女神様、再降臨……コレって伏線ってやつですか?
「……結局ついてくるのか?」
俺は後ろをぞろぞろとついてくる兵士達を見ながら、エルとアイリスに聞く。
「まぁね……。」
エルが、げんなりとした表情で頷く。
「あは、あはは……。」
アイリスは困ったように、指で頬を掻いている。
俺が席を外した後、兵士たちとアイリスの間で話し合いが行われていたそうだが、エルが言うには「あれは話し合いじゃないわ。サバトよ、怪しい集会よ。」だそうだ。
エルはそれ以上教えてくれなかったので、リディアに聞いてみた。
「えっとね、シンジさんがいなくなった後、アイリスが今までの事を話したの。そうしたら、みんな土下座し始めて、最後には、アイリスの名前を呼びながら、崇め奉る様になっちゃって……。」
中には躍り出した奴もいたそうだ……アシュラム王国、大丈夫か?
……いや、こいつらが偶々特殊な奴らだったという事だろう……そうに違いない。
「それで、この後はどうするんですかぁ?」
リディアが聞いてくる。
「そうだな、取りあえず山脈を越えて少し西に行ったところに、確か村があったよな?そこに行こうと考えている。」
村についたら情報収集だな。
それによってアシュラム王国へ入る方法を考えよう。
「そうなんだぁ……えっ!」
リディアが、いきなり硬直する。
「どうしたっ?」
俺はリディアの様子がおかしい事に気づく。
しかしリディアは答えない。
その場で固まったように動かず、その瞳は開いているものの光を失っている。
「エルッ、リディアがっ……って。」
俺はエルを振り返って、一瞬止まる。
エルもリディアと同じように固まっていた。
「これは……。」
「……神降ろし……ですか?」
「神降ろし?」
俺は隣でつぶやくアイリスに聞き返す。
「えぇ、巫女様が女神様の神託を受けているときの状態を、私の国ではそう呼んでいるんですが?」
神託……そうか、信託か……。
「天啓のスキルか……初めて見たから焦ったよ。」
「でも、リディアちゃんが姫巫女様だって事は知ってたんですが、エル様も巫女様だったんですね。」
「あぁ、俺も聞いただけだが、かなり有能な巫女だそうだ。」
「そうなんですね。」
アイリスは、何か思う所があるのか、そう呟いたきり黙り込んでしまった。
天啓のスキル……アイリスが言う所の「神降ろし」がどれくらいの時間がかかるのか知らないが、エルとリディアが動きを止めてから5分が過ぎている。
「神降ろしって、こんなに時間がかかるものなのか……?」
今は少し開けた場所で休憩をしているが、二人が動き出す兆しは一向に見えない。
目を開いたまま横たわる二人の少女……。
「シュールだよなぁ。」
「シュールですよねぇ……って、シンジ様、女の子の寝顔をまじまじと見るのは失礼ですよ!」
「いや、これって寝てるのか?」
「えーと……?」
俺の返しに、アイリスが言葉に詰まる。
「……でも失礼ですよ。」
悩んだ末に、その言葉だけを何とか絞り出す。
「だな。」
……それから更に30分が過ぎた。
「いい加減長すぎないか?」
俺が心配になり、二人の顔を覗き込むと……エルと目が合う。
エルの眼が金色に輝いている。
「シンジ……ネルフィー様が呼んでる……。」
エルの言葉が俺を誘う……。
……何かがおかしい、と思う間もなく、俺の意識が白い闇に飲み込まれていく。
◇
― シンジ、お待たせしました。……私の方ではほんのわずかな時間でしたが、お待たせしてしまいましたか? ―
……そうだな。今の今まで忘れていたぐらいだ。
先日と同じ光景。
何も見えない真っ白な闇の中に、その気配が、存在だけが感じられる。
― それは失礼を致しました。この前のお話の事は覚えていますか? ―
……ここに呼び出されて思い出したよ。俺が元の世界に帰るかって話だったよな。
― そうです。帰る決心はつきましたか? ―
……この前も言っただろう、俺は帰らない。
― そうですか……仕方がないですね。 ー
……話はそれだけか?
― そうですね、それだけです……が、それで済ませたらミカゲに怒られてしまいますからね。 ―
女神の言葉と共に、俺の周りが光に包まれる感じがした。
光に飲み込まれる……その表現の方が正しい気がする。
……何が起きたんだ?
光の渦が俺の周りから消え去り、意識が戻ってくる。
― あなたに力を与えました。 ―
……力?
― 力と言っても特殊なものではありません。この間も言ったように、あなたは間違ってこの世界に来たため、他の人のような力がありません。 ―
……全属性持ちとか、空間スキルとか、膨大な魔力量って言うのは特別な力じゃないのか?
― 魔力量と属性に関しては、あなたが異世界人というところからきている特異体質ですので、我々が与える『力』とは関係がありません。 -
― 空間スキルに関してはミカゲの力です。無理矢理つないだために不安定になっていますが。 ―
……ミカ姉の……?
― あなたは、現在面白いように力が捻じ曲がって定着しています。時間があれば研究したいぐらいに。 -
そういう女神から、笑っている気配が感じられた。
― あなたに与えた力『女神の剣』……あなたの体内に定着しかけている剣を核にして、ねじ曲がった力を集約・調整してあります。 ―
……エフィーリア?
俺がその剣の名を呟くと、頭の中に膨大な知識が流れ込んできて、女神の言った「力の集約・調整」という意味が理解出来た……というか理解させられた。
― そしてもう一つ……あなたの持つ空間スキルを安定させました。特別な力というわけではありませんが、あなたの考え方、使い方によっては、他に類を見ない強力な力に変わるかもしれません。 ―
……空間スキルの安定化、か……。
同じように脳裏に流れ込んでくる知識。
この暴力的なまでの力の奔流に必死に抗う……気を抜くと、意識が持っていかれそうだ。
― あなた方は、これから大いなる戦乱に巻き込まれることになるでしょう。無事に生き延びて私達の望む方向へと世界を導いてください。 ―
……言い成りになるのはごめんだね。俺は俺の思うように行動する。
― それで構いません。あなた方が目指す先に私達の望む者がある事を願っていますよ。 ―
……勝手な事を。
― 元来、神とは勝手なものですよ。 -
ネルフィーが苦笑しているイメージが浮かぶ。
― 他の女神たちを通して、あなた方の進むべき道を示していますが、どの道を選ぶのもあなたがた次第……幸運を祈っていますよ。 ―
ネルフィーのその言葉とともに、俺の意識は白い闇に飲み込まれていく。
― シンジ……運命に弄ばれし人の子よ……あなたの行動、楽しみにしていますよ。 ―
遠くで聞こえる、ネルフィーの声を最後に、俺の意識は完全に白い闇に飲まれた。
◇
「あ、起きた……シンジ、私がわかる?」
俺を覗き込むアッシュブロンドの美少女……右目がやや赤みがかった金銀虹彩……いつものエルの瞳だ。
「妹スキーなロリコン美少女。」
「誰がロリコンよっ!」
俺の頭が地面に落ちる。
どうやら、今までエルの膝枕で寝ていたらしい。
エルが急に立ちあがった事により、俺の頭はそのまま地面へ叩きつけられることになった。
「痛たた……。」
俺は頭を抱えながら起き上がる。
「シンジさぁん、大丈夫ですかぁ?」
リディアが駆け寄ってきて俺の頭を撫でてくれる。
「よしよし、エルさんは酷いですねぇ。」
誰がっ!といきり立つエルを、アイリスが「まぁまぁ」と宥めている。
おいおい、あんまりエルをからかうなよ……後が面倒なんだから。
「エル、リディア、お前らこそ大丈夫なのか?」
俺はエル達に訊ねる。
今は変わらず普通に会話しているが、俺が意識を失う前まで、全く動いていなかったのだ。
「ウン、大丈夫。『神託』を受けていただけだから。」
「私も同じですよ。」
エルと、リディアが明るく応えてくれる。
本当に大丈夫そうだ。
「しかし、いつもああなのか?突然動かなくなるなんて危なくてしょうがないぞ?」
俺の言葉に、エルとリディアが首を振る。
「神託を受けるときは、いつも寝ているときなんですよぉ。」
「そうね、こんな風に日中突然というのは初めての事よ。」
エル達によれば「神託」はいつもは「夢」という形でもたらされるものだったらしい。
それって、ただの夢と間違えないのか?と聞いたら、普通の夢と違って、神託はハッキリと「神託」だとわかる物らしい。
ただ、未熟な巫女の中には「神託」を理解できない者もいるらしく、どういう違いがあるのかをはっきりと言葉で説明するのは難しいとのこと……ただ「わかる」としか言えないんだそうだ。
「それより、シンジさんも急に倒れられて……やっぱり「神降し」なのですか?」
アイリスが心配そうに聞いてくる。
「いや、そう言うのとは違うが……とりあえず情報のすり合わせが必要だろうな。」
俺が気を失ってからかなりの時間が経っていたようだ。
夜営にはまだかなり早い時間だが、今日はここで夜営することを決め、その事を兵士たちに伝えてもらうようにアイリスにお願いする。
アイリスが席を外したところで、俺はエルたちに声をかける。
「この後、情報のすり合わせをしたいが……どこまで話す?」
俺は軽くアイリスが去った方に目を向ける。
二人はそれだけで理解してくれたようだ。
「全部話しても構わないと思うわ。……私の話は、そうしないと理解できないと思うから。」
エルがそう言うと、リディアも頷く。
「そうですねぇ、私もその方がいいと思いますぅ。あと、あと、シンジさん達の秘密もしゃべっちゃってくださいよぉ。」
……そう言えば、リディアにも話してない事がいっぱいあったっけ。
リディアがあまりにも傍にいる事が自然だったため、失念していたことを思い出す。
「そうだな……リディアの事を考えたら今更だな。」
「そう言えばそうね。」
俺とエルは互いに顔を見合わせて笑いあう。
「何ですかぁ、その『俺達だけが知ってるぜ』みたいなノリの笑い方はぁ。」
リディアが膨れる。
「だって、なぁ?」
「だよねぇ。」
俺達はそのリディアの顔を見てさらに笑う。
「何ですかぁ、もぅ!」
俺達の笑い声はアイリスが戻ってくるまで途絶えることは無かった。
◇
「それでエルたちの神託の内容は何だったんだ?」
俺達は早めの食事を終え、周りの警戒を兵士たちに頼んでから、このテントに集まって情報のすり合わせをすることにした。
念のために、アイリスにはこのテントの周りに防護結界を張ってもらい、エルとリディアが二重に遮音結界を張っているので、ここでの事が外部に漏れる心配はない。
アイリスには、一応ここでの事は他言しないように口止めをしてあるが、今更アイリスが裏切るような真似をするとは、誰も思っていない。
「えっと、じゃぁ私から話すわね。」
最初にエルが口を開く。
「今回の『神託』は、日中に起きたことも含めて、いつもとは勝手が違ったわ。」
エルは最初にそう言ってから話し出す。
「いつもはイメージと関連するキーワードが頭の中に流れ込んでくるんだけど……。」
今回、エルが見たのは、闇に立ち向かう俺達のイメージと『魔王』『戦争』『被災者』『アシュラム王国』『グランベルク王国』といったキーワードだったらしい。
そこまでは、いつもと同じだったのだが、その後女神様の声が聞こえて来たというのだ。
今までその様なことは無かったらしく、エル自身も驚いているとのことだった。
「それでその女神はなんて言っていたんだ?」
俺はその先を促す。
「ウン、それがね……。」
いつものエルらしくなく、歯切れが悪かったが、俺はエルが話し出すまで待つことにした。
「……女神様によるとね、私は選ばなきゃならないんだって。」
「選ぶって、何を?」
俺はエルに聞いてみる。
「分からない……この先、私達の進む道によって選ばなきゃいけない場面に出くわすんだって。それが何かまでは教えてもらえなかったけど、選ぶことによって得られるものもあるけど、何かを失うって……。「選ばない」という事を選ぶことも出来るらしいけど、その場合はすべてを失うから、その時が来たら心の赴くままに選びなさいって言われた。」
「……深く考えることは無いさ。」
俺はエルに対して、努めて明るく言ってみる。
「だってそうだろ?岐路に立ったら選ぶ、なんてことは今までだってあった事だろ。選んだ結果何かを得て何かを失う……よくある話だよ。」
俺はそう告げる。
そう、よくある話だよ……。
俺の言葉で気が軽くなったのか、エルの顔に明るさが戻る。
「そうね、ありがとう。」
エルの笑顔を見て、俺も頷く。
「それで、女神が言っていたことはそれだけか?」
「ウン……あ、最後にこう言ってた『シンジを恨まないで』って。どういうこと?」
……クソ女神、俺の名前を使って意味深な言葉を残すんじゃねぇよ。
「俺が知りたいよ。」
俺はため息をつきつつ、エルにそう答えるのだった。




