魔王召喚!?……まるでファンタジーのようだよ。
ーアシュラム王国……秘儀の間。
「さぁ、王よ!最後の仕上げをするのじゃ!」
ローブを深々と被った魔術師が声を上げる。
その声を聞いた王は、儀式用のナイフを手に、ふらふらと儀式の間の中央に描かれた魔法陣へと歩いていく。
魔法陣の中央には祭壇が設けられ、その上には拘束されて動けずにいる王妃が横たえられている。
「あなた……目を覚ましてっ!」
最後の望みを託した王妃の言葉も、王にはすでに届かなかった。
王の虚ろな目を見た王妃は、全てを諦める。
その眼は何も写していない……今自分が何をやっているのかも分かっていないだろう。
でも、それでよかったのかもしれない、と王妃は思う。
自らの手で最愛の王妃を手にかける……その様な事を、あの優しかった国王が耐えられるわけがないのだから……と。
「アイリス、ごめんね……あなただけでも無事に……ぐふっ。」
王妃の最期の言葉が終わらないうちに、王はナイフを王妃の胸に突き立てる。
祭壇が王妃の血で赤く染まる。
祭壇から滴り落ちる血が魔法陣を紅く染め上げていく。
「うはっはっはっはー、いいぞ、いいぞぉ!さぁ、来たれ異界の魔王よ!我に力を!」
魔術師が呪文を紡ぎ出す。
魔法陣から紅い光が立ち昇り、その場を覆いつくす。
そして……光が一所に集まり、人の身体を形どる。
「……誰だ?こんな乱暴な召喚をする奴は。」
光の消えた後に一人の男が現れる。
見た目は人間の男だが、そこから放たれる圧力は、到底、ただの人間が出せるものではない。
「おぉ!成功だ!異界の魔王よ!我がお前を呼び出した『主人』だ。さぁ『名』を告げよ!」
「チッ、隷属契約の魔法かよ。……エルフィーネ、ネルフィー、コレは貸しだぞ。……俺の名は『……』だ。偉大なる魔王の名のもとに平伏せ、人間よ。」
「ワハハ……魔王の名を得たぞ!これにて契約は為せり!魔王『……』よ!我の言う事を聞くがいい!」
アシュラム王国の王宮の最奥に位置する秘儀の間。
そこで遠大な野望を持つ魔術師の哄笑が響き渡っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バシュッ! バシュッ!
俺が手にした銃から魔力の塊が放たれ、目の前の魔獣……ワンダーベアを弾き飛ばす。
すかさずワンダーベアに向かって飛び出す。
その間に俺は銃を剣に変え、倒れているワンダーベアの心臓に突き刺す。
突き刺した剣からエネルギーが流れ込んでくる……ワンダーベアの魔力だ。
魔力を吸いつくされたワンダーベアは、しばらくの間ピクピクとしていたが、やがて動かなくなり息絶える。
それを確認して、俺は剣に流す魔力を止めると、剣はその形を失い、光の粒子となって俺の左腕のブレスレットへと形を変える。
「へぇー、便利ですねぇ。名前はあるんですか?」
俺の動きを見ていたリディアが面白そうなものを見つけた、と言わんばかりに聞いてくる。
「女神は『女神の剣』って言ってたけどな。」
俺はブレスレットに手をあてて魔力を通すと、光が溢れ出し剣の形に変わる。
更に魔力を流すと、剣の形が崩れ銃に変わる。
「ほぇー、何度見ても不思議ですぅ。」
「何でも、俺の腕に癒着していた『亜竜の剣』とコルトパイソンを軸にして、不安定だった俺の力を集約したそうだ。」
「うー、よく分からない話ですねぇ。」
俺の話を聞いてリディアは更に混乱したみたいだ。
「気にするな。俺にもよく分かってないから。」
「何なんですかぁ、それぇ。」
俺達はくすっと笑い合う。
「あ、また来たみたいですよ。今度は数が多いですねぇ。」
リディアが指さす方を見ると、ワンダーベアの他にウルフの群がこちらを目指してやってくる。
「じゃぁ、リディアはウルフの方を頼んだ。」
「ハーイ……『隕石雨!』」
リディアの魔法がウルフの群に降り注ぐ。
「じゃぁ俺もやるか。」
俺は銃を構えてワンダーベアに狙いをつける。
バシュッ!
狙いは違わず、ワンダーベアの肩を打ち抜く……が、横から別の個体の腕が振り下ろされる。
俺は横へ飛びのき、その個体へ向けて銃弾を撃ち込む。
熊系の魔獣は総じてタフで、その無駄にある体力と力任せの攻撃が特徴だ。
なので、魔力弾を数発撃ちこむ程度では中々倒れない。
「こういう奴は、正面からやり合うだけ無駄だよな。」
俺は銃に込める魔力を変化させる……イメージするのは氷の属性。
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
魔力弾の当たった個所が凍り付き、その範囲は広がるにつれて、ワンダーベアの動きが鈍くなる。
『女神の剣!』
俺は銃を剣に変え、その刃に『次元斬』を纏わせる。
ズシャッ!
『次元斬』を纏った刃は、ワンダーベアの硬い皮膚も易々と斬り裂く。
ズシャッ! ズシャッ!
氷の魔弾と魔法剣のコンボでワンダーベアを次々と倒していく。
「ふぅ……もう少し剣術を覚えないといけないな。」
「シンジさん、終わりましたかぁ?」
俺がワンダーベアを倒したところでリディアがやってくる。
あっちも終わったようだな。
「ウルフ20頭は流石に疲れますよぉ……収納にしまうのが大変で。」
収納かいっ!
「大変だったな、ついでにそこのベア5頭も収納しておいてくれ。」
「えー、面倒ですぅ。」
文句を言いながら収納バックにワンダーベアを詰め込んで行く。
「そろそろ戻りましょうか?きっと、遅いっ、てエルさん怒ってますよぉ。」
「そうだな、丁度食材も手に入ったし、戻ろうか。」
ここには、新しい武器の検証という名の食材調達に来ていただけだ。
戻るといった時間から少し過ぎているから、心配しているかもしれないな。
「シンジおっそーい!お腹空いたから、先に食べてるよ!」
……全然心配してなかった。
「ほんにゃっほとひってまふへどえるしゃんずっとひんふぁいひてまひたよ。」
アイリスが何を言ってるか分からない……。
(エルさんが心配してましたって言ってます)
リディアが小声で教えてくれる。
アレが分るって、リディアはすごいな……。
「あー、遅くなってごめんな。これお土産。」
俺は途中で採集してきた蜂蜜をエルに渡す。
「ありがと。……別に心配なんてしてなかったからねっ。」
エルは、そそくさと蜂蜜を自分の収納バックにしまう。
「ところで、アイリスはなぜそんな目にあってるんだ?」
アイリスはエルの膝の上に乗せられて、ほっぺをムニムニされていた。
「ひんひひゃんがおほいはらでふよ!」
……やっぱり何を言っているか分からない。
(シンジさんが遅いからだって。エルさんが心配してるところに、何か余計な一言言ったんじゃないですかぁ?)
……何でリディアにはわかるんだろう?
(じゃぁ自業自得って事か?)
(たぶん……まぁ、本人も喜んでいるみたいだから放っておいてもいいと思うのです。)
(そうだな。)
「何コソコソ話してるの?」
俺とリディアが小声で話していると、エルが問い詰めてくる。
「いや、アイリスのほっぺ気持ちよさそうだなぁって……なぁ?」
「そ、そうですね。楽しそうだなぁ。」
(シンジさん、私に振らないでくださいよ。)
(仕方がないだろ。)
「二人とも楽しそうね?シンジにコレあげるから、リディアちゃんこっちへいらっしゃい。」
エルが笑っている……笑っているが……仕方がない、ここはリディアを犠牲に……。
「ひぃっ。」
俺が軽くリディアを押し出すと、彼女は恨めしそうな目で俺を見てくる。
俺はその視線に気づかない振りをして、アイリスを膝の上に乗せる。
「うわーぁん、シンジ様、シンジ様、ほっぺの感覚がないですよ……。」
アイリスが抱き着いてくる。
俺はよしよしと、ほっぺを撫でてやる。
……柔らかくてすべすべ……これは確かに気持ちいいかも。
「ひゃんで、ひんひひゃんまで……。」
気づいたらアイリスのほっぺをムニムニしていた。
「……アイリスのほっぺたが気持ちいいから悪いんだよ。」
「ひょんなぁ……。」
ふとエル達の方を見ると、リディアはエルに弄ばれ、百合百合しい光景が広がっていた。
時々艶めかしい表情を見せるリディア……放送禁止になる前に止めないといけないな。
そう思いつつ、アイリスのほっぺたから手を離せない俺だった。
◇
「なんか、易々と入れたわね……拍子抜けだわ。」
「まぁ、戦時下だからな。食料はかなり必要なんだろう。……まぁ、もう少し調べられると思ってたけどな。」
エルの言葉に俺が応える。
俺達は、食材を扱う商人として、アシュラム王国の王都「ヴァルド」に入り込んだ。
ダミーとして、馬車にはウルフ肉や山菜などを載せてあるが、碌に調べられずに街に入ることが出来た……エルではないが、拍子抜けしてたのは俺も同じだった。
「あのぉ……そろそろ出てもいいですかぁ?ここは狭いのですぅ。」
馬車の荷台からリディアの声が聞こえる。
「もう少し我慢しろ。人気のない所まで行くから。」
リディアとアイリスは、念のために馬車の荷台の底に隠れている。
二重底になっていて、調べられても見つからなかった自信はあるが、結果として意味がなかった。
「ここらでいいだろう。」
俺は物陰に馬車を止めると、リディアとアイリスを出してやる。
「ふぅ……狭かったですぅ。」
「そうですね、ちょっと窮屈でした。」
出てきた二人は、伸びをしながら愚痴を言い合う。
「よく考えたら、変装するのも隠れるのもアイリス一人だけでよかったと思うのですよ。」
そう言ってリディアは自分とアイリスの髪の毛を指さす。
リディアは元々明るい金髪だったのだが、今はシルバーブロンドになっている。
アイリスも、ストロベリーブロンドが、青みがかったアッシュブロンドに変わっている。
髪の色が違うだけで二人の雰囲気がグッと変わる。
変装というほどのものではないが、パッと見ただけで、アイリスをこの国の王女とは分からないはずだ。
それにしても……エルと並ぶと、髪の色が似通うだけで、仲の良い三人姉妹に見えるから不思議だ。
「まぁ、一応念の為だよ。その髪も似合ってるからいいじゃないか。」
俺がそう言うとリディアが嬉しそうな顔で笑う。
本当は、アイリス一人だけじゃ、可哀そうな気がしただけなんだけどな……喜んでいるからいいだろう。
「じゃぁ、この後は商業ギルドに行って申請した後、広場に行くぞ。」
「広場で、このお肉売るの?」
「いや、この肉を使って串焼きの屋台をはじめる。商売しながら情報取集をするんだよ。」
俺はこれからの計画を三人に伝える。
「そう言えばシェラも、広場は情報の宝庫です、って言ってたっけ。」
「そういうこと。俺とアイリスはひたすら食材を焼くから、お前達は売り子をしつつ、噂話程度でいいので話を振って聞き出してくれ。」
広場での情報収集なら可愛い女の子の方が怪しまれないし、人の口も軽くなるだろう。
ただ、アイリスは念のために、なるべく顔を出さないほうが無難だという事で中の作業に回すことにする。
「ハーイ、屋台って楽しそうですぅ。なんかワクワクするのですよ。」
リディアが一番張り切っている。
まぁ、すぐどうこうと出来るわけでも無いし、だったら楽しんだ方がいいかもな。
はしゃぐリディアを見てそう思うのだった。