吊り橋効果、再び……。
「シンジさん、エルさん、お願いです……助けてください。」
レムが駆け込んでくるなり、そう言った。
「大変なんです。お願いです。お母さんが……お姉ちゃんが……。」
「レム、落ち着いて、……ゆっくりでいいから、何があったか話してくれる?」 エルが、レムに冷たい果実水を渡す。
「……ゴク、ゴク……ふぅ、ゴメンナサイ。でも大変なんです。助けてください、お願いします。」
果実水を飲んで一息ついたレムだが、すぐさま頭を下げてくる。
「取りあえず、話を聞かない事には何ともしようがないんだが……。」
「シンジ、話は移動しながら聞きましょ。レムちゃんがここまで取り乱すんだもの。グズグズしてたら手遅れになるかも?」
「それもそうだな。レム、案内しながらでいいので説明を頼む。」
俺達は、食事を早々に切り上げ、レムについて行った。
レムの話を簡単にまとめると、借金取りが取り立てに来たという事だけの話だった。
ただ、元々亡くなったレムのお父さんの借金というのは、騙された物らしい。
しかし、しっかりとした書類が残っている為、どうしようもなく、毎月細々と利息を支払って凌いでいるとの事だった。
そして、今月の支払いまではまだあるはずで、こんな風に強引に来ることは今までなかったという。
「取り立てに来た人が、家の中で暴れて、お母さんを殴って……お姉ちゃんが私をそっと逃がしてくれたんです。」
「うーん、状況次第だけど、解決は難しいかもな。」
「取りあえずレムとお母さんお姉さんの安全だけでも確保しようよ。」
レムの話を聞いて頭を悩ませていると、エルがそう言ってくる。
「そうだな、取りあえず助けてから考えるか。」
あまりいいやり方ではないが、最悪借金の肩代わりという手も使える。
「あ、ココです……お母さんっ!」
レムが家の中に飛び込んでいく。
開け放たれたドアの向こう側に倒れている女性が見えた……おそらくあれがレムの母親だろう。
「お母さんっ!しっかりして!眼を開けて!」
半狂乱のレムを女性から引き離す。
代わりにエルが近づいて、様子を見る。
「酷いわね、これは……『癒しの光」
母親の身体の至る所に蹴られた跡であると思われる痣が無数にあった。
エルの癒しの光が母親を包んでいくと、ゆっくりと痣が消えていく。
「取りあえずベットまで運ぶわ……シンジ手伝って。」
俺はレムの母親を抱きかかえると、奥のベッドまで運び寝かせる。
さっきまでの切れ切れの呼吸よりはマシになっているが、譫言の様に「リオナ……レム……」と、娘たちの名前を呼んでいる。
病弱な体に暴行を受けたのだ。
一足遅ければ死んでいてもおかしくない状況だ。
しかも、この様子では、姉の方は連れていかれたっぽい。
「エル、ココは任せていいか?」
「ウン、大丈夫。……必ず助けてあげてね。」
「あぁ、任せておけ……。レム、案内してくれ。」
本当はレムも残していきたかったのだが、俺だけでは相手の名前も顔も分らないので仕方がなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お母様、薬が出来たわ………飲める?」
私は、ベッドに横たわる母を介助しながら上体を起こし、薬を飲ませる。
お父様が亡くなってから1年が過ぎた。
あの時……お父様が亡くなった直後に、商人のバルザックが証文を持ってやってきた。
この屋敷は借金のカタに差し押さえるから出ていけ……と。
バルザックの話では、生前にお父様が投資した事業が失敗し、多額の借金があったというのだ。
下級とはいえ、それなりに貯えがあったはずの財産も全て差し押さえられていた。
幸いと言っては何だが、母のネリィは庶民の出だったため、屋敷を追い出されて途方に暮れるという事は無く、何とか働き口を見つけて、私達を養いながら借金の返済をしていた。
しかし、お父様を亡くしたショックに、借金、私達の養育、慣れない仕事と、幾重にも心労が重なったことにより倒れてしまった。
私は、ギルドにいる知人の口利きで、日々雑用をこなしながら細々と日銭を稼ぐのだが、私の稼ぎなんてたかが知れていて、お母様の薬代どころか、その日の食糧を確保するのがやっと、という状態だった。
妹のレムも森に行って薬草や食べる事の出来る食材を確保してくれている。
最近では、採集の腕が上がったのか、高品質の薬草を持って来てくれるようになったので、お母様の薬も少しづつ効果が出始めている。
また、ここ1週間ほど、毎日の様にウルフのお肉や珍しい食材などを大量に持って来てくれるために、お母様にも栄養のある物を食べさせることが出来ている。
おかげで、お母様の体調も良くなってきているのだが、何故レムが大量の食材を持ち帰ることが出来るのだろう?
何か悪い事に手を染めてなければいいが……と、レムを問い詰めた事がある。
レムは親切な冒険者さんが、毎日森へ連れて行ってくれ、更に斃した獲物を分けてくれると言っていた。
その冒険者は下心があるのか、単にお人好しのバカなのか……取りあえず、レムに騙されないように気を付けるようにと言い含めておく。
今日も、その冒険者たちと出かけると言っていたからね。
ダンダンダンッ!
激しくドアを叩く音がする。
「早く開けろや!」
ドガッ!
ドアが蹴破られた。
「おぅおぅ!借金の取り立てに来たぜ!」
乱暴に家に押し入ってきたのはバルザックの手下だ。
いつもバルザックの後をついて回っているのを見かける。
その後に3人の男が続いて入ってくる。
「そ、そんな……支払期限はまだのはずです。」
お母様が答える。
「そんな事は知らねぇよ!サッサと出しな!」
「やめてください!」
お母様を突き飛ばす男。
それに対して必死に抵抗を続ける母。
私はそっと裏に回り、レムを呼ぶ。
台所にいたレムの事は、奴らは気づいて無いはず。
「レム、私が何とか時間を稼ぐから、あなたはギルドに行って助けを呼んできて。」
でも、レムは家の中を見て、動こうとしません。
「グズグズしないで!お母さんを助けられるのはあなただけなのよ!」
私がそう言うと、レムは意を決したように走り出していきました。
これで大丈夫。
少なくともレムだけは守ることが出来たわ。
レムがギルドに行っても助けなんか来ないだろう。
でも、事情を知っている人たちなら、レムを保護するくらいはしてくれるはずだ。
後はお母さんを守らなきゃ……。
私は家の中へ入り、バルザックとお母さんの間に割って入る。
「やめて!」
「何だ、嬢ちゃんか。引っ込んでろ……いや……いいぜ。」
その男は舌なめずりをしながら私を見る。
嫌らしい目だと思う。
「お前が大人しく来るなら、ココは引き上げてもいいぜ。」
男はニタニタと嫌らしく笑います。
私を見る目ツキが、何か品定めをしているようで気持ち悪い。
「どこいけばいいの?」
お母様を見ると、かなりの暴行を受けた様で意識を失っています。
これ以上手出しをされたら、お母様が死んじゃう。
「バルザックさんの所に決まってるだろ?」
ゲへへと笑いだす男たち。
「分かったわ……案内して。」
ついて行ったら碌な目に逢わないというのは分かってる。
けど……他に選択肢がないのだからしょうがない。
◇
「バルザックさん連れて来やしたぜ。」
「ウム、ご苦労だった。」
手下の男は、私をバルザックの前に突き出すと、そのまま後ろに下がる。
「さて、ネリィの娘よ……リオナとか言ったな。」
バルザックが私に近寄ってくる。
私の身体を舐め回すように見ている……気持ち悪い。
「そう警戒しなくてもよい。大人しく儂の言う事を聞くのなら、借金の返済をしばらく待ってやってもいいぞ。」
こいつの言う事は碌な事じゃない。
それはわかっていても、私には頷く以外の道はなかった。
◇
ピシッ!
「ウッ……」
ピシッ!ピシッ!
「あ……ぅ……。」
「ほら、どうした、泣き叫べ!」
私は今、縛られて磔にされている。
その私の前で、下種な笑い声を立てながら、鞭を振るうバルザック。
何度も鞭で打ち据えられて、私の着ている服はボロボロ、露出した肌は赤く腫れあがっている。
胸元を隠す布が辛うじて残っているが、これはバルザックがわざと残している。
少しでも身じろぎすると、布がずれて私の胸が、露わになり、バルザックや、その手下たちに見られてしまう。
そんなのはイヤだ……私の顔は羞恥で赤く染まる。
私のその反応を見るのが面白いらしく、バルザックはギリギリのところを責めてくる。
バルザックも、その手下たちも、下へ下へ、と下品な笑い声をたてている。
「バルザックさん、そろそろ一気に行っちゃいましょうや。もう我慢の限界ですわ。」
「何を言っておるか、この恐怖と羞恥で歪む顔が楽しいのではないか……ほらほら。」
ピシッ!
バルザックの振るった鞭が私の胸を覆っていた布を弾き飛ばす。
私の胸が露わになるが、手足が縛られているため隠すことも出来ない。
羞恥で真っ赤になっている顔を背けるのが精一杯だ……誰か、助けて……。
「おっと、手元が狂ったわい。」
「おぉー、結構大きいなぁ……バルザックさん、触ってもいいですか!」
「まだ待つのじゃ!」
私の胸を見て興奮する男たち……もういや……このままだと、私はアイツらの……。
「イヤぁ―!イヤっイヤっ!」
私は必死に逃れようとするが、しっかりと縛られ押さえられている手足はピクリとも動かせない。
その私の動きに触発されたのか、野獣のような目をした男たちが近づいてくる。
バルザックの手が伸びて私の胸を鷲掴む。
「イヤぁ―――――――――!」
私はこれからの事を想像し、恐怖で泣き叫ぶ。
しかし、バルザックの手は止まらない。
「おぉ、これは中々……。」
不意にバルザックの動きが止まる。
目の前のバルザックが、ゆっくりと崩れ落ちていく。
……何だろう。
何が起きているのかは分からないけど、バルザックに襲われるのは回避できたのだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「シンジさん、こっちです!」
俺はレムの案内でバルザックの屋敷に向かう。
レムの話によれば、借金の取り立てに来ているのは、バルザックという商人で、貴族との繋がりもあって、今街の中では絶大な権力を持っているとのことだった。
レムの姉のリオナはしらない事だが、バルザックがリオナを狙っているって事はギルド内では周知の事実らしい。
毎日出入りしている、リオナの耳に入らないようにしていたらしいが、レムは何度か耳にしたことがあるとのことだった。
まぁ、ここまで聞けば、バルザックという商人が、リオナを手に入れるために嵌めたんだってことは馬鹿でもわかる。
下手したら、レムたちの父親の借金や死因もバルザックが関わっている可能性がある。
「ここです。」
大きな屋敷の前でレムが止まる。
「分かった。後は俺が何とかするから、レムは家に帰るんだ。」
「でも……。」
「お母さんをあのままにしておいていいのか?目が覚めた時、知らない人しかいなくて、レムもお姉さんもいないとなったらどう思う?」
「それは……分かりました。……シンジさん、お姉ちゃんをお願いします。助けてくれるなら……私なんでもしますから。」
「……女の子が気軽に「何でもする」って言っちゃいけないよ。」
「気軽じゃありません!お姉ちゃんが助かるなら、私……私……。」
レムの瞳に涙が溜まる。
「分かったから、早く帰ってお母さんを安心させてやりな。」
俺はレムの頭を撫でると、軽く背中を押してやる。
「さて……何処に囚われてるか?」
俺は空間スキルの一つスヌーピングのスキルを発動させる。
これは、以前から何となく使えた「離れた場所を見ることが出来る」スキルだ。
俺のしょぼい力では壁の向こう側を覗き見る位しかできないが、探索スキルと組み合わせればそれなりに役立つ。
まずは、屋敷の外側から塀の中を覗き見る。
辺りに人がいないのを確認すると、空間転移を使って、中へ入る。
そのままぐるっと屋敷を一回りしながら、中を覗く。
使用人以外誰もいなかったが、それ以外の人間の気配を感じる。
「1~2階に姿が見えないって事は、地下か?」
俺は、人の動きを確認しながら、地下への通路を探す……あった。
『空間転移』
俺は屋敷の中に入ると、もう一度『空間転移』を唱え、地下への通路へと進む。
直ぐに扉に行きつく。
俺はスヌーピングのスキルで中を覗き込む。
中では磔にされた女の子……これがリオナだろう……がいた。
その少女に鞭打つ下衆な男とその取り巻き達。
すぐに助けに入りたいが、無策で突っ込んでは返り討ちにあってしまう。
それでは意味がないので、俺は収納からいくつかアイテムを取り出す。
殺してもいいなら、まだ簡単だ。
ここから奴らの首筋目掛けて『次元斬』を放てばいい。
リオナの裸に夢中の今なら、座標固定するのは容易い。
しかし、レムの家族を救うためには、借金が無効であることを証明しなければならない。
その為には、あの下衆を殺すわけにはいかない……めんどくさい。
「イヤぁ―――――――――!」
その時、リオナの一際大きい悲鳴が地下一杯に響く。
下衆がリオナの胸を弄んでいるのが見えた。
俺は『空間転移』で室内に入ると同時にバルザックに向けてボウガンを撃つ。
そのまま目標を横にいる手下に変更し、2連発。
崩れ落ちるバルザックと手下二人。
それを見て、驚く他の男たちの背後に『空間転移』で移動し、麻痺矢を打ち込む。
あっという間に地面に転がる5人の男たち。
俺は痺れて動けないでいる、バルザックとその手下を縛り上げる。
更に土魔法で床に穴をあけ、埋めていく。
俺の魔法では、一度にそんなに深く掘れないため時間がかかる。
埋め立てている途中に、口が利けるようになった男たちがいたが、煩いので猿轡も噛ませる。
「ふぅ、取りあえずはこれでいいか。」
床から頭だけを出したバルザックたちの姿を見て、俺は一息つく。
これで身の安全は確保できた。
俺はようやく磔られているリオナの救出へと向かう。
「怖かったー!」
俺が戒めを解くと同時に少女が抱き着いてきて泣き出す。
「……えぐっ……えぐっ……怖かった……もうダメだと……。」
俺は少女を優しく抱き留め、頭を撫でてやる。
「リオナ……でよかったか?レムのお姉さんの?」
「……えぐっ……そうです……ありがと……えぐっ……。」
「取りあえず、帰ろうか、レムもお母さんも待ってるから。」
「うん……。」
俺は収納からウルフファングの毛皮を取り出しかけてやる。
「後で来てやるからそのまま大人しくしてろよ。……2~3日絶食しても大丈夫だろ?」
俺はバルザックたちにそう言い捨てると、リオナを連れて、地下室から出ていく。
助け出されないように入り口を土魔法で埋め立てておくのを忘れない。
◇
「あなたが、レムを助けてくれている冒険者さん?」
「……まぁ、そんなところだ。」
「私も助けてもらって感謝するけど……何が目的なの?……身体目当てなら、私だけにして……レムには手を出さないで……お願い。」
……いきなり何を言い出すんだ?
その時、ふと、レムとの最初の出会いを思い出す。
「……。」
俺は抱きかかえているリオナを一度降ろすと、その頭にチョップをくらわす。
「いったーいっ。何すんのよ!」
俺はリオナを抱きかかえ直し、先を急ぎながらリオナに応える。
「レムに変なこと教えこんでるのはお前だろ。……男は狼だとか。」
「だって、そうじゃない!みんな身体目当てで寄ってくるのよ!」
リオナは自分の身体を抱え込むようにぎゅっと身を固くする。
「はぁ……そう言う奴らばっかりじゃないって。」
「……私をお姫様抱っこしてる人が言っても説得力無いわ。」
「これはお前が腰が抜けて動けないって言うから仕方がなくだ。」
先程からのリオナの物言いには、助けた当初のしおらしい感じは跡形もない。
……まぁ、本来の調子を取り戻しつつあるってところだろうか。
「だからって……でもありがと……。」
リオナが、俺の身体に腕を回してぎゅっとしがみ付いてくる。
その方が落としにくくなるのでこっちとしても助かるが。
家の前についたところでリオナを降ろし、一緒に中へと入る。
「あ、シンジ丁度良かった……ネリィさんの状態が思わしくないのよ。」
エルの言葉を聞いて、ベッドを見ると息遣いが荒くなっているネリィさんが横たわっていた。