無礼講って言われて、社長の頭をぺちぺち叩く人っているよね?
「本日は、お招きいただき……。」
くそっ、こういう時なんて挨拶すりゃいいんだよ!
エルの方をちらっとみると、エルは慌てて顔を背ける。
……まぁ、エルも元王女とはいえ、こう言う席には殆ど出てなかったようだしな。
かといって今の段階で、リディアやアイリスを前面に出すわけにはいかないし。
「ははっ、まぁそう堅くならずに。堅苦しい席ではないし気楽に、無礼講と行こうじゃないか。」
目の前の領主がそう言ってくる。
……くそっ、お前がいきなり晩餐に招待なんてするから、こんな目にあってるんだぞ。
「そう言って頂けると助かります。何せ、こういう事に疎い無作法な冒険者なもので。」
俺は、心の中で思っている事を抑え込んで、そう言った。
しかし、なんでまた晩餐に招待なんだろうか?
俺はこう言う事は良く知らないが、普通は数日前に連絡するものじゃないかと思う。
晩餐会への出席ともなれば、色々準備が必要だと思うし……特に女性は。
俺は連れの三人を改めて見てみる。
エルは、ブルーを基調とし、腰から下の方にかけてレースをふんだんにあしらったプリンセスラインのパーティドレス姿だ。
胸元が、やや空きすぎている気もするが、全体的に似合っているから良しとしよう。
リディアは、黒を基調に、胸元と裾が白色の……ゴシックドレスとでも言えばいいのだろうか?レースとフリルをふんだんに使って、スカート部分がふんわりと広がり、リディアの愛らしさを一層引き立てている。
アイリスは、薄いピンクとアイボリーを基調にした、オフショルダーのスタンダードドレス。
胸元の大きなリボンがアクセントとなり、年相応の可愛らしさがある。
三人とも、よくドレスなんか持っていたなと感心するが、それでも格式の高いパーティだと、ドレスコードに合わないかもしれないというギリギリのラインだ。
まぁ、招待状にはドレスコードの記載はなかったし、そもそも当日の昼過ぎに招待状を送る方が間違っている……と、何か言われたら言ってやるつもりだった。
とりあえず、俺達は勧められるままに席につき、食事を楽しむことにした。
会食中の会話は、とりとめもない話題ばかりで、一見和やかな雰囲気で食事が進んでいた。
しかし、デザートが出てきたところで、領主が何やら合図をすると、給仕をしていたものを含め側使えが全員部屋を出て行き、俺達と領主だけがその場に残された。
本題に入ろう、という事らしい。
「食事は楽しんでもらえたかな?」
領主がそう訊ねてくると、エルは「まぁまぁね、」と答えている。
そんなエルの対応に気を悪くした様子もなく、領主が口を開く。
「さて、お主たちの目的は何だ?これからどう動くつもりだ?」
いきなり、核心をついた質問をしてくる領主。
「いきなりだなぁ。そもそも、何が聞きたいのかさっぱりなんだが?」
俺はとぼけて見せる……というより、いきなりすぎて、昼間の事を知らないと何の事か分からないだろう。
現に、エルたちも訝しそうな顔で領主を見ている。
「回りくどいのは苦手なんだろ?」
領主がニヤリと笑う。
「何の事かな?」
「とぼけなくてもよい。昼間と同じ服装で来たという事は正体を隠す気はないのだろう?」
……いや、単にフォーマルな服装がこれしかなかっただけなんだよ。
「ふっ、流石だな。これで気付かないような愚鈍な領主だったらどうしようかと思ってたよ。」
俺は相手の話に合わせることにした。
じ~……。
エルとリディアの視線が冷たい。
(……エルさん、あんなこと言ってますよ。)
(シッ!シンジはあれで誤魔化してるつもりなんだから。)
……二人が小声で何かを言っているが、聞こえなかったことにしよう。
「それに、薄汚れた恰好で誤魔化しているつもりかもしれませぬが、マルティア様のご息女リディア様を儂が見間違える筈がなかろう。」
……国王派だけあって、王家の人間はすべて顔を知ってるってか。
「本当にマルティア様そっくりで……。」
リディアを見つめる領主の眼に、涙が浮かんでいる。
……こいつ国王派というより、単にマルティアさんが好きというだけの「マルティア派」じゃないのか?
「とりあえず、先にそちらの情報……この街の状況や今の現状を話してもらえませんか?我々の動向にも関わってきますし、どういう形で力を借りるかも相談したいですから。」
俺は、この街に来たのはギルドの依頼だという事を話したうえで、領主にそう告げる。
「そうだな……何から話すか……。事の起こりはギルガンの奴がこの街に現れた事だ。」
「ギルガンって?」
「ほら、シンジさん、あの魔術師ですよ。」
聞きなれない名前が出て来たので俺が問いかけると、リディアが教えてくれる。
あのストーカー魔術師、そんな名前だったのか。
領主……オイゲン伯爵というらしい……の話によれば、数か月前、北の山脈を越えてきた旅の魔術師を名乗るものが面会に来たとのことだった。
その魔術師は、アシュラム王国がこの国を攻めようとしている事、近々反乱がおきて王都が壊滅するだろうから、今の内にアシュラム王国に手を貸せば重臣に取り立ててもらえる、しかし逆らえばアシュラムの新兵器によって魔獣が押し寄せてくるぞ、等と、脅迫と懐柔を織り交ぜた進言をしたらしい。
「もっともらしい事を言っておったが、そもそもギルガンの言う事なんか聞けるわけがなかろう。アイツの所為で、マルティア様がどれだけお心を痛めていた事か。」
……やっぱり、この人マルティアさんが好きなだけのようだ。
「儂はギルガンの事を一目でわかったが、向こうは儂に正体がバレているとは思っていないようだったので、話に乗る振りをして軍備の増強をすすめたのだ。もちろん、事が有った場合に備えてだ。地方の反乱は儂の手で留めねばならんのでな。」
話をまとめると、ギルガンの口車に乗った貴族の反乱を押しとどめるために軍備の増強をしていたのが真相らしい。
ただ、俺が昼前に言った王宮が半壊したという事についての情報がなかなか集まらないので、直接詳しい事が聞きたくて呼び出したというのが真相らしい。
「だったら、何も晩餐じゃなくても良かったんじゃないか?」
「フンッ、昼間の意趣返しだ。困っただろう?」
そう言って、ニヤリと笑うオイゲン伯爵……こいつはっ……。
フン、そう来るなら、こっちも使わせてもらうからな。
(リディア、……ボソボソボソ……)
(ウン、分かった。)
「オイゲンの小父様……急なお誘いはリディア大変困ってしまいましたぁ……ドレスもアクセサリーもないし、どうしようかと……ぐすん。」
俺の言葉を受け、リディアが泣き真似をする。
「わわっ、済まぬ、そんなつもりじゃなかったのだ。わわ……シンジ殿、どうにかしてくれっ。」
効果覿面!泣き真似を続けるリディアを眼の前に慌てふためくオイゲン伯爵。
「リディア、オイゲン伯爵も悪気があったわけじゃないし、それに後でお土産もくれるそうだから、許してあげなよ。」
「ウン……お土産って何かなぁ?」
「分からないけど、きっとすごくいていいものだよ。」
「ウン、お土産楽しみだねっ♪」
俺とリディアのやり取りに、頬を引きつらせるオイゲン伯爵。
エルとアイリスは、白けた顔で見ている。
「ところで、アシュラム王国への対応はどうなっている?」
「フンッ、アシュラムからこの国に攻め込む事は不可能だろう。あの山脈を越えるのは並大抵の事じゃできん。」
「ちょっと甘く見過ぎじゃないかな……まぁ、大軍で押し寄せてくるというのはまだ不可能だというのは間違ってないけどな。」
俺はアイリスをオイゲン伯爵に紹介し、アイリスから聞いたことを伝える。
「ウム、魔獣か……そう言えば最近増えているとギルドの連中も言っておったな。」
俺の話を聞いて、今回初めて悩んだ顔を見せるオイゲン伯爵。
「しかし、ギルガンの反抗にも備えねば……うむむ……。」
「あっ。」
そう言えば、まだ伝えてなかったっけ。
「小父様、ギルガンの件は心配なさらなくても大丈夫ですよ。このシンジさんが解決してくれましたから。」
「な、何だとっ!」
「シンジさんがギルガンの用意した1000匹の魔物を倒したんですぅ。それに、隣国を巻き込もうとした計画も潰してギルガンを捕らえたんですよ。あ、ちなみにギルガンは処刑済ですから、後の心配もないですぅ。」
リディアが嬉しそうに説明する。
「そうかっ!良かった、よかった!シンジ殿感謝する。……そうすると王宮が半壊したというのはデマだったんだな。」
オイゲン伯爵のその言葉に、俺達は一斉に目を逸らす。
「えっ?」
オイゲン伯爵の挙動が止まる。
「だ、大丈夫ですぅ。もう直しましたからっ!」
「直した、という事は、やはり破壊されたのかっ!」
興奮するオイゲン伯爵と、それを必死に宥めているリディア。
「じゃ、じゃぁ、俺達はこれで……。」
俺とエルは、リディアに後を任せて帰ろうとする。
アイリスは何が何だかわからず、ぼーっとしていた。
「あー、逃げないでくださいよぉ!大体、お城壊したのシンジさんじゃないですかぁ!」
「わっ、バカッ!何バラしてんだよ。大体元と言えばお前が……。」
俺とリディアが責任の押し付け合いをしていると、背後で低い声が聞こえた。
「お二人とも、詳しく、話してもらえますかな?」
オイゲン伯爵の引き攣った笑顔が怖かった。
◇
「じゃぁ、とりあえずオイゲン伯爵には、引き続き領内の貴族への圧力をかけてもらうという事でいいですか?」
「あぁ、それは任せておけ。ギルガンの計画が失敗したことも大々的に宣伝しておくからな、軽率な真似をする奴は出てこないだろう。」
オイゲン伯爵が心強く請け負ってくれる。
「して、シンジ殿たちは、やはり?」
「えぇ、元々グランベルクに行く予定でしたからね。」
俺達は、ここで準備をした後北の山脈へ向かう事にした。
山脈の魔獣を間引きしつつ、山越えでアシュラム王国へ入るのだ。
残った魔獣はギルドにお任せだ。
それよりアシュラム王国で、魔獣を操っているのをやめさせて、元を断つ。
後は様子を見ながらグランベルグへ向かう。
アイリスの事もあるので、アシュラム王国である程度のゴタゴタに巻き込まれるのは覚悟しておかないといけないが……。
俺はちらっと、アイリスを見る。
……アシュラム王国に着いた所で、アイリスを捨てて行けば、すぐにでもグランベルクに行けるけどな……まぁ、そんなことは出来ないけどな。
俺がそう考えた時、アイリスが、ガバッと抱きついてくる。
「「あっ!」」
それを見たエルとリディアが、同時に叫ぶ。
「イヤです!今、私を見捨てようと考えましたよねっ、ねっ?私は離れませんよ!」
……何故だろう?俺の傍にいる女の子たち、鋭すぎるのだが?
俺ってそんなに考えていることが顔に出てるんだろうか?
「捨てないで下さぁい!何でもしますからっ!縛られても文句言いませんからっ!お願い捨てないでっ!」
「ちょっ……。」
アイリスの言葉に、オイゲン伯爵がドン引きしている。
「お願いですっ!なんでもいう事聞きますからっ、夜な夜な獣のごとき猛りも、全て受け止めますからぁ!」
「わかった、わかったから、やめてくれっ!」
見ろ、本当の事を知っているエルやリディアまでドン引きしてるじゃないか。
「シンジ、あのね……ウン、わかってるよ、男の子だもんね。そう言う時もあるっていうのはよくわかってる。でも、だからって、アブノーマルなのはちょっと……。」
エルが真っ赤な顔でそんな事を言ってくる。
「シンジさん、私ならいつでもOKですよぉ。むしろ、アイリスさんの代わりに渡しをっ!」
リディアもおかしなことを言い出した。
「ええいっ!人を変態扱いすんなっ!アイリスも人聞きの悪いこと言わないっ!」
「捨てないですか?」
潤んだ目で見上げてくるアイリス。
「捨てないからっ。」
俺は愚図るアイリスを引き離し、ジト目で見てくるエルに引き渡す。
「ま、まぁ、とにかくしばらくこの街で準備をしてから北に向かうからっ!」
俺はそう言ってその場を収める。
「うむ、ではシンジ殿、北方は任せましたぞ。」
オイゲン伯爵がそう言ってくれる。
「あと、差し出がましい様じゃが……この街の薬屋には、よく効く精力剤が売っておるので買っていくといいぞ。」
いらんわっ!




