ファンタジーに銃はアリですか?
「あれは黒狼?」
エルが、兵達を取り囲んでいる魔獣を見て言う。
「いや違う、あれは星狼……しかも『黒』だ。」
動き回る狼たちの額に、白い星型の紋様が見え隠れする。
ウルフ種に限らず、魔獣の中には突然変異種が派生する。
星狼はウルフ種の突然変異種が定着した……ウルフの進化種と言ってもいい存在だろう。
他の例に漏れず、魔獣の突然変異種はその種族の能力・知性を大きく凌駕しているが、中でも星狼はその毛色により、属性や能力が更に特化している。
眼前の『黒色』は特に『知能』が高い個体種であり、それが群れを成しているという事は一筋縄ではいかない相手という事だ。
「やっぱりアシュラムの兵たちですね。」
囲まれている兵達をみて、アイリスがそう言った。
「中々手練ているな。」
俺は兵達を見てそう思った。
中央に魔法が使えると思われる三人をおいて、それを守る様に、円陣を組んでいる。
怪我をした者はすぐ円陣の内側に入れられ、魔法使いの治療を受けている。
防御に特化した陣形ではあるが……。
「ヤバいな。」
「えっ?善戦していると思いますけど?」
俺のつぶやきを聞き咎め、アイリスがそう言ってくる。
「今はな。」
そう言っている矢先に、アシュラムの兵が星狼の牙に倒れる。
隣の兵士がすぐさま、その星狼に斬りかかるが、星狼はすでにその場を離れている。
怪我をした兵は、その間に奥へ運ばれ、魔法使いが治癒魔法をかける。
「ああやって、中に治療士を置き、即座に回復する、その間は他者が守る……それはいい。守るのに適した陣形だと思う。」
「だったら……。」
アイリスが何か言いかけるのを、俺は遮る。
「しかし、いつまで守る?」
「えっ?」
「いくら守りに徹していても、それだけでは敵は減ることはない。守るという事は、敵を殲滅するだけの力が無いという事の裏返しであり、消耗戦になれば数で劣る人間側に勝機はない。……それとも援軍のアテがあるのか?」
「それは……。」
俺の言葉に、アイリスが口籠る。
「シンジさん、メテオいつでも落とせるよぉ!」
リディアはすでに魔法の準備を完了していた。
「うーん、メテオなら即殲滅できるな。」
「ダメですっ!兵隊さん達も巻き込まれますよ!」
アイリスが、止めに入る。
「でも、アシュラムの兵ならこの国の敵ですよね?」
「それは……でも……。」
しかし、リディアの言葉に、アイリスも声を失う。
「シンジ様、お願いです。」
アイリスが、俺の方に向き頭を下げる。
「今後、シンジ様の言う事には如何様な事であろうとも全て従います。隷属の契約を結んでも構いません。ですので、あの方たちを助けてはもらえないでしょうか?」
「それって、シンジの奴隷になるって事?第一王女のあなたが?」
エルがアイリスにそう訊ねる。
「そう取ってもらって構いません、ですから……。」
アイリスが必死に頼み込んでくる。
「あの中に知っている奴でもいるのか?」
「いえ、知らないですが、それでも我が国の国民が目の前で魔獣に倒される所は見たくないのです。」
「……その国に生贄にされそうになったのにか?」
「あの人達に責任はない事です。」
アイリスからは、自分より国民を守るという決意がうかがえる。
「……わかったわよ。」
俺が応えるよりも先にエルがそう答える。
「ちゃっちゃと片付けるわよっ……『大爆流渦』!」
エルの魔法が魔獣と兵士を纏めて吹き飛ばす。
「エルさぁぁぁん。」
アイリスの絶叫が響くが、とりあえず後回しだ。
俺は兵士たちの元へ駆けだし、魔獣との間に割って入る。
「後ろへ下がれっ!」
エルの魔法によって星狼の包囲網が崩れたため、後方に余裕が出来ている。
「お前達は……?」
「そう言うのは後だ!……アイリス!ボーッとするな、こいつらを誘導しろっ!……リディア!」
「はーい……『風の竜』!」
竜巻が星狼達を巻き込んで吹き飛ばす。
兵士たちとの距離が開いた事で、迎撃の準備が整う。
俺は収納から改良したコルトパイソンを取り出す。
以前俺が作ったものを元に、街の鍛冶屋に依頼していたものだ。
前の失敗を糧にして、色々と改良を加えてある。
まず、撃ち出すのは魔力なので、素材を魔力伝導率の良いミスリルとアダマンタイトの合金で作成してある。
グリップに仕込む魔晶石を使った魔法陣は、アイリスからの助言も受けてかなり手を加え、出力・効率共に大きくパワーアップした。
俺はコルトパイソンの引き金を引く。
ズキューン! ズキューン!
銃口から魔力が撃ち出され、星狼を吹き飛ばす。
右から飛び掛かってくる星狼を右腕で受け止め、左手に持った銃で撃ち抜く。
その隙を狙って飛び掛かってきた星狼を、後方からエルの魔法が撃ち抜く。
「エル、助かった!」
「こっちは任せてよ。」
「私にも任せてよぉ……ストーンブラストぉ!」
リディアの魔法が星狼の群に石礫を降らす。
「クッ……しまった!」
一頭が俺の脇をすり抜け、アイリスたちの方へ向かう。
「大丈夫ですっ!」
アイリスに向かっていた星狼が、アイリスの目の前で、何かにぶつかり跳ね飛ばされる。
「シンジさんっ、こっちは防護結界を張っていますので、お気にせずに!」
アイリスの声を聴いて、俺は前方に意識を戻す。
同時に飛び掛かってくる4頭の星狼を次々に撃ち落とす。
致命傷まではいかないが、かなりのダメージを負わせたはず。
しかし星狼の闘志は衰えない。
……これは大技を使って一気に殲滅するしかないか。
俺がそう覚悟を決めた時、場の雰囲気が変わった。
(そこまでだ!)
頭の中に声が鳴り響く。
……と同時に眼前の星狼達の動きが止まり、中央を道を作る様に場所を開ける。
奥からゆっくりとした足取りで現れたのは、他の個体より一回り大きい星狼だった。
「まさか……キング!?」
その姿を見たエルの声が震えている。
星狼の中でもさらに突然変異をした上位種……星王狼。
星狼の群れだけでも、脅威度はAランクオーバーなのに、星王狼に率いられた群れとなると、その脅威度はSランクに匹敵する。
……俺達だけだと、キツイか……。
俺は左腕から『亜竜の剣』を引き抜く。
最悪『龍の咆哮』を放つつもりだが、躱される目算の方が高い。
何とか動きを止めたいが……。
俺と星王狼は睨み合う。
(ここで手を引いてくれぬか?もちろん我々も、ここで引き下がる。)
星王狼の言葉が頭の中に響く。
驚いた顔をしている、エルやリディアの顔を見ると、どうやら、俺にだけ聞こえているという訳ではなさそうだ。
「ずいぶん虫のいい話じゃないか?」
俺はそう応えてみる。
(フン、元よりこの争いは、そちら側より仕掛けられたもの。我とて引くのに忸怩たる思いがある。)
俺はその言葉を聞き、振り返ってアイリスを見る。
アイリスは兵士たちと何やら話した後、こっちへ駆けてくる。
「シンジ様、この争いは兵たちが使役していた星狼を、彼らが取り戻しに来たことで起きたようです。」
アイリスがそう教えてくれる。
……つまり、義は星狼達にあるという事か。
「成程な、だったらお前らからしてみれば引く理由もないだろう……それなのに引くというのか?」
(そうだ……同胞は取り返した。これ以上続けても被害が増えるだけだ。それはお主たちとて望む所ではなかろう?)
成程、つまり俺達が加勢したことにより、被害が出そうになったから停戦を持ち掛けてきた、という事か。
……正直悪い話ではない。
それどころか、大変ありがたい申し出だ。
目の前の星王狼を相手にして、無事に済むとは思えないし、俺が戦っている間に星狼達が兵士たちを襲えば、少なくない被害が出るだろう。
ここで被害を出したら、何のために助けに入ったのか分からなくなる。
俺は暫く星王狼を見つめ……そして決断する。
「いいだろう。こっちも話の通じる相手とやりあいたくはないからな。……ただ一つだけ聞きたいことがある。」
(……申してみよ。)
「ここから南下したところに、人の街がある。俺達はそこに被害を出したくないのだが、お前達はどう考えている?」
(……元より人の街などに興味がない。我らの縄張りはこの山脈だ。縄張りを荒らさない限りは静観しよう。」
星王狼は暫く考えた後、そう答える。
「分かった。街の人間にはむやみに山脈に立ち入らないように注意しておこう。」
(そうしてくれ。)
星王狼は振り返ると一声吠える。
それが合図だったのか、星狼達が山へと帰っていく。
「なぁ、俺達はこの後山脈を越える予定なんだが?」
俺は星王狼にそう声をかける。
(あまり、周りを刺激しないように頼む。)
星王狼はそれだけを言うと、そのまま振り返らずに山へ向かう。
群れの殿を務めるかのようなその威風堂々とした姿を俺達は黙って見送る。
星王狼の姿が見えなくなると、俺は改めて兵士たちに目を向ける。
「……なぁ、これどういう状況?」
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、アイリスの前で土下座をしている兵士たちの姿だった。
「えっとね、兵士の偉い人がアイリスの事を知っていて、助けに来た事に恐縮していたんだけどぉ、そこにエルさんがアイリスが出した条件の事を話しちゃって……。」
「……それでこの状況ってか?」
俺はエルを見ると、彼女は気まずそうに視線を逸らす。
「いや、ね、チョット態度が偉そうだったから、つい……。」
……ま、いっか。
俺はアイリスの元に近づく。
「あ、シンジ様。……この度は私の我儘を聞き入れてくださり、ありがとうございます。」
アイリスが俺の姿を見て頭を下げる。
「あぁ、別にいいよ、それより、こいつらどうするんだ?」
「えぇ……どうしたらいいでしょうか?」
どうやら、助けた後の事は全く考えてなかったようだ。
「「「「「「我々はアイリス様について行きますっ!」」」」」」
兵士たちが声を揃えてそう言う。
「……まぁ、ここに放置しておくわけにもいけないからな。どちらにしても、今日はこの辺りで野営だし、話を聞いてから考えようか。」
◇
「つまり、お前たちは見捨てられた……という訳か?」
焚火を囲み、俺達は兵士長から詳しい話を聞く。
なんでも、この兵士たちは、黒幕と思われる魔術師に、魔獣を操る魔道具を渡され送り出されたらしい。
ここまではアイリスから聞いた話と一致している。
しかし、次々と送られてくると聞いていた増援が一向に来ない……待てども待てども、来る様子がない。
何かトラブルがあったのだろうかと、不安を覚えつつ、操る魔獣を探して星狼を、その魔道具で捕らえることに成功したのが三日前の事。
しかし、今日になり取り返しに来た星狼達に襲われている所に俺達が現れた、という事らしい。
「私達が聞いていた予定なら、すでに第三陣まで合流しているはずでした。それが今日になっても来ないという事は……。」
兵士長が悔しそうに顔を歪める。
「……なぁ、お前たちがこの国に攻め入るなら、俺達はそれを阻止する権利があるって事、わかっているか?」
アシュラムの兵士がこれ以上増えるなら、俺はまずそれらを排除しなければならない。
「えっ?あなた方は姫様のお味方では?」
兵士長が困惑する。
「……何かめんどくさくなってきたな。アイリス後は任せた。どういう結果になってもいいけど、出した結果で対応が変わる事だけは覚えていてくれよな。」
俺は説明他、細々した対応をすべてアイリスに丸投げする。
兵士たちがあくまでも命令に従うというのであれば、捕らえて街へ護送、アイリスに付き従うというのであれば、とりあえずはアシュラム王国までは連れて行ってやる。
対応としてはこんな所だろう。
「面白そうだから、私も付き合うわね。」
「私もですぅ。」
エルとリディアがアイリスの側に残るという。
あんなことを言っているが、兵士たちが暴走を起こした時に備えてくれているんだと思う……たぶん。
「じゃぁ、頼んだ。夜番の順番が来たら起こしてくれ。」
俺はそう言ってテントの方へ向かう。
後は彼女たちに任せて、俺は俺のやるべきことをしよう。




