生首が並んでるのって、シュールだよね?
「ヒールをかけた後、落ち着いてたんだけど……。」
エルが青ざめた顔で俺に言う。
ベッドに横たわるネリィさんは苦しそうにしている。
そのそばで、必死に呼びかけているレムとリオナ。
「どうしよう……どうしたらいい?」
エルが泣きそうになっている。
「落ち着け。エルが取り乱してたら助けれるものも助けれなくなるぞ!」
俺はエルの頬を軽く叩くようにして両手で包み込む。
エルは俺の手に、自分の手を添えて俯いていたが、やがて顔を上げ、俺をしっかり見据えてくる。
「シンジ、ネリィさん助けることできるよね?私どうすればいい?」
エルの瞳には、必ず助けるんだ、と決意の光が宿っている。
「いいか、エル。魔法はイメージだって話をしたよな?」
「ウン、遺跡の古文書に書いてあった奴だよね。」
「そうだ、そして、回復魔法もイメージがしっかり持てるかどうかで効果が変わるんだ。」
俺はそこで一呼吸置く。
「病気というは、目に見えない小さな生き物が、身体の中に入って悪さをするから起きるんだ。だから、ヒールによって細胞が活性化して怪我は治せたけど、同時に、その悪い生き物も活性化したために病の症状が悪化したんだ。」
「じゃぁ、私がヒールをかけたから……。」
エルがショックを受ける。
「そうじゃない。あそこでヒールをかけなければ、怪我が悪化してネリィさんは助からなかった。だからそれは間違いじゃないんだ。後は、その悪い生き物を取り除くイメージで治癒魔法をかけるんだ。」
「……私に出来るのかな……。」
「出来る出来ないじゃない。やるんだよ……ネリィさんを助けたいなら。……俺も手伝うから。」
俺はエルと一緒にネリィさんの傍へ行く。
「シンジさん……お母さんが、お母さんが……。」
レムが泣きながら、それでもネリィさんの手を放さずに俺に訴えかけてくる。
「分かってる……任せておけよ。エルの回復魔法は凄いんだからな。」
「エルさん……お願いします。お母さんを助けてください。」
「お願いします。……見ず知らずの方にこんな事お願いできる義理ではないですが、お母様が助かるなら、私なんでもしますから。」
レムの続いてリオナも頭を下げてくる。
「やってみる……シンジ……お願い。」
エルが俺を見る。
俺はエルの手を、ネリィさんの胸元へ導き、そこに俺の手も重ねる。
そしてエルの身体を後ろから抱きかかえるようにする。
この方が、なんとなくイメージが伝わりやすいと思った。
「いいか、エル。ネリィさんの身体の中に巣くう悪い生き物を追い出すイメージだ。」
エルにそう伝えながら、俺自身も病気の菌を追い出し消滅させるイメージを想像する。
俺の身体とエルの身体から其々魔力が流れていくのを感じる。
そしてその魔力が手の先で一つになる。
「「病よ消え去れ……『治癒の光』」」
手の先がぼぅっと輝いて、光がネリィさんの身体全体を包み込む。
そして、その光がネリィさんの身体へと吸い込まれる様にして消えていく。
「…………。」
俺とエルはしばらくネリィさんの様子を窺う。
やがて、荒かった呼吸が穏やかなものへと変わっていく。
「……ふぅ。」
エルの身体から力が抜け、崩れそうになったので、俺は慌てて抱きとめる。
「ありがと……もう大丈夫だよね?」
エルが俺を見上げて聞いてくる。
「あぁ、よくやったよ。」
「……良かった。」
エルの顔が満足そうに微笑んだ。
「あの……お母さんは……。」
レムが心配そうに訊ねて来る。
「もう大丈夫よ。体力が落ちていると思うから、しばらくは安静にして無ければいけないけど、栄養のある物を食べてぐっすりと休めば、すぐにでも健康な体になるわよ。」
エルが、レムの頭を撫でながらそう言うと、レムはエルにしがみついて泣き出す。
「エルさん、ありがとうございます……ぐす……。」
「……シンジさん、ありがとうございます。私だけでなくお母様まで……この恩は一生忘れません。……今は何のお礼も出来ませんが、私に出来る事なら何でも……。」
リオナが礼を言ってくるが、その身体は小刻みに震えている。
「まぁ……その、なんだ……。リオナもよく頑張ったな。」
「……うっ、ううっ……。」
目に一杯涙を貯めて、それでも必死になって堪えているリオナを、俺は優しく抱き留めてやる。
「……怖かった……怖かったの。あいつらに好きにされて、お母様もいなくなったら……うぅぅ……。良かったよぉ……、ありがと……。ぐすっ……。」
俺とエルは、リオナとレムが泣き止むまでその場で二人をあやしていた。
◇
「二人ともぐっすり眠っているわ。」
「まぁ、色々あったからな。とりあえず休ませておこう。」
あれから、リオナとレムが泣き疲れて眠ってしまったので、奥のベッドに寝かせ、しばらくの間、エルの様子を見てもらっていた。
「その……リオナさんは……大丈夫だったの?」
ベッドに運んだ後、リオナを着替えさせるときに、鞭の跡があったのをエルは気にしていた。
傷そのものはエルがヒールをかけて癒したので今は残ってないが、何があったのか気になっていたのだろう。
「あぁ、大丈夫だ。……ミリアの時よりはマシって程度だけどな。」
ミリアもリオナも、身体は大丈夫だったが、精神の傷まではどれくらいの深さなのかは分からない。
そして、当事者でない俺達に出来る事は少ない。
「ミリアの時も思ったんだけど……こういう時、私に何が出来るのかな?」
エルも同じことを考えていたのか、そんな事を言ってくる。
「そうだな、俺にもわからん。……出来る事は何もないかもしれない。ただそばに居てやる事しか思いつかないな。」
「そっか……。」
俺の言葉にエルも黙り込む。
「……俺が別の世界から来たって話をしたよな?」
「ウン……。」
何を話し出すのかと、不思議そうな顔で見てくるエル。
「向こうの世界でも似たようなことがあってさ……施設で一緒に暮らしてた、一つ上の女の子……。」
俺は、ミカ姉に起きた事件の事をエルに話す。
「……結局、俺に出来たのはずっとそばに居てやる事だけだったよ。それでも、最近は俺には笑顔を見せてくれるようにはなったんだけどな。」
誰にも話す気はなかった筈なのに、何故エルに話したのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、話すことによって「頑張ったね」と言ってもらいたかったのかもしれない。
「そっか……でも、そのお姉さんはシンジがいたから救われたんだと思うよ。」
エルはそいう言いながら、俺の頭を撫でてくる。
……これは、単にエルに甘えているだけだな……情けない。
情けないと思いつつも、エルが撫でてくれる感触は心地よかった。
◇
「さて、そろそろ行ってくるか。」
レムの家を直し、食材を用意したところで、俺はエルにそう告げる。
「行くってどこへ?」
エルが不思議そうな顔で聞いてくる。
そう言えばエルには何も話してなかった。
「あぁ、リオナを攫った奴ら、埋めたままなんだよ。」
あいつらをどうにかしないと、リオナやレム達はまた同じことの繰り返しになる。
「ちょっと尋問してくるから、エルはここで食事の用意をしてやってくれ……ひょっとしたら朝まで起きないかもしれないけどな。」
レムはともかくリオナは精神的にも休息が必要だと思う。
「いいわよ、起きるまで待ってるから……それより気を付けてね。」
「大丈夫だ、色々アイテムも揃えてあるからな。」
俺はそう言って、暗くなってきた街の中を、バルザックの屋敷へ向かって駆けだしていく。
「さて……と、生きてるかな?」
まぁ、半日程度生き埋めにしたからと言って死ぬわけもないだろうが。
俺が地下室に行くと生首が六つ……シュールな光景だ。
取りあえず色々聞かなきゃいけないので猿轡を外す。
「貴様っ!誰かっ!誰かおらぬのかっ!侵入者だっ!」
口が自由になった途端、大声で叫び出すバルザック。
「あー煩いな。叫んでも無駄だよ。この部屋全体に沈黙の風の魔法をかけてあるから。」
俺はそう教えてやるが、信じてないのか、「誰か!誰か!」と騒ぎ立てるバルザック。
あまりにも煩いので、静かになるまで蹴ってやる。
リオナにした事、しようとしていた事を思えば、これでも優しい方だと思う。
「さて、色々聞きたいんだけど……あの親子の借金って言うのはお前が裏で糸を引いてるんだろ?父親にも手をかけたんだろ?」
「話すと思っているのか?」
「まぁ、アンタじゃなくても他の奴が教えてくれればいいんだけどな。」
俺はそう言って手下の男達を見るが、一様に黙っている。
「フム……話しやすくなるようにしようか……どれがいいかな?」
俺はポケットや収納から、色々なものを取り出す。
「俺の国では、殺す前に酒を飲ませてやるって風習が昔あったらしいけど……飲むか?」
俺はそう言ってアルコール度90度以上まで蒸留した酒を男の頭からかける。
「そう言えば、この酒って燃えるんだよね?試してみる?」
指先に小さな炎を灯しながら、その男に聞いてみる。
しかし、その男は恐怖に顔がゆがんでいるが何もしゃべらない……。
「火をつけたら……喋る前に死んじゃうかな?……でも、一人でも生きてればいいか?」
俺はそう言って指先の火を床に染みているアルコールにつける。
一気に火が燃え上がり、男の顔を炎が包み込む。
『水の浮き球』
俺はすぐさま水の塊を男の顔に落とし火を消してやる。
元より殺すつもりはない。
すぐ消えたので軽い火傷程度で済んだはずだ……まぁ、髪の毛に関してはパンチパーマみたいになっているけど、諦めてもらおう。
「喋る気に……って気を失ってるよ。」
仕方がないので、ターゲットを隣の男に変える。
「君は素直にしゃべってくれるのかな?」
俺はそう問いかけるが、男はガタガタ震えるだけで、何もしゃべろうとはしない。
「うーん、下手に喋ったら後が怖いのかな?……だったらやっぱり親玉に話してもらうしかないか。」
俺はバルザックの前に戻って来る。
そして目の前に籠を出してみせる。
「お腹すいただろ?これ食べるか?」
籠の中には、体長10㎝位の蜘蛛が十匹ほど入っている。
ここに来る途中に捕まえて来たモノだ。
一応毒があり、噛まれると身体が痺れて動けなくなる。
1匹出して顔の前においてやると、蜘蛛はカサカサと動き出す。
「それともこっちがいいか?」
俺は別の籠を取り出し、中の物を1匹出して目の前に置いてやる。
ヤム―という、体長10㎝位のトカゲによく似た生き物だ。
尻尾の先に毒があり、獲物を毒で動けなくして捕食する。
この毒は致死性は低いが、刺されると大きく腫れ上がり、熱を持つ。
バルザックの目の前で、蜘蛛とトカゲが睨み合っている。
少しでも動くと刺されたり噛まれたりする可能性があるので、バルザックはピクリとも動けなくなった。
また、そばの男たちも、自分の方に来ないようにと、じっと黙り込んでいる。
蜘蛛が動くとその脚先がバルザックの鼻先をかすめたのか、大きなクシャミをするバルザック。
その音に驚いてバルザックを噛もうとする蜘蛛と尻尾を突き出すトカゲ。
「ヒィッ!」
バシッ!
バルザックが噛まれる前に、ヤム―もろ共叩き潰す。
潰れた時に出た体液が、バルザックの顔にかかる。
「話す気になったか?」
「き、気様ぁ!儂にこんなことをして……ベルザー卿が黙っておらぬぞ!」
「はーん、ベルザー卿ってのに指示されたのか?それともあんたの一存か?」
「儂に何かあれば、貴様なんぞ、ベルザー卿によって処分されるわっ!」
「答えろよ。場合によってはベルザー卿を潰してやるよ。」
俺は馬鹿にしたように笑ってやる。
「バカな事を!ベルザー卿に手を出したら領主が黙っていないぞ。そうじゃ、貴様は領主を敵に回したんだぞ。どうだ?今謝ればとりなしてやってもいいぞ。モチロンそれなりのものは頂くがな。」
グフグフと嗤うバルザック。
「領主ねぇ……じゃぁ、ちょっと行って話付けて来るか。」
「フンッ、貴様なんぞが領主に会えるものか。今謝れば許してやらんこともないぞ、だからサッサと出すのじゃ。」
「うるさいよっ!」
俺はバルザックの頭を踏みつける。
「最後にもう一度聞くぞ。領主やベルザー卿の指示で動いているのか?それともお前の独断か?」
しかし、バルザックは黙ったまま答えない。
「まぁいいさ、直接聞きに行ってくるよ……トカゲのしっぽ切りされないことを祈ってるんだな。」
俺はそう言うと、男たちに猿轡をしてから地下室を出ていく。
「はぁ……領主かぁ……話が大きくなって来たなぁ。」
俺は誰にともなく呟いた。
「まぁ、最悪はこの国から逃げればいいか。」
レム達親子も連れてこの国を出て、どこかでひっそりと暮らせばいい。
あの親子も殺されるくらいなら逃げることを了承してくれるだろう。
何だったら一緒にグランベルクまで連れて行ってもいいしな。
「っと、ここだな。」
俺はひときわ大きな館の前で立ち止まる。
流石は領主の館だ。
大きさも半端ないが、警備もしっかりしている。
「さぁ、もう一仕事しますか。」
俺は闇に潜んで館に侵入を試みた。
うーん、中々話が進みません。
というより、レムは道案内が終われば用済みのキャラだったはずなんですが……どうしてこうなった?
※ いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
この場を借りて御礼申し上げます。




