秘密部隊ってロマン……ですか?
「……ん?ここは……。」
「シンジ様、目が覚めましたか?」
俺が目を開けると、心配そうにのぞき込んでいるアイリスの顔が見える。
「アイリス……。」
「何を……キャッ。」
俺はそのままアイリスを抱きしめる。
そのまま唇を近づけ……。
スパァァァーーーーン!
「何やってんのっ!バカシンジっ!」
ハリセンを持ったエルがゼェゼェと息を切らしている。
あのハリセンで叩かれたのだろうが……いつの間にそんなものを。
「何って……可愛い顔があったからつい……。」
「ふざけるな!ですよぉ。私達がどれだけ心配したか分かってるんですかぁ?」
リディアが飛び乗ってくる。
「本当に心配したんだからぁ。」
リディアの瞳に涙が溜まっている。
「あー。何だ、その……悪かったな。」
俺に抱き着いてくる3人を抱き寄せる。
「それで、現状はどうなってるんだ?」
「えぇ、まずは帝都への住民の誘致ですがエレナさんが中心となって進めていますが、例の件もあるので、今は前準備だけです。」
「まぁ、マスティルの件をさっさと片付けないとな。」
「そのマスティルについてなんですが……その……。」
珍しくアイリスの歯切れが悪い……。
「どうした?クリスに何かあったのか?」
「いえ、その……実はマスティルから使者が来ております。」
「使者?」
「はい、和平交渉の使者です。」
マスティルが和平交渉?
「……何の冗談だ?」
「それが冗談ではないのです……。」
なんでも、ミランダに対して見せた、あの演出を見たマスティルの一部の者達が領主に対して反乱を起こしたそうだ。
そして、領主を捕らえ実権を握った反乱軍のリーダーが和平交渉の使者を送ってきたというのだが……。
「問題は何だ?」
アイリスがこんな顔をするという事は、何か問題があるのだろう。
「それが、反乱軍のリーダーと言うのが、グラドス将軍なんです。」
「……グラドスか……成程な。」
グラドス将軍は、マスティル軍の先鋒として最前線にいた人物だ。
イヤイヤ従っているという感じではなく、むしろ積極的に攻め込んできていて、兵達の略奪も、止めるどころか推奨していた。
そんな男が反乱?和平?
「どう考えても自分の保身しか考えていないとしか見えないな。」
「私もそう思います。」
アイリスも大きく頷く。
「ここでけるのも面白そうだけどな……とりあえず、使者が何を言うか聞いてみようか。」
「分かりました、では接見の手配を整えます。」
そう言うと、アイリスは手続きをするために部屋を出ていく。
「さて、城内の見学もしたいけど、取りあえずは謁見の間に移動するか。」
どうせなら、色々仕掛けが終わった後に来てくれればいいのに……気の利かない奴等だ。
俺はそう思いながら謁見室へと向かった。
◇
「……なので、皇帝陛下におかれましては……ですから……。」
使者の口上が延々と続く……。
「あー、もういい、お前帰れよ。」
「えっ、待ってくだされ、儂の話を……。」
使者は衛兵に引きずられて謁見の間から出ていく。
「……ん?お前らも帰っていいぞ?」
俺はその場に残っている使者の従者?に声をかける。
しかし、従者の片方……年嵩の男が口を開く。
「陛下、恐れながら、私共の話を聞いてもらえませんか?」
「面倒だ、明日聞いてやるから、今日はもう帰れ。」
「明日じゃ困るんですよ。」
いつの間にかもう片方の若い男が俺の首にナイフを突きつけていた。
さっきが無かったため気付くのが遅れた。
「シンジ!」
「シンジさん!」
「狼狽えるな!」
慌てるエル達を俺は押しとどめる。
「何が目的だ?」
「取りあえず話を聞いて欲しい。」
「いやだと言ったら?」
「申し訳ないが、このまま命を貰う。」
若い男はそういうが……。
「出来ると思っているのか?」
「陛下こそ、この状態から何かできると思っているのですか?」
「御託はいいから、やって見なよ。」
俺は男を挑発する。
「クッ、少し痛い目を見て貰おうか。」
男はナイフで俺を突き刺そうとするが……。
「グッ……。」
「どうした?俺の首はここで、心臓はここだぜ。」
俺は、胸をそらして指をさしてみる。
「な、なにをしたんだ。」
「ふっ……まぁ、場所を変えようか。」
俺は捕らえた二人の従者を奥の『秘密の謁見場』へ誘う。
ここは、非公式の会見用にあつらえたものだ。
「さて、詳しい話を聞こうか?」
「シンジ、大丈夫なの?」
一度不覚を取っただけにエルの眼が険しい。
「大丈夫だよ、頼もしいボディーガードもいるからな。」
俺は振り返って、そこにいる人物?を指す。
そこにいるのは、白い肌に腰まで伸びた長い髪の絶世の美少女だった。
しかし、彼女の下半身は巨大な蜘蛛型をしており……つまりアルラウネと呼ばれる魔族だった。
この世界では魔族の数は少なく、その姿を見た事があるものが皆無なため、アルラウネも魔獣と間違えられていた。
「奥様方、お初にお目にかかります、アルラウネのルゥと申します。今後とも良しなに……。」
ルゥはそう挨拶をすると姿を消す。
「まぁ、彼女の事は後でゆっくりと説明するとして、今はこいつらの事だ。」
俺は従者たちを見る。
彼らを捕らえていたアルラウネの糸は既に解除してあるので自由に動けるはずだが、彼等は微動だにしない。
「皇帝に対しその命を狙うふりをしてまで設けた場だ、さっさと話せよ。」
「全てお見通しってわけですか?」
「バァーカ、分からないから話せって言ってるんだろ。」
若い男の言葉に、俺は挑発するように答える。
「グッ……。」
男は唇をかみしめ押し黙る。
そんな男を庇う様に年嵩の男が一歩前に進みでる。
「失礼しました。私はマスティル所属のゲイルと申します、こちらは……。」
「マスティル所属のアレクと申します。この度は御多忙の中時間を取っていただき感謝申し上げます。」
ゲイルとアレクが、畏まって一礼をする。
「あー、そう言うのいいから。元々ここはそういうめんどくさい事を排除して話し合うための場所だからな。」
俺はそう言って二人をテーブルへと誘う。
そこにはすでにアイリスによってお茶が準備されている。
「……我々をそこまで信用していいのですかな?曲がりなりにもあなたの命を狙ったのですぞ?」
ゲイルが訝し気にそう言ってくる。
「そっちの……アレクと言ったか?お前から殺気が全く出てなかったからな。……まぁ、少しでも殺気があれば、俺の下に辿り着く前に首が飛んでいたんだけどな。」
あの時、アレクに殺気があれば何かを考える前に反射的に『死神の鎌』を振るっていたが、彼に一切の殺気が無かったため、反応が一瞬遅れ、あの様な不覚を取る事になった……と言うかアレクは俺に斬られてもいいと考えていたのではないのだろうか?
「それで?お前らの狙いは何なんだ?」
俺は二人に話の先を促す。
「はっ、実は……。」
ゲイルの話によれば、反乱軍の指揮を執っているグラドス将軍は噂通りの下衆な野郎で、今回の反乱に関しても、旗色が悪くなったので身を翻しただけにすぎず、グラドスの元のある限りマスティルの民達は振り回されるだけで未来は無い。
なのでグラドスの甘言に惑わされず、帝国にはグラドスを討ち取って欲しい……と言うのが彼らの言い分だった。
そして、アレクが俺を襲ったのも、話が聞いてもらえ無かったとしてもマスティルの使者が皇帝の命を狙ったという事で交渉は決裂、帝国がマスティルに進軍してグラドスを討ち取ってもらえればいい……と言う事だそうだ。
「……話は分かった。それで本音は?」
「本音とおっしゃいますと?」
ゲイルが首をかしげる。
「今言った事だけが理由じゃないだろ?領民の事だけなら、和平の条件として戦犯としてグラドスの首を請求すればいい……違うか?」
「……。」
俺の言葉にゲイルは黙り込む。
「……はぁ、ゲイルさんよぉ。これは全部喋るしかないだろうぜ。」
「しかし……。」
「今までの様子からして、この皇帝陛下は信用に足るが、こちらの手の内をすべて曝け出さないと協力してもらえそうにもなさそうだ。」
アレクはこの短い間に俺に対してそういう判断を下したみたいだ、そして話していて分かったが、ゲイルの先を見通す洞察力も中々のものがある。
正直この二人には今後も力を貸してもらいたいと思うが、見た所忠誠心はかなり高い……その忠誠心が誰に向いているかが問題だ。
その人物の為なら平気で俺を敵に回すだけの覚悟を決めれる……そんな感じがした。
「実はマスティルの領主、アレイクレス様にはご息女がおりまして、名をミュウナ様と言い、それももう聡明で麗しく……。」
その後もゲイルがミュウナを褒め称える言葉がひたすら続いた……。
「つまり、だ、ぶっちゃけて言うと、グラドスが自分の行為を正当化するためにミュウナとの婚姻を迫っており、マスティルの民はそれを良しとしないが、グラドスの軍勢に逆らえないので、俺達帝国に討ち倒して欲しい……と、そういう事だな。」
「その通りです!ミュウナ様は天使です。その天使の様なミュウナ様を助けていただけるのならこのゲイル、悪魔にでも魂を売る覚悟は出来ております。」
「このアレクも、同じ気持ちであります。」
……こいつらヤバい。
俺はミュウナを語るゲイルとアレクの眼を見てそう思った。
なんというか、アイリスを見るサウシュの住人達……あの『親衛隊』達と同じ目をしていた。
「お前達の気持ちは分かった。ミュウナ共々俺の傘下に入ってもらう、それが条件だ!」
「……それでミュウナ様が助かるのなら、そしてミュウナ様を決して粗末に扱う事をしないと確約してくれるのならば……あなたの下に降りましょう。」
「同じく。」
ゲイルとアレクは椅子から立ち上がり、俺に対して臣下の礼を取る。
「まずは、あのクソの様な使者を追い返すところからだな。」
◇
「な、なんと!」
「聞こえなかったのか?」
驚愕するマスティルの使者を侮蔑の眼でみながらもう一度言う。
「戦犯としてグラドス将軍の処刑、今後の人質として前領主の遺児ミュウナの身柄を差し出せ。マスティル領の全面降伏……それが和平の条件だ。さっさと帰ってそう伝えろ。」
俺の言葉にマスティルの使者は、すごすごと引き下がる。
「さて、お前らにも働いてもらうからな。」
俺は背後で隠れていたゲイルとアレクに声をかける。
「あぁ、まずは先回りしてミュウナ様の確保だな。」
「そして、グラドスの逃げ道を塞ぐ事……だな。」
「民衆を扇動して、グラドスを孤立させたところに帝国兵が取り囲んで止めを刺す、と……そんなにうまくいくのかね?」
アレクが不安げに呟く。
「うまくいかなかったら、ミュウナが危険に晒されるだけだぞ。」
「任せておけっ、俺がうまくやってやるぜ!」
一気にやる気のテンションが上がるアレク……ある意味単純で扱いやすい奴だ。
「一応三日後にマスティル領を取り囲む予定だから、それまでに最低限ミュウナの身柄の確保だけは頼んだ。」
「あぁ、任せておけ!」
そう言って、ゲイルとアレクもマスティル領に向かうのだった。
「……シェラ、悪いけど、あの二人のフォローを頼む。」
さわやかな顔で旅立つアレクを見て、急に不安を覚えた俺はシェラにフォローを頼んだ。
「ところで、シンジそろそろ説明してもらえる?」
エルがエレナを指さす。
正確にはエレナの周りにいるアルラウネのルゥを始めとした魔獣たちを、だ。
「あ、あぁ、取りあえず、場所を変えようか。」
◇
「んー、先に言っておくけどな、俺も知らなかったんだからな。」
そう言って、まずはエレナの近くにいたルゥたちを指さす。
「まず彼女?達が俺達を守ってくれる『シークレットガード』だ。基本的には魔獣たちで構成されている……まぁアルラウネのルゥは魔族だけどな。」
ルゥは新人ながらその能力の高さを認められて序列三位の位置にいるらしい。
ちなみに序列二位はフェンリルのレオン……いつの間に!?
そして序列一位はライトニングホーンのラビちゃんだった。
エレナが素材集めの為に近隣の森を駆けずり回っている内に、いつの間にかエレナを慕う魔獣が増えて収拾がつかなくなりかけたので、『シークレットガード』を組織したという……いったい誰がそんな事を考えたのだろう?
他にエルの指揮下にある『影の軍団』……序列一位のシェラが率いているが、いつの間にか数を増やしているらしい……何人いるのか、俺にも掴み切れていない。
アイリスの指揮下にある『戦うメイドさん隊』……リオナやレム、マリアなどが所属している。
ウチのメイド……どこを目指しているんだろうか?
「まぁ、そんな感じで俺も知らない内に色々な組織が増えているらしい。」
俺がそう言うと、皆視線を逸らしていた。
他にも非公式ながら、アスティア義勇兵たちを中心に組織された『特攻野郎Rチーム』とか、サウシュの住民や南アルティアやシャマルの難民たちを中心に組織された『聖女様親衛隊』等があったりする。
そしてクラリス領でも、カチュアを中心に何やら怪しい団体が出来つつあると言う噂が入ってきている……帝国、大丈夫なのか?
そして三日後、マスティル領に向かった俺達が目にしたものは……。




