ストロベリーなあの娘は……お姫様!?
「動かないで!」
背後から抑えられ、首筋に冷たい金属の感触……ナイフだろうか?
物語のヒーローなら、ここは難なく切り抜けて「お前は誰だ!」とか、やるんだろうけど……。
武術の心得があるわけでもなく、ましてや本物の戦いなんかしたことのない俺が、そんなことが出来るわけがない。
俺に出来ることは、少しでも時間を稼いでエルを逃がすこと。
だから……。
「エル!逃げろ!」
「姫様、逃げてください!」
俺と賊の声が重なる。
「「えっ?」」
◇
「ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!ゴメンナサイ……。」
俺を襲った賊が、今、俺の前で必死に頭を下げている。
「いや、もういいから、そんなに謝らなくても……。」
「そうよ、元はと言えば、こいつが半裸でうろつき回ってるからいけないのよ。」
「誰のせいだよ!」
俺が叫ぶと、エルは黙って俺を指さす。
「……。」
……そうだよ、俺が言い出したんだよ。
「それより、なんか着るものないか?」
「んー、確かお父様が変装用に用意した『村人の服』が合ったと思うけど……シェラ、探してきて、ついでにあなたも、その暑苦しいの脱いできなさいよ。」
「かしこまりました。」
賊……シェラは、エルに命じられるまま奥へと、姿を消す。
二人きりになった俺達は、互いに見つめ合ったまま、妙な沈黙に中に埋もれていた。
さっきまで二人だったというのに、何故か妙な緊張感があり、そのせいで一言も発せずにいる。
「「あのっ。」」
沈黙に耐えられず、声を発したのは二人同時だった。
「「あ、どうぞ……。」」
そして譲り合うのも、また二人同時……よくある話だ。
俺達はお互いに顔を見合わせ……。
「アッハハハ……。」
「ぷっ、クスクス……。」
やはり、同時に笑いだす。
ひとしきり笑ったせいか、二人の間の妙な感覚は消え失せていた。
「あ、ちょっと動かないで。」
エルが俺を見て、何かに気付いたように、言う。
そしてそのまま手を伸ばし、俺の首筋に触れる……さっきナイフを当てられていたところだ。
「傷、ついちゃったね……ちょっと待ってて……ᚨᚲᛋᛏᛜ……。」
エルが、俺の傷口に手を添えたまま、何やら呪文みたいなのを唱え始める。
『傷を癒せ!』
エルの手が輝き、俺の首筋あたりが明るくなり……やがて収束して消え去る。
「ハイ、治ったわよ。」
「い、今のは?」
俺が驚いた表情で訪ねると、エルは不思議そうに首をかしげる。
「今のって……簡単な初級の癒しの魔法よ?」
「まほう!魔法があるのか!」
俺の喜びように思わず後ずさる、エル。
でも仕方が無いじゃないか。
魔法はロマンだ!
誰もが、一度は使ってみたいと憧れるんだよ……中二の頃に……。
「なぁなぁ、俺にも魔法使えるか?頼む、教えてくれ!」
思わずエルにそんな事を言ってしまう。
この時の俺は、魔法を使う、という魅力に惑わされ冷静な判断能力を失っていたかもしれない。
「そう、あなた魔法が使いたいの?教えてあげてもいいんだけどぉ?」
エルの顔が、ニヤリと歪む。
お気に入りの玩具を見つけたような愉悦の笑み。
「ホントかっ!」
しかし、舞い上がっていた俺は気づかない。
「私の下僕……じゃなくて、お願いを聞いてくれるならぁ、教えてあげてもぉ……でも、ちょっと大変かも?」
「それくらいなら、喜んで。覚える為なら何でもやってやるよ。」
途中、不穏な言葉が紛れていたようだが、少女の「お願い」など、たいしたものではないだろう。
それに、すでに色々と巻き込まれ、振り回されている現状では、一つや二つ増えても尚更だ。
それ以上に魔法が使えるようになることの方が重要だ。
何度も言うが、魔法はロマンだ!男の憧れだ!全中二男子よ!今こそ立ち上がるのだ!
「は、はぁ……なんか眼の色が怖いけど……約束したからね。」
エルが、やや引き気味ながらも、教えてくれることを了承してくれる。
「お待たせしました……って、姫様!」
そこに着替えて戻ってきたシェラが俺とエルの間に割り込みナイフを突きつけてくる。
「やはり正体を現したな、このケダモノ!」
シェラの構えにスキはなく、俺は動けずにいる。
「ま、待て……誤解だ。」
「いーえ、上半身裸で、目を血走らして、今にも襲い掛かろうとしていたじゃないですかっ!」
「だから、誤解だって……エルも笑ってないで何とか言ってくれよ!」
俺は、クスクスと笑っているエルに助けを求める。
「えー『ヤッてやる!』って怖い目でせまられたけどぉ?」
「やはり、キサマはっ!」
「ちょ、ちょっとまて!確かに、言ったけど、言ったけどっ。」
エルの言葉を聞いて激高するシェラ。
それを見てクスクスから大笑いに変わるエル。
チクショウ、楽しんでやがる。
◇
「あー、笑った。シェラ、そこまでにしてね。」
しばらくの攻防の後、エルの執り成しによって、なんとかその場が収まる。
「その……ゴメンナサイ。」
「いや、分かってくれればいいんだ。しかし……。」
俺は、素直に謝ってくるシェラを見る。
さっきまでは全身黒装束で、顔も半分以上隠れていたので気付かなかったが……。
「あの……何か?」
シェラが怪訝そうに聞いてくる。
「いや、女の子だったんだなぁ、と思って。」
「えぇ、私は女ですが……はっ、私の胸が無いから男だと思ってたのですかっ!」
俺の視線が胸元に向いているのを見て、シェラが激高する。
いや、視線が胸元に行ったのはたまたまなんだが……。
「やっぱり、胸ですかっ!そうですかっ!男はやっぱり、こんなのに惑わされるのですねっ!」
そう言って、徐にエルの胸を揉みしだくシェラ。
「な、何するの、いきなりっ!」
急に胸をもまれて、わずかに悶えるエル。
「姫様のを私にもわけてくださいぃー。」
「な、何を……、出来るわけないでしょ!」
「いいじゃないですかっ!こんなに大きいんだから、少しくらい……。」
いきなり、目の前で百合百合しい光景が広がる。
まぁ、これはこれで中々そそるものがあるが、はっきり言って、目の毒なので辞めていただけると……。
「アンタも、何、微笑ましそうな目で見てんのよ!助けなさいよ!」
「いや、仲良しなんだなぁ、と。」
「いいから助けなさい!」
エルの怒声が飛ぶ……これ以上機嫌を損ねられたら魔法を教えて貰えなくなるかもしれない。
◇
「申し訳ありません。取り乱しました。」
俺が間に割って入り、仲裁した事で落ち着きを取り戻したシェラがエルに頭を下げる。
「はぁ、はぁ……、もういいわよ。」
息を整えながら、エルが答える。
「それより、魔法だったわね……あなたの属性は?」
属性?……妹属性とか姉属性とかってやつか?……ってそんなわけあるかっ!
思わず頭に浮かび上がった、アレな思考を打ち消す。
どうやら魔法と聞いて、厳重に封印したはずの黒歴史の蓋が緩みかけているっぽい。
「いや、属性と言われても……?」
「あきれたわ。自分の基本属性も分かってないのね。例えば、シェラは闇と風の属性を持っているし、私は水と風と光、それと聖属性を持ってるのよ。そう言う風に、人は其々属性を持っていて、物心つく頃には自覚するんだけど……ちょっと待ってて。」
呆れたように……と言うか、完全に呆れた様子のエルがネックレスに付いた宝玉を差し出す。
「これを握って、なんでもいいから力を込めてみて。」
「力を込めるって言われても……。」
そう言いつつ、宝玉を摘まみ、ぐっと力を込めてみる。
「……っ!ストップ!」
いきなり、エルが制止の声を上げ、俺から宝玉を奪い取る。
「……あぁ、良かった、間一髪ってところね。」
宝玉を調べていたエルが、ホッとしたように息を吐く。
「何なんだよ、一体……。」
訳が分からんと、ぼやく俺にエルが文句をつけてくる。
「アンタねぇ、限度ってものがあるでしょ、限度!……もう少しで、大事な魔結晶が壊れる所だったわ。」
「そんなこと言われても。」
俺は言われた通りにしただけなのに……。
「まぁ、あなたが、バカみたいな魔力の持ち主って事は分かったわ。それと……。」
エルが、再度宝玉を調べる。
「驚いたわね……あなたの属性は『全』よ。1000万人に一人いるかいないかと言う位珍しいわ。」
「本当か!?」
エルの言葉に俺は歓喜する。
膨大な魔力量に、全属性。
これって万能って事だよな?
俺のチート能力は万能魔術師ってところか。
「うーん、良かったわね、と言うべきか、ご愁傷様、って言うべきか……。」
エルが不穏な事を言う。
「おい、どういうことだよ?」
「『全』の属性だからと言って必ずしもいい事ばかりではない、という事です。」
俺がエルに問いかけると、考え込んでいるエルに変わってシェラが答えてくれる。
なんでも、この世界の魔法と言うのは、各個人の資質……つまり属性により使える系統が決まっている。
属性には、火・風・水・土の基本4属性の他に、光と闇の上位属性を合わせた6属性があり、これを系統属性と言い、大抵の人はこの中の1属性を先天的に持っている。
俺の属性『全』と言うのは、この6つの系統属性を全て持っているという事らしい。
王家の血筋に連なる者なら、複数の属性を持つ者も数多くいるらしいが、それ以外で、しかも全属性持ちと言うのは、過去数百年振り返っても殆どいないらしい。
他に、系統外属性として、聖・不死・邪・混沌・時・空などの属性があるが、これらは、後天的に得ることが出来るものであり、神官職に就く者は聖属性を覚える必要がある。
聖以外の属性については、魔物や、魔族などが所有している場合が殆どであり、人族が習得するのは極めて難しいとされている……らしい。
「って事は……エルもシェラも王族……お姫様って事か?」
「そうよ……って違うっ!違わないけど違うっ!」
「私は違いますが、姫様は第7位と継承権は低いものの由緒あるこの国の第三王女であらせられます。」
エルと、シェラの言葉が重なる。
「って違うでしょ!、私が言いたいのは全属性持ちなんてこの数百年以上いなかったって事……って言うか、シェラ、アンタなんでばらすのよっ!」
「ハッ、そう言えばそうでした!」
「このポンコツメイド!」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……。」
「まぁ、エルが王女かどうかは置いといて、全属性持ちの何がいけないんだ?」
「スルー!王女の立場をスルー!?」
エルの方が小刻みに震え……そして、がっくりと肩を落とす。
えーと、何かまずいこと言ったかな?
「属性の相克とリソースの問題があるのですよ。」
落ち込むエルの代わりにシェラが説明してくれる。
まぁ簡単に言えば、人間を含めた生物には潜在魔力と言うのがあり、この値が一定値無いと魔法を行使することはできないらしい。
また、この潜在魔力量が大きければ大きいほど、魔法の効果が増大するという事。
例えば、ある人間の潜在魔力量が100として、火の属性を持っていたとしよう。
その人は100%の力で火の魔法を扱うことが出来る。
しかし、火の属性だけでなく土の属性も持っていたとしたら?
その人は火の魔法を50%、土の魔法を50%しか使えないという事になる。
つまり、持っている属性が多いほど、扱う魔法の質が落ちるという事になる……これがリソースの問題。
そして、各属性には相克の関係があり……、例えば火の属性は水に弱く風に強いと言ったような、まぁ相性みたいなものだ。
これが火と風の属性を持っている人ならば、火の属性魔法を使う時に、風の属性の影響によりパワーアップするが、逆に火と水の属性を持っている人が火の属性魔法を使おうとすると大幅にパワーダウンする。
まぁ、全属性持ちならば互いに打ち消し合って、パワーアップもパワーダウンもしないらしいけど。
「つまり……どういうことだ?」
なんか、話が難しくなってきて、混乱してきた。
「つまり、属性が多すぎて魔法が使えないかも?って事。使えたとしてもあまり強力な魔法は使えないでしょうね。精々初級魔法が使えれば……ってところじゃない?」
落ち込むのに飽きたのか、立ち直ったエルが、そう言ってくる。
……俺のチートで最強伝説が……終わった……。
儚い夢だったなぁ……。
そういえば「人の夢」と書いて儚い……つまり、人の見る夢は儚いものなんだって、ちぃニィちゃんが言ってたっけ。
「どうする?やめる?」
落ち込む俺の姿を見て、エルがそう声をかけてくる。
「いや、初級魔法だけでも使えればいい……それに、全属性の魔法が使えるなんて、凄いじゃないか……。」
そう言う俺を憐れむ目で見つめるエルとシェラ。
心が痛い……。
◇
あの後、俺はエルから、基本的な魔力の操作についての手ほどきを受けた。
最初はよくわからなかったが、エルが手伝ってくれたおかげで、魔力の流れと言うものがなんとなくわかった気がする。
しかし、魔法の行使については、魔導書がないので、大きな街に行ってから教えて貰う事になった。
「そ、そう言えば、エルが王女って、どういうことだ?」
魔力の指導の為、ずっと密着していたエルの顔を見るのが気恥ずかしくて、別の話題を振ってみる。
「さっきスルーした癖にぃ……。」
エルが何かつぶやいているが、それこそスルーだ。
「はい、姫様はこのハッシュベルク王国の第三王女であり、神聖女神教会の巫女でもあらせられます。そのお姿は神々しく、それでいて庶民にも分け隔てなく振りまく優しさは、まるで女神の化身、我らが姫巫女様、と下々の者からの賞賛も…………。」
シェラが、よくぞ聞いてくれました、と言うように語り出す。
「や、やめてよ、そんなんじゃないわよ……。」
シェラが熱く語る内容は、神聖視し、褒め称えるものだったので、エルなら「当たり前よ!」とか「もっと褒め称えなさい」とかいうかと思っていたが……。
「で、そのお姫様が、なんで追われてたんだ?」
未だに語り続けるシェラを無視して、エルに訊ねる。
「そ、それは……。」
口籠るエル……あまり言いたくない事なのだろうか?
しかし、ここまで巻き込まれている以上、事情を知る権利はあるはずだ。
「確か、街を出たら全部説明してくれるって言ったよな?」
「そ、そんな事、……言ったかしら……?」
エルは顔を背けてそう言う。
とぼける気か?それならば……。
俺はエルの顎に手を添えて、軽く引きこっちを向かせる。
いわゆる「顎クイ」と言う奴だ。
「なぁ、エル。俺は心配なんだ……事情が分からないと、守ってやる事も出来ない。」
俺はなるべく、クールで紳士っぽさをイメージした声を出す。
「いきなり何を……。」
顔を真っ赤に染め上げ、うろたえるエル。
あれだけませた事を言ってた割には、攻められるのには弱いらしい。
「あ、あのね、そ、その気もちは、嬉しいけど……。」
わたわたとして、顔をあっちこっちへ向け、助けを探すエル。
ここまで動揺していると、却って楽しくなってくる。
「……なんてな。」
俺はそう言って、彼女を離してやる。
「えっ?」
エルは、一瞬何のことかわからなくて挙動が止まり……やがって、さっき以上に真っ赤な顔で怒りだす。
「ムキィー!からかったのねっ!シンジのくせに!シンジのくせにぃ!」
あっちこっちの物に当たり散らすエル。
「まぁ、そんな事より、事情を話してくれ。さっき言ったことも嘘じゃないんだ。」
俺は、真面目なトーンで話しかける。
正直、ここまで巻き込まれた以上、はい、さようなら、と言うわけにはいかないだろう。
だったらせめて、事情を知ったうえで巻き込まれたいと思うのは当たり前の事だと思う。
「ふぅ……、そうね。話せば長くなるんだけど……いい?」
ちょっと困ったように顔を伏せ、それから少しだけ顔を上げて上目づかいで俺を見るエル……その表情は反則だ。
「あ、あぁ、構わない。」
「事情が複雑で、うまく説明できないかもしれないけど……。」
もじもじしながら、ちら、ちらっとこっちを見てくる……だから、反則だっての。
「実は……お父様がお見合いの写真を持ってきたの。」
「ウン、それで?」
「それだけよ?」
「王様が王女の見合い写真を持ってきた?」
「ウン、イヤだったから逃げちゃった。てへっ。」
ペロッと舌を出すエル。
あざといくらいに可愛くはあるが……問題はそこじゃない。
隣国との関係強化の為に、政略結婚をさせられそうになったエル。
それが嫌で、王宮を抜け出して逃げてきた。
街で追いかけていたのは。王国の近衛兵。
長くも、複雑でもなかった……頭痛い。
「なぁ、それでこれからどうするんだ?王宮へ戻るのか?」
俺は痛むこめかみを押さえながら聞いてみる。
「それなんですが……。」
口をはさんでくるシェラ。
いつの間にか「姫様の賛美」は終わっていたようだ。
「いい案でもあるの?」
目を輝かせるエル。
……この様子を見ると、この先の事は何も考えてなかったみたいだ。
「いえ、いい案、と言うより、王宮へは戻らず離れた方がいいかと……特にシンジ様は。」
「どういうことだ?」
シェラの言葉に不穏な雰囲気を感じる。
「シンジ様は指名手配されております。」