戦いは数だよ!……普通ならね。
「あ、シンジ殿!急いで奥へお出で下さい。」
俺達が砦に戻ると、門番の兵がミカリウス王子の元に急いでほしいと告げる。
「何があったんだ?」
「それが、わたくし共では……とにかく、シンジ殿が戻られたら急いできて欲しいとのことでしたので。」
俺が訊ねても門番では要領が得ない。
案内されるがままに、砦の内部へと進んでいく。
「おぉ、シンジ、リディア戻ったか。」
案内された場所は、砦の中でも奥まった場所にあり、あまり人も来ないような場所だった。
そこにはミカリウス王子とその側近が、一人の男を取り囲んでいた。
どうやらここは捕虜を閉じ込めておく場所であり、ミカリウス王子たちは、俺が捕らえてきた魔術師を尋問していたらしい。
「こいつが隣国の貴族を唆したらしいところまでは分かったんだが。」
隣国の欲深い貴族を唆してここまで攻めてきていることは話したが、何故、何のために、何が目的で、と言った事は一切口をつぐんでいるらしい。
「シンジさん、この方は……?」
魔術師を見たリディアが俺に聞いてくる。
「あぁ、黒幕だそうだ。」
「この方が……。」
リディアが、魔術師を見下ろす。
視線を感じた魔術師が顔を上げ、リディアの顔を見て驚く。
「マルティア……。」
マルティア?誰だ?
「お母様を知っているのですか?」
魔術師の言葉に、リディアが反応する。
「そうだ、マルティア!お前が悪いんだぁ!お前の為にぃ……!」
魔術師が狂乱したかのようにしゃべり出す。
「マルティアが儂の前から去って……。」
錯乱して、何やら喚きだす魔術師。
言葉の端々からわかった事は、この魔術師はリディアの母親……現王妃であるマルティアさんの昔馴染みだったらしい。
マルティアさんを守るために魔術の研究をし、努力を重ねて、魔術師となった頃には、当のマルティアさんは、当時の王子……現国王に見染められて王宮へ上がったという。
そんなマルティアさんを傍で見守る為に、色々画策して宮廷魔術師になったはいいが、現国王が即位したときに宮廷を追い出されたそうだ。
それでもマルティアさんが心配だった魔術師は、なんだかんだと、理由をつけては王宮周りをうろついていたら王都から追放されたとのことだった。
「……なぁ、いい話っぽく言ってるけど、タダのストーカーじゃね?」
俺は隣にいたエルにそう囁く。
「だよねぇ?」
エルも同じ事を思っていたみたいだ。
「だから儂は復讐することに決めたのじゃ!。儂からマルティアを奪った奴に復讐してやる!……ん?ま、マルティア!戻ってきてくれたのか!」
魔術師がリディアを見た途端に詰め寄ってくる。
「あぁん?スタ……。」
「『風弾!』……何、手を出そうとしてるのよ!」
俺が『衝撃』の魔法で弾こうとする前に、エルが風の礫を魔術師に打ち込み、リディアを自分の方へ引き寄せる。
「リディアは私のなんだからねっ!」
イヤイヤ、それは違うだろ。
魔術師は、ミカリウス王子の部下たちによって取り押さえられる。
「ぐぬぬ……フン、ベルグシュタットも時間の問題じゃ。そろそろ儂が召喚した魔獣たちが王都目指して向かっておる頃じゃて!多くの兵はこの砦におびき出されて、1000匹のモンスターにどう立ち向かうか見ものじゃな!」
ワハハ、と笑う魔術師。
それを聞いて、うろたえる兵達。
「うろたえるな!モンスターの1000匹程度で王都が落ちるものか!」
ミカリウス王子が叱責をするが浮足立った兵達を落ち着かせるには、やや弱かった。
「王都は落ちぬかもしれぬが、モンスターどもを全滅させるまでに、どれぐらいの被害が出るかな?」
勝ち誇ったように笑い続ける魔術師。
「あの……1000匹のモンスターって……。」
リディアが俺達の方を見るので、俺は頷いておく。
「まぁ、アレの事でしょうねぇ……。」
エルもしみじみと頷き、俺の方を見る。
……俺に言えってか?
「あー、楽しんでるところ悪いんだが……。」
俺が声をかけると、その場にいた皆が俺の方を見る。
うっ、この雰囲気嫌だなぁ。
「お前の頼みにしているモンスターなら俺達が倒したぞ?」
俺がそう言うと、一瞬場の空気が凍り付く。
「ほ、本当なのか?」
ミカリウス王子が絞り出すような声で聞いてくる。
「あぁ、エルとリディアに手伝ってもらって何とかな。」
俺がそう答えると、魔術師が再び喚きだす。
「嘘だっ嘘だっ!1000匹だぞ!100匹じゃないんだぞ!……ビックタランチュラやワイバーンもいたはずだ。お前のような若造如きが敵う相手じゃない!」
「と言われてもなぁ……。」
俺は収納から、ワイバーンの首を取り出す。
「ワイバーンってこれだろ?」
「嘘だ、嘘だっ、嘘だぁ―――――っ!」
俺が取り出したワイバーンの首を見て、魔術師が喚きだし暴れ始めたので、近くの衛兵が取り押さえる。
「こんな奴に、わしの長年かけた復讐が……。」
取り押さえられ、がっくりと肩を落とす魔術師……。
「連れて行け!」
ミカリウス王子が部下の兵達に指示を出し、魔術師を外へ連れて行かせる。
「先程の話だが、詳しく聞かせてもらえるか?」
俺達の方に向き直ったミカリウス王子が聞いてくる。
「詳しくも何も、森にモンスターが集まっていたから退治しただけだよ。……詳しい事はリディアにでも聞いてくれ。」
俺はリディアに説明を丸投げして、エルと一緒にあてがわれた部屋へ戻る事にする。
正直言って疲れた……。
……あ、リディアに口止めするの忘れていた……まぁいいか。
◇
「……きて、……起きて……、……シンジさん、起きてください。」
……誰かが呼んでいる。
顔を何か柔らかいもので包み込まれる感覚がある。
「シンジさん、起きてください!」
……起きる?……誰が?……あぁ、俺は今ねているのか……じゃぁ起きなきゃな。
俺はゆっくりと眼を開ける。
目を覚ました俺の目の前には、どこか不安げな顔をしたリディアがいた。
「あぁ、良かった。シンジさん起きてくれました。」
「……ん?どうしたリディア?」
「いえ、相談があってきたのですが……。」
リディアは、ちらりと自分の状況を見る。
上半身は辛うじて動くものの、腰をしっかりとエルに抱きつかれていて、自由が封じ込まれている。
なんでも、エルから起こそうとして、急に抱きつかれて抑え込まれてしまったそうだ。
「よいしょっ……と。」
俺はリディアを抱き寄せて、引っこ抜くようにして、エルから引き離す。
「あ、あの……ありがとうございます。」
自由になったリディアが、俺から離れ、真っ赤な顔でお礼を言って来る。
「気にするなよ……エルは抱きつき癖があるから、起こすときは気をつけないとな。」
「そうなんですね。これからは気をつけます。」
「そうだな。」
俺はリディアに笑いかける……ん?これから?
「それよりシンジさん、兄の所に来てもらえませんか?」
「何かあったのか?」
リディアの不安そうな顔を見て、俺は訊ねる。
「よくわかりません……、ただ、敵が攻めてくるとか何とか……。」
敵か……あのバカ貴族が攻めてきたのかな?
「取りあえずミカリウス王子の所に行くか。」
「エルさんはあのままでいいんですか?」
リディアがエルの方を見ながら言う。
「寝かせておこう。昨日はあれだけ魔法を使ったから疲れているんだろう……っと、リディアは大丈夫なのか?」
リディアも、エル程じゃなくても結構魔力を消費したはずだ。
「えぇ、私はさっきまで休んでいましたし、回復ポーションも飲みましたから。」
……そう言えば、回復ポーションなんてものもあったな。
俺は収納におさめられている大量のポーションの存在を思い出す。
収納から回復ポーションを取り出し、エルの枕元に置いておく。
「取りあえずミカリウス王子の所へ行こうか。」
俺はリディアを促して、部屋をでる。
「うん……。」
リディアは、ちらりとエルの方を見てから俺に続いて部屋を出る。
◇
「おぉ、シンジ待っていたぞ。」
「敵が攻めて来たって?どういうことだ?」
「それなんだが……。」
ミカリウス王子の話によれば、今朝ほど隣国の兵が国境を越えたという連絡が入ったそうだ。
しかし、真っすぐにマカロン砦を目指しているのではなく、近隣の町や村を襲い略奪をしているそうだ。
幸いと言っては何だが、近隣の街・村には事前に責められる可能性がある事は伝えてあるので被害は最小限に抑えられそうとのことだった。
「最小限と言っても、全くないわけじゃないんだろ?」
「あぁ、どうしても逃げ遅れたり、避難が間に合っていないところもある。」
「だったら、何とかしないとな。」
「しかし、この砦を空けるわけにはいかないぞ?」
どうするんだ?とミカリウス王子が訊ねてくる。
「そうだな……正直、関わり合いたくない……というのが本音だけどな。まぁ、今回は最後まで面倒見るよ。」
そういって、リディアを見ると、嬉しそうな悲しそうな複雑な表情をしていた。
正面切って戦ってもらうのもいいが、今回に関しては、被害を抑える方向で動こう。
「兵を1000動かしてもらえるか?500づつ、西と東の街に向けて出陣してくれ。……街に着いたら取り囲むだけで、戦わなくていい。」
「それだけでいいのか?8000の兵に対し、たったの1000の兵?」
「あぁ、しばらくすれば、兵達は引き上げるはずだから、それまで囲んでいてもらえればいい。後、王子は大丈夫だとは思うが、万が一に備えてこの砦に残っていてくれ。」
「それはいいが、何故引き上げるとわかる?もし引き上げずに襲ってきたらどうする?」
「そんな事は無いと思うが……万が一襲ってきたら逃げてくれ。」
「逃げだす?そんな事……。」
「たった500の兵で大群に立ち向かえないだろ?だから、さっさと逃げてくれていい。」
「だったら最初から……。」
「悪いが、ここで議論をしている時間がもったいない。俺の案が採用できないならそう言ってくれ。俺は黙って手を引くから。」
ミカリウス王子の言葉を遮って、俺はそう告げる。
ここで手を引いていいなら、それはそれで構わない。
大きな被害が出るかもしれないが、それはミカリウス王子が負う責であって俺には関係ない。
リディアには申し訳なく思うが、一介の冒険者がしゃしゃり出る事の方が間違っているという事は納得してもらうしかないだろう。
「わかった……俺はリディアの事を信じている。だからリディアが頼みとするお前の事を信じよう。」
しばらくの後、ミカリウス王子がそう言い、部下に対し兵の編成を命じる。
「じゃぁ、リディアを借りていくな。……3日後にはいったん戻ってこれると思う。」
俺は、リディアとともに、エルが寝ている部屋へと戻る。
部屋に戻ると、エルはすでに起きていた。
「あ、戻ってきた……何かあったの?」
エルは俺達の顔を見て何かあったのかと尋ねてくる。
「あぁ、これから国境まで行く。エルも準備してくれ。」
俺は準備をしながらエルに現状を説明する。
◇
「それで、どうするの?何か考えがあるんでしょ?」
エルが聞いてくる。
ここは、敵陣のすぐ近く……前回来た時にインプットしておいた場所だ。
「考えと言われてもなぁ……戦争で勝つにはどうすればいいと思う?」
「そんなの、敵を全滅させるに決まってるじゃない。」
俺の問いにエルが応える。
「まぁ、それも一つの手だな。」
「一つの……って他にもあるんですか?」
リディアが聞いてくる。
「リディアはどう思う?」
リディアの問いには答えず、逆に問い返してみる。
「そうですね……敵が引き上げたら勝利……でしょうか?」
「敵が引き上げるのはどういう時だと思う?」
俺は更にリディアに問いかける。
リディアの目の付け所はいい、後はさらに深く考えることが出来るかどうかだ。
「えーと……目的を達した時……あ、でもこれじゃぁ勝利とは言えませんね。」
リディアが考えている。
「あー、もぅ、早く言いなさいよっ!」
エルが焦れたように言って来る。
最近、エルが短慮になって来てるなぁ……落ち着いたら、少し勉強でもさせるか。
「敵が引き上げるのは大きく分けて四つ。まずはリディアが言ったように目的を達した時。次に目的を遂行出来なくなった時……兵数が減ったりとか。それから、引き上げの命令が会った時。そして命令系統を失った時。……他にもあるかもしれないが、大まかに言えばそんなところだ。」
「それでどうするの?」
「8000の兵に対し5000の兵ではまともに戦ったら、多くの被害が出るだろ?だからここは、相手に引いてもらう。その為には、司令官に引き上げの命令を出してもらわないとな。」
「その様な事、出来るのですか?」
「出来るよ……リディアにはちょっと手伝ってもらうけどな。」
◇
「……じゃぁ、そう言う感じで頼むよ。」
「ハイ分りました。」
俺はエルとリディアにこの後の作戦を伝える。
「じゃぁ行くか……『空間転移』」
俺は二人を抱えると、転移で本陣の中へと乗り込む。
転移後、素早く『潜伏』を発動し『透明化』をかける。
「少し動かないで。」
俺は二人にそう言い含めると、探知魔法で気配を探る……いた。
「こっちだ。」
俺は気配を感じた方へ進む。
「……ここだな。」
大きな扉の前で立ち止まる。
「じゃぁ、予定通りに……。」
俺はリディアとエルの顔を見ると、二人も頷く。
「行くぞ……『空間転移』」
俺達は扉の中へ飛び込む。
『氷の魔砲!』
部屋に飛び込むと同時にエルが魔法を放ち、部屋の中にいる兵達を撃ち倒す。
『空間転移』
『沈黙の場』
俺はその場にいる指揮官……先日魔術師と話していた貴族の後ろへ回り込み、場全体を静寂の魔法で包み込む。
これで、ここでの声は外へ漏れることは無く、応援が駆けつける事もないだろう。
「お前は何者……。」
喚こうとする貴族の声を遮り、首筋にナイフを突きつける。
「黙れ……武装解除させな。」
「お、お前たち、ぶ、武器を捨てるんじゃ!」
貴族の様子を見た兵たちはみんな武器をその場に落とす。
「儂をどうするつもりだ?」
「ベルグシュタットに興味があるんだろ?折角だからご招待をしてやろうと思ってね。」
俺はそう言って、ナイフを握る手に力を込める。
「ヒィッ!」
「さて、副官は誰だ?」
俺は周りを見回す。
「……私です。……閣下をどうするおつもりで?」
一人の男が、前に進み出る。
「何もしないさ、言った通りベルグシュタットに招待をするだけだよ。ただ、招待するのは彼一人だけだから、後の皆さまにはお帰り願おう。」
「その様な世迷いごとを……。」
その時、リディアが一歩前に進み出る。
「私はリディア=ミナクト=フォンベルグ、ベルグシュタット王国の第三王女です。あなた方がすぐ引き上げるのであれば、私の名において彼の無事は補償いたしましょう。」
「王女ですか……彼の命など知らないですな。それより今あなたを捕らえたほうが話が早い……と言ったらどうします?」
「そうですね、出来るものならやってみてください。……あ、下手に動かないほうがいいですよ。」
「なにぃ!」
リディアの声に触発され、一人の兵が飛び掛かろうと一歩踏み出す……がその場に崩れ落ちる。
見ると、その兵の脚が切断されている。
「あなた方の周りには見えない刃物が取り囲んでいます。下手に動くと、そこの彼みたいに切断されますよ。」
リディアが、余裕たっぷりといった感じで言い放つ。
本当は、内心穏やかではないと思うが、そんな様子を全く見せない……流石は王女様ってところかね。
ちなみに見えない刃物なんかない、俺がスラッシュで斬り裂いただけだが、効果は抜群だ。
今の様子を見て、俺が抑えている貴族の意識が飛ぶ……かなり軟弱な奴みたいだ……まぁ、静かでいいか。
「私達は、そろそろお暇させていただきますが、あなた方は明日までにお国へとお帰り下さい。……もしまだこの国に残っていた場合、今度招待するのはあなたになりますので、よくお考え下さいね。あ、そうそう、この方はお迎えが来るまで、丁重にもてなしておきますからご安心を。」
リディアがにっこりと笑ってそう締めくくる。
相手は青ざめているので、この辺りでもう一押ししておくか。
「なぁ、リディア。そちらの国の王様がベルグシュタットに興味があるって言うなら、招待してやるのはどうだ?もちろんお忍びでな。」
「それもいいですわね。まずはこの方に我が国を楽しんでもらったうえで、王様を交えて相談することにしましょうか。」
俺とリディアの会話の意味を悟ると、副官の顔がさらに青ざめる。
「わ、我々はすぐに引き上げさせてもらう。」
「そうですか、ではそのようにお願いしますね。」
(『空間転移』)
リディアが応え終わると同時に、俺は小声で魔法を唱える。
一瞬の後、俺達は陣の外へと移動する。
『空間転移』
『空間転移』
『空間転移』
俺は何度か『空間転移』を唱え国境まで戻ってくる。
後は相手の動きを見てからだな。
俺は頑張ったリディアの頭を撫でながら、この後の動きを頭の中でシミュレートしていた。




