ポテチはコンソメ!誰がなんて言ってもコンソメ!
「……て……だ……い。」
んー、何か聞こえる。
「……です……てくだ……。」
何か暖かくて柔らかいものが触れているなぁ……。
俺は寒かったので、その暖かく柔らかいものをギュッと掴んで引っ張る。
「あわわ……。」
……なんかもぞもぞと動くなぁ。
俺はしっかりと捕まえて抱きつく……うーん、暖かい。
「わ、わゎ……ダメですよ……あぅぅ……。」
この時、俺は完全に寝ぼけていた。
もし、しっかりと覚醒していれば、後の惨劇は起こらなかったはずだ。
◇
「で、何か申し開きはある?」
俺はエルの前で正座をさせられていた。
エルは自分の膝の上にレムをのせて後ろからギュっとしている。
レムは、所在なさげにモジモジとしている。
「ほら、レムもこんなに怯えてるじゃないの!」
「いえ、私は別に……おにぃちゃん暖かったし……。」
「レムはいいのよ。」
エルがレムの声を遮る。
「ただ単に逃げ出したいだけじゃぁ?」
「何か言った?」
「イエ、ナンデモアリマセン……。」
俺が言うと、エルにキッと睨まれたので、即座に白旗を上げる。
「そうですよ、シンジ様。私は怒っていますよ!」
横からリオナも口を出してくる。
まぁ、起こしに来てくれたレムを寝ぼけてたとはいえ、布団に引っ張り込んだんだからなぁ。
もちろん、何もしてないけど……リオナにしてみれば大事な妹を布団に引っ張りこんだ変態男という認識なのかもしれない。
エルも、リオナも怒るのも当然か。
「シンジ様!何故私じゃないんですか!レムばっかり……たまには私を抱きしめてくれてもいいじゃないですか!決めました!明日から私が起こしに行きます!」
「そこ!?」
イヤ、怒るポイント違うだろ?
「アンタも何言ってんのよっ!」
ほら、エルも怒ったよ。
「えー、シンジ様にギュってされたいですよぉ。」
リオナが、エルをしらじらーとかわす。
その時少しだけ俺の方を振り向いてウィンクしてくる。
あぁそうか、エルの矛先を躱してくれたんだな。
後で、何かお礼をしなきゃな。
俺は言い合いを始めたエルとリオナを置いて、レムと共にそっと部屋を抜け出す。
なんだかんだと言いながら、あの二人は結構仲がいい。
エルにしてみれば同年代の友達って、シェラを除くと、ミリアぐらいしかいなかったわけだし、そのミリアともちょっと距離を置いてたぐらいだから、こんなに気軽に言い合いが出来る相手というのは、リオナが初めてだろう。
「えーと、いいんでしょうか?」
レムが、部屋に置いてきた二人を気にする。
「大丈夫だよ、それよりお腹が空いたから朝ごはんにしよう。」
「はいっ。」
レムが元気に答える。
レムが朝御飯の準備をしている間に、俺は庭に出てみる。
庭ではネリィさんが野菜の収穫をしていた。
「あら、おはようございます、シンジさん。」
ネリィさんは俺に気付くと挨拶をしてくる。
「おはようございます……もう収穫できるんですか?」
俺はネリィさんが抱えている野菜に目を向けてそう聞いてみる。
「いえ、これは今朝市場で買ってきたものですよ。表層のいらない部分を畑にまいていたんです。」
どうやら収穫していたというのは見間違いだったらしい。
畑で野菜を持っているから、てっきり収穫したものだと思い込んでいたが、良く考えてみれば、ネリィさんが畑を庭に作りたいと言ったのは1週間ぐらい前だ。
いくら何でもこんなに早く収穫できるわけがない。
「今植えているのはどれぐらいで収穫できるものなんですか?」
俺は気になったので聞いてみる。
「そうですね……大体2~3か月ぐらいでしょうか?でも、あの周りに植えているシュスランなら、あと1週間ぐらいで葉が採れそうですわ。」
ネリィさんが教えてくれたシュスランは、香草の一種で育ちが早いんだとか。
肉の臭み消しにも使えるし、最近リオナがハマりつつあるハーブティの原料としても使えるとのことだった。
野菜やハーブについてネリィさんと話をしていると、朝御飯の用意が出来たと、リオナが呼びに来てくれたので、屋敷の中へ戻る。
◇
「今日はどうするの?」
朝食の席でエルが聞いてくる。
「今日はリオナと領主の屋敷へ行くことになっているが……エルとレムも来るか?」
俺がそう言うと、レムが逡巡する。
先日から大体10日に1回の割合で、俺はクロードさんの屋敷へ顔を出している。
お菓子や料理のレシピを教えてくれと頼まれているからだ。
とはいっても、俺が作れるものなんてたかが知れている。
後は何となくしか分からないので、リオナに丸投げしているのが現状だ。
リオナは俺から聞いた話をもとに、色々と試行錯誤して、レシピを完成させてくれる。
それを持って領主の館に行き、そこの料理長に教えるのだ。
領主の館を任されている料理長なので、プライドも高いだろうと思っていたが、実際に会ってみると、割と気さくな方で安心した。
正直に言うと、俺が出した料理を領主の娘のアリスがすごく気に入ってしまい、何故作れないのかなどと言い出したため、困ったことをしてくれたと思っていたらしい。
しかし、知らない料理を知る機会を逃す気はなく、教えてもらえるなら喜んで!と凄く協力的だった。
リオナの方も、自分が領主の料理長に教えるなんて恐れ多いと、最初は躊躇していたのだが、かといって俺がレシピを他の人に先に教えるのは面白くないらしく、最初に作るのは私!と思い直したらしい。
おかげで最近では、レシピが途中の物でも持って行って、料理長と相談して完成させたりする程、仲が良くなっている。
そんな感じで、俺とリオナは結構な頻度で領主の館に顔を出していたりする。
「うーん、アリスちゃんに絶対来てねって言われてるし、私も行っていいですか?」
レムがそう言う。
俺も知らなかったことなんだが、クロードの娘のアリスとレムは、昔からの友達だったらしい。
ただ、アリスは自分の素性を隠していたので、レムは自分と同じ下級貴族の娘だろうと思っていたそうだ。
父親が無くなり、生活が一転し、アリスとも疎遠になっていたが、それでも、たまに街で見かけると色々と話し相手になってくれていたという事だった。
そして、先日リオナとエルと一緒に領主の館へ行った時に、バッタリと再会したのだった。
まさかアリスが領主の娘だとは思ってもいなかったレムは、狼狽して倒れてしまった。
それを甲斐甲斐しく介抱してくれたのはアリスで、意識が戻ったレムにアリスは一言言ったそうだ。
「いーい?私は領主の娘である前にレムの親友のアリスなんだからね。今後下手な遠慮とかしたら絶交よっ!分かった?」
それを聞いたレムは相当嬉しかったらしく、その日は寝るまでアリスの話を聞かされた。
お礼に後日、アリスにプリンを差し入れたら、領主から直々に呼び出しを食らう羽目になった。
是非レシピを教えろ!と凄い勢いで詰め寄られたが、あの時は材料の手持ちがないので、後日と言って逃げだした。
……因みに、いまだに教えてなかったりするのは、蒸すという概念が無いみたいなので説明が難しいというかめんどくさいので放置しているだけなのだが。
◇
「今日は何を教える予定なんだい?」
俺は領主の館へ向かう道中で、リオナに聞いてみる。
俺が教えたお菓子やデザート、料理などは結構多いが、俺が思いつくままに話すのに対し、リオナは材料とか分量とかを調べなければならないため、完成したレシピはまだそれほどあるわけじゃない。
「えぇ、今回は以前シンジ様に教えて頂いた『はんばーがーせっと』というものに挑戦しようかと考えています。……って、シンジさん、何がおかしいんですか?」
リオナの答えを聞いて思わず笑ってしまった俺を、リオナが拗ねたような目で見てくる。
「イヤ、貴族様にハンバーガーってイメージがおかしくてね。」
俺のイメージではハンバーガーは安目のファーストフードだ。
それを普段からコース料理を食べなれている貴族が口にすると考えたらおかしくなって、つい笑みがこぼれてしまった。
「おにぃちゃん、ハンバーガーって貴族は食べないの?」
レムが聞いてくる。
「アレは美味しいわよ。どこがいけないのよ?」
以前俺が作って、食べたことがあるエルが反論してくる。
まぁ、エルはハンバーグがお気に入りだったからな。
「ダメとかじゃなくて……俺の故郷では俺達みたいな庶民が気軽に食べるものだったんだよ。だから、豪華な食事をしている貴族がって考えたらギャップが激しくてさ。」
「やめておいたほうがいいでしょうか?」
リオナが不安になったのか、俺に聞いてくる。
「別にいいんじゃない?ただ、メインディッシュじゃなく、あくまでも軽食だって事を伝えておけば。それにたぶんだけど、アリスは喜ぶと思うよ。」
エルの喜び具合を見ていたから、断言できる。
アリスも目を輝かせて喜ぶことは間違いないだろう。
そんな話をしているうちに、領主の館へ到着する。
門番に声をかけると、俺達はすぐに通される。
門を通るときに「ご苦労様です」とリオナがクッキーの詰め合わせを渡す。
リオナはここへ来る時は、門番やメイドたちなどへのお土産を欠かさない。
しかも、それが珍しい食べ物とくれば、リオナの人気が上がるのも頷けるというものだ。
……というより、意外と計算高い?
俺は女の子の怖さを改めて思い知るのだった。
◇
「待ってたよ、今日は何を作るんだい?」
「今日は油をちょっと多く使うんですがいいですか?」
リオナと料理長が話すのを俺は黙って聞いている。
リオナの狙いが読めた。
揚げ物等に使う食用油は意外と高い。
なので、予算を気にしない領主の館で揚げ物関係を済ませようって事なんだろう。
やっぱりリオナはしたたかだ……というより、これくらいでないと、女の子が下町で騙されずに仕事を得るのは難しかっただろう。
リオナは鍋に食用油を並々と注ぎ火にかける。
そして、沸騰するまでの間にハンバーガーの説明をする。
ハンバーガーそのものは簡単だ。
ハンバーグと野菜をパンで挟み込むだけ。
まぁ、挟むもので色々とアレンジを加えることが出来るが。
それを聞いた料理長は、さっそく他の物にハンバーグを作らせる。
その間に、リオナは持ってきたジャガイモを取り出して並べる。
「それはジャガイモ……ですかな?」
料理長が聞いてくる。
まぁ、この世界ではジャガイモは庶民の中でも下層の者達が食べる食材だ。
間違っても貴族たちが口にするものではないらしい。
「まぁ、ジャガイモというと聞こえが悪いかもしれませんが、とりあえずは出来上がったものを食べてみてから考えてみてください。」
俺は料理長に告げる。
ここはリオナより俺が言った方が角が立たないだろう。
「ふむ……まぁ、シンジ殿がそうおっしゃられるのなら。」
料理長の許可を得て、リオナは手早くジャガイモの皮をむき、スティック状に切っていく。
それを見て、料理長も同じようにする。
……流石は熟練の技、沢山あったジャガイモが見る見るうちにスティック状にされていく……しかも、大きさがすべてそろっていた。
アレは不揃いなのがまたいいんだけどな。
リオナは、油が適温になっているのを確認してから、慎重にスティック状になったじゃがいもを入れていく。
暫く待ち、からりと揚がったところで鍋から取り出し、油を切ってからたっぷりの塩を振りかける。
「出来ました。『ふらいどぽてと』というそうです。先ほどの『はんばーがー』の付け合わせで食べるそうですよ。……どうぞ、試食してみてください。」
料理長は差し出されたフライドポテトをつまんで、恐る恐る口に入れる。
「……美味い!」
料理長はそう言うと、更にポテトに手を伸ばす。
それを見ていた料理人が、我先にと群がってくる。
最初に揚げた分はあっという間になくなってしまった。
「揚げたてが一番おいしいですからね、冷めると味が落ちてしまいますので気を付けてください。後、あくまでも軽食ですから、食べ過ぎないように気を付けて下さい。」
俺はハンバーガーと並んで、軽くつまめるものだという事、おやつとか賄いに丁度いいかも、とか付け加えておく。
この後は、リオナと料理長でアレンジを検討するみたいだ。
「料理長、せっかくなので、油使わせてもらっていいですか?」
俺はそう断りを入れると、余ったジャガイモの皮をむき、スライサーで薄く切っていく。
「シンジ殿は何をしているのだね?」
興味を持った料理長が訊ねてくる。
「まぁ、フライドポテトの親せきと言うか、アレンジみたいなものですよ。」
俺は料理長に応えながら、ジャガイモをスライサーで切る作業を続ける。
……これくらいでいいか。
俺は薄く切ったジャガイモを油の中にいれて、カラッと揚げたら、引き揚げて塩を振っていく。
「これは『ポテトチップス』と言って、常温まで冷めてから食べるものです。……コンソメがあればよかったんですけどね。」
俺はポテチはコンソメが一番だと思っている。
しかし、この世界では、コンソメはない……作るのは非常に手間がかかる。
今度リオナに教えて作ってもらうか……。
「シンジ殿、そのコンソメとかいうのはどういうモノですかな?」
料理長が興味津々という感じで聞いてくる。
「どういうって言われても……まぁ、簡単に言えば、どんな料理の元にでもなる万能スープです。」
かなり乱暴な説明だが、大きくは間違っていないだろう。
「ホゥ、それは興味がありますな。」
料理長は乗り気だった……まぁ、せっかくの機会にフライドポテトとポテチだけじゃぁ物足りないだろうし、作ってもらえれば、今後楽になるしな。
見ると、リオナも興味津々という感じで身を乗り出している。
……ま、いっか。
「スープを作る時の手順を教えてもらえますか?」
俺はそう切り出す。
コンソメはなくても、料理を作る段階で、似たようなものは作っているはずなので、そこからアレンジすれば覚えやすいだろう。
料理長から聞き取ったところによると、コンソメとほぼ同じ手順で出汁を作る技法があるそうなので、いくつかの手順を加え、一部やり方を変更するように伝える。
「いいですか、ポイントは、灰汁取と濾しです。とにかく、如何にスープを濁らせないかがポイントになります。」
基本的な考え方は一緒らしいので、すぐ理解してもらえた。
後は根気の勝負だ。
コンソメを作り始めた料理長をそのままにして、俺達はハンバーガーとフライドポテト、ポテチをいくつか持って、厨房を後にする。
向かうのはアリスの部屋だ。
俺達が来たときには、試食と称して、作ったものをアリスと一緒に食べるのが、いつの間にか通例となっていた。
まぁ、楽しいからいいけどね。
今頃は、まだか、まだかと待ちわびていることだろう。
「アリス、お待たせ。」
俺はそう言って部屋の中に入る。
「待ちくたびれたぞ。」
「待っていたのよ。」
部屋では、何故か領主夫妻が揃って待っていた。




