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関白宣言? それって実在するの?

 暗闇の中、俺はこっそりと進んでいく。

 ここはこの街で一番警備が厳重な領主の館。

 今も、俺の目の前を警備の兵士が通り過ぎていく。

 うーん、流石は領主様の館ってか。

 アリ一匹でも見逃さないって感じですか……まぁ、ここにすでに忍び込んでるんだけどね。

 兵士が通り過ぎたのを見計らって、俺は魔法を唱える。


 『空間転移(ディジョン)

 一瞬にして周りの景色が変わる。

 この壁の向こうが領主の部屋だ。


 ……うーん、我ながら、空間スキルの恐ろしさってものを改めて認識する。

 『空間転移(ディジョン)』があれば、どのような場所へも一瞬にして忍び込むことが出来る……厳重な警戒も意味をなさない。

 『次元斬(スラッシュ)』があればどのようなカギでも壊すことが出来る。

 また、人型程度の大きさであれば容易く急所を斬り裂くことが出来る。

 魔法抵抗も物理防御もすべて無効にして斬り裂く魔法。

 他にも離れたところを覗き見たり、空間そのものを遮断して気配を消したり……。

 こんな能力を持っていたら成功率100%の暗殺者(アサシン)の出来上がりだよ。

 俺のしょぼい能力ですらそこまでの効果があるのだ、過去に使いこなしていたという『大魔導師エルジャハード』だったら……考えたくもないな。

 少なくとも敵に回したくない。


 俺は更に魔法を唱え、領主の部屋の中へと入り込む。 

 目の前に領主がいる……机の前で何やら書類を見ている……こんな時間まで仕事とはご苦労な事だ。


 「ん?カリーナか?もう少し待ってくれ。」

 俺の気配を感じたのか、顔も上げずに領主が言う。

 俺は素早く『空間転移(ディジョン)』を唱え、領主の後ろへ回り込む。

 

 「カリーナさんじゃなくて悪いな。」

 俺は領主の腕を後ろに取り、首にナイフを突きつける。

 「賊か!」

 「それはアンタ次第だ。俺はただ聞きたいことがあって来ただけだからな。」

 「だったら正式にアポイント取ってくれ。これでも忙しい身なのでな。」

 ……この状況で軽口が叩けるとは中々だと思う……出来れば敵対したくないんだけどな。

 「悪いね、時間は取らせないよ。ベルザー卿もしくはバルザックという商人を裏で操っているのはアンタで間違いないかい?」


 「ベルザーが、どうかしたのか?」

 領主が何のことか分からないって感じで聞き返してくる。

 とぼけてるとかそう言う感じではない。


 「私も聞きたいわ。ベルザーが何やったの?」

 ッツ!

 俺は咄嗟に『空間転移(ディジョン)』を唱え領主から距離を取る。

 俺のいた場所に数本の針が突き刺さる。

 「あら、素早いのね。」

 「カリーナか、助かった。」

 カリーナと呼ばれた女性は領主を庇うように立ち、俺と睨み合う。

 

 「ミネアさん……。」

 思わず俺の口から言葉が漏れる。

 カリーナの姿は、エルの母親のミネアとよく似ていた。

 

 「ミネアを知ってるの?」

 俺の言葉を聞き咎めて、カリーナが問うてくる。

 そう聞いてくるって事は、ミネアさんと何らかの関係があるに違いない。

 ……クソッ、計算違いだ。

 こうなったら、事実確認だけして出直すか。


 「一つだけ聞きたい。ファルグ準男爵の事を知っているか?」

 「我が領内の貴族だな。1年ほど前に亡くなったと報告を受けた覚えがあるが、それがどうかしたのか?」

 「それだけか?残された家族の事とか何も知らないのか?」

 「何も聞いておらぬ。俺からも見舞金を出したし、年金も出ているから、贅沢をしていなければ不自由なく暮らしているはずだが?」

 嘘を言ってるわけでも無く、とぼけているわけでもなさそうだ。

 隣にいるカリーナさんも、こちらを警戒しつつ頷いている。

 ……領主はシロか。

 

 「分かった。どうやら関係なさそうだな。」

 俺はナイフをしまって敵意のない事をアピールしてみる。

 ……まぁ、領主の館に忍び込んでナイフを突きつけたんだから処刑されても文句言えないけど、何とか逃げ出さないとな。

 「私の質問にも答えて頂戴……あなたの言った『ミネア』って誰の事?」

 俺は隙を見て逃げるつもりだったが、カリーナさんの隙が見当たらない上、そんな事を聞かれる。

 「ハッシュベルグのミネアさんだ。これ以上は状況が分からない限り話せない……捕まる気もないしな。」

 俺はじりじりと壁の方へ動く。


 「……分かったわ。ここは手打ちにして腹を割って話をしましょう。私も色々聞きたいし、あなたも聞きたいことがあるのでしょう?」

 カリーナさんがそう提案してくる。

 俺としては願ってもない話だが信用できるのか?

 それ以前に領主がその提案を黙って飲むのか?

 俺は領主へ目を向ける。

 「クロードもそれでいい?」

 俺の意図を察したのか、カリーナさんが領主にそう問いかける。

 「あぁ、カリーナが言うなら、それでいい。」

 って、いいのか?


 「……曲りなりにも、領主にナイフを突きつけたんだぜ、それでいいのか?」

 「……カリーナが手打ちにするって言ってるんだ。……お前はどうするんだ?」

 「……ミネアさんには借りがあるからな。その関係者っぽいカリーナさんとは出来れば友好関係を結びたいところだよ。」

 

 ◇


 「あなたの事とか、何故ここに忍び込んだとか聞きたいことは色々あるけど、まずはミネアの事を話してちょうだい。あの子は今どこにいるの?」

 場所を執務室から窓際のテラスに移動し、お茶を用意すると、カリーナさんが早速聞いてくる。

 ちなみに、カリーナさんは領主のクロードさんの奥さんだそうだ。

 いつもこの時間に、夫婦でお茶を飲みながら語らう一時を過ごしているらしい。

 仲が良くて結構な事だ。

 「……カリーナさんとミネアさんの関係は?ミネアさんの事をどこまで知っている?知っているかどうか分からないが難しい状況なので下手な事は話したくないんだ。」

 質問に答える前に、俺はそう言っておく。

 場合によってはエルの事を知られないようにしなければならない。


 「……そこまで言うって事は、それなりに深い事情を知っているみたいね……いいわ、腹を割ってって言ったのはこっちなんだし、私の方から情報を開示しましょう。」

 そう言ってカリーナさんはお茶に口をつける。

 「ミネアは……私の妹よ。娘がいるのも知ってるわ……そろそろ成人を迎えるのではなくて?」

 「ハッシュベルクが内乱で国が割れているという情報が入っているから、カリーナは心配しているんだ。」

 カリーナさんの言葉を引き継ぐようにクロードが口を出す。

 「ミネアさんの旦那さん……というか、その子の父親の事はご存じで?」

 「地位のある貴族としか聞いてないわ。もう会う事もないって言ってたから、それ以上の事は……。」

 ……誤魔化す必要もないが、とりあえず伏せておいた方がいいか。

 俺は言葉を選びながら話すことにする。


 「俺は今、ミネアさんの娘と旅している。ミネアさんは俺達を命がけでハッシュベルクから脱出させてくれてそれっきり……あのタイミングではおそらく……。」

 「そう……。」

 カリーナさんはそう呟いたきり、黙ってしまった。


 「ところで、シンジは何しにここへ来たんだ?」

 話題を変えようと思ったのか、クロードがそう聞いてくる。

 「あぁ、それは……。」

 俺はグランベルグの遺跡で、トラップに引っかかりこの国へ飛ばされた事。

 そこであったのがレムという女の子でファルグ準男爵の忘れ形見だという事。

 ファルグ準男爵の残された家族の現状と、バルザックという商人が行った事などを話す。


 「……というわけで、そのバルザックがベルザー卿、ひいては領主が裏にいるというから、真相を確かめに来たんだよ。」

 「……そうか。ところで、もし俺が、そのバルザックの言うように裏で糸を引いてたとしたらどうするつもりだったんだ?」

 クロードがそんな事を聞いてくる。

 冗談かと思ったが、目が本気だ。

 「見ての通り、俺は厳重な警戒をかいくぐってここに来た。つまり殺そうと思えばいつでも殺せる……って事を伝えて脅して手を引かせるつもりだったよ。」

 「そうか……確かにあの手際なら可能だろうな。」

 「それより……本当の所はどうなんだ?」

 事は俺達の今後にもかかわる事なので、はっきりさせておきたい。

 「こればっかりは、信じてくれとしか言えないが、俺は係っていない……初耳だよ。領主として恥じ入るばかりだ。しかし、知ったからには放っておけない。」

 クロードはどこかに連絡すると、しばらくして一人の男が入ってくる。

 「ラング、ベルーザの近辺を洗え。後、バルザックという商人との関係もだ。バルザックは屋敷の地下で埋められているらしいから、秘密裏に憲兵に捕らえさせてきてくれ。」

 ラングと呼ばれた男は、クロードに一礼するとさっと部屋を出ていく。


 ……これは取りあえずカタが付いたって事でいいんだろうか?

 「じゃぁ、俺はこれで……。」

 「待って。」

 席を立とうとする俺をカリーナさんが呼び止める。

 「ミネアの娘……エルフィーも近くにいるのよね?」

 「あぁ。」

 「今度……5日後がいいわね、エルフィーと一緒に訪ねてきて頂戴。モチロン正面からね。」

 「……エルが行くって言えばな。」

 「あら、エルフィーが上位なの?」

 カリーナさんが笑いながら言う。

 「女性上位はどうやら血筋のようだな。」

 俺も笑いながら言い返す。

 クロードが苦笑している。

 「取りあえず、説得はしてみる。……今回は色々迷惑かけたから土産を持ってくるよ。」

 「楽しみにしてるわね。」

 俺がそう言うと、カリーナさんはにっこりと笑って送り出してくれた。

 その笑顔はミネアさんを思い出させた。



 ◇


 「ただいま……っと。」

 俺がレムの家のドアを開けた途端、飛びついてくる者がいた。

 「シンジさん、どこ行ってたのよ!」

 「リオナ、寝てなくて大丈夫か?」 

 「……大丈夫よ。何かしてた方が気がまぎれるし……。」

 「そうか……取りあえず、中に入っていいか?」

 「うん……エルさん寝ているから静かにね。」

 俺が中に入ると、部屋の真ん中に簡単に食べられる食事が用意されていて、そのそばで眠っているエルの姿があった。

 「私が起きたら、すでにこういう状態で……シンジさんの姿は見えないし、エルさん起こすのも躊躇われたし。」

 「そうか……リオナはお腹すいてないか?」

 「ウン、あまり空いていない。」

 「そうか、だったらこれは明日の朝食べることにしよう……。悪いけど、エルをこのまま泊まらせてもらえるか?」

 「構わないけど、シンジさんはどうするの?」

 「宿に戻るよ。」

 「もうこんな時間だし空いてないよ。……シンジさんも泊っていきなよ。」

 「でもなぁ……。」

 「お願い!エルさんも起きた時にシンジさんがいないと困ると思うし、私も……出来れば今夜は傍にいて欲しい……。」

 リオナの言葉は最後の方が小さくよく聞き取れなかったが、とにかく泊って行って欲しいという必死さは伝わった。

 「分かったよ……じゃぁ、この部屋の片隅を借りるよ。」

 「……ウン、ありがとう。」

 俺は収納から毛皮を出し、エルにかけてやる。

 そして俺の分も取り出すと部屋の片隅で蹲る事にする。

 「どうした?」

 リオナが、所在なさ気にしているので声をかける。

 「うん……えーと、私も近くで寝ていいかな?」

 「じゃぁ、エルの横で寝るといいよ……。」

 どうしようかと思たが、あんなことがあった後だ、誰かが傍にいた方が安心できるのだろう。

 俺はもう一枚毛皮を出してやる。

 「エルは抱きつく癖があるから気をつけろよ。」

 和ませるためにそう言ったのだが、リオナの反応は冷たかった。

 「ふーん、抱き着くのを知っているんだ?」

 ……えーと、あれ?俺何か間違えた?

 「おやすみっ!……フンだ。」

 なぜか不機嫌になったリオナにおやすみを言って俺も休むことにする。

 

 そう言えば、リオナにもう大丈夫だって事を伝えてなかった。

 ……朝起きたら、レムとリオナに、今後の事は心配ないと伝えてやらないと。



 ◇ 

 

 「……というわけで、バルザックは捕まったから。」

 俺は昨日の顛末をネリィさんとレムとリオナに話す。

 細かい所はぼかして、適当に話を作っておいた。

 まさか領主の館に忍び込んだとは言えないからな。

 ……エルを見ると、何か言いたそうにしているので、バレていそうだけど。


 「本当に何から何までお世話になりっぱなしで……。」

 ネリィさんが頭を下げる。

 「気にしないでください。レムちゃんの為ですから。」

 エルがネリィさんにそう答えている。

 「でも、なんのお礼も出来ず……。」

 「そう思うのなら、今は安静にして、早く元気になってください。私はレムちゃんの笑顔が見たいの。」

 エルは笑って言う。

 見た感じ、ネリィさんの体調は良さそうだ。

 ずっと寝ていたので体力は落ちているだろうが、しっかりと食べて安静にしていれば、1週間程で、普通通りに動ける様になるだろう。

 リオナとレムにそう伝えると、二人は手を取り合って喜んでいた。

 「取りあえず、1週間後に様子を見に来るから、二人はお母さんの世話をしっかりとすること。……後、大丈夫だと思うけど、4~5日は二人とも外に出ないように。」

 領主の仕掛けた大掃除に巻き込まれたら意味がないからな。

 俺は1週間分の食材と薬草類を収納バックに入れてリオナに渡す。

 「じゃぁ、何かあれば遠慮せずに宿の方まで来てくれ。」 

 そう言い残して、俺とエルはレム達の家を後にする。


 ◇


 「それで?本当の所は?」

 宿につくなり、エルが質問をしてくる。

 カリーナさんの招待の事もあるし、ここは正直にはなしておくか。 

 「えーと、怒らないで聞いてね。」

 俺はエルに昨夜の事を話す。

 

 「領主の館に忍び込んで、襲ったぁ?アンタバカでしょ!」

 ……正直に話したら怒られた。

 「まったく、なにやってんのよ、もぅ……。」

 「あー、それでな。領主の奥様から招待を受けた。エルを連れて5日後に訊ねて来いって。」

 「はぁ?なんでそうなるのよ?」

 エルが呆れた声を出す。

 「うーん、何て言えばいいか……簡単に言えば、領主の奥様、カリーナさんって言うんだけど……。」

 「ウン、それで?」

 「……お前の伯母さんだ。」

 「はぁ?」

 

 室内に、エルの呆れた声が響く……。


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