オークだからさ……
目の前に、エルが立っている。
服のあっちこっちが斬り裂かれていて、もはや衣類の体を成していない。
両腕でその豊かな胸元を隠しながら、ずり落ちそうになっている服の端をしっかり握っている。
体プルプルと小刻みに震えているが、意志の強さを感じさせる瞳はしっかりと俺を見据えている。
鮮やかな碧と紅に輝く、その瞳には涙が溢れ出さんばかりに溜まっている。
「……の………カ……。」
エルの口元がわずかに動く。
何かを言っているようだがよく聞き取れない。
俺は聞き取る為に、と一歩エルに近づく。
「シンジのバカッ――――!!」
辺り一面に、エルの怒声が響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エルッ!」
俺は、エルの前に『力場』を発生させる。
バシッ!
エルに向かって放たれた電撃が、俺の発生させて力場によって弾かれる。
よかった……50㎝程度の広さだから、ちょっとでもズレてたら危なかったな。
『水弾!』
エルの魔法がホーンラビットを襲う。
小石ぐらいの大きさの、無数の水の礫がホーンラビットの身体を貫いていき、それを受けたホーンラビットは一瞬、ビクッ!と体を振るわせた後、息絶える。
「これで何匹目?」
「16・・・・・・いや17匹だな。」
俺は収納の中に、ホーンラビットの亡骸を入れながら、エルに答える。
「そろそろ、別の獲物を狙ってみるか?」
「それより、少し休憩にしない?」
俺の提案に対し、エルが休憩を申し出る。
「あ、あぁ、そうだな。気づかずに悪い……。」
見ると、エルの息が上がっている。
この短時間の間に、かなりの魔法を連発しているのだから、魔力もかなり減っているだろう。
回復しない事には、別の獲物どころか、ホーンラビットにさえ殺られかねない。
「シンジ、そこに座りなさい!」
火をおこし、休憩できるスペースを確保したところで、エルがそう言ってくる。
うっ、お説教か。
……倒したホーンラビットの殆どはエルが倒したモノだしなぁ。
剣を振っても当たらない。
魔法は足止め程度にしか役に立たず……文句の一つや二つ言いたいだろうなぁ。
……俺は仕方がない、と言われた通りに座る。
「よいしょ……っと。」
俺が座ると、その膝の上に乗ってきて、体重を俺に預けてくるエル。
「えっと、エルさん、何をなさってるので?」
俺は訳が分からず、エルに訊ねてみる。
「うっさい!文句あるの?アンタは黙って座ってればいいの!」
背中をこちらに向けているため、表情までは窺えなかったが、耳が赤く染まっている所を見ると、顔も真っ赤になっている事だろう。
「ハイハイ、座椅子になれって事ですね。」
「わかればいいのよ!」
そう言って預けてくる身体を優しく受け止め、頭を撫でてやる。
文句を言ってくるかと思ったが、何も言わず、やがてエルの身体から力が抜けてゆく。
そして、すぅ、すぅと、可愛らしい寝息が聞こえてくる。
「よっぽど疲れていたんだな。」
俺はエルの髪を優しく梳いてやる。
柔らかく手触りの良い髪質、ここの所碌に手入れも出来ていないだろうに、その様な事を微塵も感じさせない。
「もう少しエルの負担を減らさないと……な。」
俺は先程迄の戦闘内容を吟味する。
俺は最初剣を振るっていたが、これが見事なまでに当たらない。
俺が振り下ろそうとしたときには、すでにその場にいないのだ。
ホーンラビットが素早いという事もあるのだろうが、それ以上に俺の剣技が成っていない。
体育の授業で、竹刀を握った事がある程度では、実戦なんて出来る訳ないと、言い訳したいところだが、戦えなければ獲物も捕れないし、下手すれば死ぬ・・・・・・ここはそう言う世界だ。
言い訳などしている暇があるなら、少しでも生きるための努力をするべきだ。
剣がダメなら他の手段を・・・・・・俺に出来る事を考えないとな。
パッと思い付くのは、罠とか道具を使うことだけど・・・・・・。
色々考えているうちに、あることを思いつく。
エルの様子を見てみると、まだ熟睡しているようだが、動かすのは忍びない。
なので、ここから動かなくても出来る事をやってみよう。
◇
「……んっ……何か煩いわねぇ……。」
「お、エル起きたか?」
「ん、何か騒がしい……って何よっこれっ!」
「って、危ない!大丈夫だから動くな。」
驚いて飛びあがるエルを、俺は抱きしめて抑える。
現状は微妙なバランスの上で成り立っているので、下手な動きは致命傷になりかねん。
エルはしばらくもがいていたが、観念したのか、やがて大人しくなる。
「落ち着いたか?」
「……説明、してくれるんでしょうね?」
「あぁ、話せば長くなるんだがな……。」
俺はエルを押さえている腕の力を緩めると、エルの方も軽く体重を預けてくる。
「まぁ、簡潔に言うとだな……エルが寝てて暇だったから、魔法の練習を兼ねて色々やってたらこうなった。」
「って、端折り過ぎでしょうが!何をしたらこうなるのよ!」
エルが、周りを指さして叫ぶ。
今、俺達は数十頭のウルフファング達に囲まれている。
一定ライン以上近寄ってこないのは、俺が無数の力場を、俺達を囲う様に発生させているためだ。
「いや、最初は、ホーンラビットを落とし穴に落とせないかなぁって思ったんだよ。」
俺の探査魔法は、俺を起点として10M四方位しか探査できないと範囲が凄く狭い。
しかし、起点の位置をずらしたらどうか?
空属性の基礎なのかどうかは分からないが、座標固定と言うのがある。
力場を発生させたり、転移先を決めたりするのに常に使用しているもの……つまり、対象の固定みたいなものだけど、これを探査魔法に使えないかと考えたわけだ。
見える範囲の中で一番遠い所に座標を固定して探査魔法をかけてみたところ、見事に、そこを中心として探査が出来た。
さらに、その探査出来た一番端を起点にして探査魔法をかけてみると……探査できたんですよ。
俺の時代、再度キターーーー!
まぁ、新たに探査すると、その前の探査部分が消えるので、使い勝手がいいかと言うと微妙なんだけど。
「はぁ……シンジはやっぱりバカね。……詳しい事は後で聞くわ。先ずはこいつらをどうにかしなきゃね。」
「あぁ、悪いが頼む。」
「頼むって……アンタは何もしない気?」
「いや、正直、力場を発生させるだけで精一杯で……。」
俺達を取り囲むように発生させた力場は、一つ一つの範囲が狭い為、数を出してカバーしている。
包囲が狭まってきたため、取り囲む範囲も狭くなったとはいえ、その数は50以上。
力場は一度発生させてから一定の時間が経つと消えてしまうので、その都度張りなおす必要がある。
しかし、数が多いので効果がきれる度に次々と張りなおしていると最後の力場を張りなおした時には最初の力場が消え……と、さっきから延々と力場の張り直しをしているのだ。
「やっぱバカ?……まぁいいわ。」
呆れたように言うエル。
「水よ集え!『水弾!』」
水の礫がウルフファング達の身体を穿つ。
「光よ!『光の矢嵐!』
無数の光が矢となって降り注ぎ、ウルフファング達の身体を貫いていく。
エルの魔法によって、次々と倒れていくウルフファング達。
やがて周りで動くものが無くなったところで、エルが一息つく。
それを見て、俺も力場の発生を解除する。
周りを見回すと、ウルフファングの亡骸が死屍累々としている。
「エル、お疲れ。素材回収は俺がするから、休んでいてよ。」
「いいわよ、二人でやった方が早いでしょ。それにこの様子だと、今夜はここで野営になるでしょ。」
そう言うと手近なウルフファングを解体し始める。
「悪いな……。」
俺はエルに一言礼を言うと、少し離れた場所のウルフファングの解体を始める。
魔物は、生命活動を停止して暫くたつと「魔種」と呼ばれる結晶に変わる為、それまでに解体しないと素材を得ることは出来ない。
なので、エルの申し出は大変有り難かったりする。
尚、魔物と普通の動物の違いは、この「魔種」があるかないかだと言われている。
ウルフファングから採れる素材は、牙と毛皮、それと「魔種」だ。
肉は食べられなくはないが、筋張っていて堅い為、あまり好まれない。
しかし、貧乏な俺達にとっては、貴重なたんぱく源なので、なるべく柔らかそうなところを削げ落としていく。
「グルゥ!」
「ッツ!」
解体してる途中、まだ息があったらしいウルフファングに噛まれる。
しかし、それが最後の力だったのだろう、俺に食らいついたまま息絶える。
「うぅ……痛ぇ。」
完全に油断してた。
俺は癒しの魔法を使って傷の治療を試みるが、俺の力では傷口を塞ぐ位しかできなかった。
2/3程解体したところで時間切れとなり、全ての亡骸が「魔種」に変わってしまったため、シードを拾い集めていく。
結構な時間が経っていることと、それなりに疲れたこともあって、エルの言う通り今夜はここで野営することに決める。
「ちょっと洗浄してくるわ。ついでに食べれそうなもの探してくるわね。」
そう言って、エルが森の中へと入っていく。
まぁ、体中血まみれだし、気持ち悪いだろう。
俺は、魔法の練習も兼ねて洗浄魔法で汚れを落とした。
エルが席を外している間に、俺はウルフファングの肉を調理することにする。
綺麗に洗浄した板の上に、肉の塊を並べる。
『次元斬』
『次元斬』
『次元斬』
スラッシュの魔法で肉塊をズタズタにする。
間違ってはいないが……いや、気にするのはやめよう。
ミンチ状になったソレを、同じくみじん切りにした山菜と適当に混ぜてこねる。
そして一口サイズの団子を作っていく。
「あら、それは何?」
エルが戻ってきて、目ざとく肉団子を見つける。
「ウルフファングの肉団子だよ。」
「えー・・・・・・、まぁ贅沢は言えないわね。・・・・・・煮込めばいいのね。後やるから、テントお願いね。」
俺は調理をエルに任せて、寝床の支度を整える。
収納魔法のおかげで、助かっているが、これ出しっぱなしだとさっきの戦闘でボロボロになってるよなぁ。
他の冒険者はどうしているんだろう?
◇
「これホントにウルフファングのお肉?」
肉団子の入ったスープを食べながらエルが言う。
ウルフファングの肉は堅くては臭味があるのが、不人気の理由なのでミンチにして堅さをなくし、香草を練り込んで臭みを消してみたんだが、エルに好評だった。
意外なことに、この世界ではミンチに加工すると言うことはしていないそうだ。
口一杯に肉団子を頬張る姿は、見ていて微笑ましい。
「はぐ・・・・・・ほぅいへば・・・・・・むぐ・・・・・・もぐ・・・・・・ゴクン・・・・・・結局どうしてああなったか、途中だったわね。」
食べながらエルが聞いてくる。
「あぁ、ホーンラビットを誘導しているときに、ウルフファングを見つけたんだよ。で、罠にはめれないかと思って、ホーンラビットを餌におびき寄せたら見事にハマってね……。」
最初は上手く行っていたのだ。
ホーンラビットの臭いにつられたウルフファングが、落とし穴に落ちて、身動きが取れなくなったところを、上から力場で蓋をすると、やがて窒息して動かなくなる。
しかし、俺が身動きがとれない状態でそのままだと素材がとれなくなるので、次からは空気が入るようにした。
様子がおかしくなったのは、5頭ぐらい捉えた頃だった。
後から後から絶え間なく、ウルフファングが来るようになり、落とし穴が間に合わなくなってきたのだ。
「で、仕方がなく俺達の処に来れないようにと、力場を張って凌いでいたと言うわけ。」
「はぁぁぁ・・・・・・取り敢えず、アンタが底無しのバカってことはわかったわ。そんな事になる前に起こしなさいよ!」
「いや、だって、気持ちよさそうに寝ていたし・・・・・。」
エルを抱き抱えているのが心地良くて、起こすのがもったいないと思ったのは内緒である。
「ホントにバカね。危険が迫っているのに寝てられるわけないでしょ!そもそも、何であれだけの時間魔法を行使できるのよ!」
何で?と言われても出来たんだから、としか言いようがない。
何でも、高位の魔導師でも、設置型じゃない結界を張り続けるのは1時間ぐらいが限度だそうだ。
普通の魔導師なら30分も持たないらしい。
まだまだ文句を言い足りないらしい様子なので、俺は慌てて話題を変える。
「それより、差し支えなければ、エルの事を聞かせてよ。」
「私の?・・・・・・何を?」
エルが怪訝そうに聞いてくる。
「ほら、エルって王女なんだろ?なのに、採集は手慣れた感じだし、簡単とはいえ調理も出来る。」
俺はそう言って鍋を指さす。
「それで?」
「粗末なはずなのに美味しいと言って食べたり・・・・・・正直王女じゃなくても、貴族とか裕福な家庭に育った人間なら耐えられない生活を、文句言わずしているのが不思議でね。」
俺がそう言うと、エルは「そんな事・・・・・・」と呟いたきり黙ってしまう。
「あー、話したくないなら……。」
「私と母様が王宮内で疎まれているって話は前にしたよね?」
俺が、話題を変えようとしたところで、エルが口を開く。
「あぁ、それで神殿に逃げたんだろ?」
「えぇ、そうよ……母様は元々平民なの……。」
現国王フィンドルフ=グラーシス=ハッシュベルク27世は、前国王の側室の子として生まれた。
なので、王位継承権もそれほど高くなく、自由気ままに王子時代を過ごしていたそうだ。
ある日、エルの母親と出会い恋に落ちるが、エルの母親は身分違いを理由に拒み続けたという。
諦めきれない王子は何度もアタックを繰り返し、そしてとうとう、一緒になる為なら王位継承権を返上し、市井の一人として生きると言う王子の決意にほだされ、二人は結ばれる事になる。
しかし、ある日突然別れの日がやってくる。
前王が急死、継承権を持つ王子たちも次々と変死を遂げる。
王宮内では王女を王位につけようとする派閥と、フィン王子に再度継承権を与え王位についてもらおうとする派閥で別れ、内乱が起きる一歩手前まで行ったそうだ。
折しも、隣国がそれに付け込んで戦の準備を始めているという噂が流れ、内乱している場合ではないと悟った重臣たちの手により、フィン王子は王位に就く事になる.
その際王子はエルの母親を側室として迎えるつもりだったが、エルの母親はそれを固辞し二人は思い出を胸に其々の道を歩むことになった……とまぁ、よくある貴族の恋愛物語である。
「……と言うのがお父様から見た話ね。」
「って事は、真実は違う……と。」
「えぇ、そうよ。母様には当時好きな人がいたの……恋人ではなかったんだけどね。だから、とう様の求愛を断っていたんだけど、ある日その人がなぜか国境警備隊の任に就く事になってね……。」
「その人は兵隊さんだったのか?」
「いーえ、タダの農夫よ?」
そう言って自嘲気味に笑うエル。
「まぁ、その件はお父様は知らないんだけどね……家族が不幸な目に合わないといいですね、と側付きの者からそれとなく脅迫を受けた母様は、仕方なくお父様と結ばれたの。……お父様が王位に就くことになった時は、やっと別れることが出来きて清々した……って母様は言ってたのよ。」
「それが、またなんで王の側室に?」
「ある時ね、お忍びで母様に会いに来たのよ。まぁ、政略結婚の正妃とか貴族のご機嫌取りの為の側室の相手でストレスが溜まってたんでしょうね。母様にとってはいい迷惑だったんだけど……相手が王様じゃ拒めないでしょ?で、この一夜限りで、後は係らないでと念押しをしたうえでお相手をしたのよ。だけど運悪く、私が出来ちゃって……。私が10歳の頃まではうまく隠し通せていたのね。私もそんなこと知らなかったし。……だけど私の存在が、何処からか漏れて、それを知った王様が、無理やり母様を側室へとあげたのよ。」
だから疎まれてるの、とエルは笑いながら言った。
「元々貧乏暮らしだったから、こういう生活にも慣れてるし、神殿は、外聞があるから質素清廉な生活だしね……、慣れてるのよ。逆に貴族らしく振舞えって方が難しいくらい。」
そう言っておどけて舌を出す、エル。
あえて明るく言ってはいるが、色々大変だったというのは、端々に表れる表情や口調などから窺える。
「ちょっと席を外すわね。」
そう言って立ち上がるエル。
用を足しに行く振りをしているが、たぶん一人で気持ちを落ち着けたいのだろうと思う。
こういう場合は、どちらにしても「何処へ?」とか「何しに?」とか聞くと「デリカシーがない!」と言われるのは、向こうの世界で学習済だ。
だから、敢えてスルーして見送る。
「マズったな。」
体裁が悪くて、軽く話を振っただけなのに、思った以上にヘビーな話になってしまった。
戻ってきたら、何か甘いものでも用意しようと思う。
「キャァーッ!」
確か、はちみつがあったから……と、収納の中の食材をチェックしていると、森の奥から悲鳴が上がる。
「エルッ!」
俺は慌てて、声のした方へと走っていく。
◇
目の前で、エルがオークに襲われていた。
腕を押さえつけられて身動きの取れないエル。
衣服が引き裂かれ、胸元がギリギリ隠れている姿を、オークが舌なめずりをしながら見ている。
「シンジ!逃げて!」
「逃げてと言われて逃げれるかよっ!」
俺は剣を抜き、オークに斬りかかる。
オークと言えば、ファンタジーで有名な「くっころ」の相手だ。
そんなモンスターの所にエルをおいて行けるわけがない。
俺はとにかく剣を振り回す。
型とかがあるわけじゃなく無茶苦茶ではあるが、俺の勢いにオークがエルを放して後ずさる。
そして、そばに置いてあった斧を手に取り一振りする。
ぶぉんっ!
風を裂く音が凄い……ギリギリだったけど、何とか躱すことが出来た。
もう一度斬りかかるが、オークになんなく躱され、斧の一振りで剣が弾き飛ばされる。
「あっ!」
その時、オークの顔がニヤリと歪むのが見えた。
斧が振り下ろされる。
ガキッ!
寸でのところで力場が間に合い、斧の動きが阻害される。
落ち着け、落ち着け……大丈夫、俺はやれる。
俺は自己暗示をかけながら次の手を考える。
俺に出来る事は少ないが、何か手があるはずだ。
力場が斧を押さえている間に、俺は転がってその場を抜け、剣を拾い上げる。
オークが向きを変えてこちらに向かい斧を振り上げる。
今だ!
俺はオークの足元を、土魔法の落とし穴で掘る。
突然足元が崩れたオークはバランスを崩して膝をつく。
そこへ俺が斬りかかるが、斧の一薙ぎで吹き飛ばされる。
「ッツ!」
体勢を立て直したオークが、俺目掛けて斧を振り下ろす。
「逃げてー!」
エルが、風魔法の『風の刃』を放つ。
オークが、その魔法を斧の一振りで弾き飛ばし、その余波を受けてエルが吹き飛ぶ。
「エルッ!」
なんて奴だ……ファンタジーではオークは雑魚キャラ扱いだけど……本物はこんなに……。
不安が胸をよぎるが、それを必死になって押し殺す。
オークは、エルの方へ向かっている。
『次元斬』
『次元斬』
『次元斬』
殆ど役に立たないとわかっているが、少しでも気を引ければと、『次元斬』を連発する。
背中に、肩に、首筋に、小さな傷が出来るが、やはり大したダメージにはなっていない。
しかし、気を引くことには成功し、煩そうなものを見るように、俺の方へ向かってきた。
斧が振られる。
それを躱す。
躱したところへ、また斧が来る。
それも何とか躱す。
じりじりと追い詰められていくのがわかる。
躱しながら後ろへ下がろうとすると、ドンっと何かにぶつかる。
俺の後ろには樹があり、これ以上は下がれない。。
躱していたつもりだったのだが、どうやらここに追い詰めるように動いていたらしい。
オークの顔が勝利を確信し、愉悦に歪む。
そして斧が振りおろされる。
目の前に斧が迫っている。
「いやぁー!シンジ―!」
エルの叫び声が聞こえる。
『空間転移』
俺はギリギリのところで転移をする。
例え1m程度しか移動できない、しょぼい能力でも、、オークの背後を取るには充分だ。
オークの背後に出現した俺は、首筋についた傷を目掛けて、剣を思いっきり突き刺す。
「ぐわっ!」
オークが暴れるが、俺は剣に力を込めて突き刺していく。
そして、オークが動かなくなると、辺りに静寂が戻ってきた。
「やった……のか?」
俺が握っている剣先には首から血を流したオークの亡骸。
大量の血の匂いにむせ返る。
「エルは無事かっ!」
俺は慌ててエルの姿を探すと、近くで、呆然と立っているエルがいた。
「エルッ!怪我はないか!」
俺は慌ててエルに駆け寄る。
エルの衣服は斬り裂かれボロボロだったが、特に目立つ外傷は無い。
「シンジのバカッ――――!!」
両の瞳に涙を浮かべたエルの怒声が、森の中に響いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれからずっと泣きじゃくっていたエルが落ち着きを取り戻したのは、それなりの時間が経ってからだった。
「死んじゃったと思ったじゃない、心配かけないでよ!」
俺にしがみつきながらそう言う。
エルの所からでは俺が転移したところは見えなかったらしい。
「悪かった、でもエルが無事でよかった。」
俺はそう言いながらエルの頭を撫でる。
エルは俺にしがみついたまま離れない。
とりあえず、せっかく倒したのだから、とオークの解体を試みようとしたがよく分からないので、そのまま収納に入れる。
エルは、その間もずっと俺にしがみついたままだった。
「とりあえず、大物もゲットしたし、明日は戻ろうな。」
しがみ付いているエルにそう声をかけると、エルは小さく頷く。
しかし、この状態では歩きづらい。
「えーっと、エルさん?歩きづらいので少し離してくれると……。」
「イヤっ!」
……まぁ、怖かったんだろうから仕方がないか。
誰も見ていないし……と、俺はエルを抱きかかえる。
「えっ?」
「これなら歩きやすい」
俺がそう言うと、エルは俺の首に手を回してぎゅっとしがみ付いてくる。
「これなら……いい。」
「ハイハイ、仰せのままに。」
俺はエルをお姫様抱っこして野営場所へと戻るのだった。