召喚の儀式ってファンタジーの定番だよね。
「5本あがったよ。」
「はーい……。どうぞ、お待ちどうでしたぁ。」
「こっちの3本まだ?」
「ちょっと待って……ほらっ。」
「ありがと……お待たせしました……銅貨5枚のお返しですね。」
「シンジ様ぁ……マッスルキノコの在庫がありませんよー。」
「わかった、こっちと変わってくれ。」
俺達が屋台を始めたら何故か大人気となってしまい、客を捌くのに大忙しだ。
……おかしい、何故こうなった。
商売が目的じゃないとはいえ、あまりにも高い値段では人が寄ってこない。
なので、肉串1本銅貨5枚で設定してみた。
安くもなく、高すぎもしないという無難な金額だったのだが……。
数人が買ってた行った後しばらくして、あっという間に行列が出来てしまった。
「何故こうなった……。」
思わず口に出してしまう。
こんな筈じゃなかったのに……これでは情報収集どころじゃないな。
「マッスルキノコを使うからですよ。」
アイリスが呆れたようにいう。
「少量とは言えマッスルキノコを使った食べ物が銅貨5枚なんて、普通じゃありえませんよ。」
……ぽんっ!
「忘れてた……そう言えば高級食材だっけ?」
「私もシンジ様達と一緒に旅している間に、慣れ過ぎてしまって……シンジ様が普通じゃない事をすっかり忘れていました。」
「シンジはバカだから……20本オーダーよ、行ける?」
「誰がバカだよ……今日は後50本で終わりな。」
「ウルフ肉なのに柔らかい、間に挟まっているのは高級食材のマッスルキノコ、これほど美味しいものが銅貨5枚なんて安すぎる!……買った人が、みんなそう言ってるわよ?」
「マッスルキノコの相場は、この1本に使ってある量で銀貨1枚ってところですよぉ。あ。シンジさん5本オーダー入りまーす。」
……みんな言いたい放題だな。
◇
「ふぅ……失敗したなぁ……あ、みんなお疲れさま。」
最後の肉串を販売し終えて、俺は大きく息をつく。
「明日は何か別のにしようか。」
「ハーイ、ハンバーガーがいいと思いまぁす。」
「はんばーがぁ?」
リディアの言葉に、アイリスが何のことか?と聞いてくる。
「これですよぉ。」
リディアが自分の収納バックから、ハンバーガーを取り出してアイリスに渡す。
三人に渡してある収納バックは俺が作った特製の物で、容量以外は『無限収納』と同じ特性を持っている。
つまり、入れている間は時が止まるので、以前沢山作った時の残りを全部入れているんだろうけど……リディの収納バックの中は食べ物しか入ってないんじゃないだろうか?
「コレ、凄く美味しいです!」
「でしょー、でしょー。」
アイリスとリディアがハンバーガーで盛り上がっている。
「こんな美味しい食べ物初めてです。」
「だったら、それを出したら明日も行列ができるわね。」
アイリスの言葉を受けてエルが釘をさす。
「「……。」」
「まぁ、明日は普通に食材を売るか。」
俺の言葉にみんなが頷く。
その後適当に広場を見て回った後、今日の宿へと戻ることにした。
◇
俺達がアシュラム国の王都に入ってから1週間が過ぎた。
その間、俺達は広場で商売をしながら町の噂話を集め、夜は酒場に行って商人や冒険者、兵士などから情報を集めるだけ集めてみた。
その結果わかった事は……。
「今のところはお手上げだな。」
「そうね……仕方がないわね。」
「アイリス、元気を出して……って言ってもムリかぁ。」
アイリスは俺の膝の上に乗って、しがみついている。
今日までに調べた事から、母親が死んだことは間違いないという事がわかった。
それからずっとこのような状態だ。
俺にしがみつくことで、泣くのを必死にこらえている、そんな感じだった。
復興した村に置いてきた兵士たちを束ねる兵士長は、以前は国王直属の近衛隊長だった。
その兵士長から、ここに来る前に聞いていた事……魔術師の恐ろしい計画。
それは召喚の儀式によって異世界の魔王を呼び、その力をもってして近隣諸国を蹂躙するというモノだった。
その計画に反対したため疎まれる様になり、特攻隊のような山脈越えの役職を押し付けられたという事らしい。
そしてこの街で得た情報によると、その計画は生贄になるはずだったアイリスの行方が分からなくなったことによって一時中断していたが、先日、王妃を生贄に捧げることによって魔王の召喚に成功したという事だ。
しかも、その儀式の際、王妃の胸にナイフを突き刺したのは国王本人だったという。
その話を聞いた後、アイリスはしばらく部屋に閉じこもってしまい、ようやく出てきたものの、このような状態だった。
エルもリディアも分かっているのか、アイリスに寄り添って時々頭を撫でている。
しかし、この情報をくれた兵士だが、顔をしかめるような話題なのに、自慢げに話している事からも、魔術か何らかの手段で思考誘導、もしくは洗脳されていることは間違いない。 問題は、その影響力がどこまで広がっているか、だ。
このまま放っておけば、この国全体がヤバい事になるのは間違いない。
見たところ、判断力がおかしいのは、まだ軍関係だけにとどまっているが、これが市民までに及ぶようになったら手遅れになる。
そう思って城に忍び込むことが出来ないかと探ってみたが、城の周りは目に見えない障壁……防護結界で囲まれていた。
俺の『空間転移』ならいけるのでは?と試していたが、弾かれて中に入ることは出来なかった。
こんなことは初めてで、だからこそ魔王が召喚されたという事に真実味が帯びた。
異界の魔王が張る結界なら、空間転移を破る術があってもおかしくはないだろう。
「それでどうするの?」
エルが聞いてくる。
「……グランベルクに行こう。」
以前から考えていた事だった。
今回の件に関わる事になったとして、俺達が取るべき道はいくつかあった。
一つはアシュラム王国の王宮に忍び込み、元凶である魔術師を倒す。
その上で、可能であれば国王に、不可能であればアイリスを代表として、戦争終結に向けて外交交渉をする。
アシュラム王国は、多少の不利益を被る事になるが、そこは飲んでもらうしかないだろう。
それが一番犠牲が少ない手段のはずだったが、それが叶わない場合、グランベルク王国軍に手を貸して、早い段階での終戦に持ち込む。
それなりの犠牲は覚悟しなければならないが、次善の策としては悪くない、と考えていたのだが……。
「魔王が召喚されたとなると、普通の軍隊で刃が立たない可能性がある。なのでグランベルクにこの事を知らせて、それなりの対応が必要だ。」
手を貸す、というより、かなり積極的に介入しなければ、いくらグランベルクが大国とは言え苦戦するのは間違いなく、下手すれば滅びかねない。
「まずはグランベルクに現状を伝える。その上でギルドに働きかけ、国とどのように協力するかを話し合おう。」
俺はそう言いつつ、口で言うほど簡単じゃない事に頭を悩ませる。
「すぐグランベルクに向かうの?」
「いや、色々準備もあるからな、取りあえず村に戻ろう。」
通り道だしな、と言ってしがみ付いているアイリスをそのまま抱き上げ、馬車が出せるところまで移動する。
「魔王が召喚されたとなると時間が惜しい、今から戻るぞ。」
魔王という言葉に反応したのか、俺の腕の中でアイリスがビクッと震える。
「そうね、早い方がいいわ。シンジはそのまま馬車に乗ってね。ゴーレムへの魔力供給は私とリディアがやるわ。」
そう言いながらエルが御者台の方へ移動する。
すれ違いざま「アイリスに優しくしてあげて」と言ってくる。
俺はエルに頷き返すと、アイリスを抱き上げたまま馬車に乗り込む。
エルとリディアが御者台に座り、そのまま馬車を走らせる。
「そろそろ落ち着いたか?」
馬車が走り出し、しばらくたったところで、声をかけてみる。
「ウン……シンジ様ゴメンナサイ……でももう少しこのままでいいですか?」
「村につくまでならな。」
俺の膝の上にアイリスが座り後ろから抱きかかえている状態なので、アイリスがどのような表情をしているか分からないが、耳が赤く染まっているので、きっと顔中真っ赤になっているのだろう。
「……覚悟はしていました。王宮にいるときに儀式の事は色々調べましたから。」
しばらくして、ぽつりぽつりとアイリスがしゃべり出す。
話しかけてくるというより、独り言を言っているという感じだ。
「召喚の儀式は、生贄を捧げて魔物を呼び出すものですが、あの魔術師は召喚の魔法陣を書き換えてより高位の存在を喚びだそうとしていました。」
アイリスはそこで言葉をとぎらせる。
「高位の存在を呼び寄せるには、より高位な生贄が必要になります。……だから私を生贄に選んだのです。」
しかし……とアイリスが続ける。
「私がいなくなった以上、生贄とされるのはお母様になるのは分かっていたはずなのに……。」
そう言って俯くアイリス。
王妃なら、処女性はないもののその身体に流れる高貴な血は生贄として必要条件を十分満たしている。
そして国王自らに儀式を遂行させることにより被虐・残虐等のマイナスのエネルギーが上乗せされ、高位な存在……「魔王」を呼び出す……その魔術師は本当に最低な野郎だが、それだけの力を持っているのは間違いない。
そして「魔王」の力を得た……のか?
「なぁ、アイリス、魔王って制御できるのか?」
俺はふと疑問に思った事を問いかけてみる。
俺なりに文献などを漁って調べてみたのだが「魔王」の存在は、あらゆる意味で別格だった。
この世界には存在しない「魔族」の頂点に立つ者……その力の源は膨大な魔力。
魔力によって強化された身体は、何者も傷つける事かなわず、その身体から繰り出される拳は山をも砕く。
あらゆる魔法に通じ、あらゆる魔法を跳ね返す……対等に戦えるのは別途の進化を遂げた古龍だけ。
そんな理不尽な存在が「魔王」。
……流石に大袈裟すぎるだろうと思ったが、話半分だとしても普通の人間には立ち向かう事すらできない存在だというのはわかる。
そんなのがこの世界にいなくてよかった、と本気で安堵したものだったが……果たして、その様な強大な力を一個の人間が扱えるものだろうか?
「召喚の儀式には隷属の魔法も仕掛けられています。生贄を捧げる事によって、自らの力量以上の高位なる存在をも隷属できると聞いたことがあります。ですが……。」
アイリスはそこで言葉を切る。
「魔王」は、そんなものに縛られるような矮小な存在ではない……と、その身体全体から伝わってくる。
「……私……大丈夫なのかな?魔王を相手に戦えるのかな?」
アイリスが、ぼそっと呟くが、俺はそれに対する言葉を持っているはずもなく、ただアイリスを抱きしめる事しかできなかった。




