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ハンムラビ法典って、究極の真理なんじゃないかと思う。

 「閣下、いかがいたしましょうか?」

 首を垂れつつ訊ねてくる書記官。

 彼が聞いているのは帝国からの書状についての事だ。

 書状には帝国皇帝及びその側近に対しての暗殺・拉致・傷害について、事細かく書かれている……もちろんすべて未遂に終わっているが、問題はなぜそこまで詳細に(・・・・・・・・・)書かれているか(・・・・・・・)という事だ。

 内容としては、それらの事件に対して何か情報を知らないかという問い合わせではあるが、明らかに分かっていて(・・・・・・)送ってきているのは明白だ。

 その証拠に文面の最後は『ジャスワート伯爵をよろしく』的な意味の文章で締められている。 


 「何も知らん!と返答しておけ、後、ジャスワート伯爵が逗留していたはずだ。こちらに呼んでくれ。」

 閣下と呼ばれた男……ミランダ領領主のギルマ伯爵は、控えている側近にそう指示を出すと、椅子に座り込み大きく息をつく。

 「……何故だ、どこでバレた……いや、本当にバレているのか?」

 「閣下、恐れながら申し上げます。」

 「ウム、他には誰もいないからな、申してみよ。」

 「はっ、帝国の手出しは控えた方がよろしいかと……あの書状は明らかに警告でありますれば……。」

 誰もいないと言われたにもかかわらず、書記官は小声でギルマ伯爵に告げる。

 書記官はギルマ伯爵が、まだ爵位を継ぐ前からの付き合いであり、ギルマ伯爵にとっては誰よりも信頼のおける腹心である。

 その彼が言うのだから、間違いはないのだろう。

 出来ればギルマ伯爵もそうしたいと考えていたのだが……。


 「カイルよ、お主の忠告はありがたいのじゃが、ここでやめると儂は全てを失ってしまう……やるしかないのだ。」

 「……今までの事を全て晒した上で帝国に無条件で降ってもよろしいかと。閣下の態度次第では皇帝陛下より慈悲が与えられると思われますが?」

 「儂にあのような年端も行かぬ小僧に首を垂れ、情けに縋れと申すのか?その様な恥さらしな真似は出来ぬ。」

 「……では閣下のお心のままに。」

 カイルはギルマ伯爵に一礼すると部屋から出て行った。


 「カイルよ……もう遅いのじゃ……。」

 一人残されたギルマ伯爵は、もう一通の書状に目を通しながら誰もいない部屋の中でそう呟いた……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「では、このリストの人物を攫ってここに閉じ込めておけばいいんですね。」

 「あぁ、間違えるなよ、順番に毎日一人づつだからな。後、正体はバレないようにな。」

 「大丈夫です、シンジ殿から頂いたこの装備があれば、不覚の取りようがありません。」

 そう言って不敵に笑うシェラ……こういう仕事モード(・・・・・)の時は頼もしいんだけどな。

 シェラに渡した装備は四つ。

 まずは認識疎外効果の付いたマスク……目元だけを覆うマスカレードマスクと言う奴だ。


 二つ目はタクティカルグローブ……俺の魔力タンク用に作ったものの一つだ。

 影としての訓練を受けているシェラの戦い方は、ナイフなどの暗器使用を含めた体術が主となっているので、このタクティカルグローブは本来の使用用途としても、十分に効力を発揮できるだろう。


 三つめは『魔晶結石(マジカルクリスタル)』で作ったナイフだ。

 タクティカルグローブと合わせてシェラの攻撃力をあげてくれるに違いない。

 また『電撃(ライトニング)』の魔法を付与してあるので、出力を調整すればスタンガン代わりにもなるから『影』として動くのに最適な武器となるだろう。

 自分で作っておいてなんだが、あまりにもの使い勝手の良さに驚き、自分用として予備を十数本作ってしまった。


 最後は高い隠蔽効果を付与したボディスーツ。

 アンダーウェアとして普段の装備の下に着こむだけで、隠蔽効果を発揮するだけでなく、抵抗力を底上げし速度強化の魔法がかかるというスグレモノだ。

 まだ試作品の為改良の余地はあるが、そのうちに帝国兵士の標準装備として支給できるようにしたいと考えている。

 

 今回の作戦の成否はシェラにかかっていると言っても過言ではない、その為に色々装備を与えたのだ……決して新しい装備の実験に丁度いいと思ったわけではない。

 また、エルの頼みでもあり、シェラの立場を強化するためにも活躍の場を与えないといけなく、そして活躍の場を与えたからにはそれなりの結果を出してもらう必要がある……めんどくさいのでシェラに押し付けよう等とは考えていないのだ。


 

 「シンジも相変わらずえげつないよね。」

 ご機嫌な様子で出て行ったシェラを見送ると、エルがそんな風に声をかけてくる。

 「そうかぁ?俺はやられたことをそっくり返そうとしてるだけだぞ?」

 「それが出来るって時点でえげつないって分かってるのかなぁ?」

 エルがすり寄ってきて見上げてくる。

 「こういう陰険なのはあんまり好きじゃないんだけどな。」

 俺は小さくため息をつく。

 「そんな顔しないの。気晴らしに街でも行きましょうよ。」

 そんな俺の腕を取り、エルが明るく言ってくる。

 そうだな、どうせ今はやることないし、ここは拉致監禁用に用意した廃城なのでとどまっていても意味がないしな。

 俺とエルは廃城を後にして街へ戻る事にした。


 ◇


 「やめてっ、いやっ!」

 「ぐへへへっ、叫んでも無駄だぜ。こんなところまで人は来ないからな。」

 下衆な笑い声をあげる男たちが3人、女の子を路地裏へ連れ込んで動けない様に押さえつけている。

 「ほらほら暴れんなよ。」

 男の一人が少女の服を掴み、思いっきり引き裂く。

 まだ育ち盛りの胸が男たちの前にさらけ出される。

 「イヤぁぁぁぁっ――――――!」

 少女は必死にもがくが、大人の男の力に抗えるわけでもなく、少し身じろぎをするだけに終わる。

 そしてその様子が男達の嗜虐心に火を付ける。

 「へへへっ、まずは俺から楽しませてもらうぜ。」

 そう言って少女にのしかかる男の一人の手が少女の胸に伸びる。

 「イヤっ、やめて、イヤぁぁぁぁ―――――!」

 少女の叫び声が路地裏に響く。

 「だから、誰も来やしないぜ、へへへっ、諦めな……ぐぇっ!」

 男が少女の上から弾き飛ばされる。


 「……まったく、最近こういうのが多いな。」

 「治安が悪くなってるのは確かよね。」

 エルは少女に駆け寄り、収納から出した布で少女の体を覆う。

 「怖かったよね。もう大丈夫だからね。……シンジ、こっちは大丈夫よ。」

 助けられた少女はエルにしがみついている……エルに任せておいた大丈夫だろう。

 「さて、アンタらはどうしようかな。」

 俺は男たちを睨みつける。

 「ヒィッ!」

 「逃がさないよっ!」

 慌てて逃げ出そうとする男二人にナイフを投げつける……シェラに渡したものと同じものだ。

 ナイフが掠ると付与された『電撃(ライトニング)』が発動し、男たちをその場から動けなくする。

 「アンタは逃げないのかい?」

 一人だけその場に残っていた男に声をかける。

 「チィッ!」

 男はいきなりナイフを抜いて切りかかってくる。

 俺はそれをサイドステップで躱し、男の足を引っかける。

 「ぐべっ!」

 「悪いけど相手にしてる暇はないんだよ。」

 俺は倒れ込んだ男にナイフをあて気絶させる。

 そして身包み剥ぎ、素っ裸にして拘束した後、大通りの邪魔にならない所へ放り出す。


 「これでOKっと……って、あれっ?」

 周りを見回してもエルと少女の姿が無かった。

 「エルっ?どこだ?」

 俺は慌ててエルの姿を探す。

 あの時、他に気配は無かった……とすると、エルが自ら移動したか、それとも、俺の気配感知に引っかからないぐらいの隠蔽能力の持ち主がいたか……。

 「エルーッ!」

 俺は表通りまで出て探し回る……くそっ、何処に行ったんだよ。


 「あ、こんなところにいた!もぅ、勝手に移動しないでよね、探すの大変だったんだから。」

 「……エル?」

 通りの向こうから駆け寄ってくる少女を見て、俺は体中から力が抜けていくのを感じた。


 ◇


 「……えーと、そろそろ離してもらえないかなぁ?」

 「やだ。」

 「えーとね、とっても嬉しいんだけど、流石にちょっと恥ずかしくなってきたというか……。」

 「やだ。」

 さっきからこの会話の繰り返しである。

 エルを見つけた俺は、思わず彼女を抱きしめ、現在は膝の上に乗せて後ろから抱え込むように、逃がさないという様に抱きしめている。

 情けない話だが、この手から彼女の温もりが消えていくのが怖かったのだ。


 「えーと、ごめんなさい。もう勝手に移動しないから、ネッ?」

 仕方がないので、俺は彼女を離すと横に座らせる……が、手は繋いだままだ。

 「それで?」

 「ウン、シンジがアイツらの相手をしている間に彼女を家まで送っていったのよ。で、戻って来たらすでにシンジはいなくて……心配したんだゾ。」

 「それはこっちのセリフだよ……まったく。せめて一言声をかけて欲しかったよ。」

 エルの話では、あんな現場に少女を残していても、イヤな思い出だけが増幅してよくないと思いサッサと送り返すことを選択したそうだ。

 「それに、あのまま残っていると、またシンジの愛人が増えそうだったからね……。」

 「ん?何だって?」

 エルがボソッと呟いた言葉を聞き逃してしまったので、俺はもう一度問いかける。

 「何でもないよ、それよりあの子から聞いたんだけど……。」


 エルが少女から聞き取った話では、以前に比べて街の治安が悪くなっているのは間違いないそうだ。

 特に独立宣言をした後、帝国の噂が流れてきてから、加速的に悪くなっていったそうだ。

 「帝国(俺達)が原因か?」

 「んー、と言うより、独立宣言をした後一気に税が跳ね上がったんだって。それで食い詰めた人たちが、街を出て盗賊になったり、その所為で商隊が襲われ物価が跳ね上がって、生活に困る人がますます増えて、同時に役人さん達も露骨に賄賂を請求するようになったり、取り締まりがいい加減だったり、時には警備と称して乱暴狼藉を働く人も出ているって感じ?後は、徴兵が厳しくて、どうせ戦争に行って死ぬくらいなら好き放題にしてもいいだろ、と暴れまわる人たちも増えてるらしいのよ。」

 「負のスパイラルだな……ここまでくると一度潰してしまった方が早いかもな。」

 「ウン、でもあの子みたいにそんな中でも一生懸命生きている人たちもいるんだよ。」

 「……そうだな、まずは帝国の傘下に入れて頭を総入れ替えして様子を見てみるか。」

 「そうだね……。」


 結局、領主だ、皇帝だと言っても総てを救うなんてことは出来はしない。

 万人が望んだ通りの政治なんて不可能だ。

 だから、俺は俺なりに出来る事をしたいと考えているのだけど……。

 「所詮は偽善か……。」

 俺がそう呟くと、エルは握っている手に力を籠める。

 「でも、その偽善で救われた人がいるのも確かだよ……さっきの子みたいに、ね?」

 エルがそう言ってくれる……それだけで救われた気がした。


 「……そうだな、どうせ俺のやる事だしな。」

 「そうそう、シンジはやりたいようにすればいいんだよ。」

 「まぁ、俺よりうまく国を動かすことができる奴がいるなら、ソイツに押し付ければいいか。」

 「それでいい……のかな?」

 調子に乗った俺の言葉に、釈然としないものを感じるエル。

 「それより、お腹空かないか?飯でも食に行こうぜ。」

 俺はそう言ってエルを引っ張って街の繁華街へと向かうのだった。 

 

 ◇


 「しけてやがるなぁ。」

 男たちから身包み剥いだものの、所持金はほとんど持っていなくて、金目のものを売り払っても銀貨1枚にしかならなかった。

 まぁ、街の屋台で買い食いする分には十分だけど。

 「仕方がないわよ、見るからにお金持ってなさそうだったし。」

 「あ、そうだ、領主の屋敷から金目の物を持ってこさせて売り捌こう。嫌がらせにもなるし、一石二鳥とはこのことだな。」

 「シェラが可哀想……。」

 「いいんだよ、シェラならできる!俺は信じているよ。」

 「都合のいい時ばかりそう言うんだから。」

 エルが呆れた声を出す。


 今回シェラにやらせているのは遠回しな恐怖と嫌がらせだ。

 まずは領主の周りの人間が日に日に消えていくという恐怖。

 最初は使用人の中でも末端のいなくてもそれほど気に留めない者達、それが日に日に料理長だとか、メイド長だとか、側使え等重要な職に就いている者が消えていく……周りからドンドン人が消え、明日は……?と言う地味に不安を煽る嫌がらせ。


 それから毒殺の恐怖……領主が口にするものに毒を……とはいっても死なれたら困るのでもっとマイルドなものにする。

 例えば、領主のお茶の中に砂糖ではなく塩を入れる……料理の中の一皿にタバスコを一瓶分かけておくと言った嫌がらせレベルから、下剤、睡眠薬、麻痺薬と言った少々いけんなレベルのものまで……。

 どれだけ注意しても、いつの間にか何かが混じっている……裏を返せばいつでも毒薬を仕込むことが出来るんだぞ、というメッセージ。


 更には毎朝起きると顔の横にナイフが突き刺さりメッセージが残されているという恐怖……いつでも寝ている間にグサリと出来るんだぞと言うメッセージはどれだけ愚鈍な奴でも堪えるだろう。


 そこに屋敷内の調度品がいつの間にか持ち去られていて街で売りに出されるという嫌がらせを追加するのは我ながら名案だと思う。


 これらの事が出来るのはひとえにシェラの卓越した『影』としての能力とその魔法に加え、俺が渡したそれらを強化する魔術具の力があってこそだ。

 それでも後半になると苦戦することもあるかもしれないので、その時は俺が出向くようになっている。

 俺の能力はこういうことに最も力を発揮できるからな……できればもっと別の方面で活躍したいものだけど。

  

 「で、シンジの目算だとどれくらいでケリがつきそうなの?」

 「んー、予定通りに行けば2週間後に奥さんと娘さんを拉致る予定だから、そこが山場かな?」

 「どうするの?」

 拉致した後の詳細を知らないエルが聞いてくる。

 「奥さんと娘さんに事情を話して協力してもらえるならそのまま説得のメッセージを、無理そうならこちらででっち上げた、拷問しているイメージ付きのメッセージを領主の下に残す。それを見て領主が折れるかどうかだな。その日からは、前日と違い料理や飲み物にいれる薬の危険度を上げるし、枕元にナイフを刺すのもその日から始める。そして毎日のように届く奥さんや娘の無残な姿を見ていつまで耐えれることか。」


 「そ、そうなんだ……引くわー。」

 俺の説明にエルが顔を引きつらせる。

 「そうは言うけどな、これ全部相手がやってき事だぜ。まぁ、運よくすべてを未然に防いだからこそ、今こうしていられるけどな、一歩間違えれば俺やエル達がそういう目にあっていたんだぞ。それをやり返して何が悪い?」


 そう、無事だから余裕があるのであって、もし万が一でもあった場合はこんなに悠長なことなどしていられなかったはずだ。

 そして、ミランダ領の領主には気の毒だが、世間に対する生贄になってもらう。

 帝国に、皇帝の近しいものに手を出すのは割に合わないと知ってもらうための生贄だ。

 手を出した者の末路がどのようになるのかを世間に知らしめるための生贄となってもらう……つまりここの領主はどう転んでも、悲惨な結末しか待っていないのだ。

 「自業自得ってやつだな。俺に手を出す奴は滅びる覚悟を持ってもらわないとな。」

 

 実際今の俺なら、単に滅ぼすだけなら簡単なのだ。

 エクスプロージョン50発分程度の魔力を込めたゴーレムを転移で送り、自爆させるだけでいい。それだけで街一つは壊滅するだろう。

 でもそれだけでは何の解決にならないことも知っているので、こうして色々頭を使ってるわけだ。


 「ホント、めんどくさいよな。」

 「そうねぇ、何でみんな笑って暮らせないのかなぁ。」

 俺の呟きにエルが応える。


 そう、俺の目標はエルの言う様に『皆が笑って暮らす事』だ。

 その為に今やるべき事は…………ホント、めんどくさいな。


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