力を持たせてはいけない人って、世の中にはいると思うんですよ。
「さて、どう落とし前を付けてくれるんだ?」
俺は目の前にいる、クラリス領領主メルクリス伯爵に詰め寄る。
「な、何のことだ?大体いきなり乗り込んできて……無礼であろう!」
「本当に何も知らされていないんだな……はぁ。」
俺は合図を送る。
部屋の外からリディアとマリアちゃんがジャスワートを連れてくる。
「ジャスワート!……これは一体……。」
「コイツが全部吐いたよ。」
「何のことだ?」
「はぁ……仕方がないのかもしれないが、アンタ領主失格だな。」
俺は大きくため息をついて見せる。
「孤児院の補助金を何故打ち切った?」
「何のことだ?儂は補助金を打ち切ってなどいない。」
「なら、なぜ孤児院の子供たちが飢えている?街中で物乞いの真似事をしてまで飢えを凌ごうとしていた子供たちの気持ちを考えた事はあるのか?」
俺の言葉にマリアちゃんが俯く。
「領都以外の街や村の税率が上がっているのを知っているか?その為に領民たちがその日を暮らすのに喘いでいるのを知っているか?」
「何の話だ?」
「アンタの命令で出されたことだよ。孤児院だけじゃない、他の施設や公共施設への補助金の減額及び打ち切り、各地への増税及び臨時徴収……全てはアンタの命令だと言ってそこのジャスワートが行っていた事だよ。」
「……まさか……そんな……。」
俺の言葉に信じられないという顔をする領主。
「その方のおっしゃってることは本当の事です、お義父さま。」
「カチュア……お前、身体は大丈夫なのか?」
「ごめんなさい、お義父様。体調が悪いと言うのは嘘です。」
「何でそんなウソを……。」
「そこのジャスワート伯爵の手の者から逃れる為ですわ……彼等は私を捕らえてお義父様への対抗手段としようとしていたのです。」
「ジャスワート……貴様!」
倒れているジャスワートにつかみかかろうとする領主を俺は押しとどめる。
「ソイツは身動きとれねぇよ。後で渡してやるから好きにするといい。それより……。」
俺は領主を睨みつける。
「ソイツはクリスにも手を出した。今クリスは意識不明の重体だ。全てソイツのやったことかもしれないが、その上役であるアンタの責任でもある……クリスに手を出したという事は帝国を敵に回すって事でいいのか?……それらを踏まえて、さっきの答えを聞かせて貰おうか?」
「ぐぬぅ……しかし儂は真のグランベルクの為に……。」
呻く領主……こいつなりの忠誠心なんだろうが、その気持ちを慮ってやる義理は無い。
大体、行き過ぎた忠誠心の為に周りが見えなくなり、そこをジャスワートみたいな奴に付け込まれているんだ。
「それは本当にグランベルクが望んでいた事なのか?」
「当たり前だ!儂は先祖代々からグランベルク王家に忠誠を誓っておる!」
矜恃を傷つけられたことで怒りを露わにする領主。
しかし俺は追及の手を緩める気はない。
「ならば、何故独立したんだ?王家に対する反逆だってわかってるんだろ?」
「王家が間違っているのならば身を挺して止めなければならぬ。例え反逆者と罵られようとも正しき道へ誘うのが家臣の務めだ!」
「間違っていますわ、伯父様。」
俺と領主の会話に突然割り込む女性の声。
俺達はその声の主の方へ首を向ける……そこに立っていたのはナターシャに支えられたクリスだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……ボーっとしている……何かしなくてはいけないのに、何もする気が起きない。
「………か?姫……、私がわか……すか?……様……。」
……何か声がする……私に呼び掛けているのだろうか?
「……シン……が……れ……た。シンジ……くれまし……もう大丈……。」
……シンジ……?……どこかで聞いたような……忘れちゃいけない事……。
声の主はずっと私に話しかけているようだ。
その言葉の中に懐かしい、そして大事な言葉が含まれているのがわかる。
……そうだ……私はこんなところで……。
「シンジ様は………ける……領主………た。姫様の……心配……よ。」
……シンジ……領主……。
……シンジ……そうだシンジ様の為に私はっ!
私は慌てて跳ね起きた……つもりだった……実際にはうっすらと目を開ける事しかできなかったが。
「ここは……?」
「姫様!?お目覚めになられましたか?」
「ナ……ターシャ……。」
「はい、ナターシャでございます。姫様、良かった……。」
私の胸で泣き崩れるナターシャ。
よく分からないけど、現状を見ると、かなり心配かけたのだろうという事だけはわかる。
「一体、何が……どうなって……。」
「あ、御無理なさらないで下さい。今説明しますので。まずはシンジ様から預かったお薬をお飲みください。」
身を起こそうとする私を、慌てて押しとどめ、再度ベッドに寝かされる。
ナターシャが差し出した『薬』はシンジ様の作ったポーションで間違いない……瓶の形に見覚えがある。
とはいっても、自力で飲むことは出来なかったので、上体を起こしてもらって飲ませてもらう。
そのまま横になっていると、ポーションの効果か、今まで全く力の入らなかった手足に、少し力が戻ってきたのを感じる。
「どこからお話ししましょうか……ミランダ子爵夫人のお茶会は覚えていらっしゃいますか?」
「えぇ、覚えていますわ。」
……と言うより、そのお茶会の後の記憶が無い。
「あのお茶会から帰られた後、姫様はお倒れになられました。」
ナターシャの話によると、私があっちこっちのパーティに呼ばれ続けていたのはジャスワート伯爵の策略だったらしい。
伯父様との謁見を邪魔しつつ、私をこの場にとどめる為だったとか。
しかも、そのパーティで出された飲食物に『薬』が盛られていて、私は知らず知らずの内に薬づけにされていたらしい。
本来ならば、自我を失い相手の意のままに動く操り人形になる筈だったのが、中々効果が出ない上、いきなり意識を失ったのだから、指示されて動いていたヘムゲル子爵はかなり慌てたらしい。
たぶん、効果が薄かったのは私自身の耐性に加えてシンジ様からもらったチャームによる状態異常耐性効果のおかげだろう。
その耐性を越えて影響を与えたのだから、かなり効果の高い薬だったみたいね。
私が倒れたのは、クスリの効果を抑えるための自己防衛本能ってところかしら?
私が倒れた後も、ナターシャは昏倒した私の世話をしつつ外敵から身を張って庇っていてくれていたそうだ。
「ナターシャ、ありがとうね。でも、あなたの立場は……。」
「ご心配なく、今はシンジ様にお願いして帝国で雇ってもらえることになりましたから。」
ニッコリと微笑むナターシャ。
「そう、ならよかったけど……そうだ、シンジ様は?シンジ様が此方に来てらっしゃるの?」
「えぇ、姫様を助け出してここまで運んでいただいたのはシンジ様です。今は『カタを付けてくる』とおっしゃってリディア様と一緒に領主様の下へ向かわれましたわ。」
ナターシャの言葉に、私は文字通り跳ね起きる……寝ている場合じゃないわ。
「姫様、落ち着いてください。御無理をなさっては……。」
私を押さえつけようとするナターシャ。
確かに、今の私では歩くのもつらい……。
「ナターシャ、お願い。私を伯父様……領主様の所まで連れて行ってください。」
私はナターシャに助けを求める。
情けないとは思いますが、今はそんな事を言っている場合じゃないですわ。
シンジ様とリディアが領主様の下に向かったと聞いては嫌な予感しかしないですわ。
「でも、そんなお体では……今も立ってるのがやっとではありませんか。」
「そんなこと言ってられないのです。この地が人の住めない荒れ地になってもいいのですか?」
「まさか、そんな大げさな……。」
ナターシャは冗談だと思っているみたいだけど……。
「冗談だったら、どれだけ良かったことでしょうね……あなたも帝国、それもシンジ様の近くで仕えるのならそれ相応の覚悟が必要でしてよ。」
私の言葉にナターシャが蒼褪める。
普段それほど表情を変えないナターシャが珍しいですわ。
「……本当の事……なんでしょうか?」
「一緒にいるのがエル様かアイリス様ならまだしも、リディア様ですからね。シンジ様の暴走を抑えるどころか、火に油を注ぐ結果しか見えませんわ。」
「……確かに、あの時の様子からすると……分かりました。取りあえず姫様はもう一本薬を飲んでください。」
私は渡された回復薬を飲むと、しばらくして身体の中にあった倦怠感が消えていくのを感じた……これなら歩くぐらいなら出来そうね。
更に私は身に着けていたペンダントを手に取り魔力を流す。
『装着』
定められたワードを唱えると、私の身体が光に包まれ一瞬のうちに戦闘用装備に変わる。
別に伯父様と戦闘するわけではないが、弱った身体を保護するためと、何より装備に施された身体強化の効果が今の私には必要だった。
「姫様、その格好は?」
準備を終えて戻ってきたナターシャが、私の姿を見て驚く。
「私の戦闘用装備ですわ。この姿ならさっきよりは動きやすいのです。」
「凛々しいお姿ですね……素敵です。」
「さぁ急ぎましょう。」
私の為に怒っていただけるのは、女としてはとても嬉しい事ですけど……その為に領地全土を道連れと言うのは……ちょっと愛が重すぎますわ。
シンジ様が暴走を起こす前に止めないといけませんわね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「クリス、起きて大丈夫なのか?」
「シンジ様、伯父様の説得は私の役目……ですわ。」
見た感じかなり弱っているようだが、瞳に宿る意志の力は漲っている……これなら大丈夫かな。
「分かったよ、ここは任せる……けど、無理するなよ。」
「えぇ、私の仕事ですわ。お任せを。」
クリスはそう言って、領主の方へ向き直る。
「では、伯父様お話をしましょうか?」
クリスと領主の話し合いが始まる。
時々。「それはっ!」とか「そんなことはっ」と反論しようとする領主の声が聞こえるが、その声もだんだん小さくなっていく。
「シンジさぁん、つまんないですよぉ。」
リディアがつぶやく……まぁ、こうなったら俺達の出る幕は無いからな。
とはいえクリスの体調が心配だから出ていくわけにもいかないし。
「んー、あ、あいつに小石でもぶつけたらどうだ?」
そう言って俺は転がっているジャスワートを指さす。
「えぇー、つまんないよぉ。」
そう言いながらも石礫を出してぶつけ始めるリディア。
「まぁ、今回は元々クリスの案件だからな、だけど、ミランダ領とマスティル領では暴れさせてやるよ。」
「メテオ堕としていい?」
俺達の会話をこっそりと窺っていたマリアちゃんとナターシャさんがビクッと身体を振るわせる。
「状況次第だなぁ、一般の人を巻き込むような状況では使ったらダメだぞ。」
俺の言葉に、マリアちゃんとナターシャさんがコクコクと小さく頷いている。
「分かってますよぉ……でも一般の人って言っても聞き分けの悪い人いますよねぇ?」
「それでもだ、メテオは殺傷力が強すぎるからな、『暴風嵐』で吹き飛ばすぐらいにしておけよ。」
「はーい。」
リディアと話をしている間に、クリスと領主との話し合いも終盤に向かっているようだった。
「シンジ様、ちょっとよろしいですか?」
クリスが呼んでいる。
「シンジ陛下、儂はグランベルクの忠臣を自負しておる。グランベルクの敵であり、併合した帝国に屈することは出来ぬ。どうしてもと言うのであれば儂を処刑せよ。」
俺の姿を目にした領主がそう言う。
「ずっと、この一点張りで、私が「アレはお父様の意思だ」と何度申しても信じてくれませんの。」
どうしましょ?と困ったように言ってくるクリス。
「あぁ、めんどくさいなぁ、もぅ。帝国に降れ、それが出来ないのならこの領地を丸ごと更地にする。」
「バカな、そんなことできる訳が……。」
「出来ないと思うか?……リディア、メテオ撃ってもいいぞ。」
「ホント?じゃぁいっくねぇ……『メテ……むぐっ。」
メテオを唱えようとするリディアをマリアちゃんとナターシャさんが抑える。
「シンジ様、何考えてるんですか!?」
マリアちゃんが文句を言ってくる。
「イヤぁ、恨むなら、アンタらの領主を恨めよ。無辜の領民を犠牲にしても自分のガキの様な我儘を通すって言ってるんだからな。」
俺は領主の方へ視線を向ける。
「まぁ、孤児院を巻き込むのは本意じゃないからな……。」
俺はゴーレムたちを呼び出して、街中に散らばるように命令する。
「シンジ様、それは?」
初めて目にするゴーレムを見てクリスが訊ねてくる。
「自爆ゴーレムだよ、1体で灼熱の大爆発3発分ぐらいの威力がある。街の各地に散らばった所で爆発させればこの街は一瞬で灰になるな。あぁ、孤児院は巻き込まないようにしてあるから安心していいよ、マリアちゃん。」
「貴様、正気か!?」
「正気だよ。どうせ放っておいても、現実を見ない領主の所為で、ここの領民たちは死ぬよりつらい目にあうんだよ。だったら一思いに片づけてやる方が親切ってもんだろ?」
「どういうことだ。」
……このオッサン、本当にわかってないんだな。
「アンタが言ってることは帝国と戦争を望むって事だろうが?戦争になったら何人が死ぬ?いくら統制をしていても、目につかない所での略奪までは止められない……そこで何人の住民が泣くことになる?分かっているのか?ここの住民はお前が殺すんだよ!何が忠臣だ!お前の言う『忠臣』と言うのは守るべき民を無視して自己満足に浸るものなのか?」
俺の言葉に領主は押し黙ってしまう。
「お義父様……。」
カチュアが心配そうに声をかける……。
「さぁ、そろそろ街中に散らばったころだな……まずはどこから爆発させようか。」
ドウォォォォォォォォンッ!
俺言葉が終わらない内に爆発音が響く。
「シンジさん、自分ばっかりズルいですよぉ。」
「悪いな、でも、この領主さんは領地がどうなっても言いそうだから、別の街はリディアに任せるよ。」
「分かったなのですぅ。」
リディアがニコニコしているのを見てクリスが頭を抱える。
ドウォォォォォォォォンッ!
「おっと、今度はどこが爆発したのかな?」
「やめろ!やめてくれっ!」
「言葉が違うだろ?それともアンタは敵が止めてくれと言ったら止めるのか?今まで味方の言葉すら聞く耳を持たなかったくせに?」
ドウォォォォォォォォンッ!
「おっと、今度は近いな。」
爆発音とともに地響きで揺れる。
「降伏する!帝国に降るから、もうやめてくれっ!」
「ったく、最初からそう言えばいいんだよ。」
周りを見ると、クリスがホッと胸をなでおろしているのが見えた。
「じゃぁ、後のことは追って連絡するから……クリス後は任せたからな。」
俺はクリスに後を任せ、そのクリスの事をナターシャさんに任せて領主の館を後にする。
「あのぉ……シンジ様……街のどこも壊れてない様なんですが?」
いつも通りの平穏な街並みを見て、マリアちゃんが聞いてくる。
「あぁ、壊してないからな。」
「でも、あの爆発は……。」
「シンジさんがぁ、そんなひどい事するわけないよぉ。」
「まぁ、音だけ聞こえるようにした幻覚魔法みたいなもんだよ。ゴーレムはほら。」
俺は柱の陰に隠れているプチゴーレムを指さす。
「……街が爆発できることに違いは無いんですね?」
マリアちゃんがどうしていいか分からないというような顔をしている。
「まぁ、爆発させる前に領主を殺すけどな。」
「シンジさんは優しい人なんだよぉ。」
「そうですね、シンジ様は優しい人なんですね。」
リディアとマリアちゃんが笑い合う。
そう正面切って言われるのは照れるじゃないか。
「ちょっと細々した取り決めもあるけど、後はクリスにまかても大丈夫だろう。」
「そうですねぇ、でも次こそは思いっきり暴れたいですぅ。」
「やめてくださいぃっ!」
騒ぎながら孤児院へ向かう道すがら、とりあえずクリスが無事でよかったなと思うのだった。




