奴は我々の中でも最弱の存在よ!……そう言って強さのインフレが起きるわけですね。
「うーん、やっぱりここだな。」
「そうね、この辺りがいいと思うわ。」
俺は眼前の風景を見てそういう。
魔の森から出て10数メートルのところ、ぽっかりと、何もない空き地が広がっている。
以前開拓しようとして、そのまま放置されたところらしい。
話によれば、ドラゴンヴァイパーはここを通って村までくるという事なので、待ち伏せるのにも最適という事になる。
ドラゴンヴァイパーの強みは、なんと言ってもその機動力だ。
足を止めない限り、俺達に勝ち目はない。
また、この空き地であれば、遮蔽物もないので、フィールド全体を覆う広範囲魔法であれば、相手にあてることも可能だ。
「じゃぁ、罠を仕掛けてくる。」
「ウン、お願い。私は森の方を見張っておくね。」
俺はエルにそう告げると、空地に罠を仕掛けに行く。
罠と言っても、基本的には落とし穴だ。
足を引っかける程度の浅いものから、身体全体が埋まる深く大きいものまで、様々場所に埋め込んでいく。
更に力場の塊を設置する場所をインプットしていく。
先日オークキングを倒した後、俺も幾つか新しい技を閃いた。
向こうの世界のゲームみたいに、レベルアップしたから新しい技を覚えた、みたいな感じなのだろうか?
その一つが、この『インプット』だ。
空間スキルを使う際に必要な座標固定は、今までは使う際に目視で行っていた。
つまり、俺が認識した場所が座標固定となっていた。
例えば『空間転移』を使う時は、壁の向こう側、とか、敵の後ろ、とか。
『次元斬』の場合だと俺が狙った場所が、そのまま座標固定となったりとかな。
しかし、この『インプット』の能力を使えば、あらかじめ座標と使う技を覚えさせておくことが出来るらしい。
後はスキルを使う際、脳裏に浮かんだ場所を思い浮かべるだけで、その場にスキルが発生する。
例えば、場所を決めて『空間転移』をインプットしておくと、脳裏に思い浮かべるだけで、その場に転移出来るし、『次元斬』の場合だと思い浮かべた場所を斬り裂くことが出来る。
つまり、いくら速い敵でも、そこに誘導したところで発動させれば、簡単に斬り裂くことが出来るというわけだ……まぁ、ピアノ線を張って待ち構えているイメージが近いかな。
さらに、このインプットを使えば、ある程度の距離は関係なくなる。
つまり、制限があるにせよ『空間転移』の距離が伸びたと言っても過言ではなくなった。
試しにシャンハーの俺の部屋をインプットしておいて、森に行った時に脳裏に場所を思い浮かべると、一瞬で部屋に戻る事が出来た。どれくらいの距離まで可能か分からないが、これで、緊急時の脱出手段を得ることが出来たのは間違いない。
インプットできる数には制限があるので、『空間転移』だけにリソースは割り振れないが、主要なポイントはインプットして固定しておくと便利かもしれない。
そして、今回は待ち伏せ用に力場の塊の場所をインプットしておく。
空中と、足元……これで、ドラゴンヴァイパーの動きをかなり阻害できるはずだ。
後は止めをどうするかだけど……。
「シンジ!森の方!」
エルの叫び声が聞こえる。
俺は慌てて森の方を見ると、黒い影がこちらに向かってくるのが見える。
俺はエルの元へ駆け寄り、ドラゴンヴァイパーの襲撃に備える。
さぁ、戦闘開始だ……まずは俺達のターン。
『光の矢嵐!』
エルが矢をつがえて天空に放つ。
放たれた矢が光となり、上空で無数の光の矢となり、フィールド全体に降り注ぐ。
狙われたドラゴンヴァイパーは幾つかの矢を避けるものの、避けた場所にも降り注いでいるため、避けきれずに被弾していく。
しかし、まだ、それ程のダメージは受けておらず、俺達を敵と認識したのか、こちらに向って突っ込んでくる。
「ここっ!」
ドラゴンヴァイパーがある地点に差し掛かたところで力場の塊を発生させる。
目に見えない塊に頭から飛び込んだことで、ドラゴンヴァイパーはよろめき、落とし穴に足を踏み入れる。
『氷結!』
俺は穴の中に貼ってあった水を凍らせて、ドラゴンヴァイパーの動きを止める。
『氷の矢!』
エルが続けて魔法を放つ。
氷の矢がドラゴンヴァイパーの鱗を貫いて突き刺さる。
「エル、そのまま援護を頼む!」
俺はエルにそう言うと、ドラゴンヴァイパーに向けて走り出す。
調べたところによれば、ドラゴンヴァイパーに限らず竜系の鱗は魔力を帯びることによって強度を増しているらしい。
なので、貫くためにはそれ以上の魔力をぶつけるか、魔力を枯渇したところを狙うしかないとのことだった。
魔力で硬化と言うなら、やりようがある。
俺は左腕から『魔力喰い』を抜き出し、動けないドラゴンヴァイパーに斬りつける。
足が固定されていても動かす事の出来る上体、腕、脚などを振り回してくるので、中々近づけない。
それでも時折振ってくるエルの魔法を避けるために、ドラゴンヴァイパーの意識が逸れる瞬間がある。
そこを狙って斬り付けていく。
……かなりの時間が経った。
ドラゴンヴァイパーが拘束を抜け出すたびに距離を開け、罠に誘導する。
罠に嵌った所で再度拘束し、隙を見つけて斬り付けていく。
『魔力喰い』がドラゴンヴァイパーを切り裂く度に、魔力を吸い上げているため、攻撃や動きが段々鈍くなっていく。
心なしか、ドラゴンヴァイパーの身体が放っていた輝きが鈍くなってきている。
と同時にダメージが通りやすくなっているように感じる。
「そろそろか。」
俺は高くジャンプし『魔力喰い』をドラゴンヴァイパーの瞳に突き立てる。
そのままドラゴンヴァイパーの力を吸い上げるイメージを持って力を込める。
『魔力喰い』を通して何か力を取り込んでいる感じがする。
そして俺が力を吸い上げるに応じて、ドラゴンヴァイパーの力が抜けていく。
『光陰の矢!』
エルの放つ光の矢がドラゴンヴァイパーの喉に突き刺さる。
それがトドメとなった。
ドラゴンヴァイパーから力が抜け、その場に崩れ落ちる。
微動だにしないことを確認してから、俺は『魔力喰い』から手を放す。
『魔力喰い』は光の粒子となって俺の左手に吸い込まれていく。
「ふぅ……何とか片付いたか……エル、こっちへ……。」
「シンジ危ない!」
エルの声に俺は振り返ると、目の前にはブレスが迫っていた。
間に合わない!
……『空間転移』
避ける事の出来ないタイミングではあったが、間一髪『空間転移』でエルの横へと移動することが出来た。
「シンジ!良かった……良かったよぅ……。」
エルも、俺がブレスに焼かれたように見えたのだろう。
俺の姿を見たエルは、へなへなと崩れ落ちる。
「エル、悪いがもうひと働きだ。」
俺はブレスを放ってきた魔獣……ブラックサーペントを見る。
サーペントは下位の亜竜種に属していて、亜竜とは言え竜の血を引くだけあって、中々手強い魔獣だ。
堅くて魔法の利きづらい鱗に全身を覆われている上、ブレスを吐く。
そして一番の脅威がその巨体だ。
大きいという事はそれだけで脅威だ。
考えてみて欲しい。
普通の人間がサイクロプスサイズになったとしたら……?
普通の大きさの人間が放ったパンチでは、痛いかもしれないが大したダメージは受けないが、サイクロプスサイズの人間が軽く押しただけで、吹き飛ばされる。
防御面に関しても、首を15㎝も切れば致命傷になる傷も、サイクロプスサイズになると単なるかすり傷でしかない。
もちろん、小回りが利きにくくなるとかの弱点も出てくるが、それを補って有り余る攻防力がある。
ブラックサーペントはブレスを吐いた後を様子を窺うように見ている。
ドラゴンヴァイパー用に用意した罠はまだ残っているので、まずはそこに誘いこむ。
「エル、まだ魔法は打てるか?」
「ウン、大丈夫だよ。」
「じゃぁ、アローテンペストをもう一度頼む。その後は適宜アローシュートで……たぶんアイツには光魔法が一番効くはずだ、」
それなりに上位の魔物になると、体色が属性を表す事もある。
なので、たぶんブラックサーペントは闇の属性を宿しているはずだ。
……まぁ、宿してないとしても、エルは光魔法が一番威力があるから、問題はない。
『光の矢嵐!』
エルの魔法がブラックサーペントを襲う。
ブラックサーペントは平原を真っすぐに、こっちへと向かってくる。
「クソッ!」
俺は剣を抜いて、ブラックサーペントに向かう。
誤算だった……奴には脚がない。
なので、足元を崩す罠は全く役に立たない。
俺は、走りながらインプット情報を再構築していく。
ブラックサーペントの頭の上、背中、足元……現在設定できる3か所をブラックサーペントの周りへの転移に使う。
『光陰の矢!』
エルの魔法がブラックサーペントに突き刺さる。
……いまだ!
俺はインプットした頭の上をイメージすると、一瞬後に俺はそこに移動する。
剣を足元に向け、自由落下に任せて剣を突きさす。
そのまま別の場所をイメージ……足元に転移すると同時に斬りつける。
そしてまた別の場所へ……。
俺に出来る事は、ブラックサーペントに攻撃させる隙を与えずに、『魔力喰い』で斬り付けて行くだけ。
どれだけかかるか分からないが、これを続けていけばその内ブラックサーペントの魔力が枯渇する……はず。
しかし、どれだけ斬り付けていってもブラックサーペントの魔力が枯渇する気配は見えない。
『魔力喰い』は確かに魔力を吸ってはいるが、まだ余裕はありそうだ。
時折、エルの放つ『光陰の矢!』がダメージを与えてはいるが、致命傷には程遠い。
このままでは、俺の体力の方が持たない。
俺はインプットのポイントを1か所変更する。
次のエルの魔法の後が勝負だ。
『光陰の矢!』
エルの魔法により、ブラックサーペントの顎が跳ね上がる。
ブラックサーペントがエルに向かってブレスを吐こうとしている。
俺はその目の前に転移すると、その口の中へ飛び込む。
『次元斬!』
『次元斬!』
『次元斬!』
そして奴の喉元に向けて『次元斬』を叩き込む。
『次元斬!』
『次元斬!』
『次元斬!』
ブラックサーペントの喉元か内部から斬り裂かれていく。
口を閉じて俺を飲み込もうとするが、力場の塊を積み上げて、口が閉じれない様にする。
俺はスラッシュを放ちつつ、手あたり次第斬り裂いていく。
流石にブラックサーペントも段々と力を失っていく。
「エルっ!トドメだ!」
俺はエルに向かって叫ぶ。
「分かった!…… 『光矢の竜巻!』」
光の渦が、ブラックサーペントの口を目掛けて迸る。
俺はディジョンでブラックサーペントの頭の上に出る。
エルの魔法がブラックサーペントの咢に突き刺さる。
そして俺はブラックサーペントの眉間に『魔力喰い』を突き刺す。
さっきのドラゴンヴァイパーと同じように、ブラックサーペントの力を吸い取る様に力を込める。
何かが入って来て俺の身体の中を駆け巡る感じがする。
気を抜くと意識が持ってかれる気がする。
俺がその力に耐えていると、やがて、足元が崩れ始める。
ブラックサーペントの息の根を止めることが出来たようだ。
そう思った途端、俺の身体からも力が抜ける。
「シンジ、シンジィッ!……。」
エルの声が遠くに聞こえる……そして俺の意識も遠のいていった。
◇
…………。
遠くで誰かが呼んでいる気がする。
……ん……?
俺は目を覚ます。
目の前にはエルの顔があった。
「シンジ、目が覚めた?」
「あぁ……ココは……?」
いまいち前後がはっきりとしない。
「ブラックサーペントのそばよ……倒したの覚えてない?」
エルに言われて、意識が段々とはっきりしてくる。
あぁ、そうか、倒せたのか……。
「そうか……何とかなったか……もうこんな依頼受けたくないな。」
「アハハ……そうね。」
俺の言葉にエルが笑う。
マジで、これ以上動けないんだから、これ以上のランクの魔獣なんて倒せないぞ。
「取りあえず、回収して村に戻るか……。」
俺はよろよろと立ち上がり、ブラックサーペントとドラゴンヴァイパーの亡骸を収納に入れる。
解体とかそう言うのは後でギルドに丸投げしよう。
「でもシンジ、一言言っておくね。」
エルが俺を見てそう言ってくる。
なんか怒っているみたいだ。
「もう2度とあんな無茶しないで!」
……怒ってるみたいじゃなくて、怒っていました。




