待望のチート能力……それは空間魔法です。
「シンジ様は指名手配されております。」
シェラが、再度告げる。
静寂な狭い室内に、その声が響く。
「えっ、ちょっと待ってよ、どういうこと?」
最初に声を出したのはエルだった。
「なんでシンジが指名手配されてるのよ?」
エルがシェラに詰め寄る。
「シンジ様は……姫様……第三王女を拐かしたという事で罪に問われています。近衛兵達に出されている命令は、第一に王女の保護、第二に犯人の確保……生死を問わず、です。」
シェラの言葉に、俺は呆然とする。
ちょっと待てよ、……俺は目覚めたら異世界にいて、いきなり、エルに引っ張られてここまで来た。
その結果が誘拐犯として指名手配?
「な、なんの……。」
「なによ、それはっ!」
俺の言葉にかぶせるようにエルの怒り声が響く。
「シンジは、私が勝手に巻き込んだだけよ!関係ないじゃないっ!それを誘拐犯だなんてっ!しかも生死を問わず!?バカにするのもいい加減にしてっ!私が直接言ってやるわよ!」
怒鳴られたシェラは、黙って俯いている。
その姿を見て、俺はすぅっと怒りが引き去っていく感じがした。
ウン、冷静になろう。
俺も、思わず怒鳴りかけたけど、シェラに言っても仕方のない事。
「エル、落ち着け!」
「なによ!アンタの事なのよっ!」
エルは怒り納まらず、と言った具合で俺にも掴み掛ってくる。
「俺の事で怒ってくれるのは嬉しいけど……シェラに怒鳴っても仕方がないだろ?シェラが決めたわけじゃないんだし。」
俺の言葉に、エルの怒りが引いていく。
「そ、そうね……悪かったわ。」
エルがシェラに頭を下げる。
……しかし、さっきから思うんだが、王族がそんなに軽々しく頭を下げていいものだろうか?
いや、偉そうにしてるより、余程好感が持てるんだけど……まぁ、こういう所が彼女の良い所なのかもしれない。
「いえ、姫様をお停め出来なかった時点で、全ての罪は私にあります。如何様な罰でも受ける所存です。」
そう言って深々と頭を下げるシェラ。
「しかしながら、王宮に戻るのは今しばらくお待ちください。」
シェラの話では、今回の件は何かおかしいとのことだった。
エルが黙って王宮を抜け出すのは、実は今回が初めてではない。
しかも、それは王様をはじめ、主だった者にとっては周知の事実。
それなのに、今回に限りいきなりの指名手配。
しかも、エルが抜け出して、それ程時間が経っていない段階で、だ。
まるで、あらかじめわかっていたかのようなスピーディな展開に、シェラも怪しさを感じたという。
「むぅーーー。」
シェラの言葉に、黙り込むエル。
「私が、明日もう少し情報を集めてきますので、2~3日ここでお待ちいただきたいと思います。」
「わかったわ。任せる。」
「はい。……では、私は寝所を整えてまいりますね。」
そう言って奥の部屋へと姿を消すシェラ。
「なぁ、調べてくるって……彼女一人じゃ危なくないか?」
俺はエルに聞いてみるが、エルは心配ないという。
「あの子の本職は『影』よ。……私の世話係兼護衛兼諜報員ってところね。」
「影」と言うのは、陰に潜んで情報収集に努めたり、破壊工作や暗殺などを請け負う部隊の事。
シェラもあれでいて、中々の腕前なんだそうだ。
「基本、ポンコツだけどね。」
エルは、笑ってそう言うが、その言葉の奥にはゆるぎない信頼が見えていた。
「……なぁ、シェラが、と言うより、シェラの周りの奴らが裏切ってるって事は考えられないか?」
「アンタ、喧嘩売ってるの?」
エルが凄い形相で睨みつけてくる。
「そう言うわけじゃない、ただ、俺からしてみればみんな初対面なんだ。人間関係なんか分からない。だからこそ、可能性の問題として提示しているんだ。」
「……言いたいことはわかるけど……シェラが裏切るなんてありえない。と言うか、シェラが裏切るのなら、私の見る目もそこまでと言う事で諦めがつくわよ。」
自嘲気味に言うエル。
余程シェラの事を信頼しているんだな。
「俺もシェラが裏切るとは考えていないけどな……シェラの知らないところで利用されているってこともあるだろ?」
「それはそうね。」
エルもそこはわかってくれたようで同意してくれる。
「ここの事を知っているのはどれくらいいる?」
「ここを知ってるのはお父様だけ……私とお父様の秘密基地なのよ。」
嬉しそうに、そう話すエル。
それを聞いて俺の中で何かが引っかかるが、それが形になる前にシェラの声によって霧散してしまった。
「姫様ー、御寝所の用意が出来ましたよー。湯浴みの準備も出来ていますよー。」
「わかったわ。……じゃぁ、今日は休むとするわ……覗かないでね。」
エルはシェラに答え、俺に声をかけると、奥へと消えていく。
……俺はどこで寝ればいいんだ?
「って、ここしかないよなぁ?」
堅そうな床を見て、ため息をつく。
まぁ、野宿よりはマシか。
似たようなことは、向こうでもあった。
屋根があって、雨風が凌げるだけでも十分だと思う。
俺は横になって今日あった出来事を思い返す。
目覚めたら、見知らぬ路地裏にいた。
状況を把握しようと、大通りに出たら、エルと会った。
エルを追う、暴漢?達から逃げ回り、この隠れ家まで来た。
入り口で、シェラに襲われた。
誤解も解け、ようやく落ち着いたと思ったら、エルが王女だと知らされ、俺が王女誘拐犯として指名手配されているらしい。
……うーん、色々あったけど、なんか実感がわかないなぁ。
考えているうちに、段々眠くなってきた……朝起きたら、施設のベットに戻っていた……だといいな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ちゅん、ちゅん、ちゅん……。
……ン……朝か……。
何か乗っているようで、重くて体が動かない。
すると、唇に柔らかいものが触れる感触がする。
何だろう……
俺はゆっくりと目を開ける……目の前にはミカ姉の顔がアップであった。
「あ、起きたの、残念。」
「ミカ姉……何してるの?」
「うん?シンちゃんに、おはようのキスをしに来たんだよ。」
笑顔でそう言いながら、俺の布団に潜り込んでくるミカ姉。
「ちょ、ちょっと、起こしに来たんじゃないの?」
「うん、でも、少しぐらいはいいよね?」
そう言って俺を抱きしめる。
女の子独特の甘い香りと、肌の柔らかさを感じて、体の一部が反応してしまう。
「あれ?シンちゃん……可愛ぃねぇ。」
ミカ姉も気付いたようで、俺に更にすり寄りギュっと抱きしめてくる。
こうなったら抵抗しても仕方がない……俺もミカ姉を抱きしめ返し、唇を寄せる。
◇
「ねぇ、何かあったの?」
俺の腕を枕にしながら、ミカ姉が聞いてくる。
「何かって?」
「ウン、分からないけど、何かいつもと違うから……。」
「あぁ、変な夢を見たんだ。それがやけにリアルで……。」
俺はミカ姉に、夢の中の出来事を話す。
「って事で、指名手配されたらしくてさ。」
「そうなんだぁ……。」
あれ?反応がおかしい……面白くなかったかな?
「ゴメン、夢の話なんか面白くないよね。」
「ううん、そうじゃないの……ただそのエルって子、年下で胸が大きかったのよね?」
えっ、そこ?、そこを突っ込んでくる?
「イヤだなぁ……夢だよ、夢。」
「夢ってね、本人の願望が現れるらしいよ?……ふーん、シンちゃんはそうなんだぁ。」
ふーん、ふーん、と言い続けるミカ姉。
たまに、自分の胸を淋しげにポンポンと叩いてる姿が、何とも言えない……ミカ姉だって、それなりにはあるのにな。
こういう時に、何を言えば分からない俺は実力行使に出ることにした。
つまり、ミカ姉を黙らせる具体的な方法……口を塞ぐ……俺の口で。
ミカ姉は少し抵抗したが、すぐに大人しくなり、逆に俺の首に手を回して、より深く求めてくる。
想いのままにお互いを求めあった後、ゆったりと時間を過ごす。
「ねぇ、これからどうするの?……エルちゃんの事。」
不意にミカ姉がそんな事を聞いてくる。
「何言ってんだよ、夢の話って言っただろ?」
「いい、シンちゃん。そのエルちゃんを助けてあげてね。あなたには力がある。空の力……それでエルちゃんを助けてあげて……お願いよ。」
ミカ姉が真面目な顔をしてそんな事を言ってくる。
どうしたんだ、ミカ姉は。
「だから夢だって言ってるだろ?」
「そうね、夢よ……でもね、今見てるのが夢じゃないって、シンちゃんは言い切れるのかしら?」
そう言うミカ姉の姿が段々ぼやけていく。
「忘れないで……あなたには空の……。」
ミカ姉の声が遠ざかる。
「いかないでくれ!」
俺は必死になって手を伸ばし、ミカ姉の身体を抱きしめる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の腕の中で、ジタバタと暴れるミカ姉……。
こういう時は………。
俺は暴れるミカ姉を自分の方へ引き寄せ、キスをする。
更に暴れるミカ姉……その振り回した腕が俺の顔にヒットする。
「あたたっ……ん?夢か……。」
痛みで目を覚ます。
俺の中にいたはずのミカ姉の姿はどこにもない。
それどころか、周りは見知らぬ風景……間違っても、あの狭い施設の部屋とは違う。
「……あぁ、そうか。」
段々思い出してくる。
「やっぱり異世界……夢じゃなかったのか。」
どかっ!
「夢よ!全部夢っ!忘れなさいっ!」
エルの怒鳴り声と共に鉄拳が降り注ぐ。
「ちょっ、ちょっと、待てっ、落ち着けっ!」
真っ赤になりながら、殴りかかってくるエル。
いったいどうしたって言うんだ。
俺は殴りかかってくるエルの腕を掴み、横へと倒す。
そして、上から覆い被さるように押さえつける。
押さえつけられたエルは、はぁはぁと息が荒い。
暴れていたせいか、顔も真っ赤だ。
しばらく睨み合う俺とエル。
「落ち着いたか?」
俺が言うと、エルはキッっと睨んだ後、すぅっと力を抜く。
「やっぱり………、いいよ、好きにして。」
そう言って顔を背ける。
って……えぇ、何、好きにしてってどゆこと!?
俺の頭の中はパニックを起こす。
上気した顔、少し荒い息遣い、呼吸に合わせて上下する、豊かな膨らみ……さっきまで見ていた夢と相まって俺の理性が吹き飛びかける。
無意識のうちに俺の右手が、その双丘へと伸び…………。
柔らかい……それが素直な感想だった。
「……んっ……アッ……イヤっ……。」
エルの声に、はっと我に返る。
何してるんだ俺は!
俺は慌ててエルから飛びのく。
起き上がったエルの瞳には涙が溜まっていた。
「バカ……。」
「ご、ゴメン!」
俺はその場で土下座し、エルの機嫌が直るまで謝り倒したのだった。
◇
「ばか、ばーか。」
「本当に悪かったって、機嫌直してくれよ。」
「ばーか。」
「そ、それより、シェラはどうしたんだ?」
俺は、話題を逸らしてみる。
「もう、とっくに出ちゃったわよ。アンタが中々起きないから、ちょっと心配して起こしてあげたのに……ば~か。」
……逸らせなかった。
「わかった。バカでいいから、とりあえずここを出る準備をするぞ。」
「ば~か……って、えっ、なんで?」
「万が一の事を考えてだ。」
「アンタ、まだシェラを疑ってるの?」
ジトっと、エルが見てくる。
「その汚物を見るような目はやめてくれ。……そうじゃなくて……ココを知ってるのはお前の『お父様』だけなんだろ?」
「えぇ、そうよ。」
「お前のいう『お父様」ってのは国王で間違いないな?」
「……まぁ、そうね。」
なんとなく歯切れが悪い……が気にしている暇はない。
「娘が誘拐された、探し出せ!と指名手配をしたのは誰だ?」
「そ、それは……王様……かな?」
「まぁ、どう考えてもそうだろうな。娘がいなくなった……近くに国王と娘だけが知っている秘密基地がある……普通は念のためと、ここまで捜索させるんじゃないか?」
「……。」
エルが黙ってしまう……。
「少なくとも、俺は指名手配されているらしいからな。念には念を入れて逃げる……エルがここに居る、と言うなら、それは構わないが……ここでお別れだな。」
俺がそう言うと、エルは一瞬悲しそうな表情で俯く。
「ばーか!アンタは私の初めてを奪ったんだから、責任取る義務があるのよ!逃げようなんて甘い考えは許さないからね。アンタにずっとついて行く……ううん、アンタが私に着いて来るのよ!」
顔を上げた時のエルはいつもと同じ……いや、いつも以上に小悪魔的な微笑みを浮かべていた。
◇
「ところで、何処向かってるのよ?」
森の中を歩きながら、エルが聞いてくる。
「……俺が知るわけないだろ。」
何せ、昨日この世界に来たばかりなので、地理が全く分からないのだ。
「呆れた!それでよく逃げようなんて言うわね。」
やれやれと言う感じでエルが言ってくる。
「エルは、どこかアテがあるのか?」
「あるわけないでしょ!バーカ。」
……理不尽って知ってる?
「なぁ、そこそこ大きい街で、近くに森がある……そんな場所はあるか?」
更に歩いたところで、俺はエルに訊ねる。
「……この森を抜けたところに街があるわ。」
「じゃぁ、とりあえずそこまで行ってみようか。」
俺達はそのまま無言で歩いていく。
どれくらい歩いただろうか……。
エルはずっと無言のままだ……気まずい。
朝方のアレ……どうやら俺は寝ぼけて、ミカ姉と間違えてエルにキスをしてしまったらしい。
……しかし、最初に会った頃の挑発的な態度と、今の様子から見るに、最初の頃のは演技で、今の方が素って事なんだろうか?
そう考えると、年相応で、見ていて微笑ましくなるな。
「何、ニタニタしてんのよ、キモチ悪い。」
エルが、イヤそうな声を上げる。
え、ニタニタしてた?
「ニタニタって……せめてニコニコ位に……ッ、すいません!調子に乗りました。」
エルに、キッ!っと睨まれ、慌てて謝る俺。
アレが王者の覇気ってやつか……って、なわけあるかっ。
心の中でノリツッコミをする程には余裕が出てきた。
「なぁ「空の力」って何のことかわかるか?」
無言で歩き続けるのも何なので、俺はエルに話題を振ってみる。
「空の力?空属性とか、空間魔法の事かしら?」
応えてくれないかとも思っていたが、エルは素直に応じてくれる。
「いきなりどうしたのよ?空間魔法なんて伝説の存在よ。過去に、建国の英雄である「大魔導師エルジャハード様」が使っていたという記録が残っているけど、それ以外での存在は確認されていないわ。」
「その空間魔法って言うのはどんなものなんだ?」
「ヘンな事聞くのね……まぁ、いいわ。空間魔法と言うのは読んで字のごとく、空間を自在に操る魔法よ。鳥が空から見下ろすように、空間全体を見回せる『神の眼』とか、空間そのものを斬り裂く『次元斬』とか、別の場所に一瞬で移動する『空間転移』辺りが有名ね。後は、色々なものを時を止めて仕舞っておける『無限収納』なんてのもあるわ。他にもあるそうなんだけど、何分、伝説上の事だけに詳しいことがわかっていないわ。」
エルが説明してくれる。
昨日の魔法の事についてもそうだけど、魔法関連の話をするときのエルは活き活きとしている。
「でも、いきなりなんで空間魔法の事なんかに興味を持ったのよ?」
エルが聞いてくる。
俺は迷ったが、ここは正直に話すことにする。
「いや、おかしいと思われるかもしれないけどな、夢の中で、俺には空の力が備わっているって言われたんだよ。」
所詮は夢だ。
馬鹿馬鹿しいと、エルは笑うに決まっている……と思ったのだが。
「そう、夢……夢ねぇ……。昨日のでは系統属性しか調べていないし、ありえない話では……。」
えるが、何やらブツブツと呟いて、思考の海へ陥っている。
「おーい、エルさんやー。帰ってこーい。」
足を止め、考えに浸ってしまったエルを揺さぶって、引き戻す。
「はっ、ご、ごめんなさ……って、何処触ってるのよっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るエル。
ちなみに、俺が触っていたのは肩だから、怒られる筋合いはないと思うが……理不尽だ。
「しかし、『夢の言う事信じるなんてバカ?』って言われると思っていたんだけどな。」
再び歩き出した俺は、エルにそう言ってみる。
「そうね、そう言う場合もあるわよ。でも、私達にとって「夢」は馬鹿に出来ないものなのよ。」
エルが話してくれた内容によると、エルたちの様な『巫女』の中には夢の中で神託を受けるという事がよくあるらしい。
それも、女神さまが出て来て、はっきりと告げる場合もあれば、抽象的なイメージの断片で、後になってから「この事だったんだ」とわかる場合もあったりするらしい。
「昨日は魔力の流れを教えるために、私の魔力も流し込んだから……そう言う事もあるかも?って。」
そう言って真っ赤になって俯くエル。
どうやら昨日密着していた事と、今朝の事を思い出してしまったらしい。
……話題を間違えたか。
「結局、俺はその空間魔法使えるのか?」
おれは、気づいていない振りをしつつ、そう訊ねてみた。
「そんなの分からないわよ。街に着いたら、必要な物買い揃えて調べてあげるわ。」
「そうか、ありがとう。」
俺は素直に礼を言う。
なんだかんだと言っても、意外と面倒見の良いこの少女に頼りっぱなしと言うのも情けないものではあるが、俺はこの世界に来たばかりなのでしょうがない、と無理やり自分自身を納得させる。
「そう言えば、買い揃えるって言ってたけど、お金は足りるのか?」
俺はふと気になってたことを聞いてみる。
いくら王族と言っても、そんな大金をいつでも持ち歩いているわけでも無いだろう。
「えっ?お金?ないわよそんなもの。」
あなたが払うに決まってるじゃない、と言うエル。
どうやら王族というものは、自分でお金を払った事が無いらしい……王族を舐めていたぜ。
「俺だって、金なんか持ってねえよ……はぁ、まずは金策からかよ。」
急に重くなった足を、気力で動かしながら俺達は街へと向かって歩き続けるのだった。