有能な人材って中々いないものです……逆に言えば有能なら仕事にあぶれることは無いって事ですよね?
「……暇だ。」
「またですかぁ?それならこちらをお願いします。」
俺の呟きを聞き咎めたミュウナが、目の前にドンっと書類の山を置く。
「……言い換えよう、飽きた。」
「それはこっちのセリフです……それより、この件はいかがいたしますか?」
ミュウナが1枚の書類を持ってくる。
それにざっと目を通して考える。
「特産品かぁ……。」
書類はゲイルから出されたもので、簡単に言えば帝都の財政を支える上で交易は必至成れど、当方から出す特産品が心もとないので何とかならないか?と言うものだった。
例えば、旧ミーアラントの場合、特産品と言えば海産物だった。
海辺の街がある為、新鮮な海産物に事欠くことが無く、流通経路を整備したおかげでベルグシュタットとの流通が盛んになった。
ベルグシュタットと言えば、新鮮な卵が新たな特産品として流通していた……ベルグシュタットの卵は新鮮で栄養価が高く、滋養強壮にいいとされ高値で取引されている。
アシュラムは、そのたぐいまれなる技術力を駆使した魔術具で、俺が色々手を加えたせいで、その品質は大陸位置と言っていいほどにまでなっている。
「こうしてみると、俺が関わっているのが殆どだよなぁ。」
「えぇ、だからこの帝都の新しい特産品をシンジ様に考えていただけないかと、ゲイルから言われております。」
「そう言われてもなぁ……。」
俺が思索にふけるのを見て取って、ミュウナがお茶を入れてくれる。
「よかったらあちらで少し休みますか?アイリス様もお呼びしますから。」
ミュウナがそう言ってくる……最近、俺の思考を先読みするように色々整えてくれるようになったミュウナとアリーシャ。
本当に優秀な得難い人材だと思いつつ、この二人がいて、何であんな残念な結果になったのだろうかと、今は無きマスティル領とミランダ領の事を思う。
「特産品ですか?うーん、難しいですね。」
お茶を飲みつつアイリスに相談すると、返ってきた答えがこれだった。
「特産品の定義として挙げられるのは、まずその地の安価で過剰な生産物……グランベルグの農産物や旧ミーアラントの海産物がそれにあたりますわね。」
アイリスの言葉にミュウナとアリーシャが頷く。
「それから、他所にない付加価値のある物……アシュラムの魔術具がこれにあたります……後、少し意味合いが変わりますがベルグシュタットの卵もこの部類に入りますね。」
成程、と皆が頷く。
「そしてその土地で採れる価値ある物……グランベルクの金脈やベルクシュタットの鉱山等がそれにあたりますね。」
グランベルクが大国として力を持っているのは、国内に幾つかある、この金脈によるところが大きい……やはり、金を持っている奴は強いって事か。
「後は……そうですね、特産品ってわけではないですが観光資源ですか。」
「「観光資源?」」
聞きなれない言葉だったのか、ミュウナとアリーシャが声を揃えてアイリスに訊ねる。
「えぇ、例えば風光明媚な景観だったり、健康にいいとされる温泉だったり……所謂リゾートと呼ばれる人がそこに来たいと思わせるような『何か』ですわ。人々は、それを目当てにその地を訪れます。人が来れば宿泊、食事、買い物などで消費してくれますので立派な財源となります。」
「そっかぁ……でも、この国でそんなところないですよねぇ……はぁ。」
アイリスの言葉にアリーシャが溜息をつく。
「この帝城は一見の価値はあると思いますけど、それだけじゃぁ、ねぇ……。」
ミュウナも同じ様に溜息をつく。
「生産物も他に輸出出来るほどあるわけじゃないですからね、だから難しいのですよ。」
アイリスもそう言う……中々いいアイディアは出てこないようだ。
「南アルティアの小国群と旧シャマルを取り込めば多少は何とかなるかもしれないが……。」
南アルティアは、現在小さな部族が集まりそれぞれの国を作っている状況だ。
纏め上げる者がいないせいで、部族間の争いが絶えない為、ここで帝国が乗り出して部族を纏め上げるのは容易だと言える。
南アルティア地方は、北に大きな砂漠、南から東に掛けて大草原、西は険しい山脈と、一風変わった土地柄の為、そこで採れる農産物等は他所で見ない変わったものが多いので、特産物として成り立つものがあるかもしれない。
また、旧シャマル地区は小さな集落がぽつぽつとあるだけで、国としての体裁が整っていないため、こちらも容易に併合できるだろう……と言うより幾つかの集落からそう言う打診が来ていたりする。
シャマルと言う国がなくなり、寄る辺を失った彼等は、不安におびえ、帝国の庇護下に入るのを望む声が多いらしい。
シャマル地区は山岳地帯で、山や森の恵みによって生活している。
特に鉱山が多いのだが、旧シャマル王国では鉱山に賭ける予算が無かったがために手つかずで放置されているのが現状だった。
なので、ここを調べれば、あるいは特産品として成り立つものが見つかるかもしれないという期待はあった。
「いいですね、アダマンタイト鋼も採れましたし希少金属の鉱山がもっと見つかれば十分に特産品となりえます。」
俺の考えをアイリスが肯定してくれる。
「んー、それだけじゃ足りない気もするが……他にいい案があるでもないし、とりあえずはその方向で動くか。」
「そうですね、でも問題は……。」
アイリスが言葉を途絶らせる。
「そうだな、シャマルと南アルティアを含む……サウスサイドの管理責任者を誰にするか……だな。」
「えぇ……。」
帝国の人手不足は深刻だ。
各国を自治国としたのも、批判を受けない為と言うのもあるが、それ以上にそっち迄回せる人材がいないというのも大きい。
自分たちの国は自分たちで何とかしてくれと言うのが本音である。
「うーん、やっぱりシャナとティナかなぁ。」
「でも、あの二人で大丈夫かしら?」
「それなんだよなぁ。」
シャナもティナもそれぞれ南アルティアとシャマルの元姫様だったりするのだが、現状の原因を作った一族ともいえる為、民衆からの心証が良くない……果たして二人を管理責任者として置いた場合、民衆がついて来るかどうかが心配だ。
「それに、前線になる可能性が高いんですよね?指揮が取れる人材の方がよろしいかと。」
「そうはいってもなぁ……。」
色々利点があるにもかかわらず、今まで放置していた理由がここにあった。
今だ全貌が見えてこない南方連合……奴等が攻めて来るにはシャマルや南アルティア方面から来る可能性が高い。
悪い言い方をすればシャマルや南アルティアを見殺しにしている間に、軍備を整える事が出来る……その為に放置していたのだが。
「シンジに悪役は似合わないわよ。」
エルは常々そう言っていたが……結局そういう事なんだろうな。
サウスサイドを要塞化して敵が攻めてきたら籠城し、その間に体制を整える……今はこれしかないだろうな。
それにしても指揮がしっかり執れる人物がいないと余計な混乱が起きるだけか……。
実際ティナとシャナの能力では戦闘と言う面では今一不安が残る……これは彼女達というより、適性の問題なので仕方がない。
適正と言うだけであればクリスが一番適しているのだが……。
「かと言ってクリスを送るわけにはいかないしなぁ。」
「そうですわね、私達が行くわけにはいきませんし……。」
「何悩んでるんですか?」
俺達が頭を抱えていると、クリスが部屋の中に入ってくる。
席に着くクリスに、アリーシャがお茶を入れる。
お茶を飲んでいるクリスにアイリスが今までの話をする。
「そんな事ですか。」
クリスが事も無げに言う。
「そんな事って言うけどなぁ……。」
「アシュレイ殿がいるじゃありませんか。」
クリスが意外な人物の名前を出だす
「アッシュ?しかしアッシュはグランベルク\の……。」
「いやですわ、シンジ様。今やグランベルクも帝国の一部ですわよ。それに以前からアシュレイ殿に何らかの褒賞を与えなくてはと思っていましたので丁度いいというのもありますわ。」
「アッシュなら人材的に申し分ないが……いいのか?」
「グランベルクにはまだ将軍はいますし、それに幸いと言っていいのかどうか分かりませんがグランベルクが警戒しなければならない範囲が大きく狭まりましたので……。」
だからもっと頼って欲しいとクリスは言う。
確かに四方八方が他国だった今迄に対し、現在のグランベルクが警戒しなければならないのはカストールとアスティアの東側のみ……確かに余裕はあるだろう。
「なら、お言葉に甘えてアッシュを貰うとするか。」
「ミリアさんも忘れないでね。引き離したらアシュレイ殿が泣きますわよ。」
「そうだな……アイリス、サウスサイド設立に向けての準備を始めてくれ。」
「分かりましたわ。」
アイリスはそう言うと立ち上がり部屋を出ていく。
「クリスはアッシュとミリアをここに呼んでくれ。」
「はい、仰せのままに。」
クスリと笑いながらクリスが出ていく。
「ティナとシャナを呼んでくれ。」
アリーシャにそう指示すると、その間にミュウナが片づけを始める。
「ミュウナ。」
「はい、何でしょうか?」
「それが終わった後、シャマルの南側について少し調べてくれ。」
「分かりました……主にどのような事を?」
「地形・動植物の群生状況・近隣国家及び街や村の様子、物品の相場等かな?」
俺がそう言うと、ミュウナの顔が引きつる。
「そ、それまた沢山ありますね……。」
「街の様子や相場などはシェラたちに協力を頼むといいよ。」
「……そう致します。」
ミュウナも一礼して部屋を出ていく。
「さて、これから忙しくなりそうだな。」
俺はそう呟くと、溜まっている書類の処理をすることにする。
◇
それからの1週間は多忙を極めた。
旧シャマル王国の領地は特に問題なく住民達も協力的だったが、南アルティアの小国群はそれぞれの利権や思惑が絡み合い、中々話が進まなかった。
「何が問題だ?ハッキリ言ってくれ。」
もう何度目かになるか分からない質問を俺は繰り返すが……。
「ですから帝国に組み込まれた場合、我がミルド族の立場は……。」
「いや、それより我らが陣族の排出する……。」
「ゲンジ族と同じ所に暮らせるか!」
etc.etc.……。
……相も変わらず、各国の代表たちは自分たちの事ばかりで協調しようという気が見えない。
いい加減我慢の限界だ。
「お前らいい加減に……。」
ドォォォォォン!
俺の言葉を遮る様に、地響きと共に爆音が鳴り響く。
「いい加減にしなさいよっ!……シンジさん、もう全部潰しましょ。その方が絶対早いって。」
……俺より先にリディアがキレてました。
リディアの魔法を目の当たりにした各国の代表たちは、リディアが本心から潰そうと言っている事がわかると、手の平を返したように協力的になった。
「ほら、最初からこうしてればよかったんですよぉ。」
「そうだな……。」
これは、この後が面倒かもな……笑顔で褒めて、褒めて、と言ってくるリディアをあやしながら、今後のアッシュの苦労を思い、少しだけ申し訳なくなった。
それからしばらくして、旧シャマル・南アルティアの中間あたりに街が出来上がる。
とはいっても、まだ代官屋敷を中心に数件の家屋が立ち並ぶだけだが。
これから、ここを中心に発展していくことになり、しばらくはこの街周辺の開発に力を注ぐ事になる。




