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ゲームの必勝法?そりゃぁ、勝てる奴だけを相手にすればいいんだよ。

 「……難しい顔をしてどうなされたのですか?」

 ミュウナが俺の顔を覗き込んでくる。

 アリーシャも離れたところから、こちらを窺っているようだ。

 二人とも浴場騒動の一件からヘンな遠慮と言うものがなくなり、こうして気さくに近付いてくれるようになった。

 それはいいのだが、たまに距離が近すぎてそれを見たエルやリディアから冷たい視線を向けられるのは少し困ったものである。

 まぁ、何だかんだと言って彼女たちの仲はいいんだけどな。


 「ティナ様とシャナ様のお陰で主要な街道上の盗賊団もほぼ壊滅していますし、交易も上手くいって国庫も潤いつつあります。他の部門も順調でご心配成されるようなことはないかと存じますが?」

 アリーシャが書類を確認しながらそう言ってくる。


 「いや、これなんだが……。」

 俺はモニターを見せる。

 「これは?」

 興味津々と、覗き込んできたアリーシャが聞いてくる。

 「魔王のインデックスの一部だよ……情報が膨大過ぎて全然解析が進まねぇ。」

 「これがそうなんですか……って、これは?」

 アリーシャが驚きの声を上げる。


 「流石アリーシャだな、すぐわかったか。」

 アリーシャの目に留まった項目……魔族とダンジョンについての項目だ。

 「……魔族って本当にいるんでしょうか?」

 インデックスにざっと目を通したミュウナが懐疑的な声を出す。

 「ルゥがいるからな、存在することは間違いない。ただ、この世界に確実に存在しているのか、異世界から召喚されてきた生き残りか……そこまでは分からないな。」


 過去に魔族、魔人の召喚例はいくつもある。

 しかし、呼び出された魔族や魔人がその後どうなったのかまでは、記録に残っていない為分からない。

 そして、魔王のいた世界には魔族が当たり前のようにいる……どうやら召喚の先は魔王のいた世界らしい。

 そのような内容がインデックスには記載されていた……世界をつなぐ手段についての研究と共に。


 「ねぇ、シンジ様……これって……。」

 ミュウナがモニターの情報を読み取っていた俺に聞いてくる。

 彼女が見ていたのはダンジョンの項だった。

 「どこまでの信憑性があるか分からないが、そこに書いてあることが本当なら……ダンジョンを通じて魔族が出てくる、という事になるな。」

 「まさか……そんな……。」

 俺達の会話を聞き、自らもその項目に目を通したアリーシャが、ショックを受けたように呟く……。

 俺はそんな彼女の頭を撫でる。

 「まぁ、話が大きすぎて俺達の手に負えないよな。……とりあえずお茶にしようか。」

 俺はモニターを消し席を立つ。

 そんな俺を見てアリーシャ達はお茶の準備をするためにそれぞれ移動する。 


 ◇


 「アイリス、街の様子はどんな感じだ?」

 「うぅ……正直誰かに代わって欲しいです……。」

 俺は隣でテーブルに突っ伏しているアイリスに声をかける。

 執務の合間に何度かあるティータイムには、その時手が空いているエル達婚約者の内、誰かが必ず一緒にいる……これはそういう取り決めと言うわけでなく、誰かが空いた時間にお茶をしていたらなんとなくそうなっているだけだ。

 そして今はアイリスが空いていたというわけだ。


 現在エルは近隣諸国の情勢や動向などの情報収集と解析をしていて、リディアはティナたちのフォローをしつつ、近隣諸国の細部……相場やた身の状況などを探っている。

 クリスは兵達を鍛えながら、各サイドの防衛拠点の要となる砦の建設など軍備を進めてもらっていた。

 そしてアイリスとエレナは帝都の整備を中心に街づくりに東奔西走している。

 エレナは特に、動物達を集めたり農作業を効率よくする為の方法を指導したりと、生産関連に特化して活躍していた。

 なのでアイリスは自然と、街中の整備や人の出入りなどの細かい事に追われることになり……こういう状況になるわけだ。


 「アイリス様、カミル茶です。これで心も身体も癒してくださると嬉しいのですが……。」

 アリーシャが淹れたてのお茶をそっとアイリスの前に置く。

 「一番懸念していた街の治安はね、マオちゃん達のおかげで何とかなってるわ。だから近いうちにギルドの誘致を考えていますわ。」

 マオと言うのは旧ミーアラントの港町を警備していた猫魔獣(ケットシー)だ。

 向こうの港町はニャーに任せてマオは単身こちらへ移住してくれたのだ。

 気持ちはありがたかったが、正直一人(一匹?)だけでは大変だろうと思っていたのだが、レオンの協力と、エレナの存在が人手(猫手?)不足を解消してくれた。

 今ではマオを中心として猫の部隊、犬の部隊、ネズミの部隊、鳥の部隊と、街中全域の監視と警備に十分な体制が整っているらしい。


 「まぁ、新しい町は色々不安定だからな。人の出入りも不規則になるしどうしても治安が悪くなりがちだけど……それが払拭されているのはありがたいな。」

 後で知った事だが、このマオの部隊……実は一枚岩ではなくアイリス派とエレナ派に分かれていて両陣営の影での対立が激しく、それをまとめるのにマオは苦労しているらしい。

 今度新鮮な刺身とマタタビ酒を差し入れてやろう。


 「後は特に問題はなく順調ですが……一部商人から『ぐらんぶる』のカードについて相談が相次いでいますわね。」

 「何か問題が生じたのか?」

 「えぇ、問題と言うか……偽物のカードが出回っているらしくて。」

 「あぁ、そう言う事か。」

 あの手の、コレクション性のある商品にはつきものの問題だな。

 中々手に入らないレアカードの偽物を作りそれなりの値段で売る……被害者も正規ルートで手に入れてない分泣き寝入りする場合が多い。

 しかし……。

 「でも、ゲームをした時にすぐばれるだろ?」

 あのカードには、ゲームの進行に合わせて数値が自動で変化する魔法が付与されている。 専用に編み出した術式のため俺以外に使える奴はいない……それゆえに俺の独占市場だったわけだが……。 


 「そうなんですが、実は面倒な事情がありまして……。」

 アイリスの説明によれば、俺が予想していたようなパチモノを売りつける詐欺まがいの話ではなく、本物と寸分違わぬカードを「これは偽物(フェイク)でゲームには使えない。」と説明しているらしい。 

 しかも価格も『必ず1枚はRカードが入っている10枚パック』で銅貨15枚……150Gと良心的な価格だ。

 更に5セット買うごとに好きなRカードを、10セットごとにSRカードを選んで付けてくれるというのだから、ただコレクションしたいと言う人には大変人気だそうだ。


 「偽って売っているわけでもなく、買う方も納得の上購入しているわけですので特に被害があるわけでもなく、ただ、商人さんの扱う正規のカードの売れ行きが悪くなっているというだけで……。」

 「成程な……絵師が流れたか。」

 カードのデザイン装丁は商人達に一任してあり、俺はその原版を貰って魔法を使ってコピーしている。

 このコピーする魔法は『簡易な模倣(コピーライト)』と言ってクリエイト系の魔法が使えるものならば誰でも使える初級魔法だ。

 初級魔法なだけに、使用範囲は限定されていて何でもコピーできるわけでもなく、また、元になるものの素材のランクによっては使えないという、何とも使い勝手の悪い魔法だ。

 それ故にカードにはこの魔法を弾く処理がしてあり、カードからコピーするのは不可能となっている。

 それなのに本物と寸分違わぬものが出回っているというのであれば、その商人達が用意した絵師が偽物を売っている奴に原版を横流ししたのだろう。

 単なる小遣い稼ぎなのか、他に理由があるのかまでは分からないが……。


 「まぁ、それ程急ぐ案件ではなさそうだから、後で商人たちに、絵師を連れて来いと伝えてくれればいいよ。」

 俺はアイリスにそう伝える……商人たちにしてみれば大事かもしれないが、所詮玩具の売れ行きがどうこうという程度の問題だ。

 そんな風に軽く考えていた時期もありました……まさか、この事が引き金になり、あんな大事まで発展するとは夢にも思わなかったのだ。


 ◇


 「……どうしてこうなった?」

 「リディアさんに丸投げしたせいではないかと……。」

 頭を抱える俺を労わる様にそう告げるアイリス。

 俺達が今いるのは帝城中腹にあるテラスで、そこからは帝城前広場が一望できる……そしてその広場には帝国中から集まった人々が所狭しとひしめき合っている。


 広場の中央、一段高く誂えたステージにはリディアとエルの姿が見える。

 彼女らの背後には大きな横断幕があり、そこには『第一回ぐらんぶる公式御前大会』と大きく描かれていた。


 「いや、だって……まさかこんな事になるなんて誰も予測がつかないだろ?」

 俺がそう言うとアイリスを始め、その場にいた者たちが一斉に目を逸らす。

 「え?何その反応?」

 俺が聞いてもみんな気まずそうに視線を逸らすだけで誰も答えてくれない。

 「陛下やリディア様なら何が起きてもおかしくないって事だそうです。」

 傍に控えていたアリーシャが小声でそっと教えてくれる。

 「陛下がリディア様に指示を出した後、私達はアイリス様に呼ばれて「この後、どのような事が起きるか分かりませんので、例え何があっても柔軟に対応できるよう、不測の事態に備えておく様に」と指示を受けましたの。」

 そう呟くミュウナの顔には明らかに疲労の色が浮かんでいた。

 

 「えっと、つまり、一か月前に俺がリディアに指示を出した時点でこうなる事を見越していた、と?」

 「……正確には『こういう状況もあり得る』ですわね。」

 アイリスがそう言ってくる。

 

 グランブルの偽物カードについてアイリスから相談を受け、その後商人たちが絵師を連れてきたのは1か月前の事だった。

 その絵師は、やはり原版を横流ししていたのだが、その理由はやはり金だった。

 なんでも商人たちはその絵師に何に使うのかは教えず、原版をタダ同然の二束三文で買い取っていたらしい。

 それでも数があったので最初は納得していたのだが、ぐらんべるの人気が出るにつれて、その絵師の目に留まる様になり、こんなに人気があるのならと、絵師は商人たちに原版の買取金額の値上げを交渉したそうだ。

 しかし、商人たちが取り合わなかったため、途方に暮れていた所に『偽物(フェイク)カード』の話が舞い込んできて、絵師は商人達への意趣返しも込めて原版を流した、と言うのがこの一連の原因だった。


 取りあえず、その絵師には適正価格を支払う事だけ決めて、後はたまたま一緒にいたリディアに「後は任せた」と一任してしまったのだ。

 その時は……そう、アッシュにサウスサイドの街の事で相談があるって言われていたのだ……決して面倒で丸投げしたわけじゃない。

 ……その後リディアにどうなったか確認しなかったのも、ちょっと色々忙しくて、忘れていたわけじゃないんだよ。


 最近のリディアしか知らない人から見れば意外に思うかもしれないが、リディアは執政官としても有能で、この手のトラブル解決はお手の物だったりする。

 ただ、彼女はあらゆる意味で有能過ぎた……そう、他が巻き込まれて阿鼻叫喚な状態になるくらいに……。


 後を託されたリディアは、その持ち前の手腕を発揮して、絵師には適正価格プラス今までの損失分を補填し、今後も適正価格を支払う事を確約する代わりに原版の横流しが発覚した時には一切の契約を打ち切るとも伝えて原版制作を継続する契約を結んだ。

 そして、その場で商人たちに他の絵師を探すように伝え、新たな絵師たちとも同じ契約を結ぶ。

 それからリディアは商人や側近の中から有能なものを選び出し『ぐらんぶる公式委員会』なるものを設立し、今後の販売方法や公式ルールの設定などは全て委員会を通して決議するように定める。


 ……この辺りから、近くで見ていたメイドたちや話を聞いたアイリス達はイヤな予感を覚えたそうだ。

 その予感は正しく、リディアはぐらんぶる公式委員会のお披露目を兼ねてゲーム大会を開くと宣言する……しかも帝都全体を使う大規模なものを。

 もちろんそれを受けたアイリスは反対したのだが……。


 曰く、偽物との差別化を図る為には実際のゲームをするべき、だったらそれを取り仕切る組織が必要で、その組織の事を広く知らしめる必要があり、その為には大規模な大会を開く必要がある。


 曰く、街をあげて行う事で、住民達も活気づき街の活性化に繋がる。しかも数日かけて行うお祭りみたいにすれば、外部からの人々の行き来が増え、その経済効果は計り知れない。


 曰く、新しく雇った絵師にはすぐ仕事をさせる必要がある、仕事が無ければ離れていくのでそれは避けるべき。

 また、新しいカードが増える事によって、ぐらんべるの人気も上がりシンジさんのお小遣いアップにもつながる……シンジさんのお小遣いが増えれば新しいお洋服が買ってもらう、という口実でデートが出来る。


等など……他にもいろいろ言っていたらしいが、結局「俺とデートが出来る」と言う部分がアイリスの琴線に触れたらしく、宿泊施設、屋台などの街の整備や警備体制、期間中の人員配備などをアイリス主導で取り仕切り、無事に大会が開催されたのだ。

 

 もちろん、ここまでの準備に筆舌しがたいほどの苦労があったのは、彼女たちの疲れ果てた顔を見ればよくわかる。

 「まぁ……その、何だ……とりあえずお疲れ。後で一緒に回ろうな。」

 俺は彼女たちに、そう労りの言葉をかける。

大会期間は10日もあり、期間中街中はお祭りムード一色になる。

 そんな中を、御褒美としてデートをするのもやぶさかではない……と言うより、俺がデートしたいぞ。

 「ありがとうございます、では順番を決めて計画建てないといけませんわね。」

 アイリスがにっこりと笑ってそう言ってくる。


 「そう言えば、アイリスは大会に参加しないのか?」

 アイリスの笑顔を見ている時恥ずかしくなったので、話題を変えるためにそう言ってみる。

 「えぇ、リディアさんとエルさんが、出ちゃダメって……。」

 「私も出ないでって言われました。」

 アイリスに続き、ミュウナもそう言ってくる。

 「私はぜひ参加してって言われてるのですが……。」

 困ったように言うアリーシャ。

 どうやらリディアとエルは、自分達より強いアイリスとミュウナの参加を阻止し、遥かに弱いアリーシャを参戦させようとしていたらしい……こういうのも策士と言うべきなんだろうか。 

 見ると眼下ではエルが大会の説明をしている。

 なんでも、参加者はこの後、参加資格を示すスターチップが5枚もらえるそうだ。

 大会期間中は街中でこのスターチップをかけてバトルを行い、スターチップを失ったものはそこで参加資格を失う。

 8日目まで生き残った者はそこで決勝トーナメントに参加できる資格を得る……勿論参加せずにリタイアしてもいい。

 スターチップは大会期間中、枚数に応じて好きなカードと交換できるため、大会が始まってすぐに手持ちのスターチップをカードに交換するのもありだ……腕に自信の無いものはそうすることで最低限に利益を得ることもできる。

 もっともスターチップ5枚ではCカード2枚が限度なんだけど、中にはそれでもいいという人もいるかもしれない。

 

 もちろん試合外でのスターチップのやり取りは出来ない様になっているし、マオたち警備隊が常に目を光らせているので不正も出来ない……不正が発覚した場合、レオンに散々脅されたうえで帝都追放の刑が待っている……そのリスクを飲んだうえで不正をするやつがいるなら見てみたいものだ。


 尚、決勝トーナメント出場者には特別なレアカードが順位に応じてもらえる特典もあり、更に優勝者には新しく制作されたSSRカードがもらえるので頑張ってもらいたいものである。


 「皆ぁ―、理解できたかなぁ?」

 リディアの声に、歓声が応える。

 「じゃぁ、みんなでご一緒にぃ……3、2、1……。」

 広場に集まった皆の声が揃ってカウントダウンしていく。

 「ゲーム、スタートッ!」

 リディアのスタートの声と共に其処等中でバトルが始まる。

 中には、とりあえず間をおこうと街中へ走っていく者達も多数見える。


 「祭りの始まり……か。」

 俺は眼下の人々を見ながらそう呟く。

 みんな笑顔で溢れている……俺はこんな光景が見たかったのかもしれない。

 これから短い間だけど、皆楽しんでもらえたら、と心からそう願った。

  


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