人生にセーブ機能が欲しいと思ったことあるよね?
「大分復興してきたよな。」
俺は村の広場から、周りを見回してみる。
あれから1か月が過ぎた。
瓦礫は取り除かれ、完全ではないが家屋の修復も進んでいる。
村の周りには畑に作物が植えられている。
収穫の早い種ばかりなので、もう1か月もすればある程度、食糧事情も改善するだろう。
村全体を防護結界で囲ったので、魔獣や許可を出していない兵士たちが近寄ってくることもない。
噂を聞きつけて来たのか、近隣の村や町を焼きだされた人々が少しづつ集まってきている。
このままいけば、村というより街という規模になりそうだ。
「ホント、見違えました。これもシンジ様のおかげです。でも……。」
アイリスが嬉しそうな、それでいてどこか物憂げな表情をする。
彼女の不安というか悩みは分かっている。
ここの復興がいくら進んだとしても、そもそもの元凶……アシュラムとグランベルクの戦争を終わらせない事には、また、この村が不幸に襲われることになる。
この村だけでなく、他の村でも現在進行形で不幸が起きているかもしれない。
そう考えたら素直に喜べないのだろう。
「シンジ、ちょっといい?」
エルが俺を呼んでいる。
「あぁ、すぐ行く……アイリス、あんまり考え込むなよ。」
俺はアイリスをその場に残してエルの方へ向かう。
エルと俺は、村全体を見渡せる小高い丘の上まで移動した。
そこで腰を下ろすと、俺はエルに問いかける。
「それで、どうしたんだ?」
「ウン、ちょっと色々考えていて……。」
そう言ったきり、エルは黙り込んでしまう。
俺はエルが話し出すまで黙って待つことにする。
「ずっとね、考えていたの……この村を見た時、酷い有様だったよね?」
「あぁ、酷かったな。」
焼け焦げた死体と共に、放置されていた重体の人々。
治療するあてもなく、死を迎えるだけの人を救う余裕もない村の状況。
自分が生き延びることが出来るかどうかの瀬戸際において、他人を思いやる余裕がないのは仕方がない事だろう。
「お父様が言ってたよね?『王は民を飢えさせてはならない』って。」
「あぁ。」
「こういう事だったのね。国の勝手で始めた戦争で、苦しむ民が出るのは間違っているのよね。」
エルが小さな声でそう言ってくる。
「戦争以外に国が生き延びる手段がないって場合もあるかもしれないけどな。」
「そんな事……。」
「王族たるもの民を飢えさせてはならない……でも、すべての民を救えるわけではないですよ。時には民を犠牲にする決断も必要なのです……他の多くの民を救うために。」
背後から聞こえた声に俺達は振り返る。
そこにはリディアがいた。
「だから、国王は……王族は全ての責を負うのですよ。恨まれるのも王族の務めなんですよぉ。とってもつらいんですよ、シンジさん慰めてくださいよぉ。」
後半茶化していたが、リディアなりの気遣いだろう。
「でも本来は、そう言う事にならないように政治を司るのが王族の務めですわ。」
アイリスも来てたようだ。
「……でも。」
エルは二人の言葉を聞いて、何やら考え込んでいる。
「あんまり深く考えることは無いと思うぞ。国王や王族だってただの人間だ。人間に出来る事に限りがある。ただ権力がある分、一般の人間より手が広いってだけだよ。」
「それでも救えない民は出てくるのね。」
「その為に俺達がいるんだろ?」
沈む表情を見せるエルに俺は言う。
「俺達冒険者が、王族や貴族の手から零れ落ちた民を救っている。それは魔獣退治だったり、盗賊からの護衛だったり、細やかなものかもしれないけどな。今回みたいに手の届く範囲で人助けするのは無駄じゃないと思うよ。」
俺の言葉にエルが考え込む。
俺もリディアもアイリスも、そんなエルの側で黙って座っていた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、不意にエルが口を開く。
「私ね、この村に来てからずっと考えていたの。女神様が言っていた、私の「選択」って、この事じゃないかと……ね。」
俺は黙って続きを促す。
「ずっと引っかかってた。ハッシュベルクの王女として国に帰って……それで何が出来るんだろうって。ハッシュベルクは内乱で二つに分かれて……今は存在しないのよね。経緯はどうあれ、やっと落ち着いたところに私が戻っても、それは新しい騒乱の種になるだけじゃないのかなって。……でも、苦しんでいる国民がいるのなら、それは残された王族として……お父様の代わりに私が救わなければいけないって思ってた。」
リディアもアイリスも、エルの言葉を黙って聞いている。
エルと違って純粋な王族である二人には、エルはどう映って見えるのだろうか?
ふと、そんな事を聞いてみたい衝動に駆られる。
「だけど、この村の現状を見て、この状態を放置してハッシュベルクに行くのが正しいのかどうかわからなくなって……。」
「そうだな、ココのカタがつくまで関わろうとするなら、ハッシュベルクに行くのはいつの事になるか分からないからな。そんな後になってからハッシュベルクに行ったら、それこそ「厄介毎」の種にしかならないだろうな。」
「シンジ様、そんな言い方……。」
アイリスが俺を責めるがエルがそれを止める。
「アイリス、いいのよ……分かってる、シンジの言う事が正しい。私がハッシュベルクを選ぶなら、今すぐ向かわなければならないのよ。」
……だからこれが選択、とエルが呟く。
「これはエルが決めなきゃならない重大な選択だからな、少しそっとしておいてやろうか。」
俺はそう言って、エルから少し離れたところに二人を呼ぶ。
「エルの選択も重要だけど、それに伴ってお前らも選ぶことになる。」
二人はどう言う事?と聞いてくる。
「俺はエルの選択に従う……昔からそう決めていたからな。そして、ハッシュベルクに戻るという選択をした場合、俺とエルはここから離れるが、お前たちはどうする?」
「聞かれるまでもないですよぉ。私はシンジさんにずっとついて行くって言いましたよねぇ。」
リディアがそう言う……まぁ、リディアはそうだろうな。
二人に「選べ」と言ったが、実質、選択を迫られるのはアイリスだ。
ここに残る理由があるのはアイリスだけだからな。
「私は……ここに残ります。残って皆さんが戻って来てくれるのを待ちます。」
「いつ戻れるか分からないぞ?」
「はい、それでも待ちますよ……私一人だけじゃ国家に立ち向かえませんからね。この小さな村を守るのが精一杯です。」
そう言うアイリスの顔は、小さくても立派な王族の顔だった。
「アイリスは偉いな……後はエルの答えを待ってやってくれ。」
俺はそう言ってアイリスの頭を撫でる。
はい、と答えるアイリスの笑顔が凄く眩しかった。
アイリスたちは先に村へ戻り、俺とエルはその後もしばらく残っていたが、結局答えは出せなかったようだ。
村に戻ると、俺達を見かけた村人たちが手を合わせて拝んでくる。
うーん、これだけは何とかして辞めさせないとな。
俺達のそばを子供たちが駆け抜けていく。
「……今の子たち、笑顔だったよね?」
エルがそう言ってくる。
「あぁ、笑っていたな。」
「ニナちゃんも、最近は良く笑うようになったよね。」
「オルカがウザいけどな。」
「そんなこと言ったら可哀想だよ。」
俺達は村の外れに家を建てて、今はそこで暮らしている。
別にテント暮らしで構わなかったのだが、村人たちが「ご主人様がテント暮らしなら、私達は野宿します。」と頑として譲らなかったのだ。
村人達に普通に暮らしてもらうために仕方がなく俺達の家を建てたのだが、家が出来ると同時にニナと他二人の女の子……ユイとメイという名前だそうだ……が、例の格好で転がり込んできた。
ニナが言うには、自分達は俺のメイドなのだからお世話をする義務が有る、という事らしい。
いつの間にそうなったのか分からないが、その言葉を聞いている時、エルが顔を逸らしていたから、きっと何かを吹き込んだのだろう。
まぁ、三人とも親を亡くしていて、行くところもないという事だったので、家で面倒を見ることにした。
……次の日から、何かと用事を作って、オルカがやってくるようになったのは想定外だったが。
「あの笑顔は……私達のおかげって……言っていいんだよね?」
「そうだな、少なくとも、俺達があの時あの子たちと出会わなかったら、今頃生きていない可能性もあったしな。」
「そう……だよね。」
エルはそう言ったきり、黙り込んでしまった。
その夜……。
俺が寝ているベットに誰かが忍び込んでくる気配があった。
「……シンジ……寝てるよね?」
エルか……。
様子がおかしいので、俺は寝たふりをして様子を伺う事にする。
エルは俺の背中にギュッとしがみつき、か細い声で囁く。
「私……どうしたらいいのかなぁ?……ハッシュベルクに行かないとお母様は悲しむよね?」
泣いているのか、微かに嗚咽が漏れ聞こえる。
俺は寝返りを打つ振りをして、エルと向かい合うとそのまま抱きしめる。
「えっ?」
エルが驚いた声を上げるが聞こえないふりをしておく。
「……エルが決めた事なら、どんなことでも褒めてくれるよ。ミネアさん達の事を気遣って決めたなんて言ったら、逆に怒られるんじゃないか?」
俺は彼女の耳元でそう囁く。
「そう……かな?……そう……だよね?」
「そうだよ。」
俺が応えるとエルがギュッとしがみついてくる。
たまには人恋しくなる夜もあるからな、今夜は気が済むまで甘えさせてやるか。
俺はエルを抱きしめつつ頭を撫でてやる。
しばらくすると、彼女から、すぅすぅと安らかな寝息が聞こえてきた。
……朝まで、俺の理性が持つといいけどな。
◇
翌朝、目が覚めるとエルはすでにいなかった。
俺が目覚める前に抜け出していったようだ。
「シンジおはよう。」
食堂に行くと、エルが俺を見て挨拶をしてくる。
その顔が赤く染まっているのは、暖房が効き過ぎているわけではないだろう。
「あぁ、おはよう。」
エルの反応がおかしいから、俺まで動揺してしまうじゃないか。
「私、決めたわ。」
食事が終わった後、俺達の前でエルがそう言う。
「私はハッシュベルクには行かない。ここの皆の笑顔を守りたい。……目の前に助けを求めている人達を全力で守るの。……それが私の答えよ。」
エルがハッキリとそう言った。
それはエルが「ハッシュベルクの王女、エルフィーネ」としてではなく「冒険者エルフィー」として生きていく決意の表れのように思えた。
「じゃぁ決まりだな。明日にでもこの村を出る。」
「えっ、明日ですか?」
アイリスが驚いた顔で俺を見る。
「アシュラム王国に忍び込むなら1日でも早いほうがいいだろ?」
「…………ありがとうございます。」
アイリスはそれだけを言って顔を伏せる。
口にこそ出さなかったが、アイリスも本心では両親の事が気がかりだったに違いない。
そのことを分かっているのか、エルがアイリスをそっと抱き寄せる。
「待たせてゴメンね。これからは私も力になるからね。」
「エルさぁん……。」
安心したのか、アイリスがエルにしがみついて泣きじゃくる。
俺はその様子を眺めながら、アシュラム王国に忍び込むための方法をシミュレートしていた。
神ならざる身の俺には知る由もない事だが、俺達の決断は遅すぎた。
先の事を考えるのならば、この村に関わる事無く、すぐにでもアシュラム王国に乗り込むべきだったのだ。
ただ、先の事が分かっていたとしても、この村を見捨てる選択肢を選べたかどうかは疑問が残るが。
いずれにしても、俺達の決断は遅すぎた……いや、元からこうなる運命だったのか……それは女神だけが知っていることだろう。