罪は、認めない限り罪にはならないのだよ……ってそんなわけないよ。
「改めて謝罪させていただこう。シンジ殿、エルフィー殿、大変申し訳なかった。全ては私の不徳の致すところ。出来る限りの賠償には応じよう。なので、怒りを納めてもらえないか?」
あれから俺達は、この様な場所ではなんだからと、城の中に通され、王宮の一室にて、国王フィリップ24世と向かい合っていた。
王の横には、王妃と思われる女性が座り、騎士団の団長と思われる厳つい鎧に身を固めた男が立っていた。
そして、俺の横にはエルとリディアが座っている。
「別に、いまさら謝罪してもらってもなぁ……ただどうしてこうなっているかの説明はしてもらいたいな。」
取りあえず、リディアが俺達を嵌めたわけではないという事にホッとしたし、この国を敵に回さなくていい事に安堵していた。
しかし、何が原因でこうなったのか?状況をはっきりさせておくことは大事だと思う。
「事と次第によっては、その原因を潰さないといけないしな。」
俺のつぶやきにリディアが身をすくめる。
さっきからリディアの挙動がおかしい。
何かを言いたそうにしていて、それが言えずにどうしようかと悩んでいる様子だった。
「説明に先立ちまして、まずは私からお礼を言わせてくださいませ。」
国王の横に座っていた女性が口を開く。
リディアが大人になったらこんな感じだろう。
……という事はこの人が、あの魔術師が言っていたマルティアさんか。
「今回の騒動、元々は私たち王家に原因があったもの。それを、大事なく解決していただけた事、王妃としても、私個人としても大変感謝しております。」
マルティアさんの話によれば、やはりあの魔術師はストーカーだったらしい。
幼い頃からつきまとい、彼女に近づく男を見れば、かなり陰湿な手段で排除しようとしていたらしく、おかげで彼女の周りには、男友達どころか女友達まで近寄らなかったという。
逃げ出しても、いつの間にか居場所を探り当てられ同じ事の繰り返し。
そんな困り果てた彼女の前に現れたのが、当時は王子だったフィリップ24世。
まぁ、マルティアさんに一目惚れした王子とストーカー被害で困っていたマルティアさんの利害?が一致して、めでたく結婚ということになり、流石に王族相手では手も出せないだろうと安心しきっていた。
しかし数年後、いかなる手を使ったのか、ストーカーは宮廷魔術師として、再びマルティアさんの前に現れる。
それなりに腕も良く、前国王も気に入っていた為、追い出すに追い出せず、気付いたら筆頭宮廷魔術師の座に着いていた。
奴の手腕は巧妙で、おかしくても文句が付けれないギリギリのところで立ち回り、徐々に自分の発言力を伸ばしていった。
結局、このままでは危険だと感じたフィリップ24世が、自分が即位した時点で、半ば言いがかりのような難癖を付けて、魔術師を追放することに成功。
その後は何事もなく平和な時が過ぎていたので、いつの間にかストーカー魔術師のことは忘れていた、とのことだった。
「ところが、つい先日、奴が執務室に忍び込んで来てな、王都に向けて魔獣を放つと言ってきた。」
途中から国王が話を引き継いで、現状の補足をしてくれる
国王は最初誰だか分からなかったらしく、それが魔術師の怒りに火を注ぐ結果になったらしいが、まぁ逆恨みってそんなもんだよな。
結局、隣国が攻めて来ていることもあり、狂人の世迷い言につきあっている暇はないと切り捨てたのだが、数日後リディアが書き置きを残して王宮を飛び出したことで、万が一の事を考え調査隊を編成していた。
そこに、ミカリウス王子からの伝言と共に黒幕という事で魔術師が護送されてきたために、王宮では現状の把握から状況の裏付け、隣国への対応などに追われることとなり、通常業務が止まってしまうほどのパニック状態だったそうだ。
そんな状態の中でのリディアの帰還ともたらされた追加報告に、王様は頭を抱えたそうだ。
「まぁ、そこまではいいとして、何で俺達を捕らえる事になるんだ?生死は問わないとかって言っていたぞ?」
俺は騎士団長に視線を向ける。
団長は気まずそうにリディアの方をみる。
つられて俺もリディアを見ると、彼女は観念したかのように口を開く。
「申し訳ありませんでした。全てはお父様と報酬の事で揉めたのが原因なのです。」
リディアが申し訳なさそうに言う。
「最初、お父様はシンジさん達に報酬として、報奨金以外に爵位と領地をお渡ししようとしたのです。」
「いらん……。」
俺はそれを聞いて苦笑する。
お金はともかくとして、爵位とか領地とかは面倒を背負い込む未来しか見えない。
「ですよねっ!私もお父様にそう言ったのです。シンジさん達に領地とか爵位を上げても喜ばないと、かえって迷惑になると。」
うんうん、リディアはよくわかっているじゃないか。
「だから私は言ったのです。『私を報酬としてシンジさんに……』と。」
「はぁっ?」
いきなり何を言い出すんだコイツは。
リディアは、ポッと頬を染めて恥ずかしそうに言っている。
「なのにお父様はどこの馬の骨とも分からない冒険者に大事な娘をやれるかっ!との一点張りで……。」
「……いらん。」
国王の言う事の方が正しい。
「何故ですかっ?私が欲しいって言ったのはシンジさんじゃありませんかっ!」
こらこら、人聞きが悪い。
国王もにらんでいるじゃないか。
「待て、俺じゃなくてエルだろ?そこは間違えないように。」
「どっちでも一緒ですっ!それに、私の初めてを奪っておいてっ……あんまりですぅ。」
「ちょ、ちょっと待てぃ。」
何を言い出すんだ、俺はそんなことしてないぞ。
ほら、国王と王妃の顔が怖いくらいの笑顔になってるじゃないか。
「俺がいつ奪ったっていうんだ。いい加減なこと言うなよ。……エルもにらんでるだろ?」
「あの、プリンをいただいた朝です……寝ているシンジさんの顔が可愛くて、つい……きゃっ。」
オイ、コラ!
「それって、俺が奪ったというより奪われてるよね?」
顔を赤らめながら言ってもダメだからな。
「リディアちゃん?ちょっとこっちへいらっしゃいな?」
とってもいい笑顔を浮かべたエルが、リディアの襟首をつかんで部屋の外へと連れ出す。
「えっ、ちょ、ちょっと待って……シンジさん、助けてくださぃぃぃ。」
自業自得だな……俺はエルにお手柔らかに、と言ってリディアを見送る。
二人が部屋を出ていき、その場に取り残された俺達……その場を妙な沈黙が支配する。
「えーと、……アハハ……。」
とりあえず愛想笑いをしてみるが……うぅ、二人の視線が痛い。
「中断させて申し訳ありませんわ。」
おほほ……とわざとらしく笑ってごまかしているエル。
「うぅ、酷い目にあいましたぁ……。」
ぐったりとしているリディア……何があったか気になるが、ここはスルーしておくのがいいだろう。
「フム、仲がいいのは分かったが、だからと言って娘をやるというのは……。」
国王がブツブツ言っている。
その呟きを聞き咎めたリディアが、国王に向かって言う。
「まだ、お父様はそんな事を言ってるんですかっ!だから今回の事のような事が起こるんですよ!」
「いや、それはお前があんなことを言うから……。」
なにやら言い合いを始める二人。
……埒が明かない上に言葉の端々に不穏な単語が飛び交っている。
凄く嫌な予感がする……。
「……説明してもらっていいか?」
俺は、横で立っている騎士団長に声をかける。
「ハッ!実は……。」
何でも、先日も同じような言い合いになり、馬の骨と馬鹿にする国王に対しリディアが『この城の兵程度なら、いくら束になってもシンジさんには敵いませんわ』とリディアが言い放ち、売り言葉に買い言葉という事で、国王が『簡単に捕らえて見せよう!』と言ったらしい。
その言葉が、変にねじ曲がって騎士団に伝わり「俺達を見たら捕らえよ」という命令と勘違いされて受け取られたらしい。
「……えっと、じゃぁあの大臣は?」
「あぁ、クリモアの奴は騒ぎが起こっているから見に行っただけだ。……まぁ普段から平民を見下す悪癖があったから自業自得だ。気にしなくていいぞ。」
俺の言葉を聞いて国王が応えてくれる。
……えっと、黒幕だと思っていた大臣が、実は単なる無関係者?
国王とリディアのとばっちりを受けただけ?
……俺のこめかみに、嫌な汗が流れる。
…………イヤ、エルに対し暴言を吐いたアイツが悪い。
それに、元々国王とリディアの所為だしな……ウン、俺は悪くない。
エルがジトーっと俺を見ているが気にしないでおこう。
「じゃぁ、そう言う事で……エル、帰ろうか。」
「待ってくださいぃぃぃ。」
俺がさりげなく席をはずそうとしたが、それを察知したリディアにしがみつかれる。
「私を連れて行ってくれると言うまで放しませんよぉ!」
「イヤ、王様が許さないだろ?」
国王を見ると、ふいっと目線を逸らされた。
……リディアに負けたのか。
「俺達はこの国を出ていく身だぞ、アテもない旅だぞ、そんなところにお姫様を連れて行けるかっ!」
「私なら大丈夫ですぅ、どこまでもついて行きますぅ。それにエルさんもいいって言ってくれましたっ。」
俺はキッッとエルを睨むが、エルはすでにそこにおらず、国王と王妃と談笑をしていた。
「それとも、爵位と領地をもらいますか?国を出ていくというなら邪魔ですよねっ?ねっ?」
王女か領地か……二択かよ!
「因みにシンジさんに差し上げる領地にはもれなくお嫁さんが付いてきますよ。」
そうにっこりと笑ったリディアが自分を指さしている。
「汚ねぇ……。」
俺は国王を見る。
「リディアはマルティアに似て、一度言い出したら聞かんのじゃ。」
諦めきった声音でそう呟く国王。
……はぁ、この手回しの良さは見事……と言っていいのか?
「仕方がないか……。」
俺がそう呟くと、リディアは「ありがとうございますっ!」と言って抱きついてきた。
親の目の前でイチャつく趣味はないので、リディアを引き離しエルに渡す。
「それでは報酬や今後の事について話をしましょうか?」
フィリップ国王がそう言ってくる。
どうやらリディアの一件はなかったものとして話をすすめていくらしい。
「国を救ってくれた英雄だ。最低でも子爵……出来れば伯爵の位を授け、領地を受け取ってもらいたい所なのだが……。」
困ったように言ってくる国王。
「爵位も領地もいらないんですよ……面倒というのもありますがそれ以外にもいろいろ訳アリで。」
俺はそう言ってエルの方をちらっと見る。
エルはリディアをじゃらしてご満悦だ……暢気なもんだな。
「そうか……まぁ、ムリは言うまい。では、他に何か希望はあるか?」
「そうですね……。」
俺はしばし考えてみる。
「冒険者ギルド、商業ギルド、両ギルドに対しての口利きをお願いしたいのが一つ。今後の事を考えて、小さい家でいいので紹介してほしいのが一つ。そして最後に王宮の書庫の閲覧の許可をお願いしたい。……私の希望はそれくらいですね。」
「それくらいなら構わないが、ギルドへの口利きというのは?」
俺はグランベルグのギルドと連絡が取りたいこと、プリンやポテトフライといった新しい料理を広めたいことなどを話す。
「これがプリンです……どうぞ。」
俺がプリンを王と王妃に差し出す。
「プリンだぁ!」
リディアが飛びついてくるが、襟首をつかんで引き留める。
「アレはお二人の分。」
俺はエルに二人分のプリンとリディアを引き渡す。
「はーい、リディアはこっちですよぉ。」
エルがプリンを持って、自分の膝をポンポンと叩く。
リディアはしばらく悩んでいたが、プリンの誘惑には勝てないらしく、大人しくエルの膝の上に乗る。
「ハイ、あーん。」
「あーん……パクっ……やっぱり美味しぃ!」
エルにプリンを食べさせてもらっているリディア……何とも微笑ましい光景だ。
「あら、ホントに美味しいわ。」
「ウム、これは中々……。」
俺がリディアの方を見ている間に、国王と王妃もプリンに手を付けていたらしく、称賛の声が上がる。
「これを広めるか……いいとは思うが……。」
国王と王妃が難しい顔をする。
「何か気になる点でも?」
「いえ、これ玉子を使ってますわよね?玉子は高価なので広げると言っても……。」
「あぁ、その事なら心配ありませんよ。今頃はシャンハ―の街で大量に出回っている頃です。もう2~3か月もすれば王都にも安く入ってくるはずですよ。」
「成程、そこまで計算づくか……やはり侮れないのぅ。」
「偶々ですよ。」
国王の言葉に俺はとぼけておく。
「こちらの条件もいくつか聞いてもらう事になるが、それでよければ希望をかなえよう。」
フィリップ国王は、ニヤリと笑う。
……まぁ、こっちも色々弱みを握られたしなぁ。
無理のない範囲であれば、ある程度の要求は呑むしかないかぁ。
俺は幸せそうにプリンを食べている二人を見てため息をつく。
さて、国王サマはどんな要求をしてくるのかな?