ツッコミ不在のボケは、もはやボケじゃない。
「なぁ、俺はどれくらい寝ていた?」
「んー、1時間ぐらいかな?」
俺の横で、ギュっとしがみ付きながらリディアが応える。
「もう少し寝ていたかったんだが……。」
「……これでも我慢したんですよぉ。」
「だけどなぁ……。」
「……この状況で、何を言っても説得力ないですよぉ?」
そう言って、チュッと、軽く口づけをするリディア。
「それもそうだな……。」
俺は再度リディアを抱きしめる。
しばらくの間、リディアとの時間を楽しむことにした。
◇
「さて、いくか。」
俺とリディアは身支度を整えてセーフハウスを出る。
「それでどうするんですかぁ?」
「簡単な事だよ、俺達が最初にいた場所は屋敷の地下だ。だからそこまで戻って、上へと掘り進む。」
「成程ですぅ……って、そんな簡単な事ですかぁ?」
「簡単な事だよ……さぁ行こうか。」
俺達は来た穴を通って後戻りをしていく。
「っと……ここだな。」
穴を掘りながら進んだときはあんなに時間がかかっていたのに、戻るのはあっという間だった……結局あまり距離があったわけではないって事か。
「リディア、上に向かってピットホールを頼む。」
俺は瓦礫で埋まらないように、俺とリディアを『遮断結界』で包む。
天井から、バラバラっと瓦礫が落ちてくる。
『人形創造』
瓦礫が邪魔なのでゴーレムを作って瓦礫をどける。
「どうやってあそこまで行きますかぁ?」
「……。」
天井まで4m位……身体強化してジャンプしようにも、助走が出来ないこの場では少し苦しい。
「考えてなかったんですかぁ?」
再度聞いてくるリディアの声が心なしか冷たい気がする。
「いや、考えてたよ……そ、そう、このゴーレムを使うんだ。」
「……今思いついたよね?」
「……さぁ、行こうか。ゴーレム、俺達を上にあげてくれ。」
「思いついてよかったね?」
リディアは生暖かい目で俺を見ていたが、俺は気づかない振りをした。
「…………ここはどこだろうなぁ?」
「誤魔化しましたねぇ……まぁいいですけど。」
周りを見回す……一応地下室か。
「地下室みたいですねぇ……でも、何で崩れているんでしょうか?」
「あ、あぁ、そうだな……。」
まさか……な。
俺の中である予測が立っていたが、今更言っても意味がないだろうと思い、口をつぐむ。
「こんだけ崩れていたら誰もいなさそうですねぇ。」
「そうだな、上への階段を探すか。」
「あれじゃないですかぁ?」
「崩れかけてるなぁ、気を付けて上がるか。」
俺達は地上へと上がる階段を見つけると、周りに気を配りながら登っていった。
地上に出ると、その有様に唖然とする。
ヘムゲルの屋敷は、それはもう見事に崩壊していた。
「何があったんでしょうか?」
リディアが不思議そうに首をかしげる。
……たぶん、そう言う事なんだろうけど、リディアは気づいていないのか、気づかない振りをしているのか……。
リディアがあの時放ったメテオはどこから来たか?
もちろん外部の空からだ……空から地下までの間に遮るものがあれば……まぁ、突き破ってくるだろうなぁ……地下まで届いたって事はそういう事だろう……と言うより、地下でメテオなんか使わないのが普通だ。
「あ、シンジ様!リディア様!」
人ごみの中から誰かが駆け寄ってくる……マリアちゃんだ。
「無事だったんですね……っと、此方へ。」
マリアちゃんに引っ張られて、人気のない方へと連れて行かれる。
「心配してたんですよ……良かったぁ……。」
人込みから離れた路地裏につくと、マリアちゃんはへなへなと崩れ落ちる。
リディアが抱き起してよしよしと頭を撫でてやる。
「それより、何があったんですか?しかもそんなにボロボロで薄汚れて。」
しばらくして落ち着いたマリアちゃんが訊ねてくる。
「ウン、まぁ、ちょっと長くなりそうだし、こんな格好じゃぁ不審がられるから場所を移そうか?」
影との戦闘に加え、狭い穴の中を這いずり回っていた俺とリディアの格好は、お世辞にもまともとは言えなかった。
いい所、かなり苦労して依頼から帰ってきた冒険者と言う所だろう。
そんな二人が、こんなところで年端も行かない女の子と一緒にいるのを見られたら、犯罪の匂いしかしないので、俺は移動することを提案する。
◇
「ふぅ、さっぱりしたよ。」
「シンジ様、お茶をどうぞ。」
湯浴みを終えて戻ってきた俺に、マリアちゃんがお茶を差し出してくれる。
「リディアは……もう少しかかりそうだな。」
部屋を見回し、リディアが見当たらないことから、そう判断する。
「えぇ、そうですね。とりあえずお二人の事はエル様に連絡しておきましたのでご安心を。」
「じゃぁ、先にそちらの様子を聞かせて欲しいな。……俺達がいない間、何があった?」
「えぇ、シンジ様達がお屋敷を訪れた後、お昼過ぎになっても連絡が無かったので、訪ねて行ったんです……。」
しかし、マリアちゃんが訊ねていった時には「来客などなかった」と追い払われたそうだ。
それでも食い下がっていると、中から執事らしい人が現れて『本日の来客予定は入っておらず、誰もお見えになっておりません。しつこいようなら憲兵を呼びますよ。』とはっきりと断られたそうだ。
仕方がなく、それでもあきらめきれずに様子を窺っていたら、突然空が光ったかと思うと、大きな隕石が数十個屋敷に向かって落ちてきて、屋敷が崩壊したそうだ。
突然、俺達の消息が分からなくなっていた所に、謎の現象、唯一の手掛かりだと思っていたヘムゲル子爵の屋敷は崩壊……どうしていいか分からずパニックを起こしたけど、エルやリオナの助けもあって何とか持ち直して、屋敷周辺を探っていたんだそうだ。
「あの……シンジ様は、あの隕石が何なのか分かりますか?」
不安そうな目でそう訊ねてくるマリアちゃん。
世の中、理解できないものほど怖いものは無いからな。
「あぁ、たぶんそれは、……むぐっ。」
突然口を塞がれる。
「天罰だよぉ。私達を罠にかけたから女神様のお怒りに触れたんだよ。」
口を塞いだ犯人はリディアだった。
ちょうど湯浴みから戻ってきたところだったらしい。
(純粋なマリアちゃんにおかしなこと吹き込んじゃダメ!)
リディアがそんな事を言ってくるが、おかしなことを吹き込んでるのはリディアの方だと思う……自分がやったという事がバレないようにしたいらしい。
「女神様の天罰……ですか?」
「そうそう、マリアちゃんも悪い事すると天罰が堕ちるかもしれないから気を付けるんだよぉ。」
「はい、女神様に恥じない行いを心がけます!」
……まぁ、マリアちゃんが納得しているならいいか。
「そうかぁ……女神様かぁ……。」
「ん?どうしたの?」
「いえ、エル様が、屋敷の崩壊にリディア様が関わっているって言っていたから心配していたんですけど、そう言う事だったんですね……リディア様は女神に愛されていて、そのリディア様に悪い事をしたから女神様がお怒りになられたって事なんですよね?」
キラキラした瞳でリディアを見つめるマリアちゃん。
「ウッ……そ、そうね……アハハ……。」
リディアの視線が泳いでいる……流石にマリアちゃんの純粋な目を前にしたら、かなり良心が痛む様だ。
「あ、リディア様にもう一つ伺いたいことがあるんです。」
「ん?何かなぁ?」
話題がそれてホッとした様子のリディア。
「えっと、これもエル様が言ってたんですけど、リディア様の住んでいた王宮が半壊したって……何でもエル様に対して暴言を吐いた大臣がいたとか?……それも女神様の天罰だったのですか?」
……エルの奴、何を吹き込んでるんだよ。
「あぁ、それもきっと女神様の天罰じゃないかな?エルの奴も女神様に愛されてるからなぁ。」
俺は慌ててそう言う……子供の夢を壊しちゃいけないんだよ。
「それは女神様じゃなくてシンジさんの仕業。エルちゃんに対してかなりひどい事を言った大臣がいてね、それにキレたシンジさんが……ね。私もあの時は命を投げ出す覚悟をしたものですよぉ。」
……裏切者がここにいた。
「なっ、何を言ってるのかなぁ?」
「シンジさん、誤魔化してもダメですよぉ。王宮を直すの大変だったんですからねぇ。」
リディアがニヤニヤしながら言う……あの時の事をまだ根に思っているらしい。
「ほぅ……、そうくるか。なぁマリアちゃん。」
「は、はひぃっ!」
リディアが暴露した事で少し引き気味のマリアちゃんだが、この後もっとドン引きするに違いない……構うものか。
「実はな、さっきの屋敷……。」
「言っちゃダメですぅ!」
慌てて止めに入るリディアの口を塞ぎながら俺は続きを口にする。
「リディアのメテオが原因なんだよ。しかも理由が『俺との会話を邪魔したから』なんだぜ。」
「何故言ったんですかぁ。ナイショだって言ったのにぃ。」
「最初に裏切ったのはお前だ!」
俺の腕の中で暴れるリディアだが、傍から見ればイチャイチャしているようにしか見えない。
「あはっ、あはっ……。」
マリアちゃんがなんと言っていいか分からないって顔をしている。
『何やってるのよ、もぅ!』
マリアちゃんの後ろから声が聞こえる。
「えっ?」
マリアちゃんが振り返るが誰もいない……が、俺は声の主を見つける。
「エルか?」
「えっ、エル様?」
どこですか?と探すマリアちゃんの肩から魔術具を摘まみ上げる。
「ひぃっ!蜘蛛っ!?」
蜘蛛が自分の肩に乗っていたと知って怯えるマリアちゃん……やっぱり蜘蛛は苦手なようだ。
「情報収集用の魔術具だよ。……それより、よくこの機能が分かったな?」
『色々と調べたのよ……でも、私の魔力じゃ長時間は無理ね。」
「だろうなぁ、まだまだ改良が必要だな。」
「通信の魔術具使えばいいと思うのですよ。」
『それだと、一人づつしか話せないでしょ?それぞれ個別に説明なんて面倒だわ。それよりクリスの居場所が分かったわ。』
「詳しく!」
『ヘムゲルの屋敷のメイドが匿っていたみたいね。屋敷の崩壊時にクリスを連れて逃げるのを確認したわ。クリスは意識が無いみたいで、抱きかかえられていたわよ。』
適当にターゲットを決めたが、大当たりだったわけだな。
「それで、今はどこに?」
『大通りに面した、塔のある屋敷に入っていったのは確認できたけど、その後の足取りは掴めていないわ。』
「塔のあるお屋敷と言えば、ジャスワート様のお屋敷ですね。」
マリアちゃんが心当たりがあったようで、すぐに場所を教えてくれる。
『お願いね、こっちも色々と問題が起きていてちょっと手が離せないのよ。だから、早く片付けて帰ってきてね。』
「……大丈夫なのか?」
『あまり大丈夫とは言えないかな?でもたぶんクリスの方が急を要するからそっちを最優先でお願い。』
「……一度戻ろうか?」
エルが弱音を吐くのは珍しいので、ついそう聞いてしまった。
『大丈夫よ、こっちは何とかするから。』
「分かった……すぐ片付けて戻るよ。」
『ん、待ってる。 後、マリアちゃん。』
不意に名前を呼ばれて、ビクッとなるマリアちゃん。
『見ての通り、ボケ担当の二人だからしっかりとお願いね?』
「アハハ……勤まるでしょうか?」
『慣れれば大丈夫よ、じゃぁお願いね。』
その言葉を最後に蜘蛛からエルの声が聞こえなくなる。
「リディア。」
「ウン分かってる。」
俺が声をかけた時には、リディアは既に戦闘用装備でスタンバイしていた。
「細かい事は後回しだ、ジャスワートの屋敷に乗り込んでクリスを助ける。ついでにジャスワートを泣かす!」
「だねっ!」
俺達はマリアちゃんの案内でジャスワート伯爵の屋敷へ向かう事にする。
俺達をコケにしただけでなく、クリスにまで手を出したこと、絶対に後悔させてやるからな。
「……シンジさん、悪い顔になってるのですよぉ。」
俺の顔を見て、リディアがそんな事を言ってくる。
「ちょっとジャスワートへのお仕置きを考えていただけだ、気にするな。」
「私の分も残しておくのですよぉ。」
「……私、就職先早まったかもしれない……。」
ニヤリと笑い合う俺達を見て、マリアちゃんがボソッと呟くのだった。




