トラップ注意!!転移の罠はエグいですよね。
「そろそろ落ち着いたか?」
アイリスの呼吸が穏やかになったのを見て、俺は声をかける。
ゆっくりさせたやりたいのは山々だが、この場にいない子達の事を考えると気が焦る。
アイリスの自分の所為で手遅れになった、とい状況は避けたいだろう。
「うん……でも、まだ体に力が入りません……。」
辛そうな表情でアイリスが応える。
「運んで行ってやるから、道中回復魔法をかけながら、回復に専念してくれ。」
俺はそう言ってアイリスを背負うと、部屋の出口を抜けて通路を駆けていく。
「しかし、アシュラムの王宮ってのは変わった作りをしているんだな。誰の趣味だ?」
俺は雰囲気を明るくするために、冗談交じりにそう言ってみた。
「ガズェルか魔王の趣味ですよ……本当の王宮はこんなに趣味悪くないですよ。」
アイリスが溜息交じりに答える……話題が尽きてしまった。
俺とアイリスはしばらくの間、無言のまま通路を突き進む。
「シンジ様、ありがとうございます。」
背中のアイリスが、突然お礼を言ってくる。
「いきなりだな。」
「そう言えば、助けてもらったお礼を言ってなかったな、と思いまして。」
明るい声でそう言いながら俺にギュっとしがみ付いてくる。
「……もう、会えないと覚悟してたんですよ……本当にありがとうございます……嬉しいです……。」
俺の背中に顔を押し付けながらそんな事をつぶやく。
小さな声だったけど、アイリスの気持ちはハッキリと伝わった。
「気にするなよ……間に合ってよかったよ。」
俺はそれだけをアイリスに伝えると、背中越しに「ウン」と小さく頷く気配を感じた。
しばらく進むと、それまで一本道だった通路が左右に分かれていた。
「くそっ……どっちだ?」
「……左右両方に気配があります……少し遠すぎて誰の気配までかは分からないですが。」
「そうか、じゃぁ右に行こう。」
俺はそう言うと右の道を選んで駆けだす。
「なぜ右を選んだんですか?」
「単なる感だよ。両方にいるならどっちを選んでも一緒って事だろ。……まぁ、出来ればこの先にクリスがいて欲しいとは思うが。」
「クリスさんですか?」
俺の言葉に意外そうな声を上げるアイリス。
「個々の戦力的な問題だよ。そう言う意味では、最初にアイリスと合流できたのは幸運だった。」
アイリスは4人の中で、一番個別戦闘に向いていない。
防御面ではある程度安心できるとはいえ、バラバラになった時一番危険なのはアイリスだ。
彼女の、回復と補助に特化したスキルは、誰かといて初めて効力を発するものだからだ。
俺がそう説明すると、アイリスは納得した感じで頷く。
「確かに、あの時は後一刻も持ちませんでしたから、シンジさんが来るのが少しでも送れたら間に合いませんでしたね。」
「似たような理由で、次に不安なのがクリスなんだよ。」
そう言うと、アイリスは不思議そうに首をかしげる。
「でもクリスさんは、私達の中では一番戦闘力がありますよね?」
「あぁ、攻撃力は随一だな。その代わり防御面に不安が残るんだよ。」
クリスの装備は上級の騎士の名に恥じない、伝説級の装備で固められている。
だが、前衛で戦う事に特化している為に、完全防御と言うには程遠い。
「回復もサポートも受けられない状況下で、どれだけ持つのか……。」
「そう言われると不安になってきますね……通話の魔術具も役に立ちませんし……。」
アイリスはイヤリングを弄びながらため息をつく。
「まぁ、魔法が完全に阻害されて無いだけマシだと思うしかないよな。」
魔法が使えなかったら、俺達はすでに全滅していただろう。
「そうですね……あっ、この気配は……リディアさんです!」
「どんな感じだ?」
「……リディアさんの気配は全く動いてないですね。少し距離を置いて何かの……たぶんモンスターだと思いますが……気配があってリディアさんに向かっています。ただ時々止まったりして動きが鈍いので、リディアさんが何かしてると思いますよ。」
「そっか……全く動いていないって言うのが気になるけどな。防御固めて動かないでいるのか、動けない状況に陥っているのか……。」
そんな会話をしている間に、大きな扉の前に着く。
「シンジさん、加護を掛けます。」
俺が部屋の中に入ろうとするのを呼び止めて、アイリスが呪文を紡ぐ。
「……清浄なる流れの下に彼の者を守り給え!『聖なる守り!』」
アイリスから放たれた光が俺を包み込む。
「ありがとう。」
俺はそれだけを言い残して、扉を開けて部屋の中へ飛び込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「失敗しちゃったなぁ、もぅ……。」
私は今、瓦礫に埋もれて動けないでいた。
大きな瓦礫に下半身が挟まれていて自由になるのは上半身だけ……下半身の感覚はすでにない。
前方から私を狙ってやってくるモンスターが後を絶たないけど、幸運だったのは瓦礫に阻まれて1体づつしか来れないって事かな。
その狭い場所で、私の作ったゴーレムがモンスターを阻んでくれている。
だけどゴーレムが壊れて次のゴーレムを作るまでの間に、モンスターは確実に私に近づいてきている。
瓦礫に埋もれているせいで、モンスターに凌辱される心配はなさそうなのが、不幸中の幸い……なのかな?
『ゴーレム作成!』
崩れ落ちるゴーレムを見て、私はすかさず次のゴーレムを作る。
でもどうしてもタイムラグがあり、その分近付かれてしまう。
……たぶん、後三回か四回、ゴーレムが壊されたら……その時が最後かな?
シンジさんに「女の子の幸せ」も教えてもらったし、思い残すことはないよね?
「……でも、最後に一目でいいからシンジさんに会いたいよぉ。声が聞きたいよぉ。」
思わず弱音が口を突いて出てしまう。
シンジさん……私の初めての……本気の恋の相手。
ベルグシュタットの第三王女と言う立場で生まれた私は、恋なんて物語の中だけの話だった。
だからこそ、恋物語には憧れを抱いていたんだけどね。
現実では、私は成人したら近隣の大国に、政略結婚の相手として嫁ぐ事が義務つけられていた。
ただ、私に『天啓』のスキルが発現した為、当初予定していた嫁ぎ先を変更せざるを得なくなった。
『天啓』のスキルは未来視のスキル……使い方によっては国家そのものに影響を与える為、『天啓』のスキル持ちは神殿に入り修行することが義務付けられている。
そして『神降ろし』にもつながるスキルの為に、清らかさを求められているから、結婚なんて出来ない。
だから本来なら、私は神殿に閉じ込められて一生を過ごさなければならないのだけど……そんな人生詰まらないよね?
だから私は、こっそりと神殿を抜け出して、自分の人生を探す努力をしてた。
お父様たちの目を盗んで冒険者登録したのもその一環だったけど……全部バレていたみたい。
後で知ったんだけど、お父様とお母様は、私に自由に生きて欲しくて『天啓』のスキルの事を知っているのも、お父様お母様以外は神殿長だけなんだって。
だから三人が口をつぐめば、私は神殿に押し込められることなく、生活できるって事だったの。
それでもシンジさんについて行って、国を出る事には猛反対されたんだけどね。
シンジさんに初めて会ったのは森の中。
『天啓』のお告げに従い、運命を変える人を探して出会った人……まぁ、エルさんに可愛がられ過ぎたのは想定外でしたけどね。
本人に言うと否定すると思うけど、シンジさんはお節介で世話焼きで、女の子に甘くて、そして優しい人……。
森の中で出会った怪しい女の子のお願いを、イヤイヤと言う素振りを見せながら、それでもしっかりと守って叶えてくれる人なんてシンジさん以外にはいないですよ。
頼りがいのある優しい人、面白い人、そばに居て安心できる人……いつから恋するようになったか分からないけど、はっきりと自覚したのは、レムちゃんって言う私と同じ年頃の女の子を王都に連れて来た時。
シンジさんとエルさんと一緒にいるあの子を見てなんとも言えない気持ちになったの……これが嫉妬というものだって気づいたのは、後になってからだったけどね。
あの輪の中にいない自分が悔しくて情けなくて……最初は兄さまやお父様お母様と同じ家族に対する想いだと思っていたんだけど、シンジさんにギュってしてほしい、抱きしめて欲しい、シンジさんの笑顔を見るとほんわかとした気持ちになって、シンジさんが悲しんだり苦しんだりしていると切なくなる。
この気持ち、自分でもよくわからなくて、側使えのメリアに相談したら「姫様は恋してるんですよ」って言われた。
「シンジさんに恋してる」と言われて初めて、自分の中にストンと何かが収まる感じがした……これが恋なんだと。
シンジさんに恋して居ることを自覚してからの私の空回りっぷりは、正直穴があったら入りたいぐらいの赤面ものだったけど、シンジさんもねぇ、分かっているのかいないのか、何時もはぐらかそうとするからいけないんだよ。
一緒に旅して、シンジさんの色々な面を見て、私の想いはドンドン深くなって……魔王との戦いで、ひょっとしたらこれが最後かも?って考えたら、居ても立っても居られなくなって……気づいたらシンジさんの寝室に飛び込んでいて……まぁ、アイリスに見られたのは一生の不覚だったけどね。
「っと……『ゴーレム作成!』」
私が今までの事を思い出している間にも、モンスターは迫ってきている。
直近まで近づいたら『大崩壊』を唱えて……それで終わり。
私を押しつぶしている瓦礫ごと、この場が崩れ落ちて、今度こそ本当に私は押しつぶされる……。
「モンスターに惨殺されるよりマシだよね。」
私は口に出してみるけど、身体の震えは止まらない。
「……シンジさん、会いたいよぉ……。」
一度口に出すと、想いが溢れてくる。
イヤだ、死にたくない。
こんなところで、シンジさんに会えずに、一人寂しく死ぬのなんて嫌だ。
「シンジさん、シンジさん、シンジさん……。」
意識がかすれてくる……。
シンジさんに会いたい、シンジさんの顔が見たい、シンジさんの声が聞きたい……。
私の想いは止まらない……。
(リディアぁぁぁー……)
……もう死ぬのかな?幻聴まで聞こえる様になっちゃったよ。
(リディアぁぁぁー、どこだぁ!……)
でも、幻聴でも、シンジさんの声が聞けて……嬉しいな……。
「リディア!」
……幻覚かな?シンジさんの顔が見える。
女神様も最後に、粋な計らいをしてくれるね。
幻覚でもいいや、最後にもう一度想いを伝えよう。
「……シンジさん……好きです……大好きです……。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺が部屋に入ると、目に飛び込んできたのは、奥にある瓦礫の山と、そこを目指しているモンスタ―の群だった。
瓦礫の隙間があるのか、そこにモンスターが入り込もうとしていて、それを阻むかの様にゴーレムが立ち塞がっている。
そこまで認識した時、ゴーレムが崩れ落ち、モンスターがさらに奥に入り込むが、新たに出現したゴーレムに再度立ち塞がれる。
「リディアが作っているゴーレムなのか?」
俺は目の前のモンスターの群を撃ち抜き、薙ぎ払いながら、瓦礫へと近づく。
「アイリス、大丈夫かっ?」
俺の後に続くアイリスを気にかけながらも、モンスター達の数を減らしていく。
幸いにも、モンスター達はこちらを気にかけることもなく、一心不乱に瓦礫を目指している為、殲滅までにそれほど時間がかからなかった。
「ラストっ!」
俺はゴーレムを倒したばかりのオーガに向けて魔弾を放つ。
魔弾がオーガの頭を撃ち砕き、その動きを止める。
「リディアぁぁぁーーーーー!どこだぁ!返事をしろっ!」
俺は叫びながら瓦礫の奥へと進んでいく。
かなり奥まった所で、うつ伏せに倒れている少女を見rつける。
「リディア!」
俺は慌てて駆け寄り、息をのむ。
リディアの下半身が瓦礫に押しつぶされている。
「リディア、リディアっ!」
俺はリディアを抱きかかえると、空間転移を使って瓦礫の山の外へと移動する。
「リディアっ!リディアっ!リディアっ!」
何度か呼びかけると、リディが薄っすらと目を開く。
いつもは元気に輝いているその翠の瞳には光がない。
「幻覚……でもいいよぉ……シンジさん……好きです……大好きです……。」
その言葉を残してリディアの身体から、クタッと力が抜ける。
「リディアっ!……くそっ!」
アイリスが俺達を見つけて慌てて駆け寄ってくる。
「……彼の者に癒しの恩恵を……メガ・ヒール!」
アイリスが神聖魔法最上級のメガ・ヒールを何度も唱える。
途中魔力枯渇を起こしかけるが、回復薬を飲見ながらメガ・ヒールをかけ続ける。
「リディアさん、頑張ってください!……メガヒール!」
「くそっ!俺には何もできないのかっ!」
俺は『女神の剣』を地面に突き立てる。
「女神様!リディアを助けてくれっ!」
俺は剣に自分の魔力を注ぎ込み、女神に祈る。
……初級の回復魔法しか使えない俺に出来る事は神頼みだけだった。
剣に注がれた魔力が飽和し弾ける……瞬間、俺は意識が飛ばされる感じがした。
……ここは?
(やれやれ、無茶し過ぎです。もう少しであの辺り一帯が灰になるところでしたよ。あなたは自殺志願者ですか?)
呆れたような声が聞こえる。
……そんな事はどうでもいい、リディアを助けてくれっ。
(無茶ばかり言いますね……まぁ、こちらとしても想定外ですし……でも助けるのはあなたですよ。)
女神はそう言い残し、俺は白い闇に飲み込まれる……。
「シンジさん、大丈夫ですか……メガ・ヒール!」
アイリスがリディアにメガ・ヒールを掛けながら俺に声をかけてくる。
「突然倒れるから心配で……。」
「あぁ、大丈夫だ。悪いけど、もう少し持たせてくれ。」
今のリディアは、消えゆこうとする生命を、アイリスのメガ・ヒールで繋ぎ止めている状態だ。
俺は収納から幾つかの素材と調合セットを取り出す。
あの白い闇の中で、頭の中に刻み込まれたレシピ……。
俺は手早く調合をしていく……。
「出来た!」
俺はリディアを抱き起すと、出来たばかりの超回復薬を口に含み、口移しでリディアに飲ませる。
「シンジさん、今のは?」
「女神の雫……どんな傷でも一瞬にして癒し、仮死状態までであれば蘇生さえも出来ると言う、神代級のアーティファクトアイテムだよ。」
神代級と言うだけあって、素材も殆ど手に入らないと言う、超レアものばかり……手持ちにあって助かったよ。
俺がそんな事を考えながら、リディアの様子を見る。
青白かった顔に赤みが差し、全く反応の無かった身体がヒクヒクと小刻みに震える。
「……あれだけグチャグチャだったのに……。」
アイリスが驚愕の声を上げる。
リディの下半身……瓦礫に押しつぶされて、見るも無残な状況だったのが、今では傷一つなくなっている。
アイリスのメガ・ヒールでは生命を繋ぎ止めるだけで、修復する余裕がなく、アイリス自身諦めかけていたのが治っているのだから驚くだろう。
「良かったです……本当に……。」
呼吸が安らかな感じになるのを見て、アイリスが涙ぐんでいる。
「しばらく休ませておけば大丈夫だろう……アイリス、悪いけど任せていいか?」
アイリスは一瞬、きょとんとした顔をするが、すぐに納得した顔になり頷いてくれる。
「あ、シンジさん、そこの扉からいけそうです。そちらからかすかな気配を感じます。」
アイリスは俺達が通ってきた扉から少し離れたところを指さす。
そこには他の壁と同化していてわかりにくいが、確かに扉があった。
「分かった。リディアを頼む。」
俺はいくつかのアイテムをアイリスに渡して、扉へと進む。
リディアの事は気になるが、それで他の子の救出が遅れたら、リディアも気にするだろう。
二人の周りに結界石も置いてきたし、リディアが目覚めれば大抵のモンスターなら難なく処理できるだろう。
俺は自分自身にそう言い聞かせて、通路を駆け急ぐのだった。




