やっぱりトラブルに巻き込まれ……これは王道ですね。
「馬を買おうよ。」
ギルドで予定通り指名依頼を受けた後、エルがいきなりそんな事を言い出す。
「私達だけなら、馬車に乗っていくより、馬を走らせた方が早いわよ。」
今回の依頼では、馬車で5日ほど行ったところにあるメリィの村まで行くことになるが、馬を走らせて行けば2日程でつくだろう。
収納のお陰で大きな荷物があるわけでも無いし、俺たち二人だけなら、多少の強行軍でも問題ない。
しかし……。
「エル、それには大きな問題があるんだよ。」
俺はエルの言葉に首を振る。
「何?どんな問題?」
エルにはこの重大な問題が分からないようだ。
黙っていたかったが仕方がない。
「実はな……。」
俺はそこで溜める。
「………馬に乗れないんだよ。」
「……はぁ?」
エルが呆れたように聞き返す。
「だから、俺は馬に乗れないんだってば。」
この世界ではともかく、俺のいた所では乗馬なんて金持ちの道楽だ。
乗った事が無いんだから仕方がない。
この世界でだって、平民で馬に乗れる奴は少ないから問題ない。
「まぁ……仕方がないわね。私がのせてってあげるわ。」
……馬に乗って移動という事は決定事項らしかった。
◇
「あら、お久しぶりです。シンジさんとエルフィーさん。」
商業ギルドに行くと、家を買う時にお世話になった受付のお姉さんが声をかけてくれる。
「お久しぶりです。今回はちょっと相談があって、ギルドマスターに話があるんですが?」
「ハイハイ聞いてます。こちらへどうぞ。」
俺とエルは奥の部屋へ通される。
「ここは、内緒の商談するときに使う部屋なの。防音の魔術がかかっているから、どれだけの大声でも部屋の外に声は漏れないから安心してね。」
お姉さんはそう言いながら俺達に座るように勧める。
俺達がソファーに座ると、お姉さんも目の前のソファーに腰かけ、ニコニコとしている。
「あの?」
「どうしました?」
にこにこ……。
「えーと、ギルドマスターさんにお話が……。」
「えぇ窺ってますわよ。」
にこにこ……。
……どういう事だろう。
ギルマスに用があると言っているのに、目の前のお姉さんは動こうとしない。
「ねぇ、シンジ。まさかと思うんだけど……。」
エルが俺の袖を引っ張り、小声で言ってくる。
「あぁ、奇遇だな。俺もそう思ったところだ。」
俺は目の前のお姉さんに訊ねる。
「まさかとは思いますが……ギルドマスターさんでいらしゃる?」
「ハイ、商業ギルドのマスターを務めています、エミリアと申します。」
お姉さん……エミリアさんは相変わらずニコニコとしている。
「つかぬことをお伺いしますが、ギルドマスターさんがなぜ受付を?」
「あら、趣味ですわ。」
……流石は商業ギルドの長だけはある。
一筋縄ではいきそうにない。
「じゃぁ、領主様から話が通ってると思いますが……。」
俺はこれ以上は時間の無駄と考え、さっそく今回の目的の話へと移る。
「あら、もっと付き合ってくれるかと思ったのに……残念ね。」
エミリアさんとまともにやりあえば俺の神経が持たないのは明白だ。
そんなのに付き合おうなんて言うモノ好きはいないと思う。
俺は構わずに話を続ける。
「えぇ、そのあたりの事は聞いてますわ。でも、生産地は近隣の農家じゃなくて、この街内でお願いしたいのよ。もう用地の選定も、求人も手配済だから、後はシンジさん達の報告に合わせて変更する手はずになっています。」
なんというか……動きが早すぎる。
よくよく聞いてみると、例のベルーザ卿の被害者はレムたちだけでなく、他にも多数いたようだ。
その人たちの就職の斡旋の為に、クロードさんは何か新事業を始めようと思っていたらしい。
場所や人はその新事業用に用意されていたものだった。
ただ、何をするかが具体的に決まってないところに俺が玉子の話を持って行ったので、これ幸いと、その事業内容は玉子の生産となったそうだ。
話がそこまで進んでいるならば、俺達の方も急がないといけない。
何といっても俺達の報告があるまで、その事業はストップすることになるのだから。
それを理解したエルが、ここぞとばかりにしゃしゃり出てくる。
「それなら、私達は急いだほうがいいですよね?馬を一頭手配してもらえますか?」
「えぇ、訓練された頑丈な馬がすでに用意してありますわ。」
エルの言葉に、エミリアさんが笑顔で答える。
「時間は、時として、金より価値がありますからね。」
エミリアさんは俺の方をちらりと見てそう言った。
……それは重々承知の上なんだけどね……はぁ……。
◇
「あんまり、変なところ触らないでよねっ。」
エルがそう言うが、俺に余裕はない。
振り落とされないようにしがみ付くのが精一杯だ。
「きゃっ……もぅ……どこ触ってるのよ?」
「だ、だって、し、仕方がないだろ……。」
エルが手綱を握り、馬を駆けらせる。
俺はエルの後ろから、腰に手を回してしがみ付いているだけだ。
やがて、馬のスピードが段々ゆっくりとなり、小川の辺で歩みを止める。
「どうしたんだ?」
「休憩よ……あまり飛ばしても疲れるでしょ?」
「そうだな……。」
俺はぐったりとしつつも、火を熾し食材を取り出して軽く食べる準備をする。
食事が出来上がる頃には、馬のケアを終えたエルが戻ってきた。
「しかし、エルが馬に乗れるなんて意外だったよ。」
王族や貴族、騎士なんかは馬に乗るのは当たり前だと聞いたことがあったけど、元々庶民の出であり、王女……つまり女性なのに馬に乗る機会なんてあったのだろうか?という疑問があり、俺はエルに聞いてみた。
「ハッシュベルクでは貴族階級であれば男女関係なく馬に乗ることは義務付けられてるのよ……おかげで私も苦労したわ。」
エルの話によれば、ハッシュベルクは立地上、昔から近隣諸国に狙われやすく、何度も戦争を仕掛けられている。
なので、場合によっては、女子供は逃げだす必要性もしばしばあったという事だ。
しかし、戦場下に置いて馬車などで悠長に逃げだすのは襲ってくれと宣伝しているようなものであり、逃げ出すときは一刻も争うという事もあって、馬に乗って敵陣突破という事もよくあったそうだ。
この時、例え女子供であっても馬に乗れないと話にならない。
馬に乗れないという事は、家臣に負担をかけるという事であり、命の危険に晒すという事だ。
自分の命の危険があると分かっている主についてくるような、物好きな家臣はそうそういない。
だから、自分の身を守る為にも、家臣に威厳を見せるためにも、馬に乗れるという事は最低限の事柄だったらしい。
「成程なぁ。」
俺は納得して頷く。
「でも、シンジが馬に乗れなくてよかった。……最近助けられてばっかりだったから。」
エルがそんな事を言う。
「俺は嫌だ……どうせならエルを乗せて走りたい。」
だから、俺はそう言い返してやる。
すると、エルは頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。
「そ、それは、それで、憧れるかなぁ……。」
エルが何かつぶやいていたようだが、小声で聞き取れなかった。
その後も何度か小休止を挟み、薄暗くなってきたところで野営をする。
魔獣が襲ってくることも無く、道中は順調で、翌日の昼過ぎにはメリィの村に着く事が出来た。
◇
「冒険者様ですね?」
俺達が村に着くと、村長らしい老人が迎えてくれる。
その後ろには数人の村人が集まっている。
「お待ちしておりました……こちらへ。」
老人は先に立って道案内をしてくれるようだ。
「ねぇ、私達が来る事って連絡してあったの?」
「いや、そんなことは無いはずだが?」
カリーナさんが気を利かせたって事もあり得るが、村人たちの様子を見ると、何かおかしい感じがする。
俺達が案内されたのは村の公民館みたいなところだ。
その中央に俺達は腰かけると、目の前に村長と、二人の男が腰かける。
「この度は依頼を受けて頂いてありがとうですのじゃ。まさかこんなに早く来ていただけるとは。」
話がおかしい。
「依頼って何の事?」
エルが訊ねると、村人たちは騒ぎだす。
村長たちも驚いている。
「まさか、依頼を受けて来てくださったのではないのですか?」
「残念ながら、心当たりはないな。」
「何と言う事だ……。」
「まさか、そんな……。」
俺が違う事を告げると村人たちがパニックを起こす。
「ねぇシンジ、コレって……。」
「あぁ、どうやら何か事件が起きていて、それを解決しない事には玉子どころじゃないだろうなぁ。」
「それってやっぱり……。」
「……俺達がやるしかないだろうね。」
俺とエルは、小声でそんな事を話しあう。
まぁ、この世界に来て、物事が順調に進んだ試しはないからな。
今回も何かあるってわかってたよ。
「なぁ、とりあえず話してもらっていいか?」
お終いじゃー、お終いじゃー!と喚きたてる村長を一発叩いて、落ち着かせてからそう切り出す。
「お主等が依頼を受けてくれると?」
「それは条件次第だな。」
「出来る事なら何でもしよう。なので助けてくださらぬか?」
「だから、それを検討するためにも詳しい事を話してもらいたいんだが?」
「ウム………実は数日前からドラゴンヴァイパーが村を襲ってるのじゃ。」
村長の話では、数週間前より、近くの魔の森に現れる魔獣の様子がおかしかったそうで、気にしていたら、数日前より森からドラゴンヴァイパーが村を襲い、家畜をさらっては森に戻るという事を繰り返しているそうだ。
「幸いにも、今は家畜の被害だけじゃが、このままではいずれ……。」
村長が懸念する通り、家畜が少なくなれば次は人間が襲われるだろう。
因みにこの「ドラゴンヴァイパー」はドラゴン(竜)と名がついているがドラゴン種ではなく、ヴァイパー(蛇)の名を関してるが蛇でもない。
一言で言えば蛇の頭を持つオオトカゲってところだ。
トカゲらしく、図体に似合わない素早い動きと、ドラゴンの名がついているだけあって、堅い鱗を持っているのが特徴だ。
脅威度は、単体であるならBランク、複数いた場合はAランクに跳ね上がる。
かなり手強い部類の相手だ。
ここで、玉子の生産方法について教えてくれって言っても、それどころじゃないって言われるだろうなぁ。
かといって、放置してこの村が全滅したらどうしようもないし……。
依頼を見た冒険者がやってくる……っていうのは望み薄だよなぁ。
今あの街在住のBランク以上の冒険者はいない。
王都から派遣されるにしても、もっと後の事になりそうだ。
これは、俺達が今ここに居て運が良かったと考えよう。
普通に馬車に乗って来ていたら、この街が全滅していたという事もありえたわけだしな。
俺がそう前向きに話すとエルがぼそりという。
「その時は、私達がわざわざ、そのモンスターと戦う必要がなかったって事だよね?」
……まぁ、そうとも言えるけどな。
「とりあえずは、そのドラゴンヴァイパーを見に行ってくるよ。……悪いけど少し準備させてくれ。」
俺は村長さんたちにそう言って、村人達を解散させる。
じっと見られていたんじゃやりづらくてしょうがない。
「頼みましたぞ。」
最後に村長さんがそう言って小屋を出て行き、後には俺とエルだけが残される。
「シンジ、どうするの?」
「まぁ、やるしかないだろうな。」
「勝てそう?」
「うーん、相手の動きを止められればな……いくら堅いって言っても、俺の『次元斬』なら斬り裂ける。……ただ、与える傷が小さいから何発か同じところに放たなければいけないからな……動きが早いと厄介だよな。」
「私も新技覚えたし、何とかなるかな?」
「とりあえず、周りをまわって地形を把握しよう。出来るだけ、こっちの条件で戦えるようにしたいからな。」
俺はそう言うと、エルも頷いてくれる。
しかし、エルの新技かぁ……いつの間に覚えたんだろうか?
レムと遊んでいる姿しか思い出せないんだが?
正直なところ、ここにアッシュがいればと時々思う。
俺もエルも後衛だ。
前衛の壁役が欲しいところ。
今は多少なりとも剣が使える俺が前衛に回っているが、本職じゃない為、どうしても無理が出てしまう。
前衛なんかいらない、と言えるほどの圧倒的火力があれば話も変わるんだけどなぁ。
まぁ、ない物ねだりをしていてもしょうがないので、今はドラゴンヴァイパー退治に全力を尽くすとしましょうか。
いつもいつも、誤字・脱字報告ありがとうございます。




