こんな身軽な国王っていないよ。
「待たせたな。」
突然のグランベルク国王の登場に、俺は思わずクリスを見る。
しかし、クリスはにこやかに微笑んでいるだけだった。
「国王様が、こんな所に来てていいのか?」
「こんな所とは御挨拶だな。ここも余の王宮の一部だぞ。」
俺の言葉を豪快に笑い飛ばす国王。
「まぁ座れ。さっきの続きの話をしよう。」
俺が国王に勧められるままに座り直すと、クリスは国王の横に座る。
「さっきの話と言うと……アシュラム王国の事ですか?」
「そうだ、あの場では込み入った話は出来ぬからな。クリスティラに連絡してお前をここへ誘ってもらったというわけだ。」
「クリスティラ?」
俺が不思議そうな顔をしているのを見て、クリスがクスッと笑う。
「改めまして、クリスティラ=クリス=グランベルクです。今まで通りクリスとお呼びくださいませ。」
クリスが改めて自己紹介してくれる……グランベルクの名を冠しているって事は、王女様って事か。
「姫将軍……。」
アイリスがポツリと言う。
「クスッ、アイリス様はよくご存じで。」
「いえ、お名前を聞くまで気づきませんでした。赤面の至りでございます。」
「私は存じてましてよ。アシュラムの小公姫アイリス様と、ベルグシュタットの姫巫女リディア様。」
そう言って微笑むクリス。
どうやら最初から二人の事を知っていたみたいだ。
「王女二人を連れた冒険者がどういうものかと気になってな。」
「はぁ、そこまで分かっているなら、最初から言ってくださいよ。」
俺は大きくため息をつく。
「改めて紹介します。冒険者のエルフィーと……。」
「ベルグシュタットの第三王女、リディア=ミナクト=フォンベルグでございます。」
「アシュラム王国第一王女、アイリス=イリアーノでございます。」
俺の言葉に続いてリディアとアイリスが優雅な挨拶をする。
「フム……エルフィーとな。」
国王がエルを見て何か考え込んでいる。
「エルフィーさん……アッシュブロンドの金銀虹彩……。」
クリスも思い当たる節があるのか、何やらブツブツ言っている。
うーん、気持ちは分からなくもないけど、客を放っておくのはホスト失格じゃね?
「まさかと思いますが……姫巫女エルフィーネ様ですか?」
意を決したように、クリスが聞いてくる。
「はぁ……まぁ隠してても意味ないしな。」
俺とエルは顔を見合わせ、諦めたようにエルが口を開く。
「失礼いたしました。今は無きハッシュベルク王国の第三王女エルフィーネ=ミーナ=ハッシュベルクでございます。エルフィーとお呼びくださいませ。」
そう言って優雅なカーテシ―を見せてくれる。
「まさか……クーデターで王族は皆亡くなったという話ではなかったか?」
信じられない、と国王が疑問を口にする。
「まぁ、信じてもらえなくてもいいけど……エルの素性はこの際関係ないだろ?」
俺の言葉に、国王が深く頷く。
「そうだな、エルフィー殿の事は今は置いておこう。」
そう言って、国王は俺に視線を戻す。
「では、改めて、今回の件……アシュラム王国と魔王の事について説明してもらえるか?アシュラムの姫がここに居るって事はかなり複雑な状況なのだろう?」
「複雑かどうかはわかりませんけどね。」
俺はそう言って、アイリスの出会いから、アシュラム王国で起きた出来事、直接見聞きした情報から推測される現状などを国王に話す。
「事の起こりは、アイリスがベルグシュタットに来た事から始まったんだ。」
俺はそう言ってアイリスの出会いからベルグシュタットでの出来事を簡単に話す。
「アシュラム王国ではガズェルと言う魔導師が、いつの間にか王を意のままに操る様になっていたのです。」
アイリスが、アシュラム王国内で起きた、魔導師の暗躍について補足してくれる。
「……で、確認と出来れば元凶を断つ事は出来ないかとアシュラム王国まで行ったんだが……。」
得られたのは、魔王が召喚されたという事実の確認だけだった、と言って話を締めくくる。
「うぬぅ……。」
話を聞き終えた国王は唸りながら考え込んでいた。
「魔王が召喚されたというのは、どうして確信が持てた?魔王に会ったのか?」
しばらくして国王が口を開くと、そう訊ねてくる。
「魔王と会っていないが、王宮からはとてつもない威圧感を感じた。また、王宮全体が結界で覆われていた。あの結界は普通の人間で張れるものじゃない。」
俺は素直に感じた事を話す。
「成程な……。」
国王は更に考え込んでいる。
「俺からも一つ聞きたい。グランベルクは魔術師ガズェルの事を知っているんじゃないのか?。」
謁見の間でガズェルの名前を出した時、その場にいた何人かの気配がこわばるのを感じた。
また、この場でも、王の気配が強張ったのを確認している……つまり心当たりがあるって事だ。
「……ガズェルは以前この国で宮廷魔術師をしていたが、あまりにもの目に余る行いの悪さに追放した男だ。」
「……つまりベルグシュタットと一緒って事かよ。」
たぶん、ガズェルが同じ境遇のあのストーカーを言葉巧みにけしかけて実験台にしたんだろうな。
グランベルクを狙っているのが私怨なら、行動の不可解さも納得だ。
普通なら、大国のグランベルクより先に北方の小国連合を支配下に置くはずだ。
その方が後顧の憂いを断ち、戦力を増強する意味でも楽だからな。
それなのに、北方は牽制だけにとどめて南下しているのが不思議だったのだが、狙いが元々グランベルクなら納得だ。
「シンジよ、なぜお主は魔王と戦う?お主にとってのメリットがないように思えるが?」
国王が聞いてくる。
「何故と言われてもなぁ。まぁ乗り掛かった舟だしな。今更こいつを見捨てることは出来ないよ。」
俺はそう言ってアイリスの頭を撫でる。
「まぁ、後はグランベルグにも縁があったから、見捨てるのは忍びないって言うのもあるかな。」
「成程な。」
俺の答えに満足したように頷く国王。
「分かった。では具体的な話をしようか。強力を望むと言ったが、具体的には何をしてほしいのか?」
どうやら、国王の望む答えを出すことが出来たらしい。
そう思うと、俺は一息つき、具体的な事を話すことにする。
「王立図書館の禁書庫の資料閲覧の許可と、アシュラム王国へ陽動の為に攻め込む事、この2点の協力をお願いしたい。」
禁書庫の資料は魔王討伐の為のヒントを見つけるためにもぜひ協力してもらいたいし、陽動は王宮に忍び込むためには必須だ。
「……それは、こちらにどのようなメリットがある?戦後アシュラムの領土を分割でもしてくれるか?」
国王が挑むように言ってくる。
「ある程度の賠償には応じますが、領土分割までは……。」
アイリスが困ったように答える。
「その様な事までここで決めても良いのですか?」
俺はアイリスを庇う様にして国王に声をかける。
「こちらとしては条件を決めておいて、後で都合の悪い部分だけ「私的な口約束に効力はない」と言われても困るんですが?」
俺がそう言うと、国王は何か考え、そして口を開く。
「そうだな。後程御前会議を開くので、その場にお主らを呼ぶとしよう。」
「わかりました、その様に手筈を整えますわ。」
国王の言葉を受け、クリスがそう答える。
「では、余はこれで失礼しよう。有意義な時間であった。」
国王はそれだけ言うと、側近と共にその場を去っていった。
主賓がいなくなれば、俺達がいる理由も無くなるので、そのまま退去することにする。
「大変お騒がせ致しました。日時が決まり次第使いを出させていただきますね。お互いに利のある会議になる事を願ってますね。」
去り際に、そう言って見送ってくれたクリスの姿が妙に印象的だった。
◇
「シンジ様……グランベルク王国へのメリットは何があるでしょうか?」
王宮からの帰り際、アイリスがそんな事を聞いてくる。
「んー、ないよね?」
俺が何か言う前に、リディアがそう言ってくる。
まぁ、俺が出した要求に対してのグランベルグ側のメリットは無いように見えるよな。
「アイリス、心配するな。俺達が魔王を倒すことが最大のメリットなんだからな。」
「シンジ、それってサギっぽくない?」
俺の言葉を聞いてエルがそういう。
「詐欺じゃないさ、実際俺達が魔王を倒さなかったらどうなる?」
「グランベルグ軍が倒す?」
「倒せますかねぇ?」
「まぁ、倒せるとしても大きな被害が出るだろうな。だから俺達に協力して、被害を最小限に抑えることが最大のメリットだろ?」
俺がそう言うと、アイリスが沈んだ声で言う。
「私達に、倒せるでしょうか?」
「倒せなかったら魔王に蹂躙されるだけだ。何もしないのと同じ結果なんだから、倒せる可能性があるだけ、立ち向かう方がマシだろ?」
正直そうとでも思わなければやってられない。
魔王から逃げる選択肢がないわけでも無いが、グランベルグを滅ぼした後、それで満足するとは思えない。
いつかは立ち向かわなければならないなら、大国の援助のあるうちの方が勝算は高いだろう。
「でもぉ、それで納得してくれますかねぇ?」
リディアは懐疑的だ。
「納得してくれなければそれでもいいさ。俺達だけで乗り込むだけだからな。」
「それって、大丈夫なの?」
エルが不安気に聞いてくる。
「一番の関門だった結界については何とか目途が立ったからな。最悪、資料の閲覧は必要ない。軍の陽動に関しても、放っておけば、アシュラム軍が攻め込んでくるから、その隙を狙えばいいだけだからな。」
「成程ですぅ。じゃぁそう言えばいいんじゃないですかねぇ?別に力を貸してもらわなくてもいいんだよって。」
「こちらが力を貸してやる、ってわけね。」
「それでいいんでしょうか?」
エルとリディアは乗り気だが、アイリスはまだ不安そうだった。
「いいんだよ、文句があるならお前らが倒せって事だよ。」
まぁ、実際にはグランベルク軍が魔王を倒すと、戦後処理等でアイリスの身がヤバくなるんだが、それには触れないでおこう。
「それに、グランベルク軍の協力がなかったら、戦後処理に関しては口を出させないようにすればいいだけだからな。」
魔王に関してはいくら考えても無駄だ。
だから今はアイリスの気が休まる様に楽観的な事を言っておく。
「そうですね……皆さん、気を使わせて申し訳ありません。」
「気にしなくていいよぉ。」
「そうそう、身体で返してもらうからね。」
「えっ!?」
エルとリディアの笑顔に、アイリスの顔が引きつる。
ウン、いつも通りだな。
俺はアイリスを弄り倒すエル達を見ながら、先の事について思いを馳せるのだった。




