そうだ、王都へ行こう!
「あ、来たみたいよ。」
「ホントだー。おーい。」
前方でリディアが大きく手を振っているのが見える。
俺とクリスはゴーレム馬から降りて、出迎えてくれた三人の前に立つ。
「待たせたな。」
「そんなに待ってませんけど……?」
アイリスがそう答えながらもクリスの方を見る。
「シンジ、どういうこと?」
「そうですぅ!何でクリスさんが、シンジさんと相乗りしてるんですかぁ!私だってしてもらってないのにぃ。」
リディアの言葉に、皆からの冷たい視線が降り注ぐ。
いや、気にするところそこですか?
「そうですね、クリスさんがここに居ることも気になりますが、なんでシンジ様と一緒の馬に乗っていたかの説明をしてもらいたいですわ。」
アイリスの笑顔が怖いです。
「シンジのバカ。」
エルを見ると、一言呟いた後はそっぽを向いている。
「あら、私がシンジ様と御一緒だったのは、シンジ様がやさしいからですわ。」
クリスが挑発的にそう言いながら俺の首に腕を回してくる。
その様子にリディアたちが憤慨する。
「シンジさんから離れるのですよぉー!」
「そうですっ!シンジ様は私達のものですよっ!」
あー、話が進まない。
下手に緊張されるよりはいいと思うんだが……まさかクリスはそれを狙って!?
俺はそっとクリスを見ると、彼女はニヤニヤしながらリディアたちを見ている。
……ないな。
「それより情報交換だろ、一度落ちつける所に行くぞ。」
俺はクリスの腕を振りほどいて、さっさと歩きだす。
「待ってよぉ。ちゃんて説明してよぉ。」
慌ててリディアが追いかけてくる。
その後に他の三人も続いてきた。
◇
「ふぅ、ようやく一息付けたよ。」
俺はエルからもらった水を飲み干すと、空になったグラスをコトンとテーブルの上に置く。
「じゃぁ説明を求めるのですぅ!」
俺の左腕にしがみついて離れないリディアが訴えてくる。
右側にはエルが寄り添っていて、向かいに座っているアイリスがそわそわしている。
「シンジ様、説明してあげたらどうですか?このままじゃ、単に甘えてるだけで終わっちゃいますよ?」
クリスの言葉に、リディアとエルがそっぽを向く。
やけにベタベタしてくると思ったら甘えてたのか。
「そうだな。悪かった。」
俺はリディアの頭を撫でる。
「クリスは勝手についてきたんだよ。一緒の馬に乗っていたのは、クリスの馬が途中で潰れたから仕方なく、な。」
流石に全速で走っていれば、ゴーレムでもない普通の馬では途中で息が切れるのは当たり前だ。
「途中で捨ててこればよかったのにぃ。」
リディアがぼそっと呟く。
「敵の真ん中だったんだ。そう言うわけにもいかないだろ。」
俺がそう言うと、クリスはにっこりと笑い、リディアが膨れる。
「大体、あそこで見捨てたら、クリスが捕まって、この後の計画に支障が出る。」
「そうですね。敵の大将を捕まえたとアシュラム軍が宣伝すれば、グランベル軍の士気は大いに下がって敗走って事になりかねませんわ。」
「そっかぁ、じゃぁ仕方がないね。」
俺とアイリスの言葉に、リディアは頷きクリスが頬を引きつらせる。
「あの?もしかして、私の馬が走れなくなったところが敵陣じゃなければ、どうされてたかお聞きしてもいいですか?」
「ん?そのまま置いてくるに決まってるだろ?味方が近ければ拾ってもらえるだろうし、敵陣抜けた後なら、一人でもここまで来れるだろ?」
何当たり前のことを、と思ってそう答える。
「えっと……そ、そうですわね。」
クリスが引きつった笑みを浮かべる。
それを見たリディアが笑顔で追い打ちをかける。
「天下に名高い姫将軍様ですからねぇ。一人でも大丈夫ですよねぇ。」
リディアを軽く睨みつけるクリスだが、リディアはニコニコとしたまま、その視線を受け止めている。
「俺の方はそんなところだよ。そっちの状況を離してくれ。」
まだ睨み合っているクリスとリディアを放っておいて俺はエルとアイリスに声をかける。
「取りあえず、戦場になりそうなところにある村と町5か所は全部回って避難を呼びかけて来たわ。だけど拒否する住民も多くてね。」
エルは困ったように報告してくれる。
「何度も言葉を尽くしたのですが……。」
アイリスの言葉も沈んでいる。
「いや、よくやってくれたよ。状況を聞いてそれでも避難をしないのなら、それは仕方がないだろう。自分の命よりも大事なものがそこにあるんだろうから、それを俺達がどうこう言えないだろ?」
言外にお前達の所為じゃないと込めて俺は二人に伝える。
「本当は、避難などしなくてもいいように務めるのが王族の役目なのですが……。」
アイリスはそれでも責任を感じているようだ。
「だから、その責任を取りに行くんだろ。」
俺は努めて明るく、アイリスに告げる。
そのまま逃げても誰も文句を言わないだろうけど、それでも「王族の責任」に縛られてここまで来たアイリス。
他の誰が非難しようが、俺だけでもその気持ちに答えてやりたいと思う。
「この街の様子は?」
俺は話題を変える。
「昨日まではのんびりした雰囲気だったのですが、今朝方戦争の情報が入ってきたらしく、急に慌ただしくなりました。」
アイリスもそれがわかったのか、微笑んだ後に説明してくれる。
「朝早くから、商人たちが逃げるようにして街を出て行ったわよ。」
エルが補足してくれる。
利に聡い商人たちの事だ、戦争に巻き込まれて損害を出す前に逃げだしたのだろう。
「成程な……そうすると、すぐ出た方がいいかな。」
侵攻に備えて門が閉鎖されると、出るのが厄介になる。
「そうですわね、たぶん明日位までは大丈夫かと思いますが、早めに出ることに越したことはないでしょう。」
リディアと睨み合っていたはずのクリスが口をはさんでくる。
見ると、リディアは疲れ果てたのか、俺の腕にしがみついたままウトウトとしている。
「そうだな、じゃぁ軽く腹ごしらえをしてから街を出ようか。」
休みなしでこの街まで駆けてきた事、ここで情報収集を兼ねて1日は滞在するつもりが半日も経たずに出発することになった事……結果として当初よりかなり予定が短縮できている。
これが吉と出るか凶と出るか……まぁ巧遅より拙速を貴ぶともいうしな。
◇
合流した街から王都までは馬車で約1日の距離だ。
俺達はゴーレム馬に引かせた馬車で、のんびりと街道を移動していた。
途中野盗が襲ってきたりもしたが、リディの落とし穴とクリスの剣技で呆気なく全滅。
本来ならアジトを吐かせて根こそぎ財産を奪う所だが、今は時間がないので、身包み剥いで放置という事だけにとどめておいた。
俺も寛大になったものだ。
「もうそろそろですよねぇ。」
俺の左腕にしがみついているリディアが言う。
「ん、何が?」
俺が聞き返すと、横からアイリスが応えてくる。
「交代の時間ですよ。リディアさん、そろそろ交代です!」
「そうそう、交代の……って違いますぅ!もうそろそろ王都ですねって言いたかったんですぅ!」
合流してから、三人が焼けに引っ付いてくる。
リディアに言わせるとシンジ分の補充だそうだ……訳が分からん。
ま、そんな事より、リディアの言う通りそろそろ王都につく。
「そうだな、そろそろ王都だからリディアも準備しないとな。」
「そうですよ。私は既に済んでいますから、リディアさんも早く準備してくださいね。」
アイリスは既に髪を染めて準備万端だ。
「ハーイ。」
リディアも髪を染める為、馬車の奥へ移動する。
俺達は収納バックがあるため馬車に荷物を積む必要がない。
その為、この馬車は寝室部分やシャワールームなど、快適に過ごすための魔改造が施されている。
下手な安宿より快適とエルも言っていた。
「準備完りょー!」
髪を染めて変装したリディアが出て来る頃には、王都の入り口が視界に入るところまで来ていた。
「じゃぁ、馬車も偽装するか。」
俺は収納からダミーの荷物を取り出し、馬車の荷台部分に適当に積み上げる。
「皆は馬車の中にいてくれよ。」
俺はそう言って御者台に座る。
旅の商人を装って街へ入るのだ……まぁ、そんなことしなくても忍び込めるんだけど……様式美ってやつだ……違うか。
「止まれっ!」
門に近づくと、案の定、門番に止められる。
「ご苦労様です。なんか物々しいっすね。」
俺は商業ギルド発行の入国許可証を差し出しながら門番に訊ねる。
「フム……行商か……。」
一人の門番がチェックをしている間、もう一人の門番が俺の質問に答えてくれる。
「あぁ、どうやらグランベルグの奴らが国境を越えて攻めて来たって話でな。朝から商人たちが出ていく一方だよ。アンタら何か知らないか?」
どうやら詳しい情報は、まだ届いていないらしい。
「俺も詳しくは知らないんだ。でも、メルの街を出るとき騒がしかったのは、それが原因だったんだな。」
俺はとぼけつつ、エル達と合流した街を出るとき、商人たちが慌てていた事などを話す。
「そうか、メルの街でその状況だと、規制が入るかもなぁ……っと、OKだ。通っていいぞ。」
俺と門番が話している間にチェックは終わったらしい。
俺は門番に挨拶をすると、王都の門をくぐっていく。
くぐる瞬間、バチッ!と何かが弾ける感じがした。
……くっ、結界か。
取りあえず通り抜けることは出来たが、今ので警戒されたのは間違いない。
「どうしたの?」
エルが怪訝そうな顔で聞いてくる。
「今、門をくぐる時、何か感じなかったか?」
俺の問いに、皆が一様に首を振る。
「感じなかったならいいんだ。」
誰も感じなかったという事は、かなり高位な結界か、もしくは一定の魔力に反応するようになっていたか……いずれにせよ何らかの対応が必要かもしれない。
「取りあえず宿に入ろうか。みんなも疲れただろ?」
俺はそう言うと、以前も利用した宿屋へと向かう。
何があるか分からないが、いずれにしても、休息と準備は必要だ。
◇
「さっぱりしたわ。シンジ様も一緒に入ればよろしかったのに。」
湯浴みを終えて戻ってきたクリスが揶揄う様に言ってくる。
「アホか。」
俺は一言で切って捨てる。
「えー、一緒が良かったですよぉ。」
髪の毛を乾かしながら、リディアが文句を言ってくる。
横ではそうですよー、とアイリスが同意している。
俺はその光景を見ながら、ふと疑問に思った事を口にする。
「なぁ、お前らみんな王女様だろ?なのに一人で湯浴みできるのか?」
俺の疑問が理解できないのか、きょとん、としている。
「いや、お姫様の湯浴みって言ったら数人がかりでお世話されるものじゃねぇの?」
俺の言葉に、皆、あぁ、という感じで頷く。
「今更何言ってるの?」
呆れたように言うエル。
「まぁ、お城ではシンジ様の言う通りなんですけど……。」
ちょっと困ったようにいうアイリス。
「軍で行動するのに側近をぞろぞろ連れていけないですからね。」
とクリスが言う。
「神殿では一人で何でもしなきゃいけないのよ。」
とエルが言うとリディアも、ウンウンと頷いている。
軍隊行動で一人での何でもやる癖がついているクリス。
元々平民暮らしの上王宮より神殿暮らしが長かったエル。
エルと同じく神殿暮らしも経験しているリディア。
逃亡生活と俺達との行動で一人でやる事を覚えたアイリス。
理由を聞いて納得したし、エルの言うように今更ではあった。
「あの、お客様、少しよろしいですか?」
寛いでいるといきなりノックがして、宿の看板娘ノアちゃん(8歳)が顔をのぞかせる。
「いらっしゃい!」
エルがすかさず捕まえて抱きしめる。
「ちょ、ちょっと、お客様、困りますぅ。」
エルがノアちゃんの抱き心地をひとしきり堪能したところで、俺は声をかける。
「それでどうしたんだい?」
「お手紙を預かってきたのです……(もぉ、イヤですぅ)。」
半分泣き顔になりながら、手紙を差し出してくる。
「ちゃんと渡しましたからねっ。」
そう言って逃げるように部屋を飛び出すノアちゃん。
俺は苦笑しながらそれを見送った後、手紙の封を開ける。
差出人はレックスだった。
中には一言だけ書いてある。
『城は魔境だ、気をつけろ。』
俺はその一言に込めてある意味を読み取ろうと、何度も凝視していた。




