囚われの姫君は眠り姫!?
……何だろう?身体が動かない……。
意識もはっきりしない……私は何してたんだっけ?
……遠くで何か大きな音がするけど……どうでもいい今はこの微睡の中で……。
あれ?……私……運ばれている?
…………どうでもいいか。
でも……何かやらないといけないことが……。
ダメだ……何も考えられない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フン、生きてはいるようだな。」
ベッドの上の女性がピクリと動いたのを見て、男がそういう。
「それ以上姫様に近づかないでください!」
ナイフを持った侍女が、男とベッドの間に立ち塞がる。
「儂が誰だか分かって刃向かっているのだろうな?」
「分かっております、ジャスワート伯爵様。でも私の使命は姫様を守る事ですから。」
「フンっ、どけっ!」
ジャスワートは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、侍女を振り払う。
「……薬の効きすぎか。」
ベッドに寝かされている女性の眼は開いていても何も映していない。
「まぁ、いい。この首輪を付ければこの娘は儂の奴隷となる。」
ジャスワートが手にした首輪を女性にかけようとする。
「姫様から離れてっ!」
侍女がジャスワートを突き飛ばす。
「クッ、このっ……。」
ドォォォォォン!
「な、何だ?何が起きている。」
突然の爆発音に続く地響きに、慌てふためくジャスワート。
ベットの上の女性を守ろうと覆い被さる侍女。
「クッソがぁ!」
ジャスワートは動揺から立ち直ると、剣を抜き侍女に斬り付けようとした。
「そこまでだ、クリスを返してもらうぜ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここがジャスワート伯爵の館か。」
「クリスはどこに居るんだろうねぇ?」
「多分塔か地下室のどちらかだと思います。」
「そのまんまですねぇ。」
マリアちゃんの答えに、リディアが詰まらなさそうに応える。
「ま、定番と言えば定番だからな。」
「ところでシンジさん、どうやって入るんですか?」
「クリスが攫われたという事が分かった時点で、ジャスワートは敵だ。敵に対して何の遠慮もいらないさ……なぁ、リディア?」
「ですねぇ。」
「という事で、マリアちゃんはここまで。危ないから着いてきちゃだめだからな。」
「はい……お気をつけて。」
マリアちゃんに見送られて俺達はジャスワート邸の前まで移動する。
「何だ、貴様らは!」
門番が俺達を見咎める。
「仲間を返してもらいに来たんだよ。」
ズキューン! ズキューン!
俺はそう言うと同時に『死の銃』を抜いて門番を撃つ。
雷の属性を籠めてあるのでしばらくは動けないだろう。
「リディア、やっていいぞ!」
「はーい……『隕石群衝突』!」
巨大な隕石が降ってきて、伯爵邸を押しつぶす。
予め屋敷内には薄い結界を張っておいたので、死人が出ることは無いだろう……まぁ、怪我人ぐらいは出るかもしれないが、ジャスワート陣営にいる時点で俺達を敵に回したんだから諦めてもらおう。
衝突の余波で壁が崩れる。
「行くぞ、リディア。」
「はい、なのですよ。」
屋敷に向かって駆けだす俺達。
だが、メテオのショックが大きすぎたせいで、俺達の事を気に留める奴はいなかった。
「どっちに行くの?」
「取りあえず塔だな。」
「その根拠はぁ?」
「単なる勘だよ。」
「シンジさんの勘は当たるのですかぁ?」
「リディアの女の勘程度にはな。」
「じゃぁ、全然当たらないんですね。」
……オイ。
そんなくだらない事を言っている間に、塔の入り口へとたどり着く。
「当然ですが、カギがかかっているのですよぉ。」
「まぁ、そうだな……リディア離れていろよ。」
俺は収納からプチゴーレムを適当に掴んで塔の入口に向かって投げつける。
ドォォォォォォォン!
入り口に取り付いたゴーレムが爆発する。
穿たれた穴から俺達は塔の中へ侵入する。
「最上階でいいですかぁ?」
リディアが向かう先を聞いてくるが、すでに最上階へ向かうことを決めているようで、他の部屋には見向きもしないで階段を上り始めている。
「あぁ、こういう輩は最上階を好むもんだからな。」
俺はいい判断だと思いつつ、念のために気配感知を発動させながらリディアの後を追う。
「ここだな。」
「はい、微かですがクリスさんの気配がするのですよ。」
「じゃぁ踏み込むぞ。」
「ハイなのです……『爆烈風』!」
爆風がドアを吹き飛ばす。
室内には、ベッドの横たわるクリスと、それを守るように覆い被さっている侍女、そしてそれらを害するように剣を抜いたジャスワートの姿があった。
「そこまでだ、クリスを返してもらうぜ!……『遮断結界』」
俺はベッドの周りに防護結界を張る。
ガキィィィンッ!
ジャスワートの振り下ろした剣が見えない結界によって弾かれる。
ズキューン!
『死の銃』から放たれた魔力弾が、ジャスワートの持つ剣を弾く。
『石礫』
リディアの魔法によって発現した無数の石礫がジャスワートに襲い掛かる。
「クッ……ぐぶっ。」
以前俺が言った冗談を真に受けて、顔を避けている所がリディアらしい。
……あれだけコントロールするのって、かなり大変なはずなんだけどなぁ。
それだけリディアの魔法の才能が突出しているって事か。
「さぁ、覚悟してもらおうか、ジャスワート。」
俺は倒れているジャスワートに麻痺の効果を乗せた魔弾を撃ち込む。
◇
「む……ここは……動けん、誰か、誰かおらぬか!」
「うるさいよ!」
「むぐっ……。」
意識を取り戻したジャスワートが喚きだしたので、『死神の鎌』の柄の部分で鳩尾を突く。
「目が覚めたのなら丁度いい、洗いざらい喋ってもらうぞ。」
俺は粗末なベットに拘束されて身動きを取れずにいるジャスワートを見下ろしながら告げる。
「フンッ、儂がしゃべると思っているのか。それより早く解放しろっ!今ならそこにいる女を譲るだけで許して……ぐわっ!」
この下衆のいう事を、最後まで言わせる気は無かった。
「自分の立場が分かってないようだな。」
俺はジャスワートの指にナイフを突き刺す。
「指は10本あるからなぁ……何本目で素直になってくれるかな?」
ズンッ!
「ぐわぁぁぁっ!」
ズンッ!
「ぐわぁぁぁっ……喋る、喋るから助けてくれ。」
「おや、あっさりだな……もっと粘るかと思ってたんだが。指の後は腹を切り裂く予定だったんだが。」
「シンジさん、私でもドン引きですよぉ。」
「そうか?クリスに手を出そうとしたんだ。一応最悪の状態じゃなかったからこれでも優しくしてるんだぜ。」
「……もし、クリスさんが傷物にされていたらどうするつもりだったんですかぁ?」
「そんなの決まってるだろ?コイツを切り刻みながら洗いざらい吐かせた後、この土地と、黒幕のいる土地、まとめて更地にするんだよ。」
「……そんなこと出来ない、と言えないのがシンジさんの怖い所ですねぇ。」
「まぁ、そういうわけだから、お前が知っていること全て話してもらおうか?」
ジャスワートの供述によれば、以前からこのクラリス領を乗っ取る計画があったんだという。
ミランダ領の領主、アスハイム伯爵と組んで其々の領を独立させた後、実権を握り他の領地を制圧するという計画だったそうだ。
しかし、独立までは持ち込んだものの、帝国の出現により計画を大幅に変更せざるを得なくなり、加えてクラリス領領主のメルクリス伯爵の想定以上の頑固さに辟易していたという。
最初は領主の言う事を聞かせるために、養子のカチュアを攫う予定があったらしいが、クリスが来ることを知って計画を変更したらしい。
ちなみにカチュアについては、保険の意味合いで監視を付けてあったらしい。
意外なところから、カチュアの情報が聞けた。
カチュア自身は監視に気づいていたのだろうと思う。
孤児院に行かなくなったのは弱みを見せないようにする為と孤児院に迷惑を掛けたくなかったためだったんじゃないか?
そう考えるとかなり賢い子なんだと思う。
「それで、クリスに何をしたんだ?」
「……。」
「聞いてるんだよ?」
俺はジャスワートの指を折る。
「ぐわっ!……や、やめてくれ。」
俺はヒールをかけて指を治してやり、そしてまた折る。
「や、やめてくれぇ……クリスティラ様には……。」
クリスが領主に謁見した後、ジャスワートは、色々な手腕を駆使して再度の謁見を邪魔していたという。
そして領主にあることない事を吹き込みつつ、クリスに対しては夜会だの茶会だのに誘って時間を稼いでいたとのことだ。
そしてその時クリスが口にするものに薬を仕込んでいたらしい。
その薬は思考と感情を麻痺させるというもので、いい具合になった所で操り人形にし、帝国への交渉材料にする予定だったらしい。
その後も色々聞きだしたが、結局有益な情報としては『独立は領主ではなくジャスワート主導だった』『クリスはジャスワートに薬を盛られた』『ミランダ領とつながっている』『カチュアは軟禁状態だけど無事』『孤児院の補助金を打ちきったり、領民に重税を課していたりしたのはジャスワートの独断』……こんな所か。
「取りあえず、寝とけ!」
俺はジャスワートに睡眠と麻痺効果のあるポーションをかける。
「この後どうするのぉ?」
「そうだな、一旦クリスの様子を確認して、それから領主の屋敷かな?」
「クリス大丈夫かなぁ?」
「一応使った薬も分ったから、最悪魔王のインデックスから万能薬を作ればなんとかなるだろ。」
問題はどれくらいで回復するかなんだけどな……。
◇
「クリスの様子はどうだ?」
「あ、シンジ様、リディア様おかえりなさい。……クリス様はまだ目を覚ましません。」
「ん、キミは確か……。」
孤児院で俺達を出迎えてくれたのは、あの時クリスを身を挺して守ってくれていた侍女だった。
「あ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私ヘムゲル子爵様の下で、クリス様のお世話係をしていたナターシャと申します。」
ナターシャさんの話によれば、クリスはヘムゲル伯爵の所に世話になっていて、その時からクリスの世話係としてずっとついていたそうだ。
クリスは日に日に元気がなくなり、ある日突然倒れて眠りについたそうだ。
そのころからヘムゲル子爵の様子がおかしくなったそうだが、ナターシャさんはずっとクリスの世話をし守り続けてくれていた。
「ヘムゲルはジャスワートに従っていたそうだ。つまり主人の主人ってところだな。その主人や、更にその上の奴に逆らってまでクリスを庇っていたのは何故だ?」
「私はクリス様のお世話係です。クリス様の世話をし、何かあれば身を挺して守るのがそのお役目……何かおかしなところがありますか?」
「いや、まぁおかしく……ないのか?……なぁ、それよりクリスが目を覚ましたらどうするんだ?」
クリスが目を覚ましたら帝国に戻る……つまりこの子のお役目はそれまでとなるのだが……。
「そうですね……もしご迷惑でなければ、このままクリス様の側使えとして雇っていただけたら……と考えております。」
「そうだな、君みたいな子がついてた方がクリスも安心だろう。取りあえずはうちのメイドとして働いてもらう。すぐにってわけじゃないが、帝宮が完成してクリスが一緒に住むようになったらクリス付きのメイドにするって事でどうだ?」
「はい、それで構いません、ありがとうございます。」
「じゃぁそういう事で……まずはクリスの世話を引き続き頼むな。」
「はい、お任せください。」
俺はナターシャさんに状態回復薬を渡しておく。
「さて、ここの御領主様とお話合いだな。」
「シンジさん、怖い顔になってますよぉ。」
「……気にするな。取りあえずここの領主に責任取らせてこの件に片を付ける。そして……。」
「ミランダ領ですねぇ……バカな事をして……私は領主さんに同情するのですよぉ。」
リディアが困ったように言う。
「俺は仲良く笑って暮らしたいだけなんだけどなぁ。」
「そうですねぇ、笑って暮らすのが一番ですよぉ。」
そう言いながら俺の腕にしがみついてくる。
「だから、それを教えに行ってやらないとな。」
「そうですねぇ……まぁシンジさんに喧嘩を売る事の愚かしさが皆に伝わればいいんですけどねぇ。」
「……うーん、そうだな、ミランダ領に対してはちょっとそのあたりを考えてみるか。」 「シンジさん、やっぱり悪い顔になってますよぉ。」
「気のせいだよ。」
俺達はそんな話をしながら領主の館へと向かうのだった。




