別れと再会は突然にやってくるものですよ……季節は関係ないからね。
「おかしい、なぜこうなった?」
「シンジさん、この間からそればっかりですねぇ。」
俺のつぶやきにリディアがしみじみと、そう言う。
「シンジがバカだからよ。」
エルが呆れたように言ってくる。
「でも、魔法使ったのはエル様ですよね?」
そんなエルにツッコミを入れるアイリス。
「あ、あれは、バカにされたから、つい……カッとなって……。」
俺達がそんな話をしている間にも兵士たちの数は増えていく。
……俺達は今、国境付近の砦の前で、国境警備隊と睨み合っていた。
「包囲は完了した!大人しく投降せよ!」
前方で指揮官らしき男が喚いている。
「なぁ、俺達は話がしたいから通してくれって言ってるだけなのに、なぜ投降しなきゃならないんだ?」
俺は一応聞いてみる。
「ふざけるなっ!どうせアシュラムのスパイだろうがっ!」
指揮官らしき男が激高する。
うーん、沸点低いなぁ……こんなのが指揮官でグランベルク大丈夫か?
「もう包囲しているんだ!捕らえて尋問してやるっ!」
指揮官らしき男がそう喚く言葉を聞いて、リディアが面白そうに笑う。
「あれで包囲したって言うんですかぁ?面白いですぅ。」
そう言ってリディアが魔法を唱える。
「『深淵の霧』からのぉー……『隕石雨』!」
兵士たちを深い霧が包み込み視界を阻害する。
すぐ隣が辛うじて見える状態に陥った兵士たちが混乱するところに、小さな隕石流が降り注ぎ、兵士たちはパニックを起こした。
「更にぃ――――――『落とし穴』乱れ撃ちぃ!」
兵士たちの足元に落とし穴が空き、それに足を取られた兵士が倒れ込み、更に混乱が増してくる。
これでは、俺達を捉えるどころか部隊を纏め上げることも出来ないだろう。
「エルさんばかりに活躍させませんよぉ!」
リディアが胸を張ってそう言う。
「いや、キミ達ね、一応アレは敵じゃないから、ね?」
俺は一応そう言っておく。
「いやですねぇ、そんなことわかってますよぉ。だから手加減してるじゃないですかぁ?」
リディアが笑いながらそう言う。
確かに手加減はしているのだろう。
使用した魔法も殺傷力は低い上に魔力も抑えてあるし……しかし、それを理解できない相手というのもいるのだ。
「何をやっている!あいつらを捉えるのだっ!」
指揮官が怒鳴り散らしているが、混乱した兵達に指示は届かない。
「ねぇ、もうこのまま、アレで入っちゃった方が早くない?」
エルがそう言って来るが、俺はそれを否定する。
「今後の事を考えると、ここは『普通に入国した』というカタチが欲しいんだよ。」
「そう言う事なら仕方がないわね。」
エルも渋々と頷く。
「でも、冒険者って普通に入国できるんじゃないんですか?」
アイリスが訊ねてくる。
そう、普通ならギルドカードを提示して確認してもらうだけで良かった。
特に今の俺達はAランクなので入国の際にもそれなりに優遇されるはず……だったのだが。
「まぁ、運が悪かったとしか言いようがないな。」
俺達がこの砦に来る数日前に、アシュラム王国との小競り合いがあったらしい。
まぁ、小競り合いというだけあって、本格的な戦闘にはならず、お互いに様子見のような状態だったらしいが、その事があって、砦の警戒態勢が上がったいた。
その直後に怪しいゴーレム馬車に乗った、冒険者を名乗る怪しい旅人ともなれば、誰だって警戒するだろう。
俺としても、その気持ちはわかるので、普通に職質されるくらいならいいかと思っていたが、今あそこで喚いている指揮官らしき男が、また無能な男だった。
普通にギルド証を求めて確認すればいいものを、端からスパイだと決めつけ、人の話を全然聞かなかった。
その上「お前らみたいなガキが冒険者なわけがない」だとか、エルをイヤらしい目でみて「その身体で職員を誑し込んだのだろう」とか言い出し、挙句の果てには素っ裸にして取り調べてやるとか言い出す始末。
初めの方の言い分には呆れるだけで済んだが、その言葉は到底許せるものではなく、思わず『女神の剣』を抜きかけたが、俺が抜刀するよりも早くエルの『爆風』が炸裂し、その指揮官を中心に周りにいた兵士たちを纏めて吹き飛ばした。
それで、仕方がなく砦から距離を取り兵士達と睨み合っているわけだが……。
「せめて、もう少し話の分かる奴が出てきてくれると助かるんだがな。」
「シンジ、危ないっ!」
俺の言葉が届いたのかどうか分からないが、敵陣営より水弾が放たれる。
と同時に水弾の影から飛び出してくる人物がいる。
俺は『女神の剣』を抜くと、そいつの剣を受け止める。
ガキィンッ!
全身を覆うフルプレートを着ているのに、動きを阻害させない素早さ。
キィンッ!キィンッ!キィンッ!
続けさまに繰り出される剣戟を受け捌いていく。
微かに放っている魔力から、その剣と鎧はかなりの逸品という事が窺い知れる。
キィンッ!キィンッ!
繰り出す剣戟に迷いはない。
かなりの手練れだ……俺が辛うじて受け流せるのは、魔力で強化した身体能力と『女神の剣』のお陰だ。
撃ち合う度に、僅かだが相手の魔力を奪う為、相手は本来の能力の数%を失った状態で戦わざるを得なくなる。
そして、実戦においてはその数%が勝敗の決め手になったりもする。
キィンッ!キィンッ!キィンッ!
しかし、目の前の相手はその不利を熟練の技で補いつつ、俺を抑え込んでいる。
ガキィンッ!
剣と剣が交差し、一瞬お互いの動きが止まる。
お互いに睨み合うが、俺からはフルプレートのマスクの所為で相手の眼しか見えない。
しかしどこかで見た事のある眼だと感じた。
相手もそう思ったのか、一瞬動きが止まる。
その隙を狙って、俺は剣を打ち払い、後ろへ飛びのく。
間合いさえとれば、後は魔法を打ち込んで幻惑し、その間に逃げだすこともできる……そう思い俺は奴の足元に『土の爆弾』を打ち込む。
「まさか、シンジなのか?」
相手から放たれた声に、俺は魔法の発動を強制解除する。
「ウソッ、シンジ様なの!?」
相手の後ろから女の子の声が聞こえる。
どうやら、剣士の援護に来ていたらしいが、剣戟を躱すのに必死だった俺はその気配に気づいてなく、相手が呼び掛けて動きを止めなければヤバい所だった。
そして、その二人の声には聞き覚えがあった……。
「ミリアと……アッシュか?」
俺は眼前の男女に声をかける。
フルプレートの男の影から出てきた女の子は、確かにミリアルド……ミリアだった。
そしてフルプレートの男がマスクを外すと、見覚えのある金髪があらわれる。
色々苦労して成長したのだろう、精悍な顔つきになっていたが、その顔には、しっかりとアシュレイの面影が残っていた。
「ホントにしんじなのかっ!?」
「シンジ様、会いたかったのだっ!」
驚くアッシュと、飛びついてくるミリア。
「アシュレイさん?ミリア?」
俺達の行動が止まった事で、近づいてきたエルが驚きの声を上げる。
「エル?エルなのか?すごく綺麗になっていてわからなかったのだ。」
ミリアがエルに飛びつく。
「エルフィーちゃんも無事だったのか……。」
俺とエルの姿を見たアッシュが、ヘナヘナとその場に崩れ落ちる。
「良かった……本当によかった……。」
「あのぉ……そろそろ説明してもらえませんかぁ?」
俺達の様子を見守っていたリディアだったが、いい加減に焦れたようで、そう声をかけてきた。
◇
「これで落ち着いて話せるな。」
アッシュがそう言って、ソファーに腰を下ろす。
俺達もそれに倣って、それぞれに寛ぐことにする。
ここは砦の中の、応接室だ。
司令官が使用する場所らしく、調度品も趣味がよく、室内は遮音結界が張られている。
聞いたところによると、アッシュはグランベルクの近衛中隊の隊長で、この砦に臨時の司令官として赴いているのだそうだ。
「あの無能が司令官て、おかしいと思っていたんだよ。」
俺がそう言うと、アッシュが笑いながら応える。
「そう言うなよ、あれでそれなりに使える奴なんだよ。ただ思い込みが激しいだけだ。」 「それって、戦場だと致命的欠陥だと思うが?」
「だから俺がここに居るってわけだよ。」
アッシュがそう答える……まぁ、軍も分っているって事か。
「お茶が入ったのだ……カミル茶なのだ。」
ミリアが全員分のお茶を入れて持って来てくれる。
俺達の前にカップを置くと、アッシュの隣に座る。
「……飲みにくそうなのだ?」
ミリアが俺を見て言う。
俺の右にエルが左にアイリスが座り、俺の腕を抱え込んでいる。
そしてリディアは俺の膝の上に座っている……確かにこれではお茶が飲めない。
「えっと……どう言う関係か聞いてもいいかな?」
アッシュが冷や汗を垂らしながら聞いてくる。
「第二夫人ですぅ。」
「第三夫人候補……もしくは愛の奴隷ですわ。」
アイリスの言葉に、アッシュが飲みかけたお茶をぶっと吹き出す。
「汚ねぇな。」
俺はそう言うが、アッシュの気持ちもわかるだけに、それ以上はなにも言わなかった。
「色々あるんだよ。……それより、無事ならなんで2年の間連絡をよこさないんだ?ギルドから連絡いってなかったのか?」
俺は話題を変えるべく、アッシュにそう訊ねる。
「それはこっちのセリフだよ。5年もの間、音信不通だったくせにいきなり現れやがって……。こっちはもう死んだんじゃないかと諦めかけていたんだぞ。」
アッシュの言葉に引っかかりを覚える。
「ちょっと待て……5年だと?」
「まさか……私達がベルグシュタットに飛ばされてから2年も経ってないわよ?」
アッシュの言葉に俺とエルは驚く。
「嘘じゃないさ。あれから5年が過ぎている……今は帝国歴217年だ。俺達はお前らの行方をこの5年間ずっと探していたんだよ。」
アッシュの言葉にミリアも頷く。
俺達がアッシュと共に遺跡探索に出たのは帝国歴212年だった。
ベルグシュタットやアシュラム王国などは、帝国歴を使わず其々の王国歴を使用しているので気付かなかった。
「あの魔法陣で飛ばされた際に、3年の時間を飛び越えたって言うのか……。」
にわかには信じがたい話だが、よくよく考えてみれば、俺自身が異世界から飛ばされている事を考えると、3年の時間差程度は大差ないことに思えてくるから不思議だ。
「ところで……シェラは?シェラはどこにいるの?」
エルが疑問に感じていたことを口に出す。
「シェラさんは……2年前にハッシュベルクへ向かったきり、音信不通だよ。ひょっとしたら二人はハッシュベルクを目指すんじゃないかって言って……丁度内乱の終わる頃だったから、混乱にまぎれて入国して、それっきりだよ。」
「そう……。」
エルはそう言って黙り込む。
心配ではあるが、ハッシュベルクに向かったのなら、それほど心配はないだろう。
二つに分かたれたとはいえ、シェラにとっては勝手知ったる自分の国だ。
エルもそう考えたのか、先程までに比べると、心なしか安堵の表情を見せている。
「それで、二人は付き合っているの?」
エルが話題を変えるかのように、アッシュの横に座ったミリアに声をかける。
「えっ、それは、そのぉ……。」
ミリアは話を振られると思っていなかったのか、狼狽えて俺の方をチラ見する。
「あー!何ですかぁ、その今の意味深な視線はぁ?シンジさんはあげませんよぉ。」
リディアがミリアの視線に気づいて俺をギュっと抱きしめる。
「あ、そうじゃなくて、そのぉ……。」
困ったように視線を彷徨わせるミリア。
それを見かねたアッシュが口をはさむ。
「あまり困らせないでやってくれ。俺とミリアはこの戦争が終わったら結婚する予定だよ。」
アッシュがそう言うが……それ死亡フラグだぞ?
「あぁ、そう言う事ですか。想い人が死んだと思って、別の人の求婚を受け入れたところに元カレが現れた、と、そう言う事なんですね。」
アイリスが納得です、とばかりに言う。
「一応言っておくが、俺とミリアは付き合っていなかったぞ。」
……キスはされたがな……と思ったがこれは黙っておく。
「えっと、そのね……自分の中で気持ちの整理はつけたつもりなんだけど、その……。」
ミリアが可哀そうなぐらい狼狽えている。
「いいんじゃないか。アッシュは良い奴だろ?昔からミリアに気があったわけだし、祝福するよ。おめでとう、ミリア。」
ミリアの様子が見ていられなくて、俺はそう言う。
アッシュも、気まずそうな表情をしているが、あまり気にしてほしくないな。
「うん……シンジ様、ありがとうなのだ。」
しばらくしてから、ミリアはそう言って笑顔を向けてくれた。
◇
「それで、シンジたちは何しにここへ?」
ひとしきり二人をからかう言葉が出尽くした後、アッシュが口調を改めて訊ねてくる。
まぁ、立場的に状況によっては敵対しなきゃいけなくなる、とか考えているのだろう。
さて、どこまで話すべきか……。
俺は今後の事と、目の前の二人との関係、他に利用できることはないかなど、様々な事に思いを馳せるのだった。
 




