イケメン王子登場!?……敵か味方かどっちですか?
「ぐすっ……ひどいですぅ……優しくしてって言ったのにぃ……。」
息も絶え絶えに、ぐったりとしたリディアがそう呟く。
彼女の衣類は乱れに乱れて、他人には見せられないような酷い有様になっている。
「ぐすっ……もぅ、お嫁に行けません……。」
泣き崩れるリディア。
その横には満足気な顔をしているエルがいる。
……ちょっとやり過ぎたかな?
「うん……その……なんだ……最初から素直に話せばよかったんだよ。」
俺はリディアの乱れた衣類を直してやりながら、そう声をかける。
「私が話しますって言ってもやめてくれなかったじゃないですかぁ!」
リディアが声を大にして言う。
「しかも、シンジさん笑ってましたよねっ?エルさんを止めずにけしかけてましたよねっ?」
「いや、まぁ、あれは……微笑ましかったので、つい……。」
「つい、じゃないですよ、もぅ……責任取ってくださいねっ!」
リディアがぷんすかと怒っている。
その様子も可愛いのだが、素直にそう言うと、きっとまた怒らせることになると思うので黙っておく。
「リディアが、最初から素直に話せばよかったのよ。」
エルがニマニマしながら言う。
イヤ、悪い顔になってるからね。
まぁ、エルの言いたいことも分かる。
森の出口は目の前で、そこを出たらすぐマカロン砦だ。
だというのに、リディアは詳しい事を話そうともしない。
詳細が分からずに無条件で力を貸せるほど余裕があるわけじゃない……なので俺はエルに、封印されし可愛がり術をリディアに対して使う事を許可したのだった。
エルの過度なスキンシップ……軽い撫で撫でから始まり、各部撫でまわしにくすぐり、足つぼや胸部マッサージ、果ては、女性同士ならぎりぎり許される範囲のスキンシップまで……ウン眼福であった。
ちなみに、以前レムに対してやった時は3日ほど口をきいてもらえなくなったので、封印した技である。
◇
「つまり天啓を受けたと……。」
「そうなんです。それでシンジさんとエルさんが助けてくれる人に違いないです。」
リディアは、第三王女で巫女の資質があり、天啓というスキルを持っているそうだ。
そして、そのスキルによって王都が崩壊する啓示を受けたらしい。
それで助けてくれる人を探しにこの森へ来たと……簡単にまとめればそう言う事らしい。
「天啓ね……確かに私達が関わっていることに間違いはないと思うけど……ね。」
エルがそう呟くが、その声音には疑わし気な雰囲気が漂っていた。
「何か、気になる事でもあるのか?」
俺がエルに聞くと、エルは、そうね……と言ったきり暫くの間黙り込んでいた。
「ねぇ、リディア、あなたの受けた天啓の内容を、もっと詳しく話してくれる?」
しばらくの後、エルが口を開きリディアに問う。
「えぇ、私が受けたのは……。」
リディアが、再度エルに説明をする。
「それでリディアは、崩壊を防ぐために王都を出てきたのね。」
「そうですが、何処か気になることがありましたか?」
リディアが不安そうに尋ねてくる。
「そうね、まず『天啓』についての認識が間違ってるわよ。『天啓』が見せる結果は「何もしなければそうなる」ものじゃないのよ。」
「どういうことですか?」
リディアがビックリしたように訊ねる。
俺も『天啓』というスキルについてはよく知らないので、エルの話をしっかり聞いておこう。
「結果と共に付随する『キーワードイメージ』が大事なのよ。そのイメージの関わり方によって、結果通りになるか、回避できるかが決まるのよ。」
「どういうことだ?」
思わず口を出してしまった。
リディアも同じことを思っていたようで、俺の横でうんうんと頷いている。
「そうねぇ……今回の事を例に挙げれば、結果の「王宮崩壊」なんだけど、リディアちゃんと「マカロン砦」「森」「姫巫女」「異国からの旅人」がキーワードになってるよね?
「リディアちゃん」と「マカロン砦」はともかくとして、「森」はこの場所、「姫巫女」はリディアちゃんか私、あるいは両方、「異国からの旅人」は私達で間違いないと思う。」
「えぇ、だから『私』は結果を回避するために『マカロン砦』を目指して、その途中にある『森』で『異国からの旅人』であるシンジさんとエルさんに助けを求めたのですが?」
リディアはそれが何か?という顔で聞いている。
「問題はそこなのよ。リディアちゃんが「動いた」事によって「王宮崩壊」の結果を招く可能性があるって事なの。」
「???」
リディアの頭の上にはてなマークが浮かぶ。
「元々私達は王都に行く途中だったのよ。そして王都で何らかの事件に巻き込まれて、結果として王都を救う……事になっていたのかもしれない。でも「リディアちゃん」が「マカロン砦」に行くことで「私達」に出会い、結果として王都に行かずに王都が救えなかった……とも言えるって事なのよ。」
「じゃぁ……どうすればいいのでしょうか?」
困ったようにリディアが言う。
「どうしようもないのよ。ただ言えるのは『天啓』によって自分の運命が大きく変わる……それでも惑わされずに自分をしっかり持つ事……その覚悟を常に持っていることが必要ってことかな。」
「そうなんですね……でも、エルさんそんなに詳しいって事はもしかして……。」
「ウン、私も『天啓』持ちだからね。」
「でも……私はこれからどうすればいいんでしょう。」
「とりあえず、ここまで来たのだからマカロン砦に行きましょう。……何が正解かは分からないからね。」
……何か、俺の出番がないまま、今後の方針が決まった様だった。
しかし、天啓の啓示か……。
マカロン砦に行くのが是か非か……まぁ、行ってみないと分からないよな。
ただ、姫巫女……か。
案外、ここでリディアと出会う事が、今後に大きくかかわってくるとか……まさかな。
俺は浮かんだ考えを振り捨てるように首を振る。
とりあえずはマカロン砦で情報を集めよう……全てはそれからだ。
◇
「私が、責任者のミカリウスだ。妹を無事に連れて来てくれて礼を言う。」
俺達がマカロン砦につくと、イケメンの男が出迎えてくれた。
リディアの兄という事はこの国の王子って事か。
第二王子という事だが、何故王子がこんな前線に来てるのだろうか?
「とりあえず、現状を教えてもらっていいですか?」
「ん?」
俺が訊ねると、怪訝そうな顔をするミカリウス。
「お兄様、シンジさんとエルさんに協力をお願いしたのです。」
「そうか、ありがとう。」
リディアがそう言うと、ミカリウスは優しく微笑む。
「しかし、まだ着いたばかりだろう、部屋を用意したから休むといい。」
そしてミカリウスは、俺達にそう告げると、後を近くにいた下士官に任せて、何処かへ行ってしまった。
◇
「警戒されてるわね。」
「まぁ、普通はそうだろうな。」
「兄様がすみません。」
ミカリウスは明らかに俺達を警戒していた。
そもそもリディアが来たこと自体想定外の所に、素性も分からない冒険者が来たのだから仕方がないとは思うが。
「さて、どうするかなぁ。」
「何か考えがあるんでしょ?」
エルが笑いながら言う。
この顔は、本気で俺が何か考えがあると信じ切ってる顔だ……買いかぶり過ぎなんだよ。
「そうだな、このまま帰るか。」
「それはダメですぅ!」
俺がそう言うと、すかさずリディアが反対する。
しかも、逃がさないとばかりに俺の裾をしっかりと掴んでいる。
「助けてくれるって言いましたよねっ?このまま帰られたら私、恥ずかしい事され損じゃないですかぁ!」
涙目で、必死に訴えてくるリディア。
冗談だったんだけど、必死なその表情が年相応で可愛いと思う……が、そんな表情を見せたら……。
「ウフフ……リディアちゃーん。」
エルが、リディアを背後から抱きしめる。
「わわっ、何ですか!」
ほら、捕まった。
「大丈夫だよぉ、シンジがきっと何とかしてくれるからねぇ……よしよし。」
だから買い被り過ぎるなよなぁ。
「まずは現状の把握、それからミカリウス王子の協力……というか信頼か、後は王都の様子が知りたいかな。」
そう言いながら俺は考える。
隣国がこのタイミングで攻めてくる理由と、王宮崩壊については関係があるのだろうか?
また、隣国が攻めてくるにあたって、情報が封鎖できているのがおかしい。
敵国を混乱させるために、大々的に宣戦布告をし、戦力を誇示しながら攻めてくるのが、この世界での戦争の在り方じゃなかったのか?
奇襲するために内密で動いてるとも考えられるけど、戦略面での動きがないのが気になるな。
狙いが王都なのは間違いない。
これはリディアの天啓が指し示している。
ならば、マカロン砦は?
思考の海に沈んでいる俺を心配そうに見つめているリディア。
だけど、今はエルに任せておく。
……隣国が攻めてこれば、迎え撃つためにマカロン砦に兵を送る。
当たり前の事だが、マカロン砦に兵を送れば王都の兵力が減り、守りが薄くなる。
それが狙いだろうか?
しかし、砦を飛び越えて王都へ侵攻することは出来ないはずだ……その為の砦なのだから。
「反逆・クーデター……イヤ、それならクロードさんの所で情報が入ったはず……。」
……ダメだ、もう一つパーツが足りない。
「王都を取り巻く状況……王族に対する評価……御家騒動……。」
考えつく事柄をひとつづつ挙げてみるが、どれもいまひとつピンとこない。
「情報が少なすぎるんだな。」
「私に何かできる事あるでしょうか?」
リディアが聞いてくる。
「そうだな……。」
俺はリディアの頭を撫でながら考える。
「王宮での噂話なんかを聞かせてくれないか?」
王女の耳に入る噂なんてたかが知れているとは思うが、万が一という事もある。
リディアは、思いつく限りの事を話してくれる。
侍女の恋バナや、庭師の失敗談、王宮に詰めている衛兵たちの間で第二王女の人気が高いこと、騎士見習い達の訓練が激しくなったのは、騎士隊の隊長が変わったからだとか、ミカリウス兄様に積極的にアプローチをかけている貴族のお嬢様の話など、多岐に渡った。
……意外と情報が多い。
リディアの事を見くびっていたかな?
「後、関係ないかもしれませんが、最近、森の魔獣の数が減っているという話もあります。」
「森か……。ちょっと見に行った方がいいかもしれないな。」
「後で行ってみる?
「そうだな、ミカリウス王子の許可を得てからになるけどな。」
◇
翌日の朝食後、ミカリウス王子が俺達と会う時間を作ってくれた。
どうやら、リディアが一晩かけて説得をしてくれたみたいだ。
「昨日はよく休めたかい?妹を連れて来てくれた事を改めて感謝する。……それで、何か聞きたいことがあるそうだが?」
ミカリウス王子が訊ねてくる。
「えぇ、いくつかありますが……、まず敵の規模はどれくらいで、どのあたりまで来ているのでしょうか?」
俺の質問に、ミカリウス王子はちらりとリディアの方を見た後応えてくれる。
「敵は3千の騎兵に5千の歩兵がついていると報告を受けている。ここから2日ほどの所で駐屯して様子を伺っている感じだな。」
……丁度国境の向こう側に布陣しているってところか。
8千の兵……マカロン砦には現在5千の兵がいるが、守るにはいいが攻めるにはやや心もとない……。
いわゆる膠着状態という状況だ。
「もう一つ……隣国と戦争の気配は以前からあったのですか?」
「いや、友好国という訳でもないが、それなりの関係を築いていたからな……今でも、何かの間違いではないかと思っているぐらいだ。」
「そうですか……リディアの啓示についてはご存じですか?」
「あぁ、昨晩聞いたよ。それが何か?」
「私の憶測ですが……今攻めてきている隣国の兵は囮じゃないかと。」
「我々の眼をそちらに向けて、別の部隊が王宮を狙っている……と?」
「そう考えるのが自然でしょう?」
「しかし、誰が王宮を狙ってるというのだね?」
「それを聞きたいのはこっちですよ……王子の方で心当たりがなければお手上げですよ。」
俺はやれやれという感じで手を振る。
「仕方がないな。ちょっと探ってくるか。」
「探るって・・・・・・何を?」
「今のままじゃ膠着したまま変化がないだろうし、新しい情報も入りそうにもない。だったら直接相手を調べるしかないでしょ?」
俺がそう言うと、ミカリウス王子は怪訝そうな、複雑な表情をする。
「しかし・・・・・・。」
「勝手にやることだから気にしないでくれ。もちろん捕まったりするようなヘマはしないよ。」
闇魔法は気配を遮断したり姿を隠したりする魔法が初級に揃っている。
まさしく隠密行動に適している属性だ。
他の属性も、初級には足音を消したりとかの補助魔法が多々あるので、組み合わせれば諜報員の真似事ぐらいは簡単に出来る。
さらには、俺には空間魔法があるので、最悪の場合ここに飛んでこればいいだけだ。
……ウン、まぁ何とかなるだろう。
やる事が決まったら、後は行動するだけだ。
唖然としているミカリウス王子に挨拶をして、部屋を出る。
「エル、悪いが俺の留守の間リディアの面倒と、あと出来たらでいいが、森の様子を探っておいてくれないか?」
「それはいいけど、一人で行くの?」
「まぁ何かあった場合、一人なら何とかなりそうだしな。」
「……ウン、気を付けて。」
エルはしばらく俺を見つめた後、そう言って送り出してくれる。
「あぁ、じゃぁ、後は頼んだぞ。」
俺はエルに後の事を任せて、国境へと向かう事にした。
ミカリウス王子には、しばらく変化はないだろうと言ったが、嫌な予感もするし、急いだほうがいいだろう。
 




