厄介毎は一人ではやってこないんですよ。……ボッチの敵ですね。
「これは悪い事やってますって、言っているようなもんだよな。」
俺は市長邸の前……正確には市長邸を取り囲む城壁の前で、眼前の城壁を見上げながら呟く。
城壁の高さは5mぐらいだろうか。
魔法を使えば飛び来れられなくはないだろうが、城壁の所々から魔法の気配を感じる所を見ると、飛び越えた途端に魔法が発動する仕掛けだろう。
結界程度ならまだしも、攻撃魔法が発動するとなるとやり過ぎのような気もするので、結界魔法だと信じよう。
……周りの焼け焦げた跡は見なかったことにしよう。
「結局、入り口はあの門だけか。」
門の前には屈強な兵士は見張りに立っている。
正面から押し入るのは不可能だろう。
「まぁ、俺には関係ないけどな……『次元転移』」
俺は一瞬にして塀の内側へと移動する。
「……っと『隠蔽』」
俺は周りから見えないように姿を隠すとともに気配も遮断する。
近くまで来ていた犬型の魔物が、俺の気配が消えたために、あたりをウロウロしだす。
「……ったく、庭で魔物飼うとか、どんだけだよ。」
魔物をそのまま放置して、俺は屋敷の中へ移動する。
「ん……と、……あそこか。」
俺は気配探知を使って、市長の場所を探る。
『空間転移』を駆使して、俺はその部屋へ忍び込む。
ピシッ!ピシッ!
「ほらほら、もっと鳴け!」
俺が部屋に入ると、市長はお楽しみの最中だった。
ベットの上で四肢を拘束されている全裸の女性を、愉悦に歪んだ顔で鞭打つ市長。
女性は打たれるたびに悲鳴を上げている。
無数の、鞭打たれた後の痣が体中にあり、それが今夜だけでなく、常日頃からこの仕打ちを受けていることを物語っている。
「さて、そろそろ楽しませてもらうとするか。」
全裸になった市長は、女に覆いかぶさる。
女の悲鳴がひときわ高くなる。
……下衆が。
『睡眠の雲』
室内に小さな雲が発生し、市長を包み込む。
あっという間に、市長の身体から力が抜け、その場に倒れ込む。
「えっ?」
何が起きたか、分からないという顔で女性がキョロキョロと周りを見回す。
『次元斬』
俺は女性を縛っている戒めを解いてやる。
俺の姿が見えないので、女性には突然戒めが解けたようにしか見えないだろう。
しばらくキョロキョロしていたが、やがて意を決したように、室内から逃げ出す。
室内には全裸で横たわる市町だけが残される。
俺は女性の代わりに市長を拘束し、水弾をぶつけて覚醒させる。
「ウッ……、な、何だ、これはっ!誰かっ!誰かおらぬのかっ!」
目覚めた市長は、自分の現状に気付き喚き散らす。
「煩いな、黙れよ!」
俺は電撃の魔法を市長にあてる。
「うぎゃっ!」
「お前が市長で間違いないか?裏で盗賊を使い、罪なき冒険者を襲わせた……間違いないか?」
「お、おま、お前……。」
「YesかNoか?」
俺はさらに電撃を食らわせる。
「うぎゃぎゃ……わ、儂が市長だ……。」
「そうか……『着火』」
俺は市長の髪の毛を少しだけ燃やす。
「あ、熱い、熱いっ!」
『水球』
髪の毛が程よくチリチリになったところで、俺は水の塊をぶつける。
水の塊は、ジュッと火を消し、そのまま顔を包み込む。
「ムグゥ、ムグゥ……。」
『霧散』
俺は市長の顔を覆っている水を散らす。
「はぁはぁはぁ……。」
『氷矢』
市長の顔スレスレのところに、尖った氷が突き刺さる。
「ヒィッ!」
「いいか、今度俺達に手を出そうとしたら……殺すからな。」
「は、はひぃ。」
市長を十分ビビらせたところで、俺は市長を眠らせてその場を後にする。
◇
「あ、シンジさんが帰ってきましたよ。」
俺がギルドに行くと、入り口でエルとリディアが待っていた。
「どうした、こんなところで?宿で……って、半壊してたか。」
「そうですよぉ。いきなり出て行っちゃうから、どこで待っていればいいか分からなかったんですよぉ。」
リディアが半べそをかいて縋り付いてくる。
「エルさんは不機嫌だしぃ……。」
「シンジ、遅いっ!」
エルが俺の姿を見るなり、文句を言ってくる。
「それでどうなの?」
「あぁ、市長には、念入りに挨拶しておいたよ。」
こういう時のエルには逆らわないほうがいいと、俺の本能が告げている。
俺はエルの頭を撫でてやる……こんなんで機嫌が直るとは思わないが……。
「そう言えば、ギルドマスターが戻ったら顔を出してくれって言ってたわよ。」
何故か、機嫌が直ったエルがそう伝えてくれる。
(……エルさん、単純ですぅ。)
リディアが何かつぶやいていたが、とりあえずエルとリディアを伴ってギルド内へ入る。
「ギルドマスターに呼ばれてるんだが?」
俺は受付のお姉さんに声をかける。
「ハイ、伺ってます。どうぞこちらへ。」
お姉さんに案内されて奥の部屋でしばらく待つと、ギルドマスターが入ってきた。
「ゴメンね、待たせちゃったわね。初めまして、ここのギルドマスターを務めるミーシャと言います。」
「初めまして、シンジと言います。何か話があるとか?」
「えぇ、今回の事で……その前に市長の所へ行って来たって聞いたのですが、本当ですか?」
「あぁ、襲ってきた奴の裏に市長がいるって事だったからな、挨拶に行ってきたよ。」
「……本当に、行ってきたのねぇ。」
ミーシャさんの声が呆れた者に変わる。
「アイツは、色々やってくれてるんだけど、中々尻尾を掴ませなくてね。ギルドとしても困ってたんだけど……。」
「だったら、今から行ってきたらどうですか?賊が押し入ったと通報があったとかって言って。市長サマはベットに縛られていますから。」
「それはいいわね。ちょっと待ってね……。」
ミーシャさんは何処かへ連絡をすると、階下がバタバタと騒がしくなる。
「……お待たせ。それで話なんだけど、あなた達は国境を越えてグランベルクに行くのよね?」
俺達の行先を、エルとリディアが話していたらしい。
「その予定ですが、それが?」
「グランベルクに入る前にミラノの街に立ち寄って欲しいのよ。」
ミラノの街は、この辺りを納める領主がいる「領都」だ。
「領都に行って、俺達に何をさせる気なんですか?」
「あら、ただ領主様に今回の事を報告してほしいだけよ。」
ミーシャさんはニッコリと笑いながらそう言ってくるが、いかにも裏があります、というような笑顔だった。
「そんなの、ギルドから報告するのが普通じゃないんですか?」
「もちろん、ギルドからも報告するわ。でもね、今回の場合はチョットね。……まぁ、行ってもらえばわかるわよ。」
「……お断りします。面倒なことに巻き込まれる予感しかしない。」
「あら、でも断れないのよ?と言うか、これ依頼じゃなくて義務だからね。」
そう言って、ミーシャさんはギルド規約のコピーを渡してくる。
『国家に関わる重大時に遭遇した時は、最優先で最寄りの領主への報告を必須とする』
……。
「こんな規約、初めて見るが?」
「そうね、1ヶ月ぐらい前に追加された項目だからね。」
ミーシャさんは、何事もなかったように言う。
「しかし、ここには『当事者が』とは書かれていないが?」
「でも、『当事者が行かなくてもいい』とも書いてないでしょ?」
……やめよう、これ以上は不毛だ。
俺がそう思った時にリディアが前に出る。
「あのっ。」
ミーシャさんが、ん?という感じでリディアを見る。
俺はリディアを押しとどめて、代わりに口を開く。
「王都への連絡はいいんですか?当事者が連絡しなければならない程の事なら、領主より王様への方が重大じゃないですか?」
今、ここでリディアの身分を明かすのは良くないと感じた。
まぁ、なんとなくの勘だが、リディアにもそれは伝わったようで、引き下がってくれる。
「んー、そのあたりを判断するのは領主様だからねぇ。取りあえず王都のギルドにも連絡はしておくから、連絡はすぐつくから安心して。」
……どう考えても、報告以外の何かがありそうな気がするが、まぁ仕方がないか。
「じゃぁ、明日にでも出発するとして……話は変わるが、俺達の泊まっていた宿に盗賊達が襲ってきた件なんだが……ギルドで察知できなかったのかな?」
俺が言うと、今まで余裕の笑みを浮かべていたミーシャさんの顔が硬直する。
「盗賊の件は報告していたし、市長が怪しいという事もギルドは掴んでいた。……なのに捕らえたはずの盗賊が、俺達を襲ってきたって言うのはねぇ。善良な一冒険者が街中で危険に晒されたって言うのは、どうなんだろうなぁ?」
俺は敢えて意地悪そうな声を出す。
「ウッ……そ、それは……。」
今まで余裕の笑みを浮かべていたミーシャさんの顔が青ざめる。
それでも笑顔を絶やさないのは流石としか言いようがない。
「まぁ、ミラノの街ではそんな事が無いように言い宿屋の紹介を頼むよ。」
苛める気はないので、俺は落としどころを示す。
「そうね、向こうのギルドに話は通しておくので、向こうで紹介してもらってね。」
ミーシャさんは、ホッとした表情でそういう。
話は終わったという事で、俺達はギルドを後にし、ミーシャさんに勧められた宿屋にチェックインし、休むことにした。
◇
「ミラノの街ってどんなところなの?」
俺の右に座っているエルが聞く。
「ミラノの街は、この辺り一帯……ミストラ領の領都です。国境沿いにあるのですが、国境の向こう側が険しい山脈の為、現実的にはそちらから攻め込まれる心配は少なく、どちらかというとのんびりした感じの街ですよ。」
エルの問いかけに、俺の左に座っているリディアが応える。
「名産は何?」
「そうですねぇ……、名産というわけではないですけど、結構魔獣が多いので、その素材とか魔晶石の加工なんかが中心の産業になってますね。」
「そうなんだぁ。シンジが好きそうな町、という事ね。」
「そうですね、街に着いたらシンジさんには約束を果たしてもらいますよ?」
そう言って俺を見上げるリディア。
「……約束?」
俺は心当たりがないので、つい聞き返してしまった。
「あー、言ったじゃないですかぁ!私にも指輪作ってくれるって!ミラノなら純度の高い魔晶石も手に入ると思いますから、素材に不足は無いはずですよっ!」
リディアが、ぷんすかと怒る。
……そう言えばそんなこと言ってたっけ。
「そんな事より、三人でここに座っていたら、馬車いらないんじゃないのか?」
俺達が座っているのは御者台だ。
ゴーレム馬なので、実際には誰もいなくても問題ないのだが、一応遠目で不信感を抱かれないようにと、御者の振りをしている。
しかし、馬車の中で休んでればいいものの、なぜか二人とも俺の横に座りたがり、実質、後ろの荷台部分は必要無くなっている。
かと言って、御者台だけというのもバランスが取れなく、何よりカッコ悪いので、そのままにしてあるのだが。
「そんなこと!そんな事って言いましたっ!私への愛は、そんな事なんですかっ!酷いですぅ!」
怒れるリディアが、俺の身体を揺さぶる。
「オイ!そこの馬車!」
いつの間にか並走してきた騎馬の集団が声をかけてくる。
この馬車は結構なスピードが出ているはずなのに、追いつくとはなかなかの腕前だ。
「うるさいっ!」
リディアは、プチメテオを騎馬の集団に降らす。
岩石が降り注ぎ、騎馬の集団はバタバタと倒れていく。
その間も、俺は馬車を走らせているので、騎馬の集団はあっという間に後方へと遠ざかり見えなくなる。
「いいですかシンジさん。そもそも指輪というのはですねぇ……何か煩いですよっ!」
女性に指輪を送る、という事についてのリディアの講釈が始まる。
その途中途中で、邪魔をするかのように盗賊や魔物が現れるが、リディアの魔法で黙らせれる。
しかもリディアは無自覚にやっているので、俺の右隣では、出番がない、とエルがしょんぼりしていた。
結局、野営をするために馬車を止め、リディアに好みのデザインを聞くまで、リディアの講釈は延々と続いていたのだった。




