俺の身体を包み込み、傷を癒してくれる。
体力回復の効果もあるのか、心なしか体が軽くなった気がする。
クリスがいないときは、アイリスが防護結界で敵の攻撃を防ぎつつ、エルとリディアの魔法で殲滅と言うのが攻撃のパターンだったが、今はクリスが相手を引き付けてくれている為、アイリスは回復とサポートに専念できるため、かなり余裕があるみたいだ。
前衛が一人増えるだけで、ここまで余裕が出来るなら、俺はもっと剣術の修練をした方がいいのかもしれない。
「アイリス、ありがとな。」
俺はアイリスの頭を撫でると、苦戦しているはずのクリスを助けるために、前線に復帰する。
クリスは慣れて来たのか、ガズェルの攻撃が単調なのかは分からないが、右へ、左へと、攻撃を躱しつつ、危なげなくカウンターで斬り付けている。
「クリスも余裕が出て来たみたいだな。」
俺は攻撃をクリスに任せ、一瞬の隙を狙うために、魔力を研ぎ澄ませ集中していく。
「くっ!」
クリスの剣が弾かれ、そこを好機と見たガズェルの触手がクリスに向かう。
しかし、そこにエルの『氷槍』が突き刺さり、続いてリディアの『爆烈風』がガズェルを覆い包む。
そこに体勢を立て直したクリスが飛び込んでくる。
流石のガズェルも、立て続けの攻撃に防戦一方になる。
「……そこっ!!」
三方からの攻撃に意識を奪われ、防御一辺倒になったガズェルの、一瞬無防備になった首側面を、俺は見逃さず光属性を纏った魔弾を撃ち込む。
光属性のレーザー光線……込めた魔力量が違うので通常の『集光の矢』より数倍の威力がある。
光の速さで迫る魔弾を、ガズェルが避けれるわけもなく、俺が放った魔弾はガズェルの首を貫く。
ガズェルは、一度ビクッと痙攣し動きが止まる。
「光よ……。」
「風よ……。」
「「貫け!『雷光の衝撃!』」」
エルとリディアの合成魔法が、ガズェルの身体を貫き撃ち砕く。
「グワァァァァァ――――――。」
断末魔の悲鳴だろうか、ガズェルは咆哮をあげながらも崩れ落ちていく。
「やったか。」
俺は目の前のガズェルを見下ろしてそう呟く。
「それは『フラグ』って奴だろ?」
背後から声がかけられる。
魔王だ……いつの間に。
「安心するのは早いんじゃないの?」
魔王はそう言って指をさす。
俺は指示されるままにガズェルの方を見ると、崩れ落ちていたガズェルが「グォォォォ―――」と言う咆哮と共に立ち上がる。
そしてその身体が縦に割れると、中から一際大きな魔獣が現れた。
新たなガズェルを一言で表すなら、恐竜……ティラノサウルス・レックスが一番近いだろうか。
先程迄は、辛うじて人間の姿を残していたが、もはや人間の面影は全くない。
唯一、元が人間だろうと思わせる部分は、首元にあるガズェルの顔だけだ。
「二段階変身は『お約束』だろ?」
どこからともなく、魔王の声が響く。
姿が見えないが、いまかまっている暇は無い。
ズキューン!! ズキューン!!
俺は魔弾を放つが、あまりダメージを与えている様には見えない。
「くそっ!こんな時に『お約束』はいらないんだよっ!!」
俺は立て続けに銃を撃ち放つが、やはり効いている様子はない。
俺は『女神の剣』を剣に戻すと、接近戦を仕掛けるべく、ガズェルに向けて駆けだしていった。
※本来なら、今日、明日が成人式の筈ですが、成人式が軒並み中止とか延期になっていますね、悲しい事です。
新成人の皆様、世間の荒波?に負けずに頑張りましょう。
成人おめでとうございます。




