見た目で判断するのって、本当に危険だからね……分かってる?
「ねぇねぇ、あっちの屋台行ってみましょ。」
エルが俺の腕を引っ張る。
いつもより燥いでいる姿を見るとあまり強くは出れない。
「それはいいけど、先にギルドに行かないと。」
「分かってるぅ、あれ買ってからでもいいでしょ、どうせ通り道なんだし。」
「ハイハイ、分かりましたよ。」
まぁ、久しぶりだから燥ぐ気持ちも分からなくもないが。
……それに、これくらいの方が、俺達の正体もバレにくいだろうしな。
両手いっぱいに食べ物を抱えて戻ってくるエルから、半分受け取ると、エルは腕を絡めてくる。
「二人っきりのデート、久しぶりだね。」
「……シェラが戻ってくるまでの間だけどな。」
「大丈夫、あの子は夜まで戻らないように言いつけてあるから。」
「……何気に酷くね?」
「いーの。それより、さっさとギルドでの用事済ませましょ。他に行きたいところもあるんだから。」
「ハイハイ、分かりましたよ。」
俺はエルと腕を組んだままギルドへと向か事にした。
◇
カランカラーン……。
聞きなれたドアベルの音。
聞いた話によれば、コスト削減の為、ギルド施設内の備品などはすべて同一規格なんだそうだ。
だからどの国のギルドに行っても、作りは同じ、調度品も同じ、ベルも同じものなので音も同じ……なんだそうだ。
そして同じなのはモノだけでなく……。
「おいおい、何か勘違いしてるんじゃないのかぁ?デートなら場所を間違えてるぜぇ。」
男の言葉に、ぎゃははと品の無い笑い声をあげるギャラリーたち。
「あぁん?坊主、ビビってんのかぁ?だったらさっさと帰んな……っと、そっちのお嬢ちゃんは置いてけよ。」
どこのギルドに行っても。、こう言う輩はいるもので……最近ギルドに来ることが無いので、こう言う反応も久しぶりだった。
「いつからギルドでオークを飼うようになったんだ?」
「なんだとぉ!」
俺の言葉に男がいきり立つ。
周りの男たちが、やっちまえ―などと囃し立ててくる。
「おい、ゴブソンそれくらいにしておけよ。……坊主、お前もいい加減にしておけよ、あいつはアレでもCランクのフリーターなんだ。見る目を養わないと長生きできないぞ?」
一人の男が仲裁に入ってくる。
金髪のイケメンで、それなりに顔が効くのだろう、ゴブソンと呼ばれた男も黙り込む。
しかし、見る目が無いという点ではオーク男と大差ないけどな……それにイケメンを見ると嫌な奴を思い出すので、ここはあえて挑発をしてみる。
「ブーメランって言葉を知ってるか?」
俺の言葉に、訳が分からないって顔をする金髪イケメン。
まぁ、分からなくても問題は無いので、オーク男に視線を戻す。
「なんだ、オークじゃなくてゴブリンか。見間違えて悪かったな。これからはわかるように語尾に「ゴブッ」ってつけなよ。」
そう言って男たちの背を向けて受付の方へ向かおうとする。
「アァん、フザケンなぁ!喧嘩売ってるのか!」
案の定、沸点が低いオーク男が掴みかかってくる。
「喧嘩売るなんて……俺は平和主義者だからそんな事はしないよ。」
俺はそう言いながら銅貨を1枚投げる。
「なんだ、これは?」
「見た事ないのか?銅貨だよ。」
「それくらいは知ってる!どういうことかって聞いてるんだよっ!」
真っ赤になって怒鳴りつけるゴブソン。
「だから、その銅貨1枚で喧嘩買ってやるから売ってきなよ……特別サービスだぜ。」 「シンジ、オークが銅貨の価値なんて知ってるわけないじゃない。銅貨一枚で何が買えるか教えてあげないと。」
エルが煽る……アンタ楽しんでるね?
「おいおい、それくらいにしておけよ……キミタチもむやみに煽るようなこと……。」
「うるさいっ!」
金髪イケメンが仲裁に入ろうとしているのをオーク男……ゴブソンが振り払い、斧を手にする。
「望み通り喧嘩を売ってやるよ!お前ら、後悔しても遅いぜっ!」
そう言って斧を振り下ろすゴブソン。
周りの連中は、巻き添えにならないようにと端の方へ移動する。
「おいおい、そんなの振り回すと危ないぜ。……ここの喧嘩の定義は命のやり取りまでアリなのか?」
「うるせぇ!」
斧を横なぎに振り払ってくるが、それをバックステップで躱す。
しかし躱した先に斧が向かってくる……どうやらもう一つの斧を投げつけてきたようだ。
俺は首をひねってギリギリのところで躱すと、投げられた斧は背後のに突き刺さる。
「エル、ちょっと遊んでくるから下がってろよ。」
俺は壁に刺さった斧を引き抜きながらエルにそう告げる。
「シンジ、それ使うの?危ないよ?」
俺が手にした斧を見て心配そうに声をかけるエル。
「心配するなよ、峯打ちにするから。」
「……その斧、峰無いよ?」
俺が手にしているのは諸刃のバトルアックスだ、投擲にも使えるように小ぶりではあるが、確かに峰は無い……。
「テメェら、ゴチャゴチャとうるせぇんだよ!」
ゴブソンが斧を振り回しながら此方へ向かってくる。
力とスピードはそれなりにありそうで、Cランクフリーターと言うのもあながち間違いではなさそうだ。
俺は迫りくる斧を紙一重で避けながら、ゴブソンの位置を誘導する。
あのまま振り回されると、周りへの被害が大きいからな。
「このっ、くそっ!」
右から、左からと、斧が迫るが、俺はそれをステップや身体を捻る事で躱していく。
「くそっ、何で当たらねぇ!」
「だから、大振りし過ぎなんだよ、もっと頭を使ったら?」
「うるせぇっ!」
ブンッ!
俺の顔の横を斧が掠めて通り過ぎる。
破れかぶれになって投げつけて来たらしい……振り回すより、投げる方が才能あるんじゃね?
ゴブソンは別の斧を取り出してまた振り回してくる。
俺はあえて間合いを詰めて、その斧を躱し続ける。
投げた先に人がいたら危ないからな、これだけ間合いを詰めていれば斧を投げることもないだろう。
「このっ、このっ!」
「チカラはあるみたいだけどな、当たらなければどうという事は無いっ!」
俺は軽やかなステップでゴブソンの斧を躱し続ける。
「ねぇ、そろそろ飽きた。」
エルが声をかけてくる。
「最近運動不足だったから、丁度いい遊び相手だったんだけどな。」
「シンジは私と遊ぶより、オークと遊んでる方がいいわけ?」
俺がゴブソンの斧を躱しながらそう言うとエルがつまらなそうに言ってくる。
「そんなわけないだろ、分かったよ、終わらせるからもう少しだけ待ってろよ。後、これはオークじゃなくてゴブリンと言う名前だそうだ。」
「どうでもいいよ。」
せっかく名前を教えてあげたのに詰まらなさそうに呟くエル。
……これはいい加減終わらせて機嫌を取らないとマズいかも知れない。
「と言うわけで、悪いけどお遊びはここまでな。」
振り下ろされた斧を躱し、息を切らせ始めているゴブソンの背後へ回ると、その首にナイフを突きつける。
「さっきのイケメンが言ってただろ?見る目を養わないと長生きできないってな。」
俺はナイフを持つ手に力を籠めると、刃先が皮膚を破る。
「……『衝撃』!」
皮膚一枚を切った所で、ナイフに付与してある雷系統の魔法を発動させると、ゴブソンはその場に崩れ落ちた。
「……こ、殺したのか?」
あまりにもの事に周りが静まり返っている中、金髪イケメンが絞り出すようにして声をかけてくる。
「何でそんな面倒な事しなきゃならない?それにこいつが死んだらここの損害は誰が払うんだ?お前か?」
俺が聞くと金髪イケメンは、静かに首を振る。
「いや……、とにかく殺さないでいてくれて感謝する。……こんなやつでも大事な仲間なんだ。」
金髪イケメンはゴブソンを担ぎ上げる。
「仲間ならもっと早く止めてやれよ。」
「あぁ、そうだな、これからはそうするよ……見くびっていて申し訳なかった。俺はアレックスだ。しばらくこの街にいるなら、今度お詫びに奢らせてもらうよ。」
金髪イケメン……アレックスはそう言い残すと他の数人の男たちと共に、ゴブソンを担ぎ上げてギルドを出て行った。
アレックス達が出て行ってしばらくすると、ギルド内は何事もなかったかのように喧騒を取り戻す。
「お待たせ。」
俺はエルの下へ戻る。
「シンジも成長したねぇ、以前は生き埋めにしたくせに、気絶だけで済ますなんて。」
エルの声が聞こえていた一部の冒険者たちは、ギョッとした顔をすると、さり気無く俺達から距離を置く。
「今日はまだやる事があるからな。それにエルに手を掛けたわけじゃなかったしな。」
「もし、そちらのお嬢さんに手を掛けていたらどうしたのかしら?」
俺達の会話に、受付のお姉さんが割込んでくる……まぁ、目の前で話していたら会話の内容も筒抜けだよな。
「んー、今までの例からすると、この建物は崩壊、あのゴブリンさんは手足を切り刻まれて、回復魔法で治して……をシンジが気の済むまで繰り返すんじゃないかな?」
エルの言葉を聞いて受付のお姉さんの顔が引きつる。
「おいおい、人聞き悪いなぁ。いくら何でもそこまでしないよ。」
「ですよねぇ。」
俺の言葉にホッとした表情を見せる受付のお姉さんだが、その後に続いた俺の言葉に更に顔を引きつらせることになる。
「いいところ、関わった連中全員を素っ裸で拘束して、イグニスワームの群の中に放り込む程度だよ。」
イグニスワームは芋虫型の魔獣で、その口から生えている無数の触手が特徴だ。
その触手のいくつかは獲物を拘束するのに使われ、残った触手は獲物の穴から体内へ入り込み内部から食していくという非常におぞましい魔獣である。
獲物の抵抗を奪うために、触手から出る分泌液には麻痺効果と催淫効果があると言われ、一時期、女性を玩具にしようと考える貴族たちの間で乱獲・養殖して飼いならす事が流行った事もある。
まぁ、それを試みた殆どの貴族はイグニスワームを飼いならすことが出来ずに自滅していったため、今では完全に廃れているが、未だに拷問用として使っている貴族も存在しているらしい。
「そ、その……冗談ですよね?」
受付のお姉さんが引きつりながらそう聞いてくる。
「やだなぁ、冗談に決まってるじゃないですか。」
俺がそう言うと、受付のお姉さんはホッとしたように微笑む。
「そうですよね、冗談ですよね。……それで今日はどのようなご用件で?」
「あ、あぁ、1ヶ月ほどこの街に滞在するので逗留手続きをしておこうと思ってね。」
冒険者は、ギルドカードさえ所持していれば、ギルドのある国であればどの国でもフリーパスで出入りすることができる。
ただし、犯罪その他を取り締まるために入国した際には、各管轄のギルドで手続きをする必要がある。
この手続きは義務ではないが、手続きをしておかないと、ギルドで依頼を受けたり、ギルドの冒険者に対する特典を受けることが出来ないために、通りすがりで数日しかいないという場合を除き、殆どの者が手続きを行っている。
「分かりました、ではギルドカードの提示をお願いします。」
俺とエルはギルドカードをお姉さんに渡す。
「……流石ですね、これなら先程の事も納得できますわ。」
俺とエルのギルドカードを見て俺達のランクがわかったのだろう。
そして、その情報をうっかりと口にすることも無い……と言うか、いつの間にか遮音の結界が張られているので、万が一口にしたとしても周りに漏れることはない。
本人が許可しない限り、例えランクだけであろうが冒険者自身の情報を漏らすのはA級禁則事項なのだが、そのあたりグダグダになっているギルドもあったりするのが現状だ。
なので、意外としっかりとしているセキュリティに俺は素直に感心する。
「称号も多いですね……って、これは……。」
喋りながらも手続きを進めていたお姉さんの手が止まる。
「……『盗賊の天敵』って、あのベルグシュタットの……?」
お姉さんが小声で恐る恐る訪ねてくる。
「どのベルグシュタットか分からんが、そう言えばそんな称号もらたっけ。」
俺の答えにお姉さんの顔がサァーッと蒼褪める。
……ベルグシュタットで何かしたっけ?
(ほら、一時期調子に乗って盗賊団と遊んでいたじゃない?あの、盗賊団のボスたちが泣いて謝ってたの覚えていない?)
(あぁ、そんな事もあったっけ?)
あの頃は、色々な魔術具を作るのにハマっていて、試し切りの相手に盗賊団を使っていた覚えがある。
まぁ、盗賊に人権は無いから別に心は痛まなかったけど、どうやら尾ひれ背びれが盛大についた噂が各所で広まっているらしい。
「あの……さっきのって本当に冗談なんですよね?」
「………。」
泣きそうな顔で聞いてくるお姉さんが余りにも哀れで、つい視線をそらすと、お姉さんは半泣きになりながら手続きを進めてくれた。
「これで手続きは終了ですが、今ギルドマスターが来ますので奥の部屋でお待ち願えますでしょうか?」
俺とエルは受付のお姉さんに案内されて奥の部屋へと移動する。
そこでしばらく待っていると、ギルドマスターが現れた。
「待たせてすまなかったねシンジ殿……それとも皇帝陛下とお呼びするべきですかな?」
ギルドマスターがニヤリと笑う。
「いや、ここにいるのはAランク冒険者のシンジだ……そう言う事で頼む。」
「分かりました。それで、この街に来た本当の理由をお聞かせ願えますか?」
グダグダと世間話等で時間を無駄にすることなく、ズバッと切り込んで来るところが、このギルドマスターの性格をうかがわせる。
そういう性格は嫌いじゃないので、此方もはっきりと答えることにする。
「ここの領主が、俺の周りの手を出したのでな、ケジメを付けに来たんだよ。」
「……攻め込むおつもりで?」
ギルドマスターの眼に警戒の色が浮かぶ。
「いや、ここの領主がよほどのバカじゃない限り、戦争までは発展しないよ……ただ、ここの領主及び関係者はお終いで、ミランダ領の歴史が潰えることは決定事項だ。」
俺の言葉にギルドマスターが息をのむ。
しばらく俺とギルドマスターの睨み合いが続く。
やがて、諦めたようにギルドマスターが視線を逸らす。
「それで我々はどうなりますか?」
「どうにもならないよ、アスティア領の情報は入って来てるだろ?」
俺の言葉に、安心したように大きく息を吐くマスター。
「こちらの要望としては、領主がバカな真似をした場合、乗せられない様に統制をして欲しいってくらいかな?……全部を潰すのは面倒だ。」
「そうですな、そこは私の責任においてお約束しましょう。」
俺の言外に「バカな真似をすれば諸共ぶっ潰す」と言うのをしっかりと汲み取って貰えたようで何よりだった。
実際にアスティア領ではギルドのサブマスター以下要職に就いている者の多くが、旧領主と癒着していた為に大幅な粛清がされた。
近隣のギルドマスターたちがいち早く気づいて処理を行ったため、俺が手を出すことは無かったが、処理がもう少し遅ければ、帝国に属する街の大半からギルドが消えていた事だろう。
「じゃぁそういう事で……これからも良い付き合いが出来るといいな。」
「そうですね、心からそう願ってますよ。」
俺はギルドマスターと握手を交わすと、エルと共にギルドを後にした。
思ったより時間を取られたが、日はまだ高く、エルと遊ぶ時間は十分にある。
ミランダ領関連で動くのはシェラの報告を受けた後の今夜からになるから、今はエルとの時間を楽しむことにする。
「じゃぁ、市場の方を見て回るか。」
「うん♪」
俺がエルに声をかけると、エルは俺の腕につかまり、案内をするように引っ張っていく。
「慌てるなって。」
俺はそう言いながらもエルの歩調に合わせて、歩みを早くする。
俺とエルのデートはこれからが本番だ。




